次世代オーディオと鑑賞姿勢の変化
   
 いよいよDVDオーディオ・プレイヤーが発売された。先行したSACDと共に、100kHzに迫る再生周波数帯域(音域の広さ)と140dBを超えるダイナミックレンジ(音の強弱)を誇る。数値で見れば、CDより5倍近く広帯域、250倍も高密度ということになる!CD並みのリーズナブルな製品が多いので、早期普及も予想されるが、この音がレコード鑑賞の姿勢の変化につながるのだろうか。
   
 CDが登場した時は、マニアたちの間で、音の良し悪しは別としても、これほど解像度が高まれば、鑑賞姿勢も自ずと変わってしまうと言われたものだ。例えば、音楽評論家の黒田恭一さんによると、CDの音は演奏行為を美化することなく、演奏家が汗した肉体労働の結果であることをあからさまに再現する。誤魔化しや曖昧さのない音なので、鑑賞側をも甘やかさず、追いこんだ聴き方を求めてくる。綺麗ですね、美しいですねと言いながら刺激も冒険もなく、ロッキング・チェアに揺られて、よき趣味として音楽を楽しむことなどできなくなったそうだ。

 出谷 啓さんも、愛聴盤のクリュイタンスのフォーレ「レクイエム」がCD復刻された際には、明快さ故に合唱のミスに気づかされて、夢破れる想いだという批評をレコ芸や各誌に載せられた。私も好きな盤だが想いは違うので、またレコ芸に投稿した。演奏は人間のやる行為だから、まずい部分も出るのは当然であり、CDがそれまでも生々しく再現する点に人間味さえ感じるものである。あえていえば、演奏の素顔とは、そんなに綺麗ごとではないだろうが、音楽を生涯の伴侶とするなら、己の伴侶たる者は化粧を落とした素顔と付き合いたいと願うのである…まあ何とも青い文章だが、編集部はこれに○月号の出谷評への反論であるという注釈までつけて掲載してくれた。出谷さんの評に、その後「CDで下手な合唱団に付き合わされる筋合いはないのだが…」などと微妙な言いまわしが加わったのは気のせいか。(出谷さんは私のご近所で、よくお顔を見かけるのでなんともバツが悪いのである)

 逆にCDになって上手くなった演奏もある。いまや定番ともいえるワルター/コロンビア響のモーツァルトは、LP時代にはオケの力量不足を嘆く批評が多かったが、CD化された演奏は違った。老巨匠を慕って集まった団員の一人一人が、絶妙の音色で巨匠の棒に応えているではないか。団員たちはこの音色で精一杯歌い上げることで、素晴らしいモーツァルトを残してくれていたのだ。私はLPでこれを聴き取れなかった不覚を恥じたが、CD時代になって良くも悪くも、演奏側にさらに一歩 踏み込んで聴かされることを喜んでいる。SP時代は盤をかける手間と音の乏しさ故に、間近にスピーカーと対峙した真摯な鑑賞姿勢だったそうだが、また違う意味で真摯にならざるを得ないという人もいる。

 そこで新しいDVDの場合はどうなのだろうか?カラヤン/BPOやクライバー/VPOの試聴盤が、まったく新録音のような音質と空間を再現したという批評もあった。マルチチャンネルにしなくても、聴き手の意識が変わりそうだという解説もあった。DVD、SACDという次世代オーディオが、演奏の評価はもちろん、鑑賞姿勢にまで関わってくるとしたら、じつに楽しみなことである。
   
 
*DVDオーディオの追記



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