(原審:東京高判昭和44年9月26日(昭和42年(行ケ)第83号))
<事案の概要>
Y(被告,上告人)は,発明の名称を「有機塑性材料より中空の品物を造る方法」(後記訂正審判により「有機熱可塑性材料より中空の品物を造る方法」と訂正された。)とする特許第214183号の特許権者である。この特許は,訴外プラツクス・コーポレーシヨンにおいて,昭和16年2月12日および昭和16年5月9日にアメリカ合衆国においてした特許出願にもとづき,(連合国人工業所有権戦後措置令により)優先権を主張して昭和26年3月26日に特許出願され,昭和30年2月28日に出願公告,昭和30年6月13日に特許されたものである。Yは同訴外会社から昭和36年9月27日に右特許権を譲り受け,昭和37年6月19日にその旨の登録を経た。
X(原告,被上告人)らは,昭和35年3月31日に特許庁に対し,右本件特許を無効とする旨の審判を請求した(昭和35年審判第261号)。
Yは,右無効審判係属中の昭和39年8月17日に本件特許につき訂正審判の請求をし(昭和39年審判第4123号),昭和39年11月21日この訂正審判請求につき審判請求公告がなされた。
特許庁は,昭和42年4月28日に右訂正審判事件について,本件特許の明細書を審判請求書に添付された明細書のとおり訂正することを許可する旨の審決をするとともに,同日をもつて原告らの請求にかかる前記本件特許無効審判事件につき審理を終結したうえ,昭和42年5月12日請求人らの申立ては成り立たない旨の審決(以下本件審決という。)をし,その謄本は昭和42年6月3日原告らに送達された。なお,右訂正審判の審決謄本が被告に送達されたのは昭和42年5月17日である。
Xら,出訴。
原審(東京高判昭和44年9月26日(昭和42年(行ケ)第83号))は,審決を取り消した。
Y上告。
<判決>
上告棄却。
「上告代理人中松澗之助,同熊倉巖,同中村稔,同復代理人村松俊夫,上告補助参加代理人長島安治,同山崎行造の上告理由一及び二について
特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正審判の審決がされ,これにより無効審判の対象に変更が生じた場合には,従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦について修正,補充を必要としないことが明白な格別の事情があるときを除き,審判官は,変更されたのちの審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならない,と解すべきであり,これと同旨の見解のもとに,本件特許の無効の審判手続においては,審判請求人であるXらに対し,訂正の審判の審決により変更されたのちの審判の対象はついてあらためて無効事由の主張立証をする機会を与える必要があつたのにこれを怠つたのは,審決に影響を及ぼすべき性質の審判手続上の瑕疵があつたものというべきである,とした原審の認定判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。
同三について
行政処分に瑕疵がある場合においても,その瑕疵が当該処分の結果に影響を及ぼさないときには,当該処分の取消原因とならないものと解すべきであるから,行政処分の取消訴訟において,当該処分に一般的にみて行政処分の結果に影響を及ぼすような性質を有する手続上の瑕疵が認められる場合でも,その瑕疵が当該処分の結果に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情があるときは,裁判所は,右瑕疵は当該処分の取消原因とならないものと判断しなければならないこととなる。そして,この理は,審決取消訴訟において審決に審判手続上の瑕疵があると認められる場合においても,原則として妥当するものである。しかしながら,審決取消訴訟においては,審判手続において審理判断されなかつた公知事実を主張することは許されず,したがつて,裁判所の審理判断もこれに及ばないこととなるのであるから(最高裁昭和42年(行ツ)第82号同51年3月10日大法廷判決参照。所論引用の判例は,右判決により変更されたものである。),審判手続上の瑕疵が審決に影響を及ぼすかどうかの判断が,審判手続において審理判断されず,したがつて審決取消訴訟において審理判断することのできない公知事実にかかわるものである場合には,裁判所は,当該瑕疵が具体的に審決に影響を及ぼすかどうかについての判断をすることができず,当該瑕疵が一般的に審決に影響を及ぼすべき性質を有するものであるかどうかにより,審決取消の原因となる瑕疵かどうかを決しなければならない筋合である。
本件についてこれをみるに,原審が確定した事実によれば,Xらは,本件特許発明は公知技術から容易に推考することができるもので旧特許法(大正10年法律第96号)57条1項1号に該当すること等を理由として,本件特許の無効審判の請求をしていたものであるところ,本件無効審判においては,訂正審判の審決により変更されたのちの審判の対象についてあらためてXらに対し無効事由の主張立証をする機会を与える必要があつたのに,これを怠つた手続上の瑕疵があり,しかも,この瑕疵は一般的に審決に影響を及ぼす性質を有する瑕疵というべきものであることは,前述のとおりである。ところで,右審判手続において,Xらが無効事由の主張立証の機会を与えられていたとすればいかなる主張立証がされ,しかも,それが具体的に審決にいかなる影響を及ぼしたかについて,本件審決取消訴訟においてこれを判断することは,結局,審判手続において審理判断されていない公知事実について審決取消訴訟においてこれを審理判断することに帰着するものであり,これが許されないものであることは前述したとおりである。したがつて,本件無効審判手続における前記瑕疵は,それが一般的に審決に影響を及ぼすような性質のものと認められる以上,Xらが右審判手続において主張立証の機会を与えられたならばいかなる主張立証をすることができ,それが審決の判断を動かすに足る有効適切なものかどうかを問うまでもなく,本件審決の取消原因になるものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は正当であり,原判決に所論の違法はない。論旨は,右と異なる見解に立つて原判決を非難するものであつて,採用することができない。
よつて,行政事件訴訟法7条,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」