8mmフィルムを自家現像する


末岡一郎


 写真家の多くは、その作品制作の過程に於いて、撮影と同様に、現像・焼付けといったラボ・ワーク(暗室作業)を重視している。これは、写真作品のルックス(外見)が、ラボ・ワークで左右されることを認識しているからだ。つまり、ラボ・ワークとは単なる技術・技法レヴェルの話ではなく、実際に作品の内容を決定する重要な表現上の問題なのだ。では、似たような素材=「フィルム」を扱っている映像作家=フィルムメーカーはどうなのであろうか? 映画は「映像」である以上、見た目=「ルックス」の印象から逃れることはできない。ということはそのルックスを決定してしまうラボ・ワークにも、映像作家としての責任が要求される、と言えるのではないだろうか? 少なくとも、「作家性」の一要素を担っているのは事実であろう。

 ところで、8mmフィルム(以下8mm)も写真乳剤(感光乳剤)を用いている以上、その現像過程は写真のそれと基本的には変わらない。つまり、やろうと思えば写真の現像液で8mmは(さらには16mm、35mmのシネ・フィルムも同様に)現像処理ができる。そこで、ここではシネ・フィルムの自家現像について記してみたい。
 まず、現像作業についてだが、特に写真の現像・焼付けを経験したことがある人ならば実感できると思うが、多少、温度や時間に気を配らなければならない事を除けば、現像作業は意外と簡単だ。(それこそ現像キットのマニュアル通り作業を進めれば、ほとんど失敗しない。仮に失敗しても、それが予想外のイメージを現してくれることに気づくだろう。)
 次に、現像の原理を簡単にまとめてみたい。ここではカラー・リヴァーサル(反転)・フィルムを例にとる(ちょうど8mmがそうだ。)と次のようになる。

 1.第一現像→白黒ネガ像を作る。
 2.反転・第二現像→白黒ポジ像を作った後にポジ像の周辺の色素(カプラー)を発色させる。
 3.漂白定着→余分な白黒像を漂白し、カラー色素を定着させる。

 これに水洗や乾燥を加えて作業終了なのだが、ここで注目したいのが1番のところだ。カラー・フィルムといえども、まず「白黒ネガ」を作り、その後に発色させる、ということだ。これは逆に考えると、仮にカラー・フィルムで白黒に仕上げたい、と思った時、それは実現可能なのだ。また、これを展開させて、ポジフィルムをネガに仕上げる、あるいはその逆を行うことも十分可能だ。そして、それらは市販の各種フィルム現像キットを流用すればいいだけのことなのである。

 そこで、次に具体的に現像手順を紹介したい。
 現在入手が可能な現像液の一つとして、写真用のE−6カラー反転現像液キット、「テテナール写真工業製・コンパクトライン、カラーキットスライドフィルム」(近代インターナショナル輸入・販売*)がある。この現像液で処理できるフィルムは、フジフィルム社製のシングル8とコダック社製エクタクローム7240。これらのフィルムは乳剤に色素を含有している「内式」と呼ばれるカラー・リヴァーサル・フィルムだ。(ちなみに、コダック社製コダクローム40は「外式」(色を後染めする処理)のため、自家処理はほぼ不可能。ただし、白黒(ポジでもネガでも)に仕上げることは可能。)

 この他、必要な用具を列記すると、ダークバック、現像タンク(1リットル容量程度)、空スプール(50ft)、写真用スポンジ、温度計、漏斗、タイマー、恒温パッド、処理液用ボトル、水洗用パッド、乾燥用ワイヤー、クリップ、ゴム手袋、ハサミ、といったもので通常の写真の暗室道具とあまり変わらない。暗室については、フィルムを現像タンクに移すときに必要だが、ダークバック内でも十分作業ができるので、あまり必要ではない。また、処理液ボトルなどは、普通のペットボトル(2L)で十分である。尚、現像タンクは写真用の35mmフィルム・4本を現像できる長めのステンレスボトルが使いやすい。(8mm一本分の容量に最適。)

 次に作業手順を示す。
 1.各処理液の作成と保温。(キットの指定に従う)
 2.現像タンクに水を入れ、ドライウェル(水洗促進剤/フジフィルム製)を適量加える。これは前水洗(乳剤を均等に濡らすため)として用意する。
 3.ダークバック、または暗室内で、撮影済みのフィルムを、水が入ったままの現像タンクに静かに移す。その後、適当に撹拌し、水は捨てる。
 4.現像キットの手順に従い、第一現像から順番通りに処理を進める。
 *あらゆる現像処理に共通するが、現像結果を大きく左右するプロセスは第一現像であり、ここで画像の濃度や色調等、ルックスに関わる要素が決定される。ここだけは慎重に!
 5.定着、安定処理後の最終水洗の時、フィルムベース面に残っている反射防止膜(黒い墨のようなもの)を擦り落とす。
 6.水洗後、ドライウェル入りの水に5分ほど浸ける。このとき、水中で予めスプールに巻き取る。
 7.その後、良く水を切ったスポンジでフィルムをはさみながら取り出す。
 8.乾燥はワイヤーに引っかけて自然乾燥させる。ドライウェル越しなので、15分程で終了する。
 9.スプールに巻き取り終了。

 シネ・フィルム現像の作業上の問題点は、なんと言っても「細長い」ひも状のフィルムの取り扱いであろう。ここでは、些か乱暴に現像タンクへとフィルムを流し込む方法を紹介したのだが、前水洗処理をすることと、撹拌を静かに行うことで、かなりきれいに仕上げることができ、かつもっとも簡単な方法でもある。しかしながら、フィルム上の多少のキズは避けられないし、フィルムを巻き取る手間も少々煩雑である。発色に関しても少々バランスがズレている。(経験的に言うと、テテナールではグリーンが強い。しかしその分、緑の風景は実にコクのある深い色を出す。)だが、考えて見ると、つい先ほど撮影したフィルムが、ほんの1〜2時間ほどで鑑賞でき、さらには独自の色合いを伴っているのはやはり魅力ではないだろうか。

 さてここで、別の問題を上げてみたい。「音」である。現在、フジカラーサービスは、サウンド・トラック用のマグネ・コーティング・サービスをフィルム現像時のオプションにしている。つまり、自家現像した場合、コーティングはしてもらえないということだ。とても大きな問題であるが、これは考えようによっては、作品をサイレントにする、または音声をテープやMDで別途用意する、あるいは完パケをビデオにするといった対応が現実的な解法といえるかもしれない。そういう意味では表現上の問題以上に、制度的問題が作品に制約を与えているのが現状である。
 しかしながら、それを制限と見なすか、あるいは「創造の糧」とするかは私たちの態度次第であろう。

 マーシャル・マクルーハンにならい、メディアそれ自身がメッセージならば、「映画」がフィルムを選択したことによって、「映画の文法」自身も「フィルム・システム」の「文法」に従うものとなったといえるだろう。つまり、我々が知る「映画」とは、(結果的に)フィルム・テクノロジーの所産によるものだった、と言い換えることができる。このことは逆に、私たちにフィルム・メディアのさらなる可能性の追及を示唆しているように思う。自由と制約は常に隣り合わせに在るのだから。

参考作品
マン・レイ『理性へ帰る』(1923) レイヨグラム
スタン・ブラッケージ『DOG,STAR,MAN』(1959-64)
ユルゲン・レープレ『PASSION』(1993)
能登勝『無題』(1979-88)シリーズ
奥山順市『浸透画』(1994)
末岡一郎『アジス・シャカール職探し』(1999)

参考文献
写真の化学 写真工業出版社
写真処方便覧 写真工業出版社
写真処理 共立出版
小型映画の知識 創元社
『自家現像と僕〜17フィートごとの挑戦〜 』能登勝 “F’s(エフズ)”1994年3号

脚注
* (株)近代インターナショナルの詳細は以下へ
http://www.kindai-inc.co.jp/index.php

末岡一郎
1965年生まれ。フィルム・メーカー、キュレイタ。映像研究会「キノ・バラージュ」主催。
VIPER2003(スイス)で"Studies for SERENE VELOCITY"(03)が大賞受賞。"I am lost to the world"(03)はロンドン国際映画祭、香港国際映画祭等で招待される。海外・国内での上映多数。また、主に海外の映画祭・上映組織に向けて日本の映像作品を紹介している。主な作品:「不在の扉」1992、「T:O:U:C:H:O:F:E:V:I:L」2003、「冬のベルリン」2003、「曖昧な葬儀」2004