1.判決
請求棄却。
2.争点
(1)米国特許法に基づいて,日本国内におけるYの行為の差止め及びY製品の廃棄を求めることができるか。
(2)Yの日本国内における行為が米国特許権を侵害することを理由として,損害賠償を求めることができるか。
(3)Y製品一につき,差止めの利益があるか。
(4)Y製品二が本件米国特許発明の技術的範囲に属するか。
(5)本件米国特許権が無効か。
(6)Yが職務発明による通常実施権を有するか。
(7)Xの損害賠償請求権が時効により消滅しているか。
(8)本件米国特許権に対応する日本国特許権をYが有していることを理由として,Yの実施行為を適法ということができるか。
(9)Xの損害の額はいくらか。
3.判断
「第三 争点に対する判断
一 争点1(米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求の可否)について
1 Xの差止め及び廃棄請求は,日本国内におけるYの行為が米国特許権の侵害に当たることを理由とするものである。
まず,本件の差止め及び廃棄請求は,我が国に住所を有する日本人と我が国に本店を有する日本法人との間での,同法人の我が国の国内の行為に関する請求であるが,米国特許権に基づく請求であるという点において渉外的要素を含むので,どの国の法律を準拠法とすべきか(特許権に基づく差止め及び廃棄請求の法性決定)が問題となる。この点に関しては,法例等の我が国の法律に準拠法の定めがある場合には,その規定に従うこととなるが,特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法に関しては法例等に直接の定めがない。また,特許権に基づく差止め及び廃棄請求は,特許権の排他的効力の現れであり,各国の法制上このような請求が認められるかどうかの点を含めて特許権の効力の問題と考えるべきであるから,これを不法行為の問題と性質決定して法例11条1項によるべきものと解するのも妥当ではない。特許権の効力の準拠法に関しても法例等に直接の定めがなく,類推適用すべき規定があるともいえない。したがって,特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法については,正義及び合目的性の理念という国際私法における条理に基づいて,これを決定すべきである。そして,(1)特許権は国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであること,(2)特許権に関しては,前記のとおり属地主義の原則が採られ,各国の特許権の効力等は当該国の法律によって定められていること,(3)各国の特許権は,その発生,変動及び消滅に関して相互に独立であり,特許権自体の存立が他国の特許権の無効,消滅,存続期間等により影響を受けないとされていること(いわゆる「特許権独立の原則」。工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照)に照らすと,特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては,当該特許権が登録された国の法律を準拠法とすべきものと解するのが相当である。したがって,本件の差止め及び廃棄請求については,米国特許法が準拠法になるというべきである。
2(一)ところで,米国特許法は,特許発明を権限なく実施する行為すなわち特許権を直接侵害する行為に関しては,これが米国内の行為に限られる旨を規定している(米国特許法271条(a)項)のに対し,特許権を侵害するよう他の者を積極的に教唆する行為(積極教唆)や,特許発明の主要な部分を構成する部品等で他に実質的な非侵害用途のないものを,それが特許権侵害行為に使われることを知って販売等する行為(寄与侵害)に関しては,地理的な限定を設けていない(同条(b)項及び(c)項)。したがって,米国内において直接侵害が行われる場合には,これに関する積極教唆及び寄与侵害が米国外で行われた場合でも,これらは特許権の間接侵害として責任を負うべきことになる(甲4,5,15)。このように,米国特許法は,特許権の間接侵害について,同法の規定が米国の領域外の行為にも適用されるという域外適用を認めている。そうすると,本件において,Yの行為につき準拠法として米国特許法を適用すべきものであれば,右の域外適用の規定(以下「域外適用規定」という。)に基づいてYに対し差止等を命じ得る余地があるということになる。
(二)しかしながら,特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては米国特許法を準拠法とするとしても,そのことから直ちに本件について米国特許法の域外適用規定を適用すべきものと結論付けることはできない。
すなわち,特許権を始めとする工業所有権については,特許付与や登録という方法により国家により与えられる独占権であることから,その成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,その効力は当該国の領域内においてのみ認められるという,いわゆる属地主義の原則が,我が国を含めて国際的に広く承認されている。右原則によれば,米国特許権の効力が及ぶ地理的範囲は米国の領域内に限られることになるから,他の者の我が国における行為が米国特許権を侵害するということはあり得ないはずである。そして,我が国の特許法においても,同法の規定を日本国外の行為に適用すべき旨を定めた規定は設けられておらず,我が国と他国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存在しない。そうすると,米国の領域外の行為についても米国特許法の規定を適用すべき旨を定めた域外適用規定は,我が国の特許制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものというべきである。
したがって,米国特許法の域外適用規定を我が国の国内における行為に対して適用することは,我が国の法秩序の理念に反するものであるから,法例33条により,これを適用しない。
(三)このように解さないと,米国特許権の権利者は我が国の裁判所で米国特許権に基づく差止等を請求し得るのに対して,我が国の特許権の権利者は米国の裁判所で同様の救済を受けられないということになり,米国特許権の権利者に比べて,我が国の特許権の権利者を著しく不平等に扱うことになるが,このような結果は,我が国の法秩序に照らし,到底容認できない。
3 以上によれば,Y製品が本件米国特許発明の技術的範囲に含まれるかなどの点について判断するまでもなく,Xの差止め及び廃棄請求は,これを求める法令上の根拠を欠くことになるから,すべて理由がないというべきである。
二 争点2(米国特許権の侵害を理由とする損害賠償請求の可否)について
1 Xの請求は,Yの行為がXの米国特許権を侵害することを理由に損害賠償を求めるものであり,Xの主張する被侵害法益は米国特許権であって,渉外的要素を含むものである。そこで,まず,その準拠法につき検討すると,特許権の侵害を理由とする損害賠償は特許権の効力と関連性を有するものではあるが,損害賠償請求を認めることは特許権特有の問題ではなく,あくまでも当該社会の法益保護を目的とするものであるから,不法行為の問題と性質決定し,法例11条1項によるべきものと解するのが相当である。
法例11条1項においては,不法行為によって生ずる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律によるものと規定されている。そして,Xが不法行為に当たると主張するYの行為は,すべて日本国内の行為であるから,本件においては,日本法(民法709条以下)を適用すべきものというべきである。
2 民法709条においては,他人の権利を侵害したことが,不法行為に基づく損害賠償請求権の要件の一つとされているところ,本件においては,XがYの行為によって侵害されたと主張する権利は米国特許権である。我が国においては,外国特許権について,我が国の特許権と同様ないしこれに準ずる保護を与える法令上の規定は存在せず,かえって,前記のとおり,我が国においては属地主義の原則が妥当し,これによれば外国特許権の効力は当該国の領域内においてのみ認められ,日本国内にはその効力が及ばないのであるから,米国特許権は,我が国の不法行為法によって保護される権利には該当しない。したがって,米国特許権の侵害に当たる行為が我が国でされたとしても,右行為は日本法上不法行為たり得ないと解するのが相当である。
3 したがって,Xの損害賠償請求を認めることはできない。
三 なお,Xは,不法行為による損害賠償請求権が時効により消滅した部分については,予備的に,不当利得返還請求権を行使すると主張している。
Xの右予備的請求について,これを消滅時効以外の理由により不法行為による損害賠償請求が排斥される場合を含めて,広く,不当利得の返還を予備的に求めるものと解し得るとしても,右の不当利得返還請求の準拠法については,法例11条1項により,特許権の侵害を理由とする損害賠償請求におけるのと同様,日本法(民法703条以下)を適用すべきものというべきである。そして,前に判示したとおり,属地主義の原則により,米国特許権の効力が日本国内に及ばない以上,Yが我が国の国内における行為により法律上の原因なくしてXの財産又は労務により利益を得てXに損失が生じたということもできないから,右予備的請求を認めることもできない。
四 以上によれば,その余の争点につき判断するまでもなく,Xの請求はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。」