田坂 隆士:2次形式Ⅰ

作成日:2021-10-28
最終更新日:

概要

「はじめに」から引用する:

本講の第1分冊では,(中略)実数体に付随する体(実数体自身,複素数体および4元数体) 上のベクトル空間に定義される正値な内積(形式)を考える.

感想

2次形式というのは、私の浅はかな理解では、2次曲面の分類で必要な式、という理解でしかなかった。 2巻本になるぐらいの理論であることは知らなかった。

本書は、章の途中に「問」が、また章の末尾に「問題」がある。ほかの岩波基礎数学では、 本文の途中にも、また章の末尾にも問題がなく、 すべての章の問題が一つの分冊のみに出ているもの(小平邦彦 解析入門Ⅰ~Ⅳ)、 本文の途中だけに出ているもの(彌永昌吉・彌永健一 集合と位相Ⅰ~Ⅱ)があるが、 このシリーズは本文の途中にも、また章の末尾にも「問」や「問題」がある。

第1章 正値計量空間と2次形式

第1章末尾の問題を解いてみよう。

1 次のベクトルで張られる正値計量空間 `RR^3` の部分空間の正規直交基底を求めよ.
(イ)`{::}^t(1,1,1)` および `{::}^t(1, 0, 1)`
(ロ)`{::}^t(1,1,1)`,`{::}(0,1,1)` および `{::}^t(0, 0, 1)`

p.7 の (1.8) 式および pp.8-9 の例1.3 にならい、正規直交基底を作る。
まず(イ)について計算する。`bbf_1 = {::}^t(1,1,1), bbf_2 = {::}^t(1, 0, 1)` とおく。 `bbu_1 = norm(bbf_1)^-1 bbf_1 = {::}^t(1//sqrt(3), 1//sqrt(3), 1//sqrt(3))` の長さは 1 である。次に、`bbv_2 = bbf_2 - (bbf_2, bbu_1)bbu_1 = bbf_2 - (bbf_2, bbf_1)norm(bbf_1)^-2 bbf_1` によって `bbv_2` を計算すると、 `bbv_2 = {::}^t(1, 0, 1) - 2/3 {::}^t(1, 1, 1) = (1//3, -2//3, 1//3)` であるから、 `bbu_2 = norm(bbv_2)^-1bbv_2 = {::}^t(1//sqrt(6),-2//sqrt(6),1//sqrt(6))`。 この部分空間の正規直交基底は `{bbu_1, bbu_2}` である。
次に(ロ)について計算する。 `bbf_1 = {::}^t(1,1,1), bbf_2 = {::}^t(0, 1, 1), bbf_3 = {::}^t(0, 0, 1)` とおく。 `bbu_1 = norm(bbf_1)^-1 bbf_1 = {::}^t(1//sqrt(3), 1//sqrt(3), 1//sqrt(3))` の長さは 1 である。次に、`bbv_2 = bbf_2 - (bbf_2, bbu_1)bbu_1 = bbf_2 - (bbf_2, bbf_1)norm(bbf_1)^-2 bbf_1` によって `bbv_2` を計算すると、 `bbv_2 = {::}^t(0, 1, 1) - 2/3 {::}^t(1, 1, 1) = (-2//3, 1//3, 1//3)` であるから、 `bbu_2 = norm(bbv_2)^-1bbv_2 = {::}^t(-2//sqrt(6),1//sqrt(6),1//sqrt(6))`。 次に `bbv_3 = bbf_3 - (bbf_3, bbu_1)bbu_1 - (bbf_3, bbu_2)bbu_2` を計算すると、 `bbv_3 = {::}^t(0, 0, 1) - 1 / sqrt(3) {::}^t(1//sqrt(3), 1//sqrt(3), 1//sqrt(3)) - 1/sqrt(6) {::}^t(-2//sqrt(6),1//sqrt(6),1//sqrt(6)) = {::}^t(0, -1//2, 1//2)` であり、 `bbu_3 = {::}^t(0, -1//sqrt(2), 1//sqrt(2))` とおくと、 この部分空間の正規直交基底は `{bbu_1, bbu_2, bbu_3}` である。

以上の正規直交基底を計算する方法を本書では Schmidt の直交化法と呼んでいる。 この方法は Gram-Schmidt (グラム・シュミット)の直交化法とも呼ばれる。 この直交化法は理論的にも、また実用上も重要である。 特に、矩形行列の QR 分解を得るときには、この Schmidt の方法が使われる。 ただし、数値計算で誤差を少なくするために、本来の(本書の)グラム・シュミット法ではなく、 修正グラム・シュミット法を使う。さらに言えば、QR 分解では、修正グラム・シュミット法よりさらに誤差が少ない、 ハウスホルダー変換が使われる。

同じページにある問題4 と問題 5 を見てみる。

4 交代行列 `T=[(0, tau),(-tau,0)]` または `T=[(0, nu, -mu),(-nu,0,lambda),(mu,-lambda,0)]` に対して, 行列 `P = (E - T)(E + T)^-1` を作れ.
5 `T` を問題4で与えた交代行列とするとき,行列 `exp T` を計算せよ.

4 は計算すればいいので、5をやってみる。まず2行2列の `T` を考える。
`T =[(0, tau),(-tau,0)]`
`T^2 =[(-tau^2, 0),(0,-tau^2)]`
`T^3 =[(0, -tau^3),(tau^3,0)]`
`T^4 =[(tau^4, 0),(0,tau^4)]`
`exp T = E + T + 1/(2!) T^2 + 1/(3!) T^3 + 1/(4!) T^4 + cdots = [(1 - 1/(2!)tau^2 + 1/(4!)tau^4 - cdots , tau - 1/(3!)tau^3 + cdots), (-tau + 1/(3!)tau^3 - cdots,1 - 1/(2!)tau^2 + 1/(4!)tau^4 - cdots)] = [(cos tau, sin tau),(-sin tau, cos tau)]`

この解法は 4 の計算を使っていないので不安はある。 しかし、次の第2章「ユニタリ空間と Hermite 形式」の p.86 例 2.18 にあるそのままの解法なので、これでいいのだろう。

次に3行3列の `T` について求めてみる。このままでは何もできないので、本書 p.87 を真似してみる。 真似した結果はすぐあとで述べる。

第2章 ユニタリ空間と Hermite 形式

第1章の問題を解くために第2章を先走ってみてしまった。下記は p.87 の内容とほぼ同じ内容であるが、 文字などは前章の問題4の3次の交代行列で使われたものである。

まず `T` について `(alpha, beta, gamma) != (0, 0, 0)` と仮定する。 `alpha = sqrt(lambda^2 + mu^2 + nu^2)` とおくと、行列 `T` の固有値は `0, +- alpha i` である。 行列 `T` のスペクトル分解は

`{:(E = ,P_1+P_2+P_3),(T = , 0P_1 + alpha i P_2 - alpha i P_3 = alpha i (P_2-P_3)):}`
であるとする。`exp T = P_1 + e^(alphat) P_2 + e^(-alphat) P_3` であり、 `e^(alphat) = cos alpha + i sin alpha` などを使うと
`{:(exp T , = P_1 + (cos alpha)*(P_2+P_3) + (i sin alpha )*(P_2 - P_3)), ( , = (1 - cos alpha)P_1 + cos alpha E + alpha^-1 sin alpha A):}`
となる。ここで、`E - P_1 = P_2 + P_3, A=alpha i(P_2-P_3)` となることを用いた。 行列 `T` の 0-固有ベクトルとして `{::}t(lambda, mu, nu)` が取れるから、 正射影の行列 `P_1` は計算できる。また、 `T^2` も計算する。
`alpha^2P_1 = [(lambda^2,lambda mu,lambda nu),(lambda mu, mu^2, mu nu),(lambda nu,mu nu,nu^2)], T^2 = [(-mu^2-nu^2,lambda mu , lambda nu ),(lambda mu, -lambda^2-mu^2,mu nu),(lambda nu, mu nu,-lambda^2-mu^2)]`
これより `alpha^2 - T^2 = alpha^2E`、すなわち `P_1 = E + alpha^-2 A^2` となることがわかる。 これを上の式に代入して、次の式が求める答となる:
`exp T = E + (sin alpha)/alpha A + (1 - cos alpha)/alpha^2 A^2`

以上は本書の p.87 の真似である。ただし、少し補わないといけないところがある。なぜ、 行列 `T` の固有値が `0, +-alpha i` とわかったのか。これに関して次に述べる。

p.87 を引き写そう。

応用として,3次の交代行列の指数関数を求めよう.

`A=[(0,alpha,gamma),(-alpha,0,beta),(-gamma,-beta,0)]`
と置き,`(alpha, beta, gamma) != (0, 0, 0)` と仮定する. `nu = sqrt(alpha^2+beta^2+gamma^2)` と置くと,既に述べたように, 行列 `A` の固有値は `0, +- nu i` である.

ここで、既に述べたようにというのはどこのことだろう。 飛ばし読みしたことが分かってしまう。少し遡る必要があった (既に述べたのだから当り前だ)。pp.76-77 に書かれている:

次に3次の交代行列

`A=[(0,alpha,gamma),(-alpha,0,beta),(-gamma,-beta,0) ]`
の標準形を求めてみよう. 固有多項式は `det(lambda E - a)= lambda(lambda^2+alpha^2+beta^2+gamma^2)` であるから, 固有値は `0` と `+-nu i` である.ここで `nu = sqrt(alpha^2+beta^2+gamma^2)` と置いた.

第3章 4元数的計量空間

最近、コンピュータグラフィクスの関連もあって、4元数が脚光を浴びている。 本書で挙げられた内容がコンピュータサイエンスに必要だとは思わないが、研究すれば面白いのだろう。 p.116 にある章末問題を一つだけ解いてみよう。

1 4元数 `xi` に関して,`xi^2` が負の実数ならば,`xi` は純4元数であることを示せ.

`{1, i, j, k}` を4元数体 `ℍ` の基底とする。 `xi = a + b i + c j + d k (a, b, c, d in RR) ` とおいて `xi^2` を計算する。 `ij=k, jk=i, ki=j` などに注意する。
`xi^2 = (a + b i + c j + d k)(a + b i + c j + d k)` `= (a^2 - b^2 - c^2 - d^2) + 2abi + 2acj + 2adk`
この値が負の実数になることから、`b = c = d = 0` または `a = 0`。 前者の場合は`xi^2 = a^2` が正の実数となることから不適。 後者の場合は `xi^2 = -b^2 - c^2 - d^2` となり条件に適する。 `a = 0` は `xi` が準4元数であることを意味するので、 題意が言えた。

数式記述

このページの数式は MathJax で記述している。

書誌情報

書 名2次形式Ⅰ
著 者田坂 隆士
発行日1976 年 8 月 2 日
発行元岩波書店
定 価
サイズA5版 116 ページ
ISBN
その他岩波講座 基礎数学 草加市立図書館にて借りて読む

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MARUYAMA Satosi