東京地判平成4年10月23日(平成2年(ワ)第12094号)

1.事案の概要
 X(原告)は,特許第1583359号(平成2年10月22日設定登録。以下「本件特許権」という。)の特許権者である(以下,本件特許権に係る特許発明を「本件発明」という。)。本件発明の特許出願の願書に添付された明細書(本件明細書)の特許請求の範囲(本件特許請求の範囲)第1項に示された化合物は,一般名を「ケトチフェン」と称される物質である。
 なお,Xは,本件発明の特許出願審査の過程において,次のような手続補正をした。
(1)昭和61年3月19日付けの手続補正書による手続補正(以下「昭和61年補正」という。)
 本件特許権の出願当初の願書に添付された明細書(出願当初の明細書)には,特許請求の範囲として,ケトチフェン又は「その製薬上許容しうる酸付加塩を含み,製薬上許容しうる担体又は希釈剤を併用してなるアレルギー症状の予防剤又は治療剤。」と記載されていたが,これが「ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」と改められ,発明の詳細な説明における実施例1ないし5の欄には,「アレルギー症状の治療に有効である」旨が記載されていたが,これが「アレルギー症状の防御に有効である」と改められた。
(2)平成2年3月15日付けの手続補正書による手続補正(以下「平成2年補正」という。)
 発明の詳細な説明の実施例1ないし5の欄の「実施例」が「製剤例」に変更された。
 Xは,Y(被告)らが,それぞれ,第一物件目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤し販売しようとしているため,Yらの該医薬品が本件特許権の技術的範囲に属するものであり,Yらの該医薬品の製剤,販売行為は本件特許権を侵害することになるとして,Xが,Yらに対し,Yらの該医薬品について,本件特許権侵害予防請求権に基づき,将来における製剤,販売行為の差止めを求めて訴えを提起した。
 第一物件目録記載の化合物は,ケトチフェンに「フマル酸」の結合した化合物であって,ケトチフェンのフマル酸塩であり,一般名を「フマル酸ケトチフェン」と称される物質である。これは,ケトチフェンの酸付加塩の一種であり,非毒性であって,本件特許請求の範囲第1項記載の「その製薬上許容しうる酸付加塩」(以下,ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を「本件化合物」ということがある。)に該当する。
 Xは,フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品をサンド薬品株式会社をして製造せしめ,三共株式会社をしてフマル酸ケトチフェンを有効成分とする製剤品(商品名「ザジテン」又は「Zaditen」。以下「ザジテン」という。)を販売せしめている。
 Yらは,フマル酸ケトチフェン原末を製剤したうえ,フマル酸ケトチフェンを有効成分とする製剤品を販売しようとしている。すなわち,Yらは,薬事法に基づいて,フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品を製剤し,販売することを内容とする製剤製造承認を取得するとともに,平成2年7月13日,フマル酸ケトチフェン製剤(カプセル剤)について,薬価基準の収載を受け,これを販売しようとしている。
 Yらの該フマル酸ケトチフェン製剤(カプセル剤)の商品名は,以下のとおりである(以下,Yらの各製剤を総称して「Yらの製剤品」といい,各製剤をその商品名のみで表示することがある。)。
(一)被告共和薬品工業株式会社の製剤品 ザジトマカプセル
(二)被告大原薬品工業株式会社の製剤品 ケトチロンカプセル
(三)被告辰巳化学株式会社の製剤品 サルジメンカプセル

2.争点
1 本訴の差止請求の対象物は特定が不十分か。
2 昭和61年補正は,本件発明の要旨を変更するものであるか。
3 Yらの製剤品は本件特許発明の特許請求の範囲に記載されている「アレルギー性喘息の予防剤」に該当するか。

3.判決
 一部認容,一部棄却。

4.判断
「第三 争点に対する当裁判所の判断
一 争点2について
  Yらは,昭和61年補正が明細書の要旨変更に当たるとの主張の前提として,本件発明の出願当初の明細書には,発明者が開示した実施例の内容として「治療剤」のみしか記載されていない旨主張するので,この点について判断する。
  1 甲26の1によると,出願当初の明細書には,特許請求の範囲の第1ないし第5項に「アレルギー症状の予防剤又は治療剤」と,第6ないし第14項に「アレルギー症状の予防方法又は治療方法」と,また発明の詳細な説明の項目にも「この化合物はアレルギー症状,たとえばアレルギー性胃腸障害,運動により誘起される喘息特にアレルギー性喘息の予防と治療に有効であることが判った。」と記載され,また,治療剤と予防剤とが実質的に同じである旨,あるいは治療剤が予防剤を含む広い概念であることを示唆する趣旨の記載はないから,Xは,出願時において,予防(剤)という用語と,治療(剤)という用語とをそれぞれ独立した概念を有するものとして区別して使用していたものと認められる。
  2 次に,出願当初の明細書に記載された2種の薬理試験に関する記載内容等について,検討する。
    (一)甲26の18,20及び弁論の全趣旨によると,本件発明の出願当時,アレルギー性喘息の主たる発症機序については次のようなものであると一般的に理解されていたことが認められる。すなわち,肥満細胞は,多数の顆粒を有しており,顆粒中にはヒスタミン等のChemical Mediators(化学伝達物質)が蓄えられているが,抗原(アレルゲン)が体内に入り,IgE(免疫グロブリンE)抗体が体内において産生され,これが肥満細胞のIgE受容体に結合して,感作された肥満細胞となる。これに,再び,抗原が侵入して肥満細胞上でIgE抗体と結合すると,肥満細胞の表面で抗原抗体反応が生じ,これがひき金となって,肥満細胞に脱顆粒が起こり,ヒスタミン等の化学伝達物質を遊離し,これらの化学伝達物質が組織に直接的に作用し,気管支平滑筋の痙攣等を発症させる。
    (二)出願当初の明細書には,本件化合物によるヒスタミン遊離の抑制作用を証明するための標準テストであるとしてねずみにおける受動的皮ふアナフイラキシーテスト(PCA)テストが示され,Immunology7(1964)の681頁以下(甲26の20に乙第5号証として添付の文献)が引用されている。アレルギー反応が抗原の侵入によって自ら抗体を産生することにより感作されるプロセスを経るのに対し,PCAテストでは他の動物で産生した抗血清を動物の皮内に注射することにより感作させるという点においては異なるものの,アナフィラキシー反応が生ずるプロセスの部分においては両者のメカニズムは共通しているところ,右引用文献の「肥満細胞の損傷,そしてヒスタミン及び5HTの遊離がPCA反応において一次的役割を果たしているからであろう」との記載に照らすと,PCA反応の有無を調査することは,肥満細胞の損傷とヒスタミン及び5-HTの遊離が生じているか否かを調べる結果になるということができるから,ある試験化合物について,アレルギー反応のうち肥満細胞損傷のプロセスが防げるか否かを調べるために,PCAテストを利用し,その一連のプロセスの中に,試験化合物を組み込んだ実験を行うことには一応合理性がある。もっとも,ケトチフェンには抗ヒスタミン作用もあることを考慮すると,PCAテストにおいて,ケトチフェンがPCA反応を起こさないことを示したとしても,それがケトチフェンにより肥満細胞の脱顆粒が抑制された結果であるのか,あるいは抗ヒスタミン作用によるものであるのか必ずしも明らかではないから,PCAテストのみでは,肥満細胞の損傷予防の確認テストとして充分ではないといわざるをえない。
      しかし,出願当初の明細書には「ねずみの腹膜マストセル試験」が記載されており,右試験は,化合物48/80というヒスタミン遊離剤を用いてヒスタミンを遊離させる方法をとり,試験化合物のヒスタミン解放抑制作用は遊離したヒスタミンの量を測定することにより判定するものであって,右明細書に引用されたThe Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics vol 184 No.1 P,41-46(甲26の20に乙第4号証として添付の文献)に記載されている「腹膜マストセル試験」が,アナフィラキシー反応,すなわち,抗原抗体反応をひき金としてヒスタミンを遊離させる方法を採っていることと対比すると,化合物48/80というヒスタミン遊離剤を用いていない点において異なるが,化合物48/80によるヒスタミン遊離とアナフィラキシーによるヒスタミン遊離とには多くの共通した特徴があるとされ,また本件発明の出願前において,アレルギー性喘息の予防剤として知られていたDSCGが化合物48/80によるヒスタミン遊離とアナフィラキシーによるヒスタミン遊離の双方において,抑制作用を示しているから,出願当初の明細書に記載の「ねずみの腹膜マストセル試験」は,ヒスタミン解放の抑制作用を確認することが可能な薬理試験であるということができる。
    (三)このように,アレルギー性喘息の主たる発症機序が,肥満細胞に脱顆粒が起こり,解放されたヒスタミン等の化学伝達物質が組織に直接的に作用し,気管支平滑筋の痙攣等を発生させるというものであるのに対し,出願当初の明細書には,PCAテストと共に腹膜マストセル試験が示されることによって,本件化合物がヒスタミン等の化学伝達物質の解放を抑制する作用を有することが裏付けられているから,本件化合物がアレルギー性喘息の予防作用を有することが開示されているというべきである。
      また,甲26の20,23及び弁論の全趣旨によれば,本件発明の出願当時,アレルギー性喘息の予防剤としてクロモグリク酸ジナトリウム(DSCG)が唯一知られていたこと,出願当初の明細書に引用された前記文献(甲26の20に添付の乙第4号証)には「クロモグリク酸ジナトリウム(DSCG)は,アレルギー型(アトピー型)喘息の治療に有効であることがわかっている(Pepys,1969年)。この作用は,数個の動物の肥満細胞で判明しているように,レアギンによる脱顆粒や,ヒスタミンの遊離を抑制する作用によるものであるとされている。」と記載されていることが認められ,本件発明の出願当時アレルギー性喘息予防剤として知られていたDSCGの有効性がヒスタミン解放を抑制する作用に基づくと認識されていたのであるから,この点からも,ヒスタミン解放抑制作用を有する本件化合物もアレルギー性喘息の予防効果を有しているということができる。
  3 次に,出願当初の明細書における実施例の記載内容について,検討する。
    (一)甲26の1によると,出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には,「上記の用途に対しては,投与量は投与方法及び治療方法により変化する。動物の体重1kg当たり,約0.007〜約0.14mgの1日投与量で満足すべき結果が得られ,好ましくは1日に2〜4回分割して投与するか又は遅延型で投与する。大きな哺乳動物に対しては,1日の投与量の合計は約0.5〜約10mg特に約1〜約2mgの範囲であり,内服用の適当な投与形態は固体又は液体の製薬上許容しうる希釈剤又は担体中に約0.12〜5mg特に0.25〜1mgを含んでいる。」(同7頁12〜同8頁2行)として,投与量及び1日の投与回数に関する記載があるが,右「上記の用途」とは,出願当初の明細書の「アレルギー症状,たとえばアレルギー胃腸障害,運動により誘起される喘息,特にアレルギー性喘息の予防と治療」(同3頁15行〜17行)を意味すると解され,かつ,右投与量及び1日の投与回数に関する記載が予防剤と治療剤とで個別にされていないから,右投与量及び1日の投与回数に関する記載は,本件化合物のアレルギー症状の予防と治療のいずれの用途に対しても,その投与量及び1日の投与回数を説明しているものと解すべきである。したがって,本件化合物は予防剤として使用する場合も,治療剤として使用する場合も,投与量及び1日の投与回数は同じであるということができる。
      また,出願当初の明細書には,右投与量及び1日の投与回数に関する記載に引き続いて,製剤化に関する事項(同8頁11行〜10頁15行),内服用の場合の1投与単位当たりの本件化合物の量(同10頁16行〜11頁6行),局所用たとえばクリームの場合の本件化合物の含有量(同11頁7行〜11行)が,それぞれ,予防剤と治療剤の区別をせずに記載されているから,これらの事項に関する予防剤と治療剤の技術的事項は共通であるということができる。
    (二)他方,出願当初の明細書の実施例1ないし5は,カプセル,錠剤,糖衣錠,無菌注射液及びクリームという形態の治療剤について,1日の投与回数,1投与単位当たりの本件化合物の量,1日の投与量,製剤化するために使用する他の剤などを示しているが,これらは,既に述べたとおり,予防剤と共通のものとして記載されている事項であって,右の事項以外の治療剤に特有の事項は何ら開示されていないから,上記実施例の各記載により示される1日の投与回数,1投与単位当たりの本件化合物の量,1日の投与量,製剤化するために使用する他の剤などで特徴づけられたカプセル,錠剤,糖衣錠,無菌注射液及びクリームという形態の薬剤を予防剤として使用できない理由も見当たらない。したがって,上記実施例の各記載により示される事項は,予防剤にも共通のものとして示されているものというべきである。
    (三)右事実によれば,出願当初の明細書には,実施例の内容として,予防剤の記載がなく,開示されていないわけではない,というべきである。
  4 以上のとおり,出願当初の明細書には,「アレルギー性喘息の予防剤」が開示されていたということができるから,昭和61年補正は,出願当初の明細書に記載した事項の範囲内における特許請求の範囲の減縮であって,明細書の要旨を変更するものであるということはできない。
二 争点3について
  1 本件特許請求の範囲記載の「アレルギー性喘息の予防剤」の意義について,まず検討する。
    甲9,11の1〜4,20,21,23及び26の11並びに弁論の全趣旨によれば,喘息とは,通常は,気管支喘息のことをいい,気管支喘息とは気管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし,発作性の呼吸困難をきたす疾患であり,アレルギー反応とは,抗原刺激を受けて感作された個体に再び同一抗原が侵入すると2次的免疫反応とともに種々の組織障害が生体に引き起こされることをいうから,「アレルギー性喘息」とは,このようなアレルギー反応により引き起こされる,急管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし,発作性の呼吸困難をきたす疾患であることが認められ,これに「予防剤」という用語自体に照らして考えると,本件特許請求の範囲記載の「アレルギー性喘息の予防剤」とは,アレルギー反応によって引き起こされる,右のような気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤をいうものと解される。
    Yらは,本件発明は本件化合物のヒスタミン解放抑制作用を利用した用途発明であるから,本件発明の特許請求の範囲にいう「予防剤」とは,「ヒスタミン解放抑制作用に基づくアレルギー性喘息の予防剤」と解すべきである旨主張する。しかしながら,本件特許請求の範囲には「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」とのみ記載されており,「ヒスタミン解放抑制作用に基づく」との要件が記載されていないのであって,本件発明の技術的範囲を「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」のうち「ヒスタミン解放抑制作用に基づく」ものだけに限定すべき合理的理由はないというべきであるから,Yらの右主張は失当である。本件発明は,既に公知の物質である本件化合物についてヒスタミン解放抑制作用という新しい性質を発見し,これを利用して未知の用途であるアレルギー性喘息を考え出した,いわゆる用途発明であるところ,用途発明にあっては,既知の物質と未知の用途との結びつきのみが発明を構成するものであって,既知の物質について発見した新しい性質は単にこの結びつきを考え出すに至ったきっかけにすぎず,この新しい性質そのものは発明を構成するものではない。
    本件発明の出願過程において,出願人であるXが,「本件化合物の気管支喘息抑制効果はヒスタミン解放抑制作用に基づくものである」旨を強調している事実は認められるが,これは既知の物質である本件化合物について,アレルギー性喘息の予防剤が未だ知られていない用途であることの理解を得るため,従来から知られていたアレルギー性疾患の治療剤と未だ知られていないアレルギー性喘息の予防剤,という用途の相違を,前者における抗ヒスタミン作用と,後者におけるヒスタミン解放抑制作用という薬理作用から明らかにしようとしたにすぎないものであって,このことをもって技術的範囲を限定解釈するための根拠とすることはできない。
  2 次に,Yらの製剤品について,検討する。
    甲25の1,2,27〜29によれば,Yらの製剤品の添付文書には,いずれも,表題あるいは効能・効果の項などにおいて,Yらの製剤品が気管支喘息の治療剤である旨が記載され,しかもYらの製剤品がいずれもアレルギー性疾患治療剤であることが認められ,他方,甲9,11の1〜4,20によれば,気管支喘息の多くはアトピー型といわれ,その原因は,ほとんどがアレルギー反応によるという考え方がもっとも広く受け入れられていることが認められるから,Yらの製剤品の添付書類に記載されている気管支喘息とは,アレルギー性気管支喘息をいうものと解される。
      また,甲9,10,12の1〜4,13の1〜4,14の1〜3,15の1,2,19の1〜3,20,21,24の1〜3,26の11及び27〜29並びに弁論の全趣旨によれば,(1)フマル酸ケトチフェンが抗アレルギー薬に属するところ,抗アレルギー薬は,一般的には,既に起こっている気管支平滑筋攣縮に対して直接的な気管支拡張作用を有しておらず,そのために,多くの場合,急性発作には効果は乏しく,効果が生ずるまでには時間も要することもあるため,気管支喘息に対してはあくまで予防薬として位置づけられていること,(2)Yらの製剤品であるザジトマカプセル,ケトチロンカプセル及びサルジメンカプセルの現品に添付された文書(以下「添付文書」という。)の「用法・用量」の欄には,「通常,成人にはケトチフェンとして1回1mg(1カプセル)を1日2回,朝食後及び就寝前に経口投与する。」と記載され,Yの製剤品は,喘息発作時に直接的な気管支拡張のために投与されるものではなく,毎日定期的に投与されるものであること,(3)本件発明の実施品であるザジテンは,その添付文書中において,組成の欄に,1カプセル中のフマル酸ケトチフェンの量が1.38ミリグラム(ケトチフェンとして1ミリグラム)と記載され,その用法,用量の欄に,通常,成人にはケトチフェンとして1回1ミリグラム(1カプセル)を1日2回,朝食後及び就寝前に経口投与する旨が記載され,効能又は効果の欄に,気管支喘息,アレルギー性鼻炎,湿疹・皮膚炎,蕁麻疹,皮膚●痒症と記載されていること,幸和薬品工業株式会社がアレルギー性疾患治療剤として販売するフマル酸ケトチフェン製剤(商品名「サジフェンカプセル」)及び寿製薬株式会社がアレルギー性疾患治療剤として販売するフマル酸ケトチフェン製剤(商品名「ザトチテンカプセル」)は,その各添付文書において,組成欄,用法,用量の欄,効能又は効果の欄の各記載は,添加物に関する記載を除き,フマル酸ケトチフェンの量に至るまで,ザジテンのそれと全く同一であること,Yらの製剤品も,その各添付文書に記載されている組成欄,用法,用量の欄,効能又は効果の欄の記載は,添加物に関する記載を除き,フマル酸ケトチフェンの量に至るまで,ザジテンのそれと全く同一であること,(4)したがって,Yらの製剤品は,サジフェンカプセル,ザトチテンカプセル及びザジテンと,右記載事項だけでなく,使用方法についても同一であると考えられること,(5)そして,ザジテン,サジフェンカプセル及びザトチテンカプセルの添付文書には,いずれも,「本剤使用にあたって」の欄において,「気管支喘息に用いる場合,本剤はすでに起こっている発作を速やかに軽減する薬剤ではないので,このことを患者に十分説明しておく必要がある。」,「本剤を季節性の患者に投与する場合は,好発季節を考えて,その直前から投与を開始し,"好発季節終了時まで続けることが望ましい。」との記載があること,(6)ザジテンは,その添付文書には,アレルギー性疾患治療剤と記載されてはいるものの,医療機関においては,抗アレルギー薬として認識されており,気管支喘息の発作を予防する目的で,日常臨床において広く使用されていること,(7)ザジトマカプセルの添付文書には,本剤の適応のうち,気管支喘息に対しては厚生省告示第12号により1回30日間分投薬が認められていますとの記載があり,その継続的使用が予想されていること,以上の事実が認められ,右認定を覆すに足りる証拠はない。
      右認定した事実によれば,Yらの製剤品は,アレルギー性気管支喘息の急性発作を引き起こしている患者に対して投与する薬剤であるというよりは,喘息と診断された患者が発作を起こさないように,予め,かつ定期的継続的に投与する薬剤であり,アレルギー性気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤であると認められるから,本件特許請求の範囲にいう「アレルギー性喘息の予防剤」に該当するというべきである。
三 争点1について
  1 Xが本訴において製剤の差止めを求める対象物は,別紙第一物件目録のとおり,フマル酸ケトチフェンであり,販売の差止めを求める対象物はこのフマル酸ケトチフェンの製剤品であって,「フマル酸ケトチフェン」という化合物は客観的かつ具体的に特定しており,差止めの対象物としての表示としては欠けるところはないから,差止対象物の特定性に関するYらの主張は理由がない。
  2 Yらの争点1における主張の趣旨は,おそらく,対象物の特定性にあるのではなく,本件発明がいわゆる用途発明であり,アレルギー性喘息の予防剤という用途についてのみ技術的範囲が及ぶものであるにもかかわらず,Xが本訴において差止めの対象物とした「フマル酸ケトチフェン」については,その用途を何ら限定していないから,アレルギー性喘息の予防剤という本件発明の技術的範囲を超えた用途(他用途)についてまで差止めを求める結果となり,不当であるとの点にあるものと思われる。
    そこで,この点について,検討することとする。
    Yらの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが,本訴において,Xが製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり,販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって,「ザジトマカプセル」,「ケトチロンカプセル」及び「サルジメンカプセル」に限っているわけではない。そして,フマル酸ケトチフェンがヒスタミン解放抑制作用の他に抗ヒスタミン作用を有することは従来から知られているのであるから,このフマル酸ケトチフェンについて,その抗ヒスタミン作用を利用する等した,アレルギー性喘息の予防剤以外の用途も考えられないわけではなく,現に,乙5〜9によれば,ケトチフェンなどの抗ヒスタミン剤について,その効能に対する見直しが考えられるべきであるとの趣旨の記載のある文献も存するところである。そして,このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもない。そして,前記のような認定事実をも併せて考えると,Xが差止めを求めた対象物のうち,本件発明の技術的範囲に属するのは,別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されるというべきである。
  3 更に,争点1におけるYらの主張の趣旨が,Yらの製剤品について,アレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止めることとなり,不当であるとの点にあるとも解されるので,この点も検討することとする。
    本件化合物については,これを製剤販売する業者としては,アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを用途としての適用範囲において実質的に区別することが可能なのであって,右区別をすることによって当該製剤が本件発明の技術的範囲に属していないことを明らかにすることができるのであり,他方,右用途の区別が明確になされていない場合には,本件化合物はアレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とがいわば不可分一体になっているものというほかはなく,したがって,アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを区別する方途がないのであるから,当該製剤販売業者としては,本件化合物のアレルギー性喘息の予防剤としての用途のみならず,他用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことも甘受せざるを得ないものといわなければならない。
    本件においては,仮にYらの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても,Yらは,Yらの製剤品について,アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず,右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから,Yらが,その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ないものといわざるをえない。
四 右のとおり,本訴において,Xが差止めを求めた対象物のうち,別紙第二目録記載の医薬品が本件発明の技術的範囲に属するものであって,Xの本訴請求は,その製剤及びその製剤品の販売の差止め及びその製剤品の廃棄を求める限度で理由があるから,これを認容することとし,その余は理由がないからこれを棄却することとする。」