1.事案の概要
X(原告)は,平成6年8月11日,発明の名称を「炭素膜コーティングプラスチック容器」(後に「炭素膜コーティング飲料用ボトル」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成6年特許願第189223号)をしたが,平成11年2月10日拒絶査定を受けたので,平成11年3月11日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成11年審判第3938号事件として審理した結果,平成12年5月29日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである。
「【請求項1】(以下この発明を「本願発明1」という。)
プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項2】
(以下,略)」
審決の理由は,本願発明1は,実願平3-93324号(実開平5-35660号)のCD-ROM(以下「引用文献1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),及び,特開平2-70059号公報(以下「引用文献2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。),並びに,特開平4-331917号公報(以下「引用文献3」という。)に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明し得たものであり,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができないものであるから,本願出願は,請求項2ないし8に係る発明については,論じるまでもなく,拒絶されるべきである,と認定判断した(ただし,Xは,審決においては,引用文献3に記載された技術が,周知技術としてではなく,公知技術として認定されている,と主張しており,この点は争いがある。)。
X出訴。
2.争点
(1)周知事項の根拠となるための資料を事前に出願人に告知する必要はあるか。
(2)本願発明と引用発明との技術的課題が相違すれば,引用発明に基づく動機付けは存在しないか。
(3)審決は,本願発明の顕著な作用効果を看過しているか。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明1及び引用発明1・2等の理解の誤りによる容易想到性についての判断の誤り)について
(1)審決が,
ア 引用発明1が,各種飲食用のプラスチック容器に関するものであり,ガスバリア性を高めること課題としていること,及び,「引用発明1の「小型プラスチック容器」は本願発明1の「飲料用ボトル」に相当する。」(審決書3頁31行〜32行)ことを認定し,
イ 「本願発明1と引用発明1は「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に膜が形成されていることを特徴とする膜コーティング飲料用ボトル」である点で一致している。そして,飲料用ボトル内壁面にコーティングする膜が,本願発明1においては「硬質炭素膜」であるのに対し,引用発明1においては「酸化ケイ素膜」である点で相違している。」(同3頁33行〜37行)と認定した上で,
ウ 上記相違点について
@「引用文献2には,プラスチックの器具・・・の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成すること・・・が記載されており,しかも,引用文献2に記載の発明は,「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」すなわち飲料用容器という同じ技術分野に属するものにも適用可能である・・・ことも記載されているから,「飲料用プラスチック容器の内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることは公知技術である。」(同4頁1行〜7行),
A「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり」(同4頁8行〜9行),
B引用文献3においては,「プラスチック材の成膜物質としてSiOx(酸化ケイ素)であるSiO2と硬質炭素膜が並列に記載されており両者は成膜のための等価な均等の物質ととらえられている」(同4頁9行〜12行)と認定し,
エ 上記アないしウの認定に基づいて,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない。」(同4頁12行〜14行)と判断していることは,当事者間に争いがない。
(2)審決の上記認定判断について,検討する。
ア 上記(1)アについて
甲第5号証によれば,引用文献1には,次の記載があることが認められる。
・・・
引用文献1の上記認定の各記載によれば,引用文献1には,「炭酸飲料用容器」(上記・・・)として使用される「小型プラスチック容器」(・・・)のガスバリア性の改善(・・・)を課題とする発明が記載されていることが認められる。また,ガスバリア性が問題となる炭酸飲料用容器が「ボトル」に相当することは自明である。
そうすると,「引用発明1の「小型プラスチック容器」は本願発明1の「飲料用ボトル」に相当する」との審決の上記認定に誤りがないことは,明らかである。
イ 上記(1)イについて
両発明の一致点,相違点に関する審決の上記(1)イの認定については,Xも争わないところである。
ウ 上記(1)ウ@について
甲第6号証によれば,引用文献2には,次の記載があることが認められる。
・・・
引用文献2の上記認定の各記載によれば,引用文献2には,プラスチック製(上記・・・)の「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」(同・・・)の内表面にダイヤモンド状炭素の膜を形成したもの(同・・・)が記載されているといい得ることが明らかであるから,引用文献2に,「プラスチックの器具・・・の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成することが記載され」(審決書4頁1行〜3行)ている旨の審決の認定に誤りはない。
また,少なくともプラスチック製のコップは,飲料用プラスチック容器の一種であると認めることができるから,引用文献2には,同文献記載の発明が「「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」すなわち飲料用容器という同じ技術分野に属するものにも適用可能である・・・ことも記載されている」(審決書4頁3行〜5行)との審決の認定,及び,「飲料用プラスチック容器の内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることは公知技術である。」との審決の認定には,いずれも誤りはない。
エ 上記(1)ウAについて
(ア)甲第7号証によれば,引用文献3には,次の記載があることが認められる。
・・・
(イ)乙第5号証によれば,乙第5号証文献(米国特許4809876号の明細書・1989年3月7日発行)には,次の記載があることが認められる・・・。
・・・
(ウ)乙第6号証によれば,乙第6号証文献(特開平6-165772号公報・平成6年6月14日発行)には,次の記載があることが認められる。
・・・
(エ)上記各刊行物の上記認定の各記載によれば,硬質炭素膜(ダイヤモンド様膜)がガスバリア性を有すること,硬質炭素膜のこの性質をプラスチックの面の改良のために使用することができることは,引用文献3を初めとする,技術分野を必ずしも同じくしない複数の文献に当然のこととして記載されていることが認められるから,本願発明の出願時において,プラスチックに関する当業者の間では,狭い範囲でとらえた技術分野の相違を超えて,周知であったものと認めることができる。
したがって,審決の上記(1)ウAの認定に誤りはない。
Xは,引用文献3は公知技術として引用されているのであって,周知技術の一例として引用されているのではない,と主張する。
しかし,甲第18号証によれば,特許庁の審判手続きにおける拒絶理由通知において,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は引用刊行物3(判決注:引用文献3)に記載されている・・・ように周知である」(3頁10行〜11行)との指摘がなされたことが認められ,また,審決は,前記のとおり,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり」と説示しているのであるから,審決が引用文献3に記載されているそれ以外の事項を公知技術として挙げているとみるべきか否かはともかく,硬質炭素膜がガスバリア性を有することを周知事項と位置付けていることは,明らかというべきである。また,周知事項は,当業者ならば当然知っているはずの事項なのであるから,それを認めるための根拠となるための資料を事前に出願人に告知する必要はなく,これを認めるための根拠は,周知事項であるか否か自体が訴訟の段階で争われるに至ったとき,当業者でない裁判所の判断の資料として必要となる限りにおいて求められるにすぎない,というべきである。そうである以上,乙第5号証文献及び乙第6号証文献のいずれも,審判手続における拒絶理由通知にも,また,審決にも,引用刊行物として示されていないから,審決取消訴訟においてこれを証拠として提出して硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知であると主張することは許されない,とするXの主張は,採用できないという以外にない。
なお,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない」(審決書4頁12行〜14行)とする審決の認定における「上記公知技術」とは,「上記引用文献2に記載の発明」(同4頁3行〜7行参照)のことであり,引用発明2のことを指しているものとみるのが,文脈上自然であり,これを引用発明3をも指しているとするXの主張は採用し得ない。
もっとも,審決においては,「むすび」の項に,本願発明1は,「引用文献1乃至3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」(同4頁22行〜23行)との上記記述と整合しない記載も存在する。しかし,拒絶理由通知における前記の指摘事項と,審決の「対比・判断」の欄における前記の認定を参照すれば,この記載は,引用刊行物3に,硬質炭素膜がガスバリア性に優れることが周知事項であることを示す一例としての位置付けを与えることを排斥するものではないということができる。
オ 上述のとおり,引用発明1は,ガスバリア性を高めることをその技術的課題とするものであるから,そこには,そこで用いられている酸化ケイ素薄膜に換えて,ガスバリア性に優れた他の物を用いる動機付けは,十分存在するということができる(Xが主張するように,コーティング材として酸化ケイ素SiOx薄膜を用いる場合には,クラック及び剥離を起こしやすいという特性を有することが,当業者において周知であったとすれば,このことはより強くいい得るところである。)。したがって,既に引用発明1があるところに,ガスバリア性に優れた他の物であって飲料用ボトルに用いる上で格別の障害のない物が知られるに至れば,引用発明1の酸化ケイ素薄膜に換えてそれを用いる構成に至ることに,格別の困難は存在しないことが,明らかである。そして,硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知であったこと,硬質炭素膜の飲料用容器への適用が可能であることが引用発明として公知であったことは,前述のとおりである。そうである以上,引用発明1にみられるガスバリア性を高めるという技術的課題の解決を動機として,そこで用いられている酸化ケイ素薄膜に換えて硬質炭素膜を用いる構成に想到することは,容易になし得たことであったという以外にないのである。そうである以上,審決が,引用発明1及び同2並びに上記周知事項をその根拠として本願発明1の容易想到性を認めることは,それを妨げるべき何か特別の事情がない限り,許されるものというべきであり,上記特別の事情に該当すべきものは本件全証拠によっても認められないから,審決の(1)ウBの認定の当否にふれるまでもなく,これを認めた審決に誤りはないということができる。
(3)Xは,本願発明1と引用発明1とは技術的課題が相違し,引用発明1に基づいて本願発明1に想到する動機付けは存在しないと主張する。
しかしながら,Xの主張は,主張自体失当という以外にない。Xの主張は,本願発明1の構成に想到するための動機付けは,本願発明1の技術的課題の認識以外に存在し得ないことを当然の前提とするものであり,このような前提が認められないことは論ずるまでもないことであるからである(一般に,異なった動機で同一の行動をとることは珍しいことではない。発明もその例外ではなく,異なった技術的課題の解決が同一の構成により達成されることは,十分あり得ることである。)。問題とすべきは,本願発明1の技術的課題ではなく,引用発明1等,本願発明1以外のものの中に,本願発明1の構成に至る動機付けとなるに足りる技術的課題が見いだされるか否かである。上記技術的課題は,本願発明1におけるものと同一であっても,もちろん差し支えない。しかし,これと同じである必要はない。したがって,本願発明1の構成の容易想到性の検討においては,本来,引用発明1の技術的課題を明らかにすることは必要であるものの,本願発明1の技術的課題について論ずることは,無意味であるということができるのである(両発明の課題に共通するところがあったとしても,それは,いわば結果論にすぎない。)。そして,引用発明1に,本願発明1に至る動機付けとなるに足りる技術的課題(ガスバリア性の向上)が認められることは,既に述べたとおりである。Xの主張は採用できない。
(4)Xは,引用発明2は,耐薬品性に優れた高強度の器具を提供するという,本願発明1の技術的課題とは全く関係のない,別個の技術的課題を解決するためになされたものであり,しかも,その対象は耐薬品性の改善を要求される「器具」であり,ガスバリア性が問題とならない開口型の器具のみを開示するものであり,開口部を密閉状態で使用し,高度のガスバリア性を解決するという飲料ボトルのような容器を対象とするものではないから,引用発明1に引用発明2を適用して,本願発明1との相違点に係る構成を想到することは当業者が容易になし得たことであるとした審決の認定判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,引用発明1と引用発明2のみに基づいて,本願発明の容易想到性を認定判断したものではない。審決は,引用発明1と引用発明2以外に前記の硬質炭素膜がガスバリア性を有するとの周知の技術事項をも根拠として,引用発明1に引用発明2を適用して,本願発明1に係る構成を想到することは当業者が容易になし得たことであると認定したものであり,この判断が誤りがないものとして首肯することができることは,前示のとおりである。
したがって,Xの上記主張は,採用することができない。
(5)Xは,引用文献3は,液晶表示装置に関するものであって,本願発明1とは技術分野が全く相違し,膜が形成されている対象,それらが奏している作用効果においても異なり,両発明の間には,技術的に両者を組み合わせ,あるいは置換する技術的親近性は存在せず,したがって,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明とすることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁12行〜14行)とした審決の認定判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知技術であることを,容易想到性の判断の根拠にしており,引用文献3に周知例としての役割を負わせていることは,前示のとおりである。したがって,Xの上記主張は失当である。
もっとも,審決は,引用文献3の記載を引用し,「プラスチック材の成膜物質としてSiOx(酸化ケイ素)であるSiO2と硬質炭素膜が並列に記載されており両者は成膜のための等価な均等の物質ととらえられているから」(審決書4頁9行〜12行)として,同文献を,単なる周知例としてのみでなく,公知例としても引用しているような説示もしているけれども,審決が挙げた同記載を除いたとしても,容易想到性についての審決の結論を変える必要性がないことは,既に述べたところから明らかである。
また,Xは,周知技術とは,その技術分野で常識となっている技術のことであるから,仮に引用文献3の液晶基板の処理分野においては,周知の程度に至った公知技術であるとしても,引用文献3の存在をもって,プラスチック飲料用ボトルの技術分野に属する本願発明1における当業者にとってそれを周知とすることはできない旨を主張する。しかし,引用文献3のみならず,乙第5号証文献及び乙第6語証文献のような文献が存在し,これらによれば,プラスチック飲料用ボトルの技術分野においても,硬質炭素膜がガスバリア性に優れることが周知であったと認められることは,前示のとおりである。Xの上記主張は,採用することができない。
(6)Xは,「引用発明3における「耐透気性」とは,あくまで外部から基板内部への酸素等の侵入を防止するものであれば足りるのに対し,本願発明1において求められるガスバリア性は,密封状態で充填された炭酸飲料等の外部への二酸化炭素透過を抑止するとともに,容器外部からの酸素等の透過を抑止するという高度のガスバリア性を必要とするものであるから,引用文献3における「耐透気性」をもって,本願発明1の「ガスバリア性」と等価な性質が開示されているものとはいえない。」と主張し,また,本願明細書の[試験1]における酸素透過度,二酸化炭素透過度と引用発明3における耐透気性の概算数値とを比較して,次元の異なるものである旨主張する。
しかしながら,本願発明1は,その特許請求の範囲の請求項1に規定されるとおり,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」であって,その内壁面に形成される硬質炭素膜について,膜厚,密度,形成方法,ガスバリア性等について何らの限定も存在していないのである。Xが主張する高度のガスバリア性あるいは次元の異なる数値は,あくまでも,本願明細書における実施例についての数値であるから,Xの上記主張は,本願発明1の特許請求の範囲の記載が,硬質炭素膜の膜厚,密度,形成の方法,ガスバリア性について何ら限定せずに広い範囲で請求されていることを前提としていない議論であって,失当である。
2 取消事由2(本願発明1の奏する顕著な作用効果の看過による容易想到性についての判断の誤り)について
(1)Xは,本願発明1は,@密封時のガスバリア性と,A臭い成分の収着を抑制すること,B圧縮及び伸張に対する高い耐性を同時に満たすことができ,「使用後再充填可能なリターナブルな容器として使用することができる」等の顕著な作用効果を奏するものであるにもかかわらず,審決は,何らの根拠を示すことなく,「本願発明1の特有の効果であるとされる「リターナブルな容器として使用することが出来る」という効果も,硬質炭素膜の高強度,耐磨耗性,化学的安定性等の周知の性質から,内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることによって該効果を奏することは当業者が容易に予測しうる事項に過ぎない」(審決書4頁15行〜19行)と判断したものであって,本願発明1の顕著な作用効果を看過した旨主張する。
しかし,本願発明1の構成自体は想到の容易なものであったことは,既に述べたとおりであり,このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。
他方,本願発明1の構成は,その特許請求の範囲の請求項1に記載されているとおり,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」というものであって,本願明細書の特許請求の範囲の請求項3ないし5の発明のように,特定の密度の硬質炭素膜をその構成とするものでも,請求項7の発明のように,特定の酸素透過量をその構成とするものでも,請求項8の発明のように特定の条件で形成されることをその構成とするものでもない。したがって,本願発明1自体の効果として主張することが許されるのは,上記のようなものを含む特定の構成によって得られる効果ではなく,本願発明1の上記の構成要件を満たす限り得ることができるという範囲にとどまるものとならざるを得ない。
そして,このことを前提にした場合,コップなどの生活用品すなわち飲料用容器の内表面に硬質炭素膜を形成するものである引用発明2については,耐酸性,耐アルカリ性及び耐溶剤性に優れていることが知られ,硬質炭素膜がガスバリア性に優れていることが周知技術であることは前記認定のとおりであるから,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」との構成(本願発明1)において,X主張の作用効果が生じたとしても,少なくとも,これを上記の意味で格段に優れたものとすることはできず,むしろ,当業者にとって十分に予測可能なものというべきである。Xの主張は採用できない。
(2)Xは,審決における「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」(審決書4頁19行〜20行)との判断は根拠が示されていないから理由が不備である旨主張する。
しかし,審決の上記記載は,「ガスバリア性」によって硬質炭素膜を引用発明1に適用する動機付けが認められた以上,「臭い成分の収着を抑制できるという特性」は上記の適用に好都合な効果を加えるものにすぎず,上記動機付けの阻害要因となるものではないから,その採用の容易性を左右するものではないとするものであり,このような審決の判断に誤りはない。
3 結論
以上に検討したところによれば,Xの主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵が見当たらない。そこで,Xの請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。」