「髪、切ってくれ。ちょっとうざい」 「あー、そりゃ確かに長いな。わかった。今、ハサミ持ってくる」 はっきりいって、俺は器用なほうだと思う。 料理、洗濯、掃除、裁縫、なんでもござれ。 我ながら自分の器用さにほれぼれしてしまう。 もちろんハサミさばきもお手のもの。 自慢じゃないが、それなり見られるくらいにはカットもできてると思う。 だからと言ってこの器用さがELGの仕事に有利に働くかって言われたら疑問なんだけどね……。 ファラの乳白色の髪は一見すごくやわらかそうだけど、 実は滅茶苦茶やわらかいってほどやわらかくはない。 「なあ、このあと俺の髪も切ってよ」 「オーケー」 そういや、ファラの髪を切るようになったのはいつからだったっけ。 昔はもっと長かったんだよなあ。 …ってことはこまめにカットする必要なんかなかったってこと? もしかしたらたまに自分で切ってたのかな。 「髪、ねえ」 「何だ?」 「いや、何でもない」 ハサミを持つ手を動かしながら、床に落ちた乳白色の髪を見て、ふと思う。 普通に考えたらこれってゴミでしかないんだよなあ。 けど、あの貴重種で知られたセリーア人の髪には違いないんだし、売ったら高く売れたりして……。 「ほい、おしまい」 「まあまあだな。それじゃ今度はおまえの番だ」 「うん。よろしく」 絶滅危惧種の髪かあ。 そう考えたらやっぱりそれなりの価値がありそうだよな、うん。 いや、待てよ。 この髪を集めて筆にしたらもっと高値が付くんじゃないか? ゴミの再利用かあ。売れたらぼろ儲けだなあ。 そんなことを考えている間にも、 パサリパサリと床に散ったファラの髪の上に自分の黒髪が重なっていった。 あーあ、混ざっちゃったよ。 いちいち髪の振り分けするのもメンドイし。 「ま、いっか」 「何が、『ま、いっか』だ。おまえ、俺にやらせといてそれはないだろ」 「いや、別にファラに文句言ったわけじゃないよ。 ただその……、いろいろ想像しちゃっただけ」 「ふーん、想像ね。……次は前髪切るぞ。目をつぶれ」 ううッ、前髪かあ。 毎度ながら、前髪を切られるのって落ち着かないんだよなあ。 鼻がむずむずして、動きたくなってしまうんだ。 「動くなよ」 「わかってるよ」 俺が苦手なの知ってるくせに。 だったらさっさと終わらしてくれよ。 「まだ?」 「もう少し」 俺の目線は乳白と黒の髪が散った床に落としたまま。 やっぱり、もったいないかなと再びイケナイ想像をしてしまった。 すると突然、前髪を掴んでいたファラの手が撫でるように額に触れてきて。 思わずぞくりと肌が泡立った。 「朱里、動くなって」 そんなこと言われても、これはちょっとやばいんじゃないだろうか。 びくっと動いた反動で、髪の切りくずが鼻の中に入ってしまった。 マジにやばい。ものすごくむずかゆい。 我慢に我慢を重ね、これでもかって頑張ってたけれど。 うう、もう限界が……。 「ぶへっくしょんッ!」 はあ、やっとすっきりした。 ──と同時に、直面した現状を思い出した。 目を開けると、唾を点々と滴らせた秀麗な顔がものすごい至近距離にあった。 「あ、悪い……」 しっかり、こちらを睨んでいる。 「よくもやってくれたな」 「ははは……」 ここは笑ってごまかすしかないだろう。 「笑って逃げられると思うなよ」 「げっ。ち、ちょっとファラ、落ち着けって……」 そのハサミがすごく怖いんですけど……。 髪を切っている時は邪な思いを抱くもんじゃない──。 そんな得難い教訓を、この日、俺はしっかりと学んだのだった。 えみこのおまけ 「使徒星の住人たち」シリーズ moro*on presents
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