1.判決
請求棄却。
2.争点
(1)消滅した特許権に基づく差止及び廃棄請求は認められるか。
(2)訴の追加的変更は認められるか。
(3)Y製品は,本件特許発明の技術的範囲に属するか。
3.判断
「第一 差止及び廃棄請求について
本件特許権が昭和38年10月20日存続期間の終了により消滅したことは,当事者間に争いがないところであるから,Xらの差止及び廃棄請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないものといわざるをえない。
第二 損害賠償請求について
一 訴の変更の許否
Y訴訟代理人は,X1及びX2がした訴の追加的変更は,著しく訴訟手続を遅滞させるから,民事訴訟法第232条第1項但書及び第255条第1項本文の各規定により,許されないと主張する。しかして,本件一件記録に徴すれば,Xらは,昭和37年2月6日,訴提起以来,Yの現に製作販売する別紙(一)記載の絞り作動装置がXらの本件特許発明の技術的範囲に属することを主張立証してきたが,昭和38年10月30日,右主張に加えて,Yの製作販売行為による特許権の侵害を理由にその損害の賠償を請求するに至つたものであること明らかである。しかして,右訴の追加当時,すでに従来の請求についての主張立証が尽されていたと仮定しても,この技術的範囲に属する物件を製作販売することによる特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権の審理判断することは,これがため,多少の日時は要するにしても,特に著しい訴訟手続の遅滞を来たすものということは当をえない(現に,記録によれば,結果的にではあるが前記訴の追加的変更以後弁論終結まで4回の口頭弁論期日が開かれたにすぎない。)したがつて,本件における訴訟手続の経過に徴すれば,Xらがした前記訴の追加的変更は適法なものというべく,Y訴訟代理人の前記主張は実質的理由を見出しがたく,もとより採用しうべき限りではない。
二 X両名の権利
X1及びX2が昭和24年3月18日設定の登録により本件特許権につき各二分の一の持分を取得したこと及び本件特許権が昭和38年10月20日に存続期間の終了により消滅したことは,当事者間に争いがない。
三 Y製品は本件特許発明の技術的範囲に属するか。
(一)争いのない事実
本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載が別紙(二)該当欄記載のとおりであること並びにYの製作販売にかかる一眼レフレツクス写真機及び交換レンズが別紙(一)記載の絞り作動装置を有することは,当事者間に争いがない。
(二)本件特許発明の構成要件
前記当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載,とくに,「開閉板にシヤツターの起動杆に関連せる作動環を係合し,(中略)シヤツターの作動に際しシヤツターが開き始めざる期間中に作動環を押進し,開閉板が止子に衝合する迄之を共に回動せしめて予め定めたる絞度に絞る」との記載,成立に争いのない甲第3号証(本件特許発明明細書)の発明の詳細なる説明中,「開閉板7に作動環12を重ね,其の間に環状摩擦板13を介装し,作動環12と開閉板7とを摩擦的に係合し,切欠11が止子6に衝合せる以後は作動環12のみが回動する如くなさしむ。作動環12には突腕14を設け該突腕14に牽引バネ15を連結し,作動環12をして絞羽根8群を開く方向に回動せんとする傾向を附付し,突腕14にシヤツターの起動杆を関連し,シヤツターを作動すべく起動杆を作動する場合に作動環12をバネ15に抗して回動せしむべくす。」「作動環12は,バネ15にて牽引せられ,開閉板7は摩擦によつて作動環12と共に絞りが全開の状態を保たしむ。常時は以上の状態を保つも,撮影に際しシヤツターを作動すべく起動杆を押動する時は,シヤツターが開き始めざる期間中に作動環12をバネ15に抗して第一図に於て矢符の方向に回動し,開閉板7を切欠11の左端が止子6に衝合する迄共に回動して,絞羽根8群を予め定めたる絞度に絞り,爾後は開閉板7を其の位置に残し作動環12のみは其の行程端迄回動し,次でシヤツターが開放し始むるものにして,起動杆が復位するときは絞りは全開す」との記載及びその図面,証人【C】の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば,
(1)絞羽根開閉板に作動環を「係合」することは本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一つであること(このことは当事者間において争いがない)。
(2)本件特許発明において,作動環を絞羽根開閉板に固定することなく,「係合」するに止めるのは,撮影に際し,シヤツターを作動すべく起動杆を押動して,これと関連する作動環を押進するとき,絞羽根開閉板が止子に衝合するまではこれをともに回動して絞羽根群を予め定めた絞度に絞るが,その後は絞羽根開閉板をその位置に残し,作動環のみがその行程端まで回動し(起動杆がその行程端まで回動することはいうまでもない。),次いで起動杆がその行程端に達することによりシヤツターが開き始めるように構成すること,換言すれば絞羽根開閉板に止子との衝合による抵抗が働かないときは絞絞羽根開閉板と作動環とは一体的に回動するが,右抵抗が働くときは絞羽根開閉板は停止し作動環のみが回動しうるようにすることにより,シヤツターが開き始めないうちに予定絞りに絞るという作用効果を得るためであること。本件特許発明において,作動環を絞羽根開閉板に固定すれば,あるときは両者が一体的に回動し,あるときはその一方のみが回動するということは不可能になり,その結果,シヤツターが開きはじめないうちに予定絞りに絞るという作用効果も得られないことになること。
(3)したがつて,前記(1)にいう「係合」とは作動環と絞羽根開閉板とが「引っ掛かり合い」の関係にある場合をすべて包摂するものではなく,絞羽根開閉板が止子に衝合するまでは両者が一体的に回動し,その後は作動環だけが回動しうるような特殊の結合関係(かかる関係が摩擦的係合に限定されるかどうかは別として)のみを意味するものといわなければならないこと。
特許請求の範囲の記載中においては,「係合」という文字自体にこれを限定すべき字句は附されていないが,このことは「係合」を以上のように限定的に解釈するになんらの妨げともなりえないこと。
を認定しうべく,証人【D】の証言(第二回)中右認定に反する部分は措信しがたく,甲第3号証(弁理士【E】の鑑定書),甲第4号証(弁理士【F】の鑑定書)及び鑑定人【G】の鑑定の結果中の右認定に反する見解は,いずれも,なんら実質的根拠を示すことなく,前記「係合」即「引つ掛かり合い」の関係一般であるとの前提に立つものであり,到底当裁判所の賛同しえないところであり,また,鑑定人【H】の鑑定の結果は,
(1)一旦,「作動子と開閉板とは或る時点まで共に回動し開閉板の回動が停止しても作動子は予め決められている行程の端迄回動し,その行程の戻りにおいては又又開閉子を常態に復する作用をなし,作動子と開閉板とはそのような作用をするような『係合』が即ち固着とか一体的に設けたのとは異り言わば引かかり合つているようなものであることの必要なことがわかる。」(鑑定書10頁)と正当に指摘しながら,Y製品と比較する際には,絞羽根開閉板が止子に衝合するまで絞羽根開閉板と作動環とがともに回動することのみを取り上げ,その後作動環のみが行程端まで回動することの必要性を看過又は無視していること。
(2)シヤツター作動の際における絞羽根開閉板の回動運動が作動環の押進により行われることは,特許請求の範囲の記載中に明示されているにもかかわらず,その効果が不明であるとの理由で,これを本件特許発明の構成要件ではないとすることの二点において,論理的妥当性を欠き当裁判所のにわかに賛同しがたいところであり,他に前記認定を覆すに足る証拠はない。
(三)Y製品の特徴
当事者間に争いのないY製品の構造と前記(ニ)記載の事実とを対比すれば,Y製品における「弓状レバー3に軸3’を共通にする重合レバー5を重ね,戻り発条6及び押進ピン7により両者が一体的に動くようにし,重合レバー5に設けた溝5’に中介レバー25の制限ピンを係合する構造」が,本件特許発明における前記(ニ)の(1)記載の要件に対応するものであることは,おのずから明らかである。
(四)Y製品と本件特許発明との比較
前記(一)から(三)において明らかにされた事実に,本件Y製品のボデー,絞り装置及びそれを分解したものであることに争いのない検乙第3号証の1から3並びに弁論の全趣旨を参酌して,本件特許発明における前記要件とY製品における右構造とを比較考量すると,両者は,その構造及び作用効果において相違するものといわざるをえない。すなわち,
(1)本件特許発明においては,作動環と絞羽根開閉板とは,絞羽根開閉板が止子に衝合するまでは両者一体的に回動するが,その後は,作動環のみがその行程端まで回動するような特殊の結合関係にあることを要するに対し,Y製品においては,制限ピン8がカム板11に衝合して中介レバー25が停止すれば,重合レバー5及び押動ピン12により弓状レバー3も同時に停止し,弓状レバー3のみが中介レバー25をその位置に残して動くということはありえないから,弓状レバー3と中介レバー25とが前記のような特殊の結合関係にあるものということはできない。
(2)Y製品において,弓状レバー3と中介レバー25とを固定せずに,前記(三)記載の方法により関連させるのは,これによりシヤツターが開き始めないうちに予定絞りに絞るという作用効果を得るためではなく,(a)鏡胴の前後進を可能にすること,(b)重合レバー5に観察用レバー12を係合することにより随時予め定めた絞度における観察を行ないうるようにすること,(c)製作を容易にすること等のためである。
Y製品において,シヤツターが開き始めないうちに予定絞りに絞ることができるのは,シヤツター釦を押圧することにより進退レバー1が退避し始めると,弓状レバー3,重合レバー5及び中介レバー25は,発条4に引かれて,制限ピン8がカム板11に衝合するまで,一体的に外方向に振られ,絞羽根群を予定絞りに絞るが,これと同時に右各レバーはすべて停止し,その後は進退レバー1のみが退避運動を継続し,それが行程端に達したときシヤツターが開き始めるように構成されていることによるのであるから,弓状レバー3,重合レバー5及び中介レバー25が一体的に固定されていても,シヤツターが開き始めないうちに予定絞りに絞るという作用効果は得られる。
したがつて,Y製品において弓状レバー3と中介レバー25とを固定せず前記(三)記載の方法により関連させることによる作用効果は,本件特許発明において作動環と絞羽根開閉板とを「係合」することによる作用効果と全く相違するものといわなければならない。
前掲甲第3,第4号証並びに鑑定人【G】及び同【H】の各鑑定の結果中右に反する見解は,いずれも本件特許発明の技術的範囲を不当に広く定めるものであり,当裁判所の賛同しがたいところである。
(五)したがつて,Y製品はこの点において本件特許発明の構成に欠くことのできない事項の一つを欠くものであるから,他の点を比較するまでもなく,本件特許発明の技術的範囲に属しないものというべく,他にこれを覆すに足る証拠はない。
四 むすび
以上説示のとおりであるから,Y製品が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とするX1及びX2の損害賠償請求は,進んで他の点について判断するまでもなく,理由がないものといわざるをえない。
第三 よつて,Xらの本訴請求は,いずれもこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条,第93条第1項但書及び第95条本文(ただし,第95条本文の規定は,損害賠償請求に関する分についてのみ)を適用して,主文のとおり判決する。」