【追記】

“ファクション”ライブな新譜

 6月新譜で、好対照のライブ盤(と表示されたCD)が発売された。朝比奈 隆/大阪フィルのベートーヴェン「第九」(EXTON・OVCL00041)とヴァント/ライブ・イン・ジャパン2000「シューベルト&ブルックナー」(RCA・BVCC34039〜40)という2組のCDである。

 朝比奈 隆盤は、昨年12月29日と30日の2つの「第九」を無編集でCD化したもの。名手・江崎友淑のプロデュースによる、フェスティバル・ホールの臨場感 豊かな収録である。レコード芸術の名物評論家・宇野攻芳も「ぼくは初日の演奏の方に惹かれる」と明言したうえで、この日ならではのテンポや間の取り方、各パートと独唱者の表現の細部に至るまで吟味し、共鳴して、推薦している。
 30日の演奏については、従来のスタイルで新鮮さがないとしながらも、このフィナーレは2日目の終結ということで、朝比奈の血が騒いだのが随所に感じられる程の演奏だという。

 一方、ヴァント盤は昨年11月12日から14日の演奏だが、3日のうちのどれがCD化されたのか分からないと遠慮がちに記されている。おそらく、いままでのヴァント盤と同様に、3日間の演奏(やリハーサルまで)の良い部分だけを選り出して、つなぎ合わせたものだと思われる。
 宇野攻芳評も ここでは普通の録音なみの総論となり、ついには、全体が良くって「どこがどうと説明を加えるのがいやになる」という具合の論評となる。

 こういう録音を私は”ファクション”ライブと呼んでいる。つまりは、朝比奈盤と比べれば不当表示商品なのだが、制作者側の言い分はいつも、CDは何回も繰り返して聴かれる商品だから、少しのミスでも隠さねばいけない ということになる。スタジオ録音するのと同じ思考である。

 これはどうも、レコードがまだ高級希少品で、学生やサラリーマンたちが半月分もの昼食代を倹約しながら1枚だけ買って、それこそ盤が擦り切れるほど聴き尽くした時代のままの思考でもあろう。いま、あまたのCDが 輸入ものなら、ちょっとしたランチ1回分で買えてしまう時代だから、すべての盤をこぎれいに修正加工して、平均的普遍化する必然性などないのである。
 ヴァントにも同曲CDが他にも何枚もある。そのなかで、記念すべき来日公演を聴くための盤であるなら、ぜひ2000年11月*日の貴重な実演をそっくりそのまま、成分無調整で味わいたいものだ。

 もし制作者側にも、こんな思い入れが少しでもあったなら、このCDをぬけぬけとライブ盤と呼ぶ不当表示だけは されなかったはずである。

 *本文:「不当表示の”ファクション”ライブ盤
  



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