安藤中尉の最期
清水榮次軍曹
一、秋風北支の野を吹きて
戎衣を透す菊月の
寒さそぐろ肌をさし
夜空に雁の啼きわたる
柏番鎭の夜更けて
朧月かげ星淡く
とりでを守るつわものヽ
立てる姿のかすかなり
二、十一日の明け近き
突 !! 數發の銃聲は
結びもあへぬ故郷の
勇士の夢を破りけり
すはこそ來ると小隊長
枕を蹴りて愛刀の
鞘ぬきはなち我が部下を
區處する聲も力あり
三、部下傳令のつたへらく
敵は兵力五六百
重火器あまた有しあり
部落を包圍あるらしと
聞き終えけるも泰然と
眉間の固き決心を
頬に浮かべる微笑に
覆ひて更に動ぜざる
四、かねて定めし陣地へと
部下を提げさながらに
脱兎の如く馳せつけて
忽ち送る彈の雨
敵彈いよヽヽ激しくも
我に迫りて十字火の
彈のうなりは一瞬に
修羅の巷を現はしぬ
五、敵は續きて其の數を
増せどもされど我が數は
百にも足らぬ無勢にて
重火器僅か一ヶ小隊
されど鬼神の小隊長
一歩も敵を部落へは
入るを許すな この守り
断じて彼に讓らじと
六、應戰すでに 一刻に
近く覺えど彼の敵は
我を無勢とあなどりて
尚頑強に抵抗す
安藤少尉これを見て
切齒扼腕怒號して
一分隊を ひつさげて
敵側背を衝かんとす
七、愛刀右手に振りかざし
進まんとせし一刹那
敵迫撃の砲彈は
轟然身近く炸裂す
硝煙 砂煙にまぢり飛び
「アツ」 と叫びて小隊長
巨木の倒る その如く
ドシンとばかり倒れける
八、斯と見るより部下の兵
馳せより見れば こめがみを
破片は深く 貫きて
鮮血淋漓 ほとばしる
小隊長殿傷淺し
小隊長殿と呼ばはれば
夢よりさめし人の如と
かすかに眼をば開かれぬ
嗚呼さりながら傷深く
頭部にしあれば悲しくも
意識はすでに失せさりて
もの言ふすべも無かりけり
九、部下交々に名を呼べば
至誠や天に通じけん
ほそくも叫ぶその聲は
「他に負傷者は無かりしか」
聞くより早く分隊長
佐山上等兵感激し
耳に口あて「負傷者は
一人も無し」と答へける
一〇、意味通じしかニツコリと
肯き給ひてあヽ遂に
静かに閉ぢしその瞳
永久にぞ固く開かれず
あヽ己が身の死に臨み
尚案ずる部下の身を
安藤少尉の心こそ
眞の武士の亀鑑なり
一一、その功績は靖國の
櫻と共に盡きずして
國を護るの名の如く
護國の神と仰がれん
その功は永遠にまた
亜細亜の空に輝きて
國を護るの名の如く
護國の神と仰がれん
注:ヽヽ→「く」のような形の繰り返し記号 |