《ウィーン・フィルの名演奏(今月号の付録)でも聴きながら、お読みください》⇒Real

レコードは生演奏よりもナマらしい
  

 まず、上の写真を見て、ムジークフェライン大ホールにそっくりだと気づかれる人も多いに違いない。ウィーン・フィルの本拠地で、毎年、ニューイヤー・コンサートが衛星中継されるあの名物ホールなのだから。そして、専門家が建築図を見ると、木造りの材質から、構造、容積はもちろん、ホール自体を6面とも浮かした、いわゆる「浮き構造」まで、ますますそっくりだと理解できるのだそうだ。
 ホールの名は、「いずみホール」。ムジークフェラインを手本にして、大阪城の辺りに建てられた。好奇心の強い私は、建築当時から、興味深々で工事の進行を眺めていたものだ。そして、幸運なことに、いよいよ建物が完成して、生の演奏でホールの鳴り方を試す、いわゆる「試弾会」の招待状を頂けることになった。
 試弾会の当日、関係者だけで空席があるのをよいことに、10列目中央あたりのベスト・ポジションから、後や横に移動して、あらゆる席で聴かせてもらった。それで、まず感じたのは、明らかに従来の日本の一般的なホールとは鳴り方が違うということだった。残響何秒という数値ではなく、響きの質が違っていて、ホールによる音楽の違いを実感させられた。
 音が良いといわれる日本のホールは、概ね、響きを整理してイヤな音を消し、キレイな上澄みだけを聴かせる傾向があったが、ここでは全部の音がそのまま実在感を伴って鳴り響く。専門家なら、木質による「ぬくもり」や「清らかさ」だとか、適当な広さのシューボックス・タイプによる側壁からの初期反射の豊かさだとかで説明するのだろうが、素人の耳にも、音圧の高さ、音に包まれる感じと芯のある響きがなんとも新鮮だった。
 当日は、関西の若手実力派たちが大熱演したが、演奏者の出す音が余すところなくぎっしりと詰まり、豊かな残響にもかかわらず、各楽器の細部までもくっきりと伝ってきて、まさに生演奏の醍醐味を満喫したものだ。

 数年後、憧れのムジークフェライン大ホールを訪れるチャンスがあった。そこで、話が逆なのだが、私は一瞬「いずみホールと同じ音だ」と思った。あの試弾会と同じ印象…日本のホールにない生々しい迫力はまさに衝撃的だった。
 大パワーの米オーケストラでは飽和するこの部屋こそ、まさにウィーン・フィルのためのもの…ヴァイオリンひとつ取っても、絶対に不快な音を避け、細心の気遣いでつむぎ出された滑らかな美音は、この様に直接音も間接音も総動員し、情報量を濃くして、聴き漏らさないようにしないと勿体ないではないか。
 クラシック音楽は響きの芸術ともいわれるが、いかにも、VPOは本拠地のこの部屋に合わせて音作りをし、聴衆はこの部屋で聴いてその芸術に接するべきだ、ということを否応なしに痛感させられるのである。

 そこで、また問題発言かもしれないが、このウィーン・フィルの音は、日本の一般的なホールでの生演奏よりも、むしろ、レコード録音の方が近いのではないかと思う。もちろん、どんなホールでも、演奏会のイベント的興奮や同時性の価値を軽視する訳ではないが、演奏者が出した音自体の聴こえ方としては、現在のレコード(CD)が再生方法さえ正しければ、じつに忠実度が高いことに気づかされるはずだ。
 レコード(CD)の音については、虚構の音色だとか、デジタル録音で明快になりすぎたという一部の批判もある。生演奏は、そんなに細部まで聴こえないと決め付けている様だ。しかし、ホールによっては、かくも鮮明に、繊細に鳴り響くものであり、これが本物(本拠地の生演奏だから本物に違いない)だとすれば、レコードの聴こえ方が本物に近い点を再認識したい。
 今秋、ウィーン・フィルが来日するが、公演が決った東阪のホール(いずれも日本では有名ホールだが)には申し訳ないが、ムジークフェラインに似せたこのホールの方に決まれば、もっと幸せだった。しかし、たぶん記念発売されるだろう多くのCDは、本当のウィーン・フィルの音らしい、ということがせめてもの救いである。

    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・(追 記)・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 7月初、大阪・箕面市の個人のお宅で、ウィーン・フィルのヴァイオリニスト、ダニエル・フロシャウアーのミニ・コンサートが行われた。個人の家とはいえ、50人以上入る立派な洋間で、ごく間近かに名手の演奏を聴かせてもらった。
 私がウィーン・フィルの弦の特長だと信じている、あのヌメヌメと濡れた様な音色、精魂傾けてつむぎ出した様な美音が眼前で奏でられて、いまもこの音が耳底から消えようとしない。この音も、一般的なホールの演奏会では、一生かかっても聴けないだろうと痛感したものである。
 うれしいことに、フロシャウアーのCDは、独シャルプラッテンから、7月新譜として発売されている。
 *「ベートーヴェン/Vnソナタ No.9 クロイツ
」 TKCC-15174(徳間ジャパン)*
   
 *ホールについての追記



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