きみの友だち
郊外にあるベッドタウンで久し振りに会うことになった彼女は、待ち合わせの駅前に赤い車に乗って現れた。大学のゼミで同じだった彼女は、卒業して一人でこの街に住んでいた。 連絡したのはぼくの方だった。なくしていた連絡帳が見つかり、思い立って会おうと電話した時には少し緊張した。変わらない声だった。学生の時以来だから、会うのは本当に久しぶりだった。 挨拶も早々に彼女の車で少し走って、川沿いの大きな公園まで行った。緑が豊かに広がる、のどかなゆったりしたところだった。よくここには来るのだと言う。 向うの景色を眺めながら、なんとなく言葉を選んで話した。違う場所でのそれぞれの毎日が、見えない壁を作っているようだった。それでも、彼女の方はもう何年も会っていないことが嘘のように、変わらない笑顔だった。前より少しやせていた。車から降りたとき、ちょっとやつれて見えた。やっぱり時間は経ってるんだなと思った。ぼくたちが大学生になったのは、もう7年も前のことだった。 それでも、公園の散歩道をゆっくり歩き、川向こうの夕焼けを眺めながらベンチに座っていると、少しだけ前のようになれた気がした。想いを伝えようとして、結局出来なかったことなど思い出し、秋のよく晴れた日差しが作る、芝生の上の長く軟らかな影を見つめていた。 向こうの山並に陽が落ち、辺りが暗くなり始めてから、ぼくらは近くのお好み焼き屋に行った。広島焼きの店だった。運ばれてきた具を自分たちで焼きながら、たくさんのことを話した。音楽や友達のこと、結婚観や将来のこと。久し振りにぼくはよく話した。こんなに饒舌になるのは、どれ位振りなんだろう。 近くで見る彼女は、やっぱり奇麗だった。「彼とは別れたの」とふと何でもないように言った。「そうしたらなんだかすっきりしちゃった。仕事を頑張るの」 それはふとした拍子の、何でもないことだったのかもしれない。あるいは悲しみを隠そうとする、いつもの彼女の方法だったのだろうか。ぼくはいつも考え過ぎ、彼女はいつだって語りすぎない。 けれど彼女の少しうつむきかげんの横顔を見たとき、その柔らかな背中の曲線を見たとき、なんだかふと寂しい気分になった。彼女は誰かに、何か言って欲しかったのだろうか。 視線を下げ彼女は微笑んでいた。ぼくは微かに頷いた。なんとなくこんな風景がどこかであったような気がした。 彼女はいつもそうだったように、どことなく儚気で、消えていってしまいそうな微笑みを浮かべ、その瞳で向うを見ながら、やるせない切ない気分にさせるのだった。
帰りの車の中、「きっと幸せになれるよ」と言うと、「今は幸せだよ」と彼女は言った。「好きなことやってるもの。音楽の仕事はね、続けるつもりなんだ・・」 車はまたもと来た駅のロータリーへと入っていった。入口近くで降りると、彼女は窓を開け、さよなら、ともう一度にっこり微笑んだ。それから車は向こうへと走っていった。ぼくは駅の入口へ歩き始めた。 構内に立つと、少しして黄色と白のツートンカラーの電車がホームに滑り込み、乗り込むとしばらくしてゆっくり扉が閉まった。空いている席に座り、窓の向こうの真っ暗な空を眺めた。列車は夜の暗がりの中、ぼくの住む都会へ走り始めた。
時が経って、今日のことを想い出す日がくるかもしれない。今日感じた同じ気持ちで、誰かのことを見つめる日が来るかもしれない。 でもそれはきっと、もっとずっと先のことだろう。それまでぼくは、一人で歩き続けなければならない。 (1998.) |
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