(原審:東京高判昭和41年7月7日(昭和33年(行ナ)第49号))
<判決>
上告棄却。
「上告代理人三上歳衛,同中本光夫,同井出正敏,同井出正光の上告理由「理由不備の主張」について。
本願発明が,生産物を瓦斯体で処理する装置(その装置自体は引用例により公知のものと認められる。)につき,被処理物と瓦斯吹出孔口との距離および瓦斯排出通路の広さに一定の数値的限定を設けたのは,噴射瓦斯量に対応して,一面被処理物と瓦斯吹出孔口との距離を噴射瓦斯が速度を弱めずに適切に被処理物に作用できる限界内に置こうとし,他面瓦斯排出通路の広さを瓦斯排出の円滑さを失わない限界内に置こうとしたものにほかならない。このような考慮のもとに,噴射瓦斯による処理能率を良好ならしめるよう上記の距離や広さをどのように定めるかは,この種の装置の設計にあたり当業者が当然解決しなければならないところであり,それについての適切な数値を見出すことは,別段の構想に基づく右装置の基本構造の変更を意味するものでもないから,当業者の技術的常識をもつてする実験の反覆によつて実現できないほど困難なものとは,到底認められない。
論旨は,本願発明の数値的限定は,周到な組織的系統的研究の成果である旨を強調するが,原審の認定によれば,その数値の限定に理論的な根拠のあるものではなく,またそれによつてこの種の装置につき通常予想しうる程度を越えた格別の作用効果をもたらすほどのものでもないというのである。してみると,原判決が,本願発明は引用例のものの存在下にあつては当業者であれば誰でも反覆実験することにより容易に想到できる程度のものと断じたのは相当であつて,この点について,その説示に所論の違法があるとは認められない。論旨はなお,原判決の右判断に対し,それはどの程度に反覆実験を要するかについての説示を欠くものとし,理由不備と非難するが,原判示の趣旨は,それが当業者にとつては特段の技術思想を要することのない実験の反覆という手段で見出すことのできる程度のものというにあることは明らかであり,所論は,原判示を正解しないことに基づくものと認められる。論旨は,いずれも採用できない。
同「経験則違反の主張」について。
本件に見られるような生産物を瓦斯体で処理する装置で本願発明の数値に適合するものは従来皆無であつたとの主張を認めるに足りる証拠は存しない。そのような数値は,比較的能率よく設計されたこの種の装置の若干について,その構造寸法等を検討して割り出しえないものでもない。そのような数値の追究の特別の試みが従来なかつたとしても,それが所論のように数値的限定が容易でないことを裏書きするものとは認めがたい。また,本願発明が外国において特許された事実があるとしても,法制を異にするわが国において,特許要件を具備することになるものではない。その他所論によるも,本願発明を容易ではないと認定しなかつた原判決に経験則の違背があるとはなしがたく,論旨は理由がない。
同「採証法則違反の主張」その他について。
甲第5号証ないし同第7号証,同第9号証によるも,本願発明における数値的限定に通常予期できる程度を越えた特殊の作用効果があるものと認めるに足りないとする原判決の判断は,その詳細説示するところによれば,十分肯認することができる。この点につき,所論のように,採証法則違反を認める余地は存しない。
論旨はなお,原判決のいう「通常予期できる程度以上の作用効果」の意味を不明と非難するが,それは,当業者の技術水準から考えて,その通常の技術手段によつて実現可能と予想できる程度を越えた作用効果をいうにほかならない。本願発明のように,公知の装置の構造につき一定の数値的限定を与えるものについては,それによつてその装置から当業者の技術水準によつては予想できないような高度の効果を発揮させる構想でなければ,創作性ある技術思想とは認めがたく,特許に値するものとは解しがたい。論旨は,本願発明をもつて上告人の所期した目的は達成しえたものとし,またそのための実験の困難であつた旨を主張するが,それだけでは,旧特許法1条所定の発明を構成するものということはできない。論旨は,いずれも理由がない。
よつて,民訴法401条,95条,89条に従い,裁判官全員の一致で,主文のとおり判決する。」