四都物語は三都物語を超えた?? '00.6.2


 ●初夏の北陸路

先日の東京地区取材に続いて、残る大阪地区取材は日帰りで敢行。
朝6時すぎの金沢駅は特急がゾクゾク発車する。6:05発名古屋行き「しらさぎ2号」、6:10発越後湯沢行き「はくたか1号」(このあいだ乗ったやつだ)、6:14発大阪行き「雷鳥14号」という具合。

特急 雷鳥14号 大阪行き

この日は雷鳥14号を京都まで乗る。もともとその列車にする予定だったが、もしかしての寝坊(笑)に備えてあえて指定は押さえていなかった。でも余裕で早起きに成功。6時少し前には駅に着き、電車に乗り込むと普通車自由席はガラガラで正解。
天気予報では大阪の最高気温は28℃ということだった。まだ肌寒さの残る金沢だったが、梅雨入り前の晴天で暑くなりそう。「はくたか」が先日と同じように出発、ボクの乗った「雷鳥」は「しらさぎ」の後を追うように定刻に発車した。

この雷鳥がなぜ空いているかというと、少し前の5:38発「サンダーバード2号」は新型車だが、この「雷鳥14号」は昔ながらの電車で人気薄なのが原因だ。乗った車両は昭和48年製造と標記があった。もう28年選手だ。でもサンダーバードが停車しない駅ではこの「雷鳥」しかないワケだ。実際よく停まるなあと思ったし、最近サンダーバードやはくたかの130km/h運転に馴れていたせいか遅く感じたりもした。ボクはこのタイプの電車を「485系クラシック」と勝手に命名した。

駅の券売機でも長距離のキップが買えるようになったが、磁気券ではなかった(ウラが白いやつ)。先日のは磁気券だった。窓口で発券している分は磁気券なのかなあ。おかげで前回あせりまくって品川から東京へ向かう時に役立ったよ全く(爆)。そのまま自動改札通せるし。3月のツアーの時は思わぬ雪に驚いたが、田圃にはすっかりイネがなびき、もう初夏なんだなと実感。

金沢では空席が目立った自由席車だったが、福井県内を停車するうちほぼ満席に。湖西線に入りおなじみの電源切替では車内の照明が消えた。再び点灯して無事直流区間に入り、この485系クラシックでも130km/hで飛ばす。在来線の電車は本来最高速から600m以内に停車出来ないとダメと運輸省が定めている。この485系クラシックはそれをクリア出来ていない。ただし完全立体交差で踏切のない湖西線と北陸本線でも北陸トンネル内は「特認」という形だ。あと青函トンネルもそう。海底へ向かう下り坂を利用して「はつかり」が140km/hを出している。

 ●京都取材

三条-四宮を走っていた80型

京都に着いたのは8:37。駅の「ポルタ」の中にあるSUBWAYで朝食を取り、膳所(ぜぜと読む)へ向かうべく今来た道を逆に向かう。新快速から退いた221系に乗り、滋賀県に逆戻り(笑)。京阪石坂線づたいにテクテク歩いて取材。暑くなってきた。浜大津では京津線を昔走っていた電車に逢えて感動!!はらさ〜ん、この電車だよ〜(号泣)

浜大津からは京都の地下鉄東西線初体験を兼ねて京阪大津線(地下鉄直通)。この路線は大津市内に路面区間があって、電車は発車してすぐに国道161号を走るが信号に引っかかって電車が横断歩道を塞いでしまい、歩行者が困っていたのを見た。逢坂山越えはカーブの連続だが、電車は結構飛ばすのでジェットコースターみたいで楽しかった。

御陵からはそのまま地下鉄東西線。駅には今はやりのホームドアがついている(電車停めるの難しいだろうなあ…)。京阪大津線の地下鉄乗り入れは賛否両論だったようで、京阪と京都市の二重運賃になって実質値上げになり、しかも電車が2両から4両になったので運転間隔も7〜8分から15分になってしまって不便だという声も聞かれたようだ。蹴上から三条京阪までは地上区間が目に浮かぶ。2年前の円山公園での花見の時はもう地下化されていたなあ…。

三条からは京阪(本線)で丹波橋へ。向かいの出町柳行きホームの発車は営団地下鉄の「プーーーーー」とまるっきり同じで苦笑。錯覚する。うまく淀屋橋行き急行が来た。来た電車に新たなネタを発見!!これは次のシリーズにとっておこう(笑)。

丹波橋では駅周辺を取材。でも…初めてのスカ(泣)。しかたないか。でも話はしっかり書きました。

 ●奈良へ移動

今度は近鉄で田原本へ。取材ちうに橿原神宮前行き急行(略して橿急)を逃したが、奈良行き快速急行が来た。乗り換えの西大寺までノンストップだ。冷房も効いていてウトウト…したらもう西大寺。橿原線に乗り換え。西ノ京辺りでは木々越しに薬師寺東塔、西塔が見えて「ああ、奈良だー」。電車は大和路を快走した。田原本で降りて西田原本は徒歩連絡。何故かはレイル・ストーリー2にてどうぞ。

せっかくの大和路をゆっくり散策したいが、やっぱり今日も取材…。近鉄田原本線の電車はのんびりと走った。風景といい富山地鉄の電車を思い出した。王寺から近鉄生駒線。ここは取材がないなと思ったら寝ていた。どうも早起きが効いたかな?終点生駒からは近鉄奈良線で大阪へ出る前に、関西私鉄ストーリーの撮り残しがあったので一旦東生駒へ。

 ●次は大阪

生駒に戻り難波行き快速急行。座れなかった。生駒トンネルを抜け、石切で先行した準急を追いぬく。眼下に大阪の街が広がる。近鉄奈良線はこの瞬間が好き〜。瓢箪山からの平坦な区間も快調に飛ばし、鶴橋停車。その次の上本町で電車を降りた。

大阪での取材は天王寺だけ。谷町9丁目から地下鉄谷町線に乗ったが、また一つネタを発見!!これも次回にとっておこうっと。写真は来週フェルメール展に来るのでその時に取材すればいいか。上本町/谷町9丁目で乗り換えたのは来週泊まるホテル(都ホテル大阪)の駐車場入口確認も兼ねてのこと。JR天王寺駅の取材はサクっと終わり、大阪環状線内回りで大阪へ。関西のJR線ではいつも電車を待つホームに立つとJR東日本の駅メロディが聞こえてきそうでならないが、今回は京都から電車をあれこれと乗り継いで来たせいか、それとも3月の関西取材が効いたか違和感なし!!こんなのは自分でも珍しいなあ。

 ●さらに神戸へ

関西私鉄ストーリーの撮り残しが神戸にもあったので、まずは阪神で神戸の新開地へ向かう。東須磨行き阪神の特急は飛ばしまくり、この日は甲子園でタイガースの試合があることもアナウンスしていたが、電車の走りの割には野球のほうは…これ以上は言うまい。

新開地の一つ手前の高速神戸で駅構内取材。続いて新開地でも駅構内取材。これで予定していた取材は終わり。西元町まで戻って神戸市内を歩くことにした。

元町通のアーケードを歩いて、続いてせっかくの神戸なので、また南京町を歩く。ここまでお昼抜きで取材していたので空腹も限界。露店で売っていた海老ダンゴのクルトン串揚げを買って食べちゃった。アツアツでとっても旨かった。

南京町広場では太極拳教室をやっていた

南京町の顔はコレ

南京町広場

長安門

三宮の交通センタービル前では選挙を目前に早くも街宣の真っ最中。うるさくてかなわん。

大阪への帰りは阪急。三宮を発車すると長浜行きJR新快速と並んだ。加速ではこちらがリードしたが春日野道駅通過を目前にかわされた。あっちはこの春から130km/h運転だしね。阪急神戸線にはかつてライバル阪神が阪急のスピードを阻むために線路際の土地を買い占め、阪急の線路はS字カーブとなっていた区間があったらしいが、今は改良されたとか。もっとも乗った電車はそんなコトを感じさせず滑るように快走!!ボクはまたウトウト…。気がつくと神崎川を渡っていて程なく「のほほん茶」のCMに使われている十三駅。まだぼーっとしながら終点梅田着。

 ●やっぱり…

取材と、ちょこっと観光もしてすっかりおナカも空いて、とんかつを食べてから旭屋書店本店で「鉄」な本を2冊買う。そのあとは…やっばりHEPファイブが気になっているじゃないかーーー!!(爆)

スタバは満員で諦め、ゴルチェでカットソーが気になり…やっぱり散財。SHIPS、BEAMS、GAPと見て回ったところでタイムアウト。外へ出るともう暗くなっていたが、金曜の夜だからか待ち合わせの人数がただごとではない(笑)。新宿フラッグスよりも多かった。フラッグスといえば最近CMでよく使うなあ。また行きたくなるじゃないか(爆)。

HEPファイブの観覧車
HEPファイブと屋上の観覧車はコレ

 ●また来週!!

特急 スーパー雷鳥43号 富山行き

帰りは大阪19:26発「スーパー雷鳥43号」。のんびり散財などしなければ1本早いサンダーバード41号(18:46発)へ変更出来たのだが、前回乗っているし今回は比較のためこちらに。ただし…またグリーン車でーす(嬉)。
何とグリーン車の乗客は、大阪を発車するときボク1人。新大阪で2人乗り、京都でもう2人。結局5人だった。

大阪を発車、新大阪に停まるといきなりかっ飛ばす。複々線のとなりの線路は草津行きの普通電車だったが、あっという間に抜き去った。なにしろ夕方のラッシュ時に追撃してくる新快速の邪魔は出来ない。

この電車、スーパー雷鳥としてデビューしたのは1989年3月のこと。11年前だ。しかも朝乗った485系クラシックからの改造車なのだ。こっちは「485系スーパー」と命名しよう。さすがにサンダーバードと比較すると、グリーン車はシート生地こそ同じだがテレビモニターはなく(オーディオサービスはアリ)、内装も照明が安っぽく、485系クラシックからのグレードアップ改造は4列を3列にするなど大掛かりだったものの格差は否めない。普通車もシートは取り替えてあるとはいえ同様だ。さらに朝乗った485系クラシックは、グリーン車は4列のままでカーペットも通路だけという状態。今利用者で問題になっているのは、これらが全て電車が違っても同じ料金だということだ。

これらをふまえ、JR西日本は来年北陸線特急の新車を投入することを表明した。確かに485系クラシックはもう25年以上も北陸路を駆けている。しかしそのデザインは昭和33年に東海道線特急にデビューした151系「こだま」を踏襲している。もう40年以上も前のデザインなのだ。そのデザインが今日まで通用したというのは賞賛に値するが、それを受け継いでいるのは今や北陸線の485系クラシックだけだ。

それはJR西日本によると、「北陸線の速達特急のさらなるグレードアップのため…」ということらしいが、「サンダーバード」を置き換えて今の「サンダーバード」を「雷鳥」に使おうというのかなあ。てっきり常磐線の「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」の関係になると思っていた。ボクの個人的意見では停車駅の多い「雷鳥」は「サンダーバード」よりもカジュアルなものという位置付けだったからだ。

確かにJR西日本はJR東日本に比べ新車の投入が遅い。この日取材してみて思ったが大阪地区の普通電車でさえ国鉄から引き継いだ古い電車が驚くほど多く走っている。北陸線のローカル電車の新車はまだまだ先だろう。JR東日本では京浜東北線は耐用年数を10年程度とした通称「走ルンです」こと209系に全車置き換えたり、地方のローカル電車の置き換えまで始めたが、やはり東京と大阪では差があって、なかなか電車の置き換えは進まないのが実情だと強く感じた。

その中で、ようやく後継車が決まろうという北陸線の485系クラシックとスーパー。この電車はかつて山陽新幹線が博多まで全通する前は鹿児島まで足を伸ばしていた。今でも青森まで走っている。別の車庫に所属した仲間は同様に全国至るところで活躍していた。今回の旅は伝統の北陸線485系クラシックとスーパーへのちょっと早い別れだったのかもしれない。心の中で電車に拍手を送った。ありがとう485!!

小松で上野行き夜行急行「能登」を追いぬく。この電車も古いなあ。上野発は高崎線最終電車も兼ねていて自由席はいつも超満員だとか。
いつものジムが見え、金沢に無事到着。となりのホームには上野行き特急「北陸」が発車直前だった。

来週は…フェルメール展。今度はクルマで大阪。家に帰るとホテルの予約確認書が届いていた(笑)。

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