1.事案の概要
X(原告)は,昭和62年5月1日名称を「フード付外着」とする実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第65283号,以下「原々出願」という。)をし,平成元年2月3日原々出願を意匠法13条2項の規定により意匠に係る物品を「フード」とする意匠登録出願(平成元年意匠登録願第3756号,以下「原意匠出願」という。)に変更出願したが,さらに平成元年12月8日原意匠出願を実用新案法8条2項の規定により名称を「フード付外着」とする実用新案登録出願(平成元年実用新案登録願第141566号,以下同出願を「本願」といい,同出願に係る考案を「本願考案」という。)に変更出願したところ,平成3年7月26日拒絶査定を受けた。そこで,Xは,平成3年9月25日特許庁に対し審判を請求し,平成3年審判第18780号事件として審理された結果,平成6年4月28日に,本願の変更前の出願である意匠登録出願には本願考案が記載されているとは認められず,本願についての書類を提出した日である平成元年12月8日を本願の出願の日として取り扱うとした上で,「本願考案は,引用例(本願の実願昭62-65283号(実開昭63-177913号)の明細書および図面のの内容を撮影したマイクロフイルム)に記載された考案であるから,実用新案法第3条第1項第3号の規定により実用新案登録を受けることができない」として,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決がされた。
X出訴。
本願考案の要旨は,次のとおりである。
「外着の襟部外周に少なくとも両端部を固着して設けたスライドガイド帯部材に対し交差状態で係合するスライド部材を,フードをフード上部布とで形成するフード下部布内面左右に配設するとともに,前記フード下部布の両端部を重合掛止する掛止具をフード下部布に設けたフードを備えたことを特徴とするフード付外着。」
2.争点
原意匠出願に本願考案が記載されているか。
3.判決
請求棄却。
4.判断
「第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯),同2(本願考案の要旨),同3(審決の理由の要点)は,当事者間に争いがない。
第2 成立に争いのない甲第5号証(全文補正明細書及び図面)によれば,本願明細書には,本願考案の技術的課題(目的),構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる。
1 技術的課題(目的)
本願考案は,例えば雨衣,防寒服,スポーツウエア等のフード付外着であって,この外着の襟部に対してフードが回動できるように組み付けられたフード付外着に関する(1頁14行ないし17行)。
従来のフード付外着は,フード回動構造として振子運動を利用したため,現実的に例えば振幅体となる帯体の長さは着用者の耳に当接しない範囲内等の長さの規制が存在し,したがってフードの回動幅がこの制約された帯体の振幅の長さ分に限定されて小さいとともに,これを着用して左右後方に大きく振り向くと,振子運動に従ってフードが斜め上方向へ持ち上げられてフードが外れ易くなり,風がある時にはフードが飛ばされるおそれもあった。
本願考案は,このような従来技術を背景になされたもので,左右後方への頭の動きに従って支障なく首回り方向にフードを回動させることができ,かつこのフードの回動範囲を充分大きくとることもできるフード付外着を提供することを技術的課題(目的)とするものである(3頁7行ないし4頁1行)。
2 構成
本願考案は,前記技術的課題を達成するためにその要旨(実用新案登録請求の範囲)記載の構成(1頁5行ないし11行)を採用した。
本願考案の実施例のフード付外着は,別紙図面1第1図に示すように外着10の襟部11とフード20との間をスライド係合させることにより,フード20が頭の動きに追従して回動できるようにした構造を備えたものであって,このフード回動構造30として,襟部11に首回り方向の両端部31a,31b及び中央部が固着されるスライドガイド帯部材に対し,交差状態で係合するスライド部材32,32を,フード20をフード上部布21とで形成するフード下部布22内面左右に配設している。また,この実施例では,前記第1図に示すようにコート10の襟部11に,スライドガイド帯部材31が首回り方向の両端部31a,31b及び中央部31cが縫着されて固着される一方,第5図に示すようにフード20の下部布22のフード両側部22b,22cに,スライド部材32,32の上端部32a,32bのみが同じく縫着により固着されている(5頁9行ないし6頁18行)。
本願考案の実施例のフード付外着にあっては,フード回動構造30として,襟部11に首回り方向の両端部31a,31bが固着されるスライドガイド帯部材31が襟部11から離れて浮いている部分に対応するフード下部布22のフード両側部22b,22cにそれぞれ首長さ方向の両端部32a-32bが固着されるスライド部材32,32とを有しており,これらのスライドガイド帯部材31及びスライド部材32,32は互いに交差状態で係合される構造を採用させているため,左右後方への頭の動きに従って支障なく首回り方向にフード20を回動させることができ,しかもこのフードの回動範囲を充分に大きくとることもできる(9頁8行ないし10頁4行)
3 作用効果
本願考案は,このように,外着の襟部外周に少なくとも両端部を固着して設けたスライドガイド帯部材に対し,交差状態で係合するスライド部材をフード下部布に配設しているので,着用に際してはフード下部布両端部を重合掛止してフードを頭に密着させれば,左右後方への頭の動きに従って支障なく首回り方向にフードを回動させることができ,しかもこのフードの回動範囲を充分に大きくとることもできるという作用効果を奏する(10頁20行ないし11頁8行)。
第3 そこで,X主張の審決の取消事由について検討する。
1 実用新案法8条2項の規定において,意匠登録出願を実用新案登録出願に出願変更できることを認めている趣旨は,意匠登録出願の対象である「物品の形状・模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるもの」(意匠法2条1項)が,同時に実用新案法2条1項の規定する自然法則を利用した技術的思想の創作でもある場合には,意匠登録出願後に出願人に一定の期間内に,実用新案登録出願への変更の機会を与えることが実用新案法の目的に適うことにあり,出願の変更が認められた場合は,出願人の利益を保護するためその実用新案登録出願は意匠登録出願の時にしたものとみなすものとされている(実用新案法8条3項)。
ところで,意匠登録出願は,意匠に係る物品等を記載した願書に意匠登録を受けようとする意匠を記載した図面又はこれに代わる写真,ひな形,見本を添付してなされる(意匠法6条1項2項)から,意匠出願の対象とされた物品が同時に実用新案法2条1項の規定する自然法則を利用した技術的思想の創作であるとして実用新案登録への変更出願が認められるためには,その図面等に変更出願の対象とされる物品の形状,構造又は組合せに係る考案が自然法則を利用した技術的思想の創作として少なくとも実質的に記載されていると認められることを要件とするというべきである。そして,ここに「技術的思想の創作」とは,実用新案制度の趣旨に照らし,当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,具体化されていることを要し,その程度に具体化されているというためには,単に原意匠登録出願から変更出願の対象である考案の実用新案登録請求の範囲に記載された構成が把握できるというに止まらず,その考案の構成要件がどのような技術的課題(目的)をもって規定され,どのような作用をなし,かつ効果を奏するのかが明確であることを要するというべきである。
もっとも,意匠登録を受けようとする意匠を記載した図面等においては,その性質上物品の形状,構造又はその組合せの記載は限定的とならざるを得ないから,変更後の実用新案登録出願に記載された考案が容易に意匠登録出願に記載されていると認められないことになる(いわゆる動的意匠出願の場合には,意匠法6条5項により当該意匠に係る物品の機能の説明が書面に記載されるから,他の意匠出願に比べ,技術的思想の創作と認められる可能性は相対的に高くなる。)が,意匠登録出願に係る物品が技術的思想の創作といえるのは,その図面等に具体的に特定された物品の形状,構造又はその組合せから技術的思想の創作が明らかに認識できるからであり,変更出願に当たり実用新案登録出願の明細書に記載することを要する事項について,意匠登録出願に添付された図面等から認識できる程度,内容を超えて,実用新案法5条2項3項の規定(平成2年法律第30号による改正前の規定)が定める考案の目的・構成・効果の記載を許容するとすれば,出願人に不当な利益を与えることになり,実用新案法7条に規定するいわゆる先願主義の趣旨に反する結果を将来するおそれがあることは明らかである。そうすると,実用新案登録出願の明細書に記載すべき実用新案登録請求の範囲,当該考案の目的・構成・効果の内容も当業者において意匠登録出願に添付された図面等から認識できる程度,内容のものでことを要するというべきである。
2 そこで,本件変更出願の適法性について判断する。
(1)本願考案の構成要件(ハ),(ニ),及び(ホ)の内本願考案がフード付外着であることが原意匠出願に記載されていることは当事者間に争いがない。
変更出願である本願考案は,前記第2,1のとおり左右後方への頭の動きに従って支障なく首回り方向にフードを回動させることができ,しかもこのフードの回動幅を充分長くとることもできるフード付外着を提供することを技術的課題とするものであって,このため前記構成要件(イ)「外着の襟部外周にスライドガイド帯部材を,その少なくとも両端部を固着して設けたこと」及び構成要件(ロ)「スライド部材を,フードをスライドガイド帯部材に対し交差状態で係合すること」を必須の構成要件としていることは本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載に照らして明らかである。
成立に争いのない甲第3号証によれば,原意匠出願は,意匠に係る物品を「フード」とし,図面として,審決書添付の「正面図」,「背面図」,「平面図」,「底面図」,「左側面図」,「右側面図」,「A-A断面図」,「B-B切断部端面図」及び「参考左側面図」,「使用状態を示す参考図」を添付してされたものであって,「意匠の説明」の項には,「参考左側側面図において薄墨で表した部分は透明である」と記載されていることが認められる。
そして,原意匠出願図面の内,「使用状態を示す参考図」には,外着の襟部の前端部分の左右の位置に端部が固着されていると認めることができる2つの帯状部材が示され,「B-B切断部端面図」からこの部材の端部はフードに固着されたループ状を呈していることが認められるから,「使用状態を示す参考図」において,この部材と前記帯状部材との配設関係は,帯状部材がループ状部材のループ部分を通して交差状態で配設されているものと認めることができる。そして,フード付外着はその着用状態でフードが外着に取り付けられていなければ用をなさないことは経験則に照らして明らかといえるところ,原意匠出願図面には,フードと外着の取り付けについて,前記外着の襟部に一端部が固着された2つの帯状部材とフードに端部が固着された2つのループ状の部材以外にその取り付けの態様を示す部分がないのであるから,「使用状態を示す参考図」に示された2つの帯状部材と2つのループ状部材はフードを外着に取り付ける機能を有するものであることが図面自体から認識できる。また,帯状部材とループ状の部材が交差状態で配設されていればその構成上相対的に滑り動くことができることは技術常識に照らして明らかであるから,原意匠出願図面に示されているフードは2つの帯状部材の襟部の前端部分で固着されている個所と他の固着個所の範囲内において回動できると認めることができる。
そうすると,原意匠出願には,構成要件(ロ)「スライド部材を,スライドガイド帯部材に対して交差状態で係合すること」が,図面自体から明らかに認識できる程度,内容のものとして示されているといえ,また,構成要件(イ)「外着の襟部外周にスライドガイド帯部材を,その少なくとも両端部を固着して設けたこと」は帯状部材の襟部の前端部分で固着される個所と図面には示されていない他の固着個所とで固着されているものと認めることができる。そして,原意匠出願には,構成要件(ハ)「スライド部材を,フード上部布とで形成するフード下部布内面左右に配設したこと」,(ニ)「フード下部布の両端部を重合掛止する掛止具をフード下部布に設けたこと」が原意匠出願に記載されていることは当事者間に争いがないから,(ホ)「上記構成要件(イ)ないし(ニ)を有するフードを備えた衣服,すなわち,フード付外着」も,原意匠出願からその構成を把握できるというべきである。
しかしながら,本願考案が解決しようとする技術的課題(目的)は,前記第2の1認定のとおり左右後方への頭の動きに従って支障なく首周り方向にフードを回動させることができ,しかもこのフード回動幅を充分長くとることもできるフード付外着を提供することであり,このためには,第2の2認定の本願明細書の考案の詳細な説明において別紙図面1に基づいて説明されている構成,すなわち,スライドガイド帯の中央部が外着の襟部に固着されているように,支障なく首を左右後方へ回わすことができるような個所にスライドガイド帯が襟部に固着されているか,あるいは,スライドガイド帯がその両端部以外は固着されていない等の構成が必要である。しかるに,原意匠出願には「使用状態を示す図面」の背面部分にあたる個所の襟部とスライドガイド帯とがどのように関係づけられて構成されているのかを示す図面は何ら添付されていないし,また,原意匠出願図面に示されている2つの帯状部材と2つのループ状部材とがフードを回動させる機能を有しているものであっても,その構成自体から直ちに本願考案の技術的課題(目的)が認識できるものともいえないから,結局,原意匠出願図面は,前記技術的課題を達成できるスライドガイド帯部材の構成を含んだ本願考案が認識できる程度,内容のものであると把握することができない。
(2)Xは,原意匠出願図面中の「使用状態を示す参考図」には,外着の襟部外周に少なくとも両端部を固着して設けた帯部材がフードの内面の左右に取り付けた2個のループ状部材の輪にそれぞれ挿通され,交差状態で係合されている形態が描かれているのであるから,通常一般の者,ましてや当業者であれば,同図を見て,左右2個のループ状の部材は帯部材に沿って(その長手方向に)滑り動くことができ,そしてフードも一緒に襟部の外周に沿って滑り回るものと把握することができ,同時に帯部材はループ状部材の滑り動きを案内するもの,すなわち,スライドガイド機能を有する部材と把握することができるものであると主張する。
しかしながら,帯状部材がループ状部材の滑り動きを案内することができ,またループ状部材の端部がフードに固着されているものであるからループ状部材とともに2つの帯状部材の固着個所の範囲内でフードも滑り動くものであることは認めることができるとしても,原意匠出願図面に示されている帯状部材が「使用状態を示す参考図」の背面部分で外着の襟部のどの個所にあるいはどのように関連づけられて構成されているのか原意匠出願図面の記載から認識できないのであるから,当該帯状の部材が本願考案の技術的課題(目的)を達成するうえで必要な機能を行う「スライドガイド帯部材」であると認めることはできず,したがって,Xの上記主張は採用できない。
また,Xは,甲第8号証の1乃至甲第10号証の2において証明されるようにフード付外着の分野において,その両端が外着の襟部に固着されうる構造の帯部材を,フード内面に取り付けたループ状部材の輪に挿通することにより,ループ状の部材を帯部材に対して交差状態で係合する構成を有するフード付外着は,原意匠登録出願時において,いわゆる回るフードとして,既に市販されていたのであるから,当業者であれば原意匠出願図面を見たとき,その図面には回るフードが図示されていると容易に把握することができると主張する。
確かに,甲第8号証の1ないし甲第10号証の2によれば原意匠登録出願時に回るフード付外着と称するものが市販されていた事実は認めることができるが,前記甲号各証に示されている回るフード付外着と原意匠出願図面に示されているフードとが同一のものであると認めるに足りる証拠はないから,Xの上記主張は採用できない。
さらに,Xは,意匠登録出願をするとき意匠に係る物品の各々の構成要素の目的,作用ないし働き及び効果を願書又は図面に記載することまでは意匠法が要求するところではないのであるから,原意匠出願に意匠に係る物品の各々の構成要素の目的,作用ないし働き及び効果が記載されていないことを理由に本願考案が原意匠出願に記載されていないとした審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,本願考案が「外着の襟部外周にスライドガイド帯部材を,その少なくとも両端部を固着して設けたこと」,「スライド部材を,スライドガイド部材に対し交差状態で係合すること」等を構成要件としているのは,本願考案の前記技術的課題(目的)を解決するためであることは本願明細書の記載に照らして明らかであり,そのような構成要素からなるフード付外着の考案が原意匠出願図面の記載から認識できるものといえるには,本願考案の各構成要素の実施の態様として別紙図面1に記載されている形態が原意匠出願図面に示されている意匠を構成する各構成要素の形態と同じであり,そして,それらが意匠を構成する物品の各構成要素としての技術的意義,すなわち,目的,作用ないし働き等が図面自体から把握でき,それらを総合して技術的思想の創作と認定・判断できるものでなければならないことは,前述のとおりであって,Xの上記主張は理由がない。
そうすると,「そのそれぞれの構成要素がどのような目的を有し,どのような作用ないし働きをし,効果を奏するのかなどについて何ら記載するところがない。」とした審決の認定・判断に誤りがあるということはできない。
(3)したがって,本願考案の目的,構成,効果は原意匠出願から明らかに認識できるような程度,内容のものとはいえないから,「原意匠出願には,本願で対象とするフード付外着が記載されておらず,出願時の遡及の利益を受けることができない」とした審決の認定判断は正当である。
3 成立に争いのない甲第7号証(昭和62年実用新案登録願第65283号の願書添付の明細書及び図面のマイクロフィルムの写し)には「外着の襟部外周に少なくとも両端部を固着して設けたスライドガイド帯部材に対し交差状態で係合するスライド部材を,フードをフード上部布とで形成するフード下部内面左右に配設するとともに,前記フード下部布の両端部を重合掛止する掛止具をフード下部布に設けたフードを備えたフード付外着」が記載されていると認められる。
原意匠出願からの出願変更は,前述のとおり不適法なものであるから,本願は出願時の遡及の利益を受けることができないものであり,その出願日は現実の出願日である平成元年12月8日であり,その考案は前記甲第7号証に記載された考案と認めることができる。
したがって,「本願考案は,引用例に記載された考案であって,実用新案法3条1項3号に該当し,実用新案登録を受けることができない。」とした審決の認定判断は正当である。
4 以上のとおりであるから,審決の認定判断は正当であって,審決にX主張の違法はない。
第4 よって,Xの本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。」