見た目、見る目


世の中にはとことん見る目がねえ奴らがいる。
それは呆れるのを通り越して哀れになるくらいマジに情けねえくらいで。
俺は同じ男として、「おまえらいい加減にしろよ、それでも男かよ」と言いたくなっちまう。
ま、俺程度が何言っても無駄なのはわかりきってるんだけどよ──。



その日、外出するには暑すぎるくらいカンカン照りで、
リリアもえらく「このままじゃ干からびちゃう」って騒いでた。
「ウルセー、だったら買い物行こうなんてはじめっから言うな」って最初のうちは俺も無視してたんだけど、
日向に立ちすくんでいようものなら、じっとしているだけで汗がポタポタ地面に滴り落ちるほど、
その日は許せねえくらい暑い日だったもんだから、
滅茶苦茶仕方ねえなってんで、俺はリリアにアイスを買ってやることにした。

さすがにこの暑さだ、誰だって考えることはみんな同じだ。
アイスクリーム屋の列は結構な長さがあった。
並ぶだけで体力を消耗するのはわかりきっていた。

「喉が渇いたー。冷たいのが食べたい。何でもいいからガブ飲みしたい」
喚くリリアのあの淡い色彩の髪や肌を
長時間、ジンジンと照りつける陽光の下に晒しておくのはすげえ不憫だったし。
だから、「おまえはここにいろ」っつって、リリアを木陰に残して俺はひとり列に並んだ。

誰かと待ち合わせだろうか。
アイスクリーム屋を囲むように、あたりには待ち人らしき人たちがちらほらいて、
暑い休日をそれぞれがそれなりに楽しんでいるように見えた。

そんな憩いの場に、俺が言うのも何だけど、
その場にはいかにもそぐわない、ちゃらちゃらした若い男ふたりがやって来た。
ポケットに手を突っ込んだまま背筋を丸め、やたらにキョロキョロとして何かを探してる。
そのうち、奴らはひとりの女に目をつけて、互いに合図をし合いながら近付いていった。

「そこの黒髪のお嬢さ〜ん。俺たちと一緒にお茶しない?」

いかにも軽そうなそのノリは、頭のほうも同様に軽いんだろうなってのが見え見えで。
今時そんなんで女が釣れるかよ、って思わず突っ込みたくなるようなクサイ誘い文句に
俺は思わず鳥肌が立っちまった。
仮にも女を口説こうってんだろ? おまえら、もちっと頭を使えよって、何だか頭までくらりとしてきて、
誰に何を頼みたいのかもわからないまま、「頼むぜ……」と思わず俺は呟いていた。

相手の彼女は、俺や男たちからはうしろ姿しか見えなかったけど、とても綺麗な黒髪をしていて、
男たちが目をつけるのも頷けた。
濡れ羽色ってのはあーいうのを指すんかって思うくらい、真っ直ぐな黒い髪が
襟足ギリギリのところで綺麗に揃えられていて、
それだけとっても確かに色気があると言えた。
立ち姿も背筋がすっと伸びていて、姿勢もものすごくいいし。
この暑さの中、その彼女のまわりだけ空気が凛としていて、見てるだけで涼しさを感じられる。
清楚で上品そうな青いワンピースが彼女の雰囲気を惹き立てて、まさにいいとこのお嬢さんって感じだ。

対して、男どものだみ声の暑っ苦しいこと、環境妨害も甚(はなは)だしい。

「ねえ、彼女〜。そこの黒髪のお姉さ〜ん。いいだろ〜」

その声だけで暑ィんだよ、てめえら。いい加減にしろよ。
こちとらここに立っているだけで辛ぇんだよ。なあ、わかってくれよ。

男たちのむさ苦しさに辟易しながら、ド突きたくなるのをぐっと我慢してた俺。

俺同様、我慢に我慢を重ねていた黒髪の彼女もとうとう痺れを切らしたのか。
それとも、呼ばれていたのは自分のことだと今やっと気がついたのか。
何度目かの男どもの軽々しい声にぴくんと身体を反応させて、黒髪の彼女がくるりと振り向いた。

途端、目当ての彼女の顔(かんばせ)を目にした奴らの目が点になり……、
そしてその硬直が取れたと同時に、アホ面の馬鹿どもはこうのたまったのだった。

「何だ、ババアじゃん」

確かに振り向いたその女性は妙齢の人で、とてもじゃないが「若いお嬢さん」には全然見えなかった。
だが、振り向きざまのそのはにかんだ表情や仕種は、
彼女からすれば小僧でしかない俺から見てもすごくかわいらしさを感じさせるもので。
俺は、すげえ、いいなって素直に思った。

第一、勝手に間違えたのはてめえらのほうじゃねえか。
なのに、「ババアじゃん」と本人を目の前にして言い放った上、
「紛らわしい若作りなんかしてんじゃねーよお」
「ホントホント無駄に期待させんなっ。ほら、行こうぜ」
一方的に喚いて勝手に蔑んで、さっさと去っていきやがるってのはどういうこった。

かわいそうなのは残されたその女(ひと)だ。
無体な仕打ちにいたたまれずに、周りを気にしながら恥ずかしそうに俯いて。

あんなふうに綺麗に年を取れるなんて羨ましいくらいなのに。
あいつらは何もわかっちゃいねえ。

「ったく、馬鹿な奴ら」

あの男どもは自分たちがいつかは老いるということに気づいちゃいない。
綺麗に老いるその難しさをまるで知らない。
その生きた年輪の価値や素晴らしさを知ろうともしない。

誰しもにもいつかはやって来る老い。
だけどそれは未来があるということで、俺には無縁の品物だ。
老いを迎える未来があるなんて羨ましいくらいなのに。
あいつらはそれがどんだけ大事なことか、到底わかりゃしねえんだろうな。

なあ、ばあちゃん。あんなの気にすんじゃねえぞ。
あんたはすげえ綺麗だよ。だってあんたの周りの空気はすごく澄んでるもんな。
俺は正直、嫌いじゃねえぜ、うん。

口では伝えられなかったけど、その分、心の中で叫んでやった。
あんなアホな連中、あんたが相手するほどの価値なんてねえよ、と。



そんなこんなで時間が経って、いつの間にか、列も短くなって俺の番になっていた。

「ヘイ、お待ち。ソフトクリームふたつね。毎度どうも〜」

アイスを受け取って、俺はくだんの女性に視線を投げたが、そこにはもう誰もいなかった。

後味の悪さだけが残って、無性にアイスの甘さに酔いしれたくなる。
そして、やたらにリリアの顔が見たくなった。

そそくさとリリアのところに戻って行く俺。
あのウルサイ女のことだから、「遅いじゃないの。何してんのよ」とか何とか、
今頃きっとぶつくさ文句を言ってるに違いない。
あのばあちゃんのように静かにひっそりと俺を待ってるような女じゃないことは先刻承知。
それでもやっぱり俺の帰るところはあいつのところなんだろうな、と思うと、
くすぐったいやら気恥ずかしいやら。

そうして、口を酸っぱくして「ここで待ってろよ」って言っておいた場所に戻ってゆくと、
そこにはリリアのほかに先客がいた。
そう、あいつらだ。

こちらに背を向けて涼んでいるリリアに向かって、
恐ろしいことに奴らは「そこのババア、向こうにいけよ。邪魔なんだよ」とほざいていたのだった。

今日のリリアは乳白色の髪をひとつにまとめ、すっきりと結い上げている。
男どもにはリリアの髪の色が白髪に見えたんだろう。

「あいつら、ホントに考えなしだなあ。マジ、怖ぇーことしてるぜ」

確かにリリアは地球人種で考えれば、中年のおばさんの部類に入るくらい生きている。
その点では奴らの言い分の一部は非常に正しいとも言えるだろう。

だが、だからと言って、それが万人に通じるかと言えば……。

「あの女には通じねえだろうなあ」

案の定、
「ババアって……まさかそれ、わたしのこと?」
くるりと振り向いたリリアが浮かべた笑顔は極上の絶品モノだ。かわいらしさもピカイチ。
あの整った顔を見慣れた俺でさえ惚れ惚れとする美少女ぶりだった。

だが、俺にはわかる。笑ってはいるが、あれはかなりキテる顔だ。
よくよく見れば、笑顔の眉間がピクピク動いてるもんな。

「あの怒りっぷりの見事なこと。こりゃいいわ」

俺は拍手を贈りたくなった。

だが、もっと見物だったのは男ども間抜け面だった。
ごくん、と息を呑んだ瞬間、カチンと固まったまま、まったく動けないでいる。
ババアだと思ってた相手が超絶美少女だったショックは相当なもんだったんだろう。
ぽかんと呆けたまま、まさに、あまりの感動ぶりに開いた口が塞がらないって感じだった。

しかし、奴らは意外にも根性があった。

「ババアって確かに言ったわよね? それってばどういうこと?」
そう、リリアに迫れつつも、
「い、いや……、きみみたいなカワイイ女の子を捕まえて、ババアなんてナシナシ」
「そうそう、きみみたいな子との出会いを俺たち待ってたんだよぉ。ね、一緒にお茶しない?」
即座に気をとりなして、リリアをナンパしはじめたのだった。

「こんなかわいい子は見たことないよ」
「こんな美人がこの銀河に存在するなんて奇跡だよ」
「まさに運命の出会いだよ」

アノ手コノ手で褒めちぎっては、しきりにお茶に誘う奴らはとても甲斐甲斐しく、
見方を変えれば、これも一種の微笑ましい情景には違いなんだろうなってふと思った。
だってよ、マジに奴らの努力は賞賛したくなるほどで、
よくぞまあ、アソコまで口が回るよなあって男の俺でも感心するほどの持ち上げようだったんだ。

「っつっても、これとそれとは話は別だ。悪ぃな、俺は寛大なほうじゃねえんだよ」

そう、俺には俺の都合ってもんがあるし。
それに、俺はどっちかっつうと根深いほうで、『恨み辛みは倍返し』を美徳としてるときたもんだ。

「おい、若作り。アイス溶けちまってもいいのか? ほらよ、おまえの分」

そう言って堂々と、俺はリリアにソフトクリームを渡そうと近づいた。
当然、奴らにとって俺はお邪魔虫の何ものでもない。

「何だよおまえ。邪魔なんだよ、あっち行けっ」
「俺たちが彼女誘ってんだよ」

思った通り、男どもは俺を牽制(けんせい)してきた。

「おまえなんかあっちのババアを相手にしてろよ」
「そーだそーだ。チビには似合いだぜ」

当然リリアも知っている通り、普段の俺なら身長のことを言われて黙ってやしない。

けれど、この時の俺は男どもなんぞ目もくれないで、
「あっそ。それならそれで俺は構わねえよ。じゃあな、リリア。
俺はあっちの妙齢の女性にでもアイスを渡してくるわ」
反論するでもなく怒るでもなく、さっさと踵を返して歩き出した。

そんな俺の態度に一番驚いたのは、おそらくリリアに違いない。

「どこの女に渡そうってのよ。そのアイスは私のもんでしょ! チビ、どこに行こうってのよ」

男どもを振り切って、リリアは俺を追ってこようとした。

だが、目当ての女が逃げるのを指をくわえて見てる奴らじゃない。

「ちょっと彼女。それはないんじゃないの? アイスくらい俺たちが買ってやるよぉ」
「そうそう、あーんなへんちくりんな男より、俺たちといるほうが楽しいって」

しつこくリリアを食い止めようとしたのだった。

しかし、食い物を前にしたリリアを引き止めようなんて百万年早い。

「何、ほざいてんのよ。このボケ!
この初々しい新妻にってこの暑い中わざわざアイスを買ってきてくれた優しい夫を捕まえて、
よくもあんな男呼ばわりしてくれたわねっ!
やっと結婚にこぎつけたってのに、せっかくの熱々の新婚生活を邪魔するんじゃないわよ、
このクソガキがッ!
第一、どうしてわたしがあんたたち程度の男を相手しなくちゃならないってのよ!
鏡見てから一昨日来やがれってなもんよっ!」

あれよあれよというま間に、「お放し、無礼者っ!」と腕に絡みつく男どもを力一杯なぎ払っては、
「通行の邪魔よっ!」とそのふたりの身体を、
リリアは自慢の念動力で遥か遠くにポーンと投げ飛ばしたのだった。

結果は覿面(てきめん)、思惑通り。
一番手っ取り早く、最小の労力で最大の効果が得られた。

「へえ、やるじゃん。惚れ直したぜ」

結婚するなら超絶かわいくて滅茶苦茶強い女が一番だな、なんて。
これってやっぱりベタ惚れってことなのかね。

「チビ〜、私のアイス〜」
「ほらよ。早く食わねえと溶けちまうぜ」

ま、こういうのもいいんじゃないのって思う。
何しろこちとら新婚サンですから。



とりあえず……、こんな形の仕返しになっちまったけど。

よかったな、ばあちゃん。
どうやらリリアが代わりに仇をとってくれたようだぜ。

俺の頬もつい緩む。
これでかの女(ひと)も少しは溜飲を下げてくれるだろうか、と。



ホントに見る目のねえ奴ら。
相手の何も見えてねえ。
年齢(とし)なんて関係ねえのによ。



「よお、バアさん。アイスはうまいか」
「何よ、チビ。あんたもわたしに喧嘩売ってるの?」

「いやいや、おまえのその若作りっぷりは最高だって褒めてんのさ」


うちのバアさんは五十っつってもまだまだ元気だ。

「これからも精々、見る目のねえ男どもに鉄槌を食らわしてやってくれや」

思いっきり期待してるぜ、奥さん。


「使徒星の住人たち」シリーズ 「きみが片翼」



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