私は正直言って、後期歌曲集をそれほど聞き込んではいない。 特に、「閉ざされた庭」(Op. 106) は、 「蜃気楼」と同じ作風と思い込んでいる。 だから、 曲を聞いただけではどちらがどちらに属するかすら怪しいのだ。 そんな中、閉ざされた庭を久しぶりに聞いてみた。どうも私は「閉ざされた」という表題に、 惑わされていたようだった。この先入観を変えるだけで、自分の心を開くことができた。
全8曲から成る。一曲当たりの時間が非常に短い。動機は一曲あたり一つである。 第1,3,7曲はアルペジオを基調に、 その他の曲は和音連打を基調に進められていく。 以下、訳は全音のフォーレ歌曲集のものを使う。
伴奏は彼の歌曲「夕暮」 を思い出させる下降アルペジオだが、 もっと軽い。歌が調性の庭を散歩する。
詠嘆調の歌に、ピアノの右手の後打が微妙な効果を与えている。
La messagèという原題の邦訳としてはこの他、 「使い女」、「先ぶれ」、「先がけ」、「使いの女」、「前ぶれ」 と多彩な訳語があてられている。 この表題は春の訪れを告げる愛の女神の意味である。 第1曲と同じアルペジオだが、上昇音型かつ速いリズムが私をとらえる。
こちらは、ピアノ低音部の徹底したアウフタクトにより、 彼の夜想曲第11番を思いこさせる。 しかし、夜想曲と比べて、 低音部の動きが大きいこと、歌の部分があることから、 よりいきいきとした感じがある。ある人がフォーレのピアノ曲を評して 「彼の歌曲から詩をとった残りのようでむなしい」 といったことを思い出した。
こちらは、 「消え去らぬ香り」のように、 和音が単純に置かれ、 歌が和音の柱をかいくぐるかのように進む。
「沈黙の贈り物」とくらべられる。 最初のリズムが続けられたあとで第2のリズムが登場し、交代する。
幅の狭い、アルペジオと呼べないほどの和声の綾の上で、 たんたんと歌が進む。
ホ短調という調と、組曲の中の最後に置かれているという類似性から、 私は前奏曲第9番を連想する。
短い曲からなる「閉ざされた庭」は、フォーレの曲づくりの素材がはっきりとしている。 だから、他の曲との関連性と相違点を指摘しやすい。この曲集がフォーレの他の作品に比べて 知られていないのなら、この曲集は裏ドラ満載の山であり、源流といえる。
「聴きとどけ」が「夕暮」と異なるのは、多少速度を落としていること、 そして、そのアルペジオを構成する和声がその度に変わっていることだ。