東京高判平成3年3月28日(平成2年(行ケ)第131号)

1.判決
 審決取消。

2.判断
「一 特許庁における手続の経緯
  1 甲事件
    Xは,昭和57年12月27日,意匠に係る物品を「天井用埋込み灯」とし,登録第622798号意匠(・・・「本件本意匠1」という。)を本意匠とする・・・意匠(以下「本願意匠1」という。)につき類似意匠登録出願(同年意匠登録願第57987号)をしたところ,昭和62年3月31日拒絶査定を受けたので,同年6月12日審判の請求を請求した。特許庁は,右請求を同年審判第10622号事件として審理したうえ,平成2年3月8日,審判請求不成立の審決をした。
  2 乙事件
    Xは,昭和57年12月27日,意匠に係る物品を「天井用直付け灯」とし,本件本意匠1を本意匠とする・・・意匠(以下「本願意匠2」という。)につき類似意匠登録出願(同年意匠登録願第57985号)をしたところ,昭和62年3月31日拒絶査定を受けたので,同年6月12日審判の請求を請求した。特許庁は,右請求を同年審判第10621号事件として審理したうえ,平成2年3月15日,審判請求不成立の審決をした。
  3 丙事件
    Xは,昭和57年12月27日,意匠に係る物品を「天井用埋込み灯」とし,登録第593486号意匠(・・・以下「本件本意匠2」という。)を本意匠とする・・・意匠(以下「本願意匠3」という。)につき類似意匠登録出願(同年意匠登録願第57990号)をしたところ,昭和62年3月31日拒絶査定を受けたので,同年6月12日審判の請求を請求した。特許庁は,右請求を同年審判第10623号事件として審理したうえ,平成2年3月22日,審判請求不成立の審決をした。
・・・
一 請求の原因一,二の事実(特許庁における手続の経緯,審決の理由の要点)及び引用意匠1,2が審決摘示(審決の理由の要点1ないし3の各(二))のとおりのものであることは当事者間に争いがなく,本願意匠1,2が引用意匠1と(甲,乙事件),本願意匠3が引用意匠2と(丙事件)各類似する旨の審決の判断も,Xの認めて争わないところである。
二 取消事由に対する判断
  1 X主張の取消事由は,甲,乙,丙事件とも,要するに,審決が引用した引用意匠が,本件本意匠の登録出願後で,本件本意匠を本意匠とする本願意匠の類似意匠登録出願前の出願に係り,かつ引用意匠の出願が本件本意匠(ただし,丙事件では本件本意匠2の類似第1号の意匠)に類似するとして意匠法9条1項により拒絶(確定)されたものであるにもかかわらず(以上,(イ)),審決が,引用意匠と本件本意匠との類否判断をすることなく,引用意匠に本願意匠に対する先願としての地位(後願排除効)を認めた点(以下,(ロ))の違法をいうものである。そして,右(イ)の事実は当事者間に争いがなく,(ロ)の事実は前記当事者間に争いのない審決の理由の要点から明らかである。
  2 そこで,前記(イ)の事実関係を前提として,各審決が,引用意匠と本件意匠との類否の判断をしなかった点の当否について検討する。
    (一)意匠法10条の定める類似意匠登録制度は,意匠が,「物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合」(同法2条1項)という極めて具体的な物品の形態を対象とすることから,一般の需要,嗜好の変化に応じて適当に修正改良を加えて使用される場合が多く,また,僅かな変更を加えて模倣される危険性も大きいことに鑑み,特に本意匠に類似する意匠の登録を許すことにより,本意匠の類似範囲を明確にするとともに意匠権の保護を強化しようとしたものであり,また,類似意匠登録出願に係る意匠が本意匠に類似すると同時に第三の意匠にも類似するときは,これとの混同を避ける必要があることから,同条1項により右登録を受けられる意匠を「自己の登録意匠(本意匠)にのみ類似する意匠」に限定したものと解される。しかして,本件におけるように,類似意匠の登録出願に際し,類似意匠登録出願より先願の第三の意匠が存し,かつ該類似意匠登録出願に係る意匠が右第三の意匠に類似するときでも,該第三の意匠が本意匠の登録出願後の出願に係り,かつ本意匠に類似するものである場合は,該第三の意匠は,本来,本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属するものとして実施が許されない筈のものであるから(本件の場合は,引用意匠の出願は本意匠の出願の後願として意匠法9条1項により拒絶される関係にあり,現に,甲,乙事件ではその理由で拒絶されている。),かかる第三の意匠にまで類似意匠登録出願に係る意匠に対する先願としての地位(後願排除効)を認めるとすれば,かえって,前記制度の趣旨に反することは明らかである。のみならず,仮に右のような第三の意匠に類似意匠登録出願に係る意匠に対する先願としての地位を認めるときは,例えば,第三者において類似意匠登録を妨害する意図を有する場合,本意匠と同一又は類似の意匠につき登録出願をなしておきさえすれば足りることとなり(当然,右出願は,意匠法9条1項により拒絶されることになるが,Y主張のように右出願に意匠の先願としての地位を認めれば,右出願によりその後になされた類似意匠登録出願は拒絶されることになる。なお,右出願が意匠法第3条1項により拒絶されることもあり得るが,その場合も事情は異ならない。),それでは,類似意匠登録制度が全く機能しないことにもなりかねないところである。
    (二)そうであれば,本件におけるように,後願の類似意匠登録出願に係る意匠(本願意匠)が先願に係る第三の意匠(引用意匠)にも類似する場合であっても(前記一のとおり,本件においては,本願意匠が引用意匠に類似すること自体は争いがない。),右第三の意匠が,本意匠の登録出願後の出願に係り,本意匠に類似するものであって,かつ,その出願が拒絶されたものであるとき(換言すれば,意匠登録がなされなかったものであるとき)は,右類似登録出願に係る意匠が本意匠に類似すると認められる限りにおいて,意匠法10条1項によって類似意匠登録が受けられるものと解するのが相当である。
      なお,丙事件では,引用意匠2の出願は本件本意匠2の類似第1号の意匠に類似するとして拒絶されたものであるから(この点も,前記1(イ)のとおり当事者間に争いがない。),引用意匠2が本件本意匠2に類似するとは限らず,右類似第1号の意匠に類似するが本件本意匠2には類似しない場合もあり得ることはY主張のとおりであるが,引用意匠2が本件本意匠2にも類似する場合は,甲,乙事件と別異に解する理由はない。また,引用意匠2が右類似第1号の意匠に類似するが,本件本意匠2には類似しない場合は,引用意匠2は,原則に戻り,本願意匠3に対する先願としての地位を有するものと解すべきである。けだし,意匠法22条にいう類似意匠の意匠権と本意匠の意匠権の合体の効果につき,Y主張のような,いわゆる結果拡張説(類似意匠登録により,本意匠の意匠権の効力の範囲とは別個に,類似意匠独自の意匠権の効力の範囲が生ずると解する説。この説では,このように類似意匠が独自の意匠権の効力範囲を有することになる結果として,あたかも本意匠の効力範囲が,その固有の効力範囲を超えて類似意匠独立の意匠権の効力範囲にまで及ぶがごとき観を呈することになる。)を採っても,いわゆる確認説(類似意匠登録によっても,類似意匠独自の意匠権の効力の範囲は生じないと解する説)を採っても,引用意匠2が本件本意匠2の意匠権の効力の及ぶ範囲外にあることに変わりはない以上,引用意匠2の先願としての地位が否定されるべき理由はないからである。もっとも,本意匠の意匠権の効力自体が登録類似意匠には類似するが本意匠には類似しない範囲にまで拡張されるとの説(いわゆる純然たる拡張説)を採れば,引用意匠2の先願としての地位は否定されることになるが,現行意匠法(昭和34年法律第125号改正後のもの)の規定の下では,本意匠に固有の類似範囲(効力範囲)そのものは客観的に存在し,これを拡張するという概念を入れる余地は全くなく,その範囲外にあるものはすべて本意匠に非類似であるといわざるを得ないことは明らかであって,類似範囲を拡張しその中に非類似のものをとり込むということ自体矛盾というほかはないから,いわゆる純然たる拡張説なるものは採用しがたい。したがって,丙事件におけるように,他に類似意匠登録のなされた意匠がある場合にも,引用に係る先願意匠と本意匠との類否判断を不可欠とし,かつ,それで足りる(引用に係る先願意匠と登録類似意匠との類否判断の必要まではない)ものと解されるのである。
    (三)Yは,先願主義に関する意匠法9条に関して,先願に係る意匠は,その出願が意匠法9条の3項(取下げ,無効)及び4項(冒認)に明記された除外事由に該当するものでない限り,常に後願に係る意匠(先願の意匠と同一又は類似の意匠)に対して先願としての地位(後願排除効)を有すると解すべきである旨主張するが(なお,各審決も右と同様の理解に立つものと解される),右解釈は,後願が類似意匠登録出願に係る場合には妥当しない。なぜなら,類似意匠登録に関する同法10条1項自体が右9条の定める先願主義に対する例外を定めるものであり(この点は,Yも,Yの主張2及び3において認めているところである。),かつ,右(二)で述べたとおり,類似意匠登録出願に係る意匠と本意匠と第三の意匠とが前示のような関係にある場合には,本意匠との関係のみならず,右第三の意匠との関係でも,同法10条1項によって同法9条の定める先願主義の例外を認めるべきであるからである(なお,この点に関して審決(甲,乙事件)が援用する昭和58年行ケ第254号事件の判決は,成立に争いのない甲第7号証に徴し,後願が類似意匠登録出願である場合に関するものではなく,独立の意匠登録出願である場合に関するものであることが明らかであるから,X主張のとおり,本件とは事案を異にし,適切でない。)。
      また,Yは,本件の事実関係(前記1(イ))を前提としても,引用意匠が意匠法10条の規定する例外の場合には当たらない旨主張し,その理由としてYの主張2の@ないしBの点を挙げているので,順次検討する。まず,@の点は,同条1項において,例外として,先願の意匠であっても後願の類似意匠登録出願に係る意匠に対して先願としての地位を有さないとされているのは,類似意匠登録出願に係る意匠に類似する,先願の「自己の登録意匠」(本意匠)のみであるというものであるところ,たしかに,同項は,類似意匠登録を受け得る意匠を「自己の登録意匠にのみ類似する意匠」と規定しているから,文理のみからすれば,「自己の登録意匠」(本意匠)以外の意匠はすべて右例外に該当しないとの解釈も成り立ち得ないではない。しかしながら,そのような解釈に従えば,前記(一)でみたとおり,本件のような場合,類似意匠登録制度の趣旨に反するのみならず,制度自体の機能を喪失させることになりかねないことに照らし,右解釈には到底左袒しがたいところである。次に,Aの点は,意匠の登録要件と意匠権の効力の範囲(意匠法23条により類似範囲にまで及ぶものとされている。)は別異の立法政策に基づいて定められているものであることを理由として,類似意匠の登録要件に関わる引用意匠の先願としての地位の有無が,引用意匠が本件本意匠と類似するか否か,換言すれば,引用意匠が本件本意匠の意匠権の効力の及ぶ範囲に属するか否かというような点に左右されることはないというものである。しかしながら,意匠の登録要件と意匠権の効力の範囲が別異の立法政策に基づいて定められていることがY主張のとおりであるとしても,そのことから常に,意匠権の効力の範囲が意匠の登録要件に何らの影響も及ぼさないものと解すべき理由を見出しがたく,また,Yの主張する立法政策の相違が前記(一),(二)に説示した法理を否定する根拠となるものとも認めがたいから,この点に関するYの主張も採用しがたい。またBの点についてみるに,当該事件とは関係のない点についての判断を余儀なくされるとする点に関しては,前示(一),(二)のように解すべきである以上,当該事件と関係がないとする前提自体が誤りであるというべきであるし,また,類似意匠登録出願の審査・審判に過度の負担を強いるものであるとする点も,意匠法において類似意匠登録制度が設けられている以上,やむを得ない負担というほかないものであって,いずれも,到底採用し得るところではない。
  3 以上によれば,本件の事実関係(前記1(イ))の下においては引用意匠が本願意匠に対する先願としての地位を有するとするためには,引用意匠が本件本意匠と類似しない点を確認することが不可欠であるというべきところ,各審決が,引用意匠と本件本意匠との類否判断をすることなく,引用意匠に本願意匠に対する先願としての地位(後願排除効)を認めたものであることは前記1(ロ)でみたとおりであるから,この点で各審決は誤りであり,また右誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきことも明らかであるから,各審決はいずれも違法として取消しを免れない。
四 よって,本件各審決の取消しを求めるXの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。」