世界が白く埋もれても



 それは、ふたりと一羽で過ごす初めての冬のことだった。

「ジャックがさ、雪を見たいって言うから」

 宇宙総合大学コスモ・アカデミーからの帰り道、ふと気付くと、自宅であるアパートメントの前に頬を赤らめた朱里が立っていた。

<さみ〜んだよ、冷て〜んだよ>

 白い息を吐きながら、クェ〜ン、キュェ〜ン、と情けない声で鳴くジャックを見れば、どう見てもジャックみずから外に出たいと告げたわけではないのは明白だ。

 なのに、あくまでも強情に、
「雪がたくさん積もって、街中真っ白になっちゃって。いつもと景色違うし、さ。
ほら、ファラが迷子になったらかわいそうじゃん?」
仕方ないから迎えに出たんだ、と寒さで声を震わせながら偉そうに胸を張る朱里はすごく意地っ張りで、誰に似たのか、それがとても朱里らしい。

 でも、その朱里らしさが、ときどき、ファラの乳白色の瞳に口惜しく映るとは、当の朱里はまだ知らない。

「早く帰って来ないファラが悪いんだ」

 脈絡もなく八つ当たりする朱里の息が白く色付いて、ぎゅっとジャックを抱き締める腕が力強くなる。
それは、強気の言葉の奥に隠された幼くも脆い繊細な心が見え隠れする瞬間だった。

 ファラが二度と帰って来ないように思えて心配だったからだと、どうして素直に言えないのだろう。

 しんしんと舞い続ける雪の中、まだ精神防御に慣れていない幼い心が切なく伝わってくるから、うそぶいているのはすぐに知れてしまう。

 置いてきぼりなんてするわけないのに、いつまでも朱里は、来るはずもないその「いつか」を心配している。

──まるで白い雪がファラを溶かしてしまいそうで、すごく嫌な感じがしたんだ……。

 粉雪にまみれて自分を待つ朱里の心に植えつけられた不安は深い。

 だからこそ。

 自分だけは違うのだ、と。

 それだけは信じて欲しくて──。

「今日は冷えるな。今夜は鍋でもするか?」
「うん。鴨鍋がいいってジャックも言ってた」

 いつか来るその日。

 本当にこちら側を去るその「いつか」が来るとしたら、その時は朱里も一緒だから。
ひとりぼっちになるかもしれないなんて、もう、そんな無駄な心配はしなくてもいいんだ──。

 そう、何度繰り返して言い聞かせれば、心の底から信じてくれるのだろう。

 ふたり並んで傘に入れば、互いの体温にジャックの温かさが加わって温かい冬になる。

「鴨鍋のお汁が残ったら、明日の朝、おじやにしようね」

 明日も明後日もずっとずっと。

 もうひとりきりにはしないから。いつだって、朱里のところに帰って来るから。
だから、もう安心していいんだ、とファラは小さな肩を抱いて、わずかに傘を傾け家路を急いだ。

「さあ、帰ろう」
「迷子にならないうちに?」

 くすりと笑う、そのわずかな仕種がくすぐったい。

 どこであろうと、朱里がいるところが帰るべき家だから、世界が白く埋もれても、この温かさがあれば何の問題はない。

「俺は迷子なんかになったりしないさ」

 ほら、帰るべき場所は、しっかりこの腕の中にあるのだから。

                                                         おしまい


illustration * えみこ



*** あとがき ***

最後まで、お付き合いしていただき、ありがとうございます。
朱里が使徒星の住人たちと初めての迎える冬のお話、いかがでしたでしょうか?

朱里・九歳、ファラ・十三歳のある雪の日のお話でした。

キャラ設定でセリーア人は、
「幼年期は(0〜13)、壮年期(14〜350)、老年期(351〜400?)
幼年期は身体的成長が早くは外見は大人びて見える。
壮年期は実年齢のわりに外見が若い。
老年期で一気に老化が進む。
朱里も一応その影響がある」
……となってまして、えみこさんにはその設定上でイラストを描いていただいてます。

だから、ふたりとも年齢のわりにはオトナっぽく見えると思います♪

えみこさん曰く、「ジャックのストールに力を入れたの」とのことで、
そんなところにも、ふたりと一羽の温かさを演出されてます(感謝♪)

彼らの今夜のメニューは「鴨鍋」(笑)となってますが、
数ある鍋の種類の中でわざわざコレを選んだところに、ちょっとでも面白みを感じていただけたら嬉しいです♪


ご感想などお聞かせいただけると、とても嬉しいです。

これからも、moro*onをよろしくお願いします。

by moro



moro*on presents




この作品の著作権は、文・moro、イラスト・えみこにあります。
当サイトのあらゆる内容及び画像を無断転載・転用・引用することは固く禁じます。