Rail Story 8 Episodes of Japanese Railway

 ●異母兄弟の謎2(後編)

首都圏のJR東日本の各線で、今や最もポピュラーな電車は209系とE231系だ。特に半導体技術・情報伝達技術・リサイクル性などの大幅な向上により製造コストの低減と車両価格低廉化を実現したこのE231系の経済効果は、各大手私鉄にもこの電車への羨望の眼差しを向けさせた。

既に平成8年に開業した東京臨海高速鉄道(りんかい線)には209系を設計変更した70-000系が走っていたが、これは電車の検査をJR東日本に委託しているためと、路線そのものがもともと国鉄時代に京葉貨物線として計画されていたためで、本来「京葉線」はこちらが本家本元、現在は第三セクター鉄道となっているが、JR東日本系列の会社とあれば、同型の電車を導入したのは容易に想像はつくというものだ。 その後りんかい線は大崎までの全通で埼京線との直通運転が実現したが、70-000系は多くが10両編成となり、余剰となった6両はJR東日本へまさかの移籍のうえ209系に編入されるという「珍事」も起こっている。

しかし平成13年、信じられない新車10000系が相模鉄道にデビューした。

この新車はJR東日本E231系ほぼそのもので、正面のデザインの違いと車体の幅が2cm狭いことを除けば、全く同じなのである。名版もメーカー(東急車両)とJR東日本のダブルネームであり、同時にJRと私鉄のコラボレーションモデルとも言うべき存在だろう。横浜駅付近では、同じ車体の相模鉄道10000系、JR東海道本線E231系、JR横須賀線E217系が会社は違えど併走しているという不思議な区間となっている。

りんかい線70系 相模鉄道10000系
りんかい線70-000 相模鉄道10000

相模鉄道はそれまで車体はアルミ製、駆動方式は車軸とモーターを直角に配置する直角カルダンドライブをずっと愛用してきたが、この10000系の車体はステンレス製、駆動方式は車軸とモーターが並行な並行カルダンドライブだ。当然メンテナンス性に違いはあるはずで保守現場からは反対の声が上がりそうだが、それをおしてまでの導入は、ズバリ車両価格の低廉化にあった。

近年、大手私鉄の電車は各会社毎に完全オリジナル設計だった。しかしそれは同程度の仕様の国鉄/JRの電車と比べると、小量ロット生産ということを含めて約5割増しの車体価格となっていたのは事実。ところがバブル景気がはじけ企業がリストラを敢行、少子化も加わり大手私鉄といえども乗客の減少には歯止めが掛からないのが現実だ。少しでも出て行く金額を減らすには、導入する新車の価格を抑えるのが筋というものだ。そこに超コストダウンを実現したJR東日本E231系の成功は、大手私鉄にとって羨ましい存在だったのには間違いない。

平成14年、続いて東急にもJRのE231系のコピー車、二代目5000系が田園都市線にデビューした。もともと傍系の東急車両製造でE231系の開発から製造までを一貫して担当していたという曰くつきではあるが、やはりコストダウンの魅力は大きかったのだろう。この電車は足回りこそ東急オリジナルであるが、車体は東西線直通用E231800番台のものを若干変更して採用した。のち目黒線用5080系、東横線用5050系や横浜高速鉄道Y500系もほぼ同じ仕様で製作が続いている。

確かにE231系とは足回りの設計思想には大きな違いが認められるが、JRのE231系はモーターの出力を極限まで引き出しているのに対し、東急5000系は地下鉄での運転を主体にしており、勾配の多いトンネル内で故障車を救援する時に必要な余力を確保するという違いがあるためモーター出力は倍となっている。これは今後私鉄各社の地下鉄直通電車の標準仕様となる動きがあるようだ。

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このような電車の「標準仕様」というのは、実は今に始まった話ではなかった。

それは終戦直後にまで遡る。試案的なものは戦前から既にあったようだが、形になったのは昭和22年、運輸省や私鉄鉄道会、メーカーが共同でつくった「郊外電車設計打合会記録」に始まる「運輸省規格型電車」で、これは電車を標準化してコストダウンし、よりスピーディーに戦後の復興を図ろうというものだった。また私鉄各路線の規格が同じではないという事情を考慮して、車体の大きさや窓、ドアの寸法などの構造的な規格の中から各々選択して希望する車体を構成する、スーツで言えばス・ミズーラのようなものであり、今のE231系とは少し意味合いが違うようだ。早速この規格にのっとった電車が全国の私鉄各社にデビューした。

私鉄鉄道会はのち私鉄経営者協会(以下略して私鉄経協)となったが、戦後の技術革新はめざましく、昭和288月には新たに「私鉄経協標準電車」を制定した。これは一応標準となる車体が6つ提案されたが、時は「もう戦後ではない」を合言葉に大手私鉄は一応仕様としてはこの規格に準拠するものの、車体は全くのオリジナルとなるものが出現し、標準車体は電車ではなく常総筑波鉄道のディーゼルカーの車体に採用されることもあったが、私鉄経協の規格はガイドライン的存在となってしまう。

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名鉄5000系こんな中で、昭和30年からは電車メーカーの日本車両は、私鉄向け電車を次々に製造し、これが「私鉄経協標準電車」を継承しつつ電車の標準化に寄与することになる。10月に富山地方鉄道には14770形がデビュー、続いて11月に名鉄で5000系電車がデビューし、その後の地方私鉄新車のプロトタイプとも言うべき電車となる。

また規模の小さな路線には同じく私鉄経協標準電車に準じた昭和30年ナニワ工機製の栗原鉄道の電車を基本に、続いて日本車両が新潟交通、松本電鉄、岳南鉄道に電車を納入した。

名鉄には続いて改良型の5200(昭和32)、初の大衆冷房車となった5500(昭和34)がデビュー、富山地方鉄道にも14780(昭和33)10020(昭和36)14720(昭和37)と続いていく。またこの間に富士山麓電気鉄道(:富士急行)3100(昭和31)、長野電鉄2000(昭和32)、秩父鉄道300(昭和34)、前作でも取り上げた北陸鉄道6000形「くたに」(昭和37)6010形「しらさぎ」(昭和38)なども日本車両により製造され、このタイプの電車は全国を走るようになった。

名鉄5200系 名鉄5500系 長野電鉄2000形
名鉄5200 名鉄5500 長野電鉄2000
富山地鉄14780形 富山地鉄14720形 富山地鉄10020形
富山地方鉄道14780 富山地方鉄道14720 富山地方鉄道10020形

なお現在も名鉄5500系、富山地方鉄道14720形と10020形、長野電鉄2000形が活躍中である。

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この日本車両は、JR東日本E231系とは別に現在大手私鉄用の通勤型電車に標準車体を提案しており、京王電鉄9000系、京成電鉄3000系、小田急電鉄3000系、名鉄300系は車体の長さやドアの数の違いはあるものの、車体各部のディテールは同じことに気づく。このように全国的な電車の標準化はまだまだ続きそうである。


今の世の中では「標準化」は避けて通れないコストダウン策なのは間違いありません。でも各社の電車に個性がなくなってしまっては魅力がなくなる…というものですが。

次は小田急ロマンスカーに息づく伝統…という話です。

【予告】奇跡の復活

―参考文献―

鉄道ピクトリアル 20031月号 【特集】私鉄高性能車の半世紀 鉄道図書刊行会
鉄道ピクトリアル 20036月号 【特集】JR東日本209系・E231 鉄道図書刊行会
200312月号 【特集】都市鉄道の車両標準化鉄道図書刊行会

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