副題は「高校数学で読みとくリーマン予想」。まえがきから引用する:
奥深い数学の世界を,本書を通じて一緒に探求して頂ければ幸いである.
数学の本に限らないだろうが、読むときにことばを補うこと、言い換えれば「行間を埋める」ということは、 多かれ少なかれ必要になる。数学の本は特にそうだ。この本も「高校数学で読み解く」ということばが副題にあるが、 だからといって読みやすいというわけではない。
p.48 に次の命題が水色の背景で強調されている:
証明したい命題 素数 `p` を 4 で割った余りが 1 であるとき, `p = x^2 + y^2` を満たす整数 `x, y` が存在する.
以降はこの命題の証明が続くが、一筋縄ではいかない。同じページに「部屋割り論法」の説明がある。これを引用する:
10 部屋のホテルがあるとき,「10 人の客を泊めるには,すべての部屋を使う必要がある(どの部屋にも客が存在する)」 「もし 11 人の客が来たら,相部屋になる客が少なくとも1組存在する」という論法であり(後略)
ここで、前半の「」内は次のように<>内のことばを補わないといけない: 「10 人の客を<どの客も相部屋にせずに>泊めるには,すべての部屋を使う必要がある」。 また後半の「」内はこのままでもよいが、<>内のことばを補えばわかりやすい: 「もし 11 人の客が来たら,<どの部屋にも客を一人以上入れたとしても>相部屋になる客が少なくとも1組存在する」。 私はこのように読んで、次ページで展開される有限体の逆元存在定理の証明がわかった。 なお、読み方で注意しないといけないのは、p.49 の有限体の逆元存在定理も、 p.51 の有限体の逆元存在定理(改良版)も、単に部屋割り論法の適用例を示しただけではなく、 p.48 の命題の証明に使われるということである。だから、読み飛ばしはできない。
p.59 から引用する:
(1) マーダヴァ級数
`1 - 1/3 + 1/5 - 1/7 + cdots = pi /4`(2) メルカトル級数`1 - 1/2 + 1/3 - 1/4 + cdots = log 2`
このマーダヴァと名前は何か。同じページに説明があった:
なお (1) のマーダヴァ級数は,長らくライプニッツ級数と呼ばれていたが, 20世紀末から21世紀にかけた数学史の検証が進み, ライプニッツよりも約 300 年前にインドのマーダヴァによって発見されていたことが判明したものである.
知らなかった。では、もう一つの級数の「メルカトル」の名前は何だろうか。 あのメルカトル図法のメルカトルと同一人物なのだろうか。調べてみたら、別人だった。
このページの数式は MathJax で記述している。
これは誤植かどうかわからないが、気になった2点について書いておく。
なお、著者のホームページ
http://www1.tmtv.ne.jp/~koyama/j_index.html
からたどれる本書の正誤表には、下記の点についての言及はない。
p.53から引用する。
虚数単位をもつ有限体で成り立つ事実 `p` 元体が,`x^2 = -1` なる元 `i` を含んでいるとする. このとき,`x + iy` が `p` の倍数(すなわち,`x+iy = 0 in ZZ//pZZ`)であるような元 `x, y` が存在する.
証明 `x,y ` を `0 le x le sqrt(p), 0 le y lt sqrt(p)` の範囲で渡らせると, `(x, y)` の組合せの総数は `([sqrt(p)] + 1)^2` であるから `p` 個以上となる.よって部屋割り論法により `x + iy` を `p` で割った余りが等しくなるような `(x, y)` の組がある.(後略)
任意の整数を `p` で割った余りは全部で `p` 組ある。だから、 <組み合わせの総数が `p` 個以上だから `x+iy` を `p` で割った余りが等しくなるような (x, y) の組がある> といえるわけではない。ではどうするか。修正は可能である。
修正には2通りある。一つの方法は、`p` 個以上を `(p+1)` 個以上とすることだ。 これも成り立つ。ただし、(x,y) の組み合わせの総数 `([sqrt(p)] + 1)^2` が p+1 以上になることを示すのは少ししんどくなる。 もう一つは、論理を補強することだ。 `x + iy` を `p` で割ったあまりが等しくなるような `(x, y)` の組がない場合を考える。 このとき、(x, y)の組を p で割った余りは、少ない順に並べると、`0, 1, 2, cdots, p-1` となる。すなわち、 余りが 0 となる (x, y) の組があるのでこれは題意の元 (x, y) が存在することを意味する。
なお、実数 `a` に対して、`a` を超えない最大の整数を表わす記号 `[a]` については、 本書で言及がなかったように思う。
p.73 のコラム4およびその後続の解説から引用する。
コラム4「無限小解析による log のテイラー展開」
正の数 `z` を「無限小 `omega` 」と「無限大 `i` 」の積として表す.(中略)`log_a (1+x)``= omega i = i/k (k omega)``= i/k ((1 + x)^(1/i) - 1)``= i/k (x/i + 1/i(1/i-1)x^2/(2!) + 1/i(1/i - 1)(1/i - 2)x^3/(3!) + cdots)``= 1/k(x - x^2/2 + x^3/(3!) - cdots)`.最後の不等式の式変形で,先ほど紹介した無限大 `i` の性質
`(i-alpha)/i = 1`を用いている.
最後から2番目の等号は,二項展開
を用いている.`(1+x)^r`` = 1 + rx + (r(r-1))/2 x^2 + (r(r-1)(r-2))/(3!) x^3 + cdots`` = sum_(n=0)^oo ((r),(n))x^n` (`abs(x) lt 1, r` は任意の実数)
ここで、カラムの最後の式は、正しくは次の通りである。`x^3` の項は `1/(3!)` ではなく `1/3` である。
書 名 | 数学の力 |
著 者 | 小山 信也 |
発行日 | 2020 年 7 月 28 日(1版1刷) |
発行元 | 日経サイエンス |
定 価 | 2000 円(本体) |
サイズ | A5版 270 ページ |
ISBN | 978-4-532-52079-3 |
その他 | 草加市立図書館にて借りて読む |