東京高判平成13年11月6日(平成12年(行ケ)第221号)

1.事案の概要
 X(原告)は,昭和63年2月8日にした特許出願(昭和63年特許願第27259号)を原出願とし,これに基づく分割出願として,平成9年4月25日,名称を「パチンコ機の制御装置」とする発明につき特許出願をした。この出願は,平成10年5月27日付けで特許査定を受け,平成10年7月24日,特許第2805295号として登録された。その後,平成11年3月30日に異議の申立てがあり,平成11年6月7日付けで取消理由通知があったので,Xは,平成11年8月11日付けで特許異議意見書を提出するとともに訂正請求をしたが,訂正拒絶理由通知がなされ,平成12年5月8日付けで(1)「前記制御手順が正常に実行されない場合の否信号に基づき,前記演算処理手段に対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を前記リセット端子に入力する演算監視手段」の構成は,特許明細書又は図面に記載されておらず,かつこれらから,直接的かつ一義的に導き出せる事項ともいえないから,訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許法120条の4第3項で準用する同法126条2項の規定に適合しないので,認められない,(2)本件発明は,特開昭63-11185号公報(刊行物1)及び特開昭62-14878号公報(刊行物2)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に規定により特許を受けることができず,本件発明の特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める,として「特許第2805295号の特許を取り消す。」旨の決定がされた。
 登録時の特許請求の範囲は,次のとおりである。
 「初期化用のリセット端子を備えると共に,予め定められたパチンコ機の制御手順を順次実行する演算処理手段を設けているパチンコ機の制御装置において,前記制御手段が正常に実行されない場合,前記演算処理手段に対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を前記リセット端子に入力する演算監視手段と,前記パチンコ機への電源投入時に,前記リセット信号を前記リセット端子に入力するパワーオンリセット回路とを設けていることを特徴とするパチンコ機の制御装置。」
 前記訂正請求に係る特許請求の範囲は,次のとおりである。
 「初期化用のリセット端子を備えると共に,予め定められたパチンコ機の制御手順を順次実行する演算処理手段を設けているパチンコ機の制御装置において,前記制御手段が正常に実行されない場合の否信号に基づき,前記演算処理手段に対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を前記リセット端子に入力する演算監視手段と,前記パチンコ機への電源投入時に,前記リセット信号を前記リセット端子に入力するパワーオンリセット回路とを設けていることを特徴とするパチンコ機の制御装置。」

2.争点
(1)新規事項についての判断の誤り。
(2)相違点の判断の誤り。

3.判決
 決定取消。

4.判断
「第5 当裁判所の判断
  1 取消事由1(新規事項についての判断の誤り)について
    (1)甲第10号証によると,特許明細書には,・・・という記載があることが認められる。この「正否信号」は,「正しいアドレスデータが出力されたとき」に発生される信号であるから,訂正明細書(甲第13号証の2)の段落【0016】に・・・と記載された「正信号」に相当する信号であると認められる。そして,特許明細書の前記箇所に記載された「正否信号が10msより長い時間入力されないときのみ」リセット信号をリセット端子に入力するということは,「正否信号」のない状態,すなわち無信号状態が10msより長い時間持続することがリセット信号発生の要件とされていることを意味する。
    (2)他方,甲第13号証の2によれば,訂正明細書の特許請求の範囲には,・・・と記載されており,この構成においては「否信号」に基づくことがリセット信号発生の要件とされていると認められる。この場合の「否信号」は,訂正明細書中にその意義を明らかにした記載がなく,・・・との記載及び・・・という記載があるのみであるところから,「制御手段が正常に実行されないことを表す信号」一般を意味すると解釈せざるを得ない。そうすると,「否信号」に基づくことをリセット信号発生の要件として記載した訂正明細書の特許請求の範囲は,「正否信号のない状態が一定時間持続した場合」だけでなく,正否信号とは異なる「否信号」が演算監視手段に入力された場合にリセット信号を発生させるものをも包含することになる。後者の場合,演算監視手段は,「10msより長い時間」といった時間間隔と無信号状態との関係を処理する必要がない。
    (3)そうすると,本件訂正に係る構成は,無信号状態とは異なる「否信号」を演算処理手段に入力し,演算処理手段が否信号を受信することのみによってリセット信号を発生するものを包含する点において,特許明細書に記載された事項の範囲を超えるものと認められる。
      したがって,「前記制御手段が正常に実行されない場合の否信号に基づき,前記演算処理手段い対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を前記リセット端子に入力する演算監視手段」の構成を新規事項であるとして本件訂正を認めなかった審決の判断に誤りはない。
    (4)Xは,ある時間間隔において演算監視手段4に入力される信号に2種類の状態があり,その信号の状態によって演算監視手段4は演算処理が正常であるか異常であるかの判定を行っているのであるから,その2つの状態を「正信号」と「否信号」に分けて呼ぶことは特許明細書に記載された事項の範囲内であると主張する。しかし,Xの上記主張は,訂正明細書の特許請求の範囲に記載された「否信号」とは「演算監視手段に一定時間信号が入力されない状態」を意味するという解釈を前提にして初めて成り立つものであるところ,訂正明細書を検討しても,その特許請求の範囲に記載された「否信号」を上記のような限定された意味に解釈すべき理由は見出すことができない。したがって,Xの上記主張は,その前提を欠くものであって,採ることができない。
    (5)以上のとおりであるから,X主張の取消事由1は理由がない。
  2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
    決定は,刊行物2の暴走防止回路114は本件発明の「マイクロコンピュータ,つまり,演算処理手段に対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を演算処理手段のリセット端子に入力する演算監視手段」であると認定し,これを前提として,刊行物発明1と刊行物発明2を寄せ集めて本件発明の構成とすることは容易であると判断しているので,刊行物2の暴走防止回路114と本件発明の「・・・リセット信号を演算処理手段のリセット端子に入力する演算監視手段」との関係を検討する。
    (1)甲第11号証の2によれば,刊行物2について,以下の事項が認められる。
      ア 刊行物2の第4図には,「暴走防止回路114」からマイクロコンピュータに向けて,暴走防止信号が入力されること,「割込みクロック回路」からマイクロコンピュータに向けて,割込みクロック信号が入力されること,並びに「暴走Reset回路118」及び「Power on Reset回路116」からマイクロコンピュータに向けて,それぞれ暴走Reset信号及びPower on Reset信号が入力されることが示されている。この暴走Reset信号及びPower on Reset信号が入力される位置は,リセット端子と称し得るものといえる。
      イ 刊行物2には,特許請求の範囲に・・・との記載があり,発明の詳細な説明には,@・・・,A・・・,及びB・・・との記載がある。
        上記Bの記載における「RAM100に設定されたデータに異常がないかどうかの判定」が「制御データの異常を検出する手段」(特許請求の範囲)に当たり,「異常が発見された時点で,RAM100に設定されたすべてのデータを書換えるための初期設定ルーチンへジャンプするようにされている」ことが「前記制御データを強制的に初期化する異常制御防止手段」(特許請求の範囲)に当たることは明らかである。
    (2)以上のとおり,刊行物2における「制御データの異常」とは,マイクロコンピュータ96がROM98に書き込まれた制御プログラムに基づいて動作を開始した後,RAM100に書き込まれたデータに異常があることであるから,本件発明における「制御手順が正常に実行されない場合」に相当すると認められる。
      そうすると,刊行物発明2の「異常制御防止手段」は,その信号が第4図のリセット端子(暴走Reset信号及びPower on Reset信号が入力される位置)に入力されるものでない点を除いては,本件発明の「演算監視手段」と異ならないものと認められる。
    (3)しかし,刊行物発明2の「異常制御防止手段」は,前記認定のとおり,「RAM100に設定されたデータに異常がないかどうかの判定」に基づいて動作するものであるから,ROM98に書き込まれた制御プログラムの一環としてマイクロコンピュータ96の内部に設けられた手段と解するべきであり,この点から「マイクロコンピュータ96」の外部の「暴走防止回路114」は,「異常制御防止手段」と認めることができない。「暴走防止回路114」が「異常制御防止手段」と異なるものであることは,第4図で,暴走防止回路114からマイクロコンピュータ96に向けた矢線は示されているものの,その逆の矢線が示されておらず,したがって,暴走防止回路114においてRAM100のデータを検出し得ないことからも明らかである。
      なお,刊行物発明2の「暴走防止回路114」については,決定に摘示された「暴走防止回路114からは暴走防止信号が与えられる。暴走防止回路114は,マイクロコンピュータ96の制御の暴走を,ハード面から防止するための回路である。」との記載しかなく,「ハード面から防止するための回路」であること以外はその詳細が不明である。
      いずれにしても,刊行物2発明においては,本件発明の「演算監視手段」と同一の機能を有すると認められる「異常制御防止手段」が別途設けられているのであるから,「暴走防止回路114」を本件発明の「演算監視手段」に相当するものとみる余地はない。
    (4)以上によれば,「暴走防止回路114は,『マイクロコンピュータ,つまり,演算処理手段に対する初期化命令を実行させるためのリセット信号を演算処理手段のリセット端子に入力する演算監視手段』であると認められる」との決定の認定は誤りであり,これに基づく「刊行物1および刊行物2に記載された発明は,パチンコ機の制御装置の技術分野で共通する発明であることから,刊行物1と刊行物2に記載された発明を寄せ集めて,本件発明を構成することは,当業者であれば格別な困難性がないものと認める。」という決定の判断も誤りである可能性があるといわざるを得ない。
      よって,取消事由2には理由がある。
    (5)なお,以上検討したところによれば,刊行物発明2の「異常制御防止手段」と本件発明の「演算監視手段」との間には,リセット端子に入力するか否かの点を除いて相違がないから,刊行物発明1に刊行物発明2を組み合わせ,その際に「異常制御防止手段」からの信号をリセット端子に入力することにより本件発明の構成に至る可能性はあるが,そのことが当業者に想到容易であるか否かは特許庁において判断されていない事項であるから,改めて審判において審理することが相当である。
第6 結論
  以上のとおり,取消事由2は理由があり,決定は本件発明と刊行物発明1との相違点についての判断の前提となる認定を誤ったものというべきである。この誤りは,決定の結論に影響を及ぼし得るものであるから,決定を取り消すこととし,主文のとおり判決する。」