最判平成13年6月12日(民集55巻4号793頁(平成9年(オ)第1918号))

(原審:福岡高判(那覇支部)平成9年7月31日(平成9年(ネ)第48号))

<事案の概要>
 Y(被告,控訴人,被上告人)とZ(上告補助参加人)は,発明の名称を「生ゴミ処理装置」とする特許権(以下,「本件特許権」という。)の特許権者である。
 本件特許権の出願から設定登録に至る経緯は,以下のとおりである。

平成4年8月11日 X(原告,被控訴人,上告人)とZとの間で,生ごみ処理装置の共同開発研究事業契約を締結。
Zが「生ゴミ処理装置」という名称の発明(以下,「本件発明」という。)の発明をした。
平成4年10月29日 XとZが共同して特許出願(以下,「本件特許出願」という。)をした。
YはXの取締役(ただし,代表権を有していない。)として,本件特許出願の出願手続に関与した。
平成5年6月25日 XがYに特許を受ける権利の持分を譲渡した旨の譲渡証書を作成。
この譲渡証書は,YがXの代表者の承諾を得ずに,その印鑑を使用して作成したものである。
平成5年6月29日 Yは譲渡証書を添付して,本件特許出願の出願人をXからYに変更する出願人名義変更届を特許庁長官に提出。
平成6年7月5日 本件特許出願について出願公開。
平成7年7月12日 本件特許出願について出願公告。
平成8年7月12日 Z及びYを特許権者として,特許権の設定登録がなされた。

 Xは本件特許権の設定登録がされるのに先立って,Yに対し,Xが本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求める訴えを提起したところ,本件特許権の設定登録がなされたため,Xは,本件訴訟の第1審係属中に訴えを変更して,Yに対し,本件特許権のYの持分につき,Xに対し移転登録手続をすることを求めた。
 原審(福岡高判(那覇支部)平成9年7月31日(平成9年(ネ)第48号))は,Xの控訴を棄却した。
 X上告。

<判決>
 破棄自判。
「3 原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却した。
  発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者(以下「真の権利者」という。)であっても,これ以外の者(以下「無権利者」という。)を特許権者として特許権の設定の登録がされたときは,特許権の移転登録手続を請求することはできない。なぜならば,このような場合に真の権利者の無権利者に対する特許権の移転登録手続請求を認めることは,裁判所が,特許庁における特許無効の審判手続を経由せずに無権利者に付与された特許を無効とし,真の権利者のために新たな特許権の設定の登録をするのと同様の結果となるが,このことは,特許権が行政処分である設定の登録によって発生するものとされ,また,特許の無効理由の存否については専門技術的な立場からの判断が不可欠であるために第1次的には特許庁の判断に委ねられているという特許争訟手続の趣旨及び制度に反するからである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
  上記・・・の事実関係によれば,本件発明につき特許を受けるべき真の権利者はX及びZであり,Yは特許を受ける権利を有しない無権利者であって,Xは,Yの行為によって,財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,Yは,法律上の原因なしに,本件特許権の持分を得ているということができる。また,上記・・・の事実関係の下においては,本件特許権は,Xがした本件特許出願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,Xの有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。
  他方,Xは,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明についてXが特許権者となることはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである(しかも,本件特許権につき特許無効の審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのないZまでもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。また,Xは,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上,Xは,Yに対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,Xの保護に欠けるのみならず,訴訟経済にも反するというべきである。
  これらの不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,Yの有する本件特許権の共有者としての地位をXに承継させて,Xを本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法としては,YからXへ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明かつ直接的であるということができる。
  もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。また,本件特許権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,Yの寄与による部分もあると思われるが,これに関してはXがYに対してYのした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点がXのYに対する本件請求の妨げになるものではない。
  以上に述べた点を考慮すると,本件の事実関係の下においては,XはYに対して本件特許権のYの持分につき移転登録手続を請求することができると解するのが相当である。
5 そうすると,原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,Xの請求を認容した第1審判決は正当として是認することができ,Yの控訴はこれを棄却すべきものである。
  よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」