ドキドキの社会見学


あの日、あそこに行ったのは、ご飯が食べたかったからだけじゃない。

だって、わたし、ほんの少し、摘む程度しか食べれなかったけど、
ホントはホテルで朝食を済ませてた。

だけどいくら豪華な料理を前にしても、
どうしてかしら、お腹はすいているのに食べられなくて。

食べたいのはコレじゃないって本能が叫んでいた。

食後の紅茶の揺らめきに、ほんのり黒い影が映って、
気がついたら研究所に翔んでいて──。

「おはよう、リリア。今朝は早いねえ。そうそう、今日はね。仁、休みなんだよ」

オーウェンの言葉にどれだけ驚いたことか。

思わず力が抜けて、落胆と喪失感でお腹がぐうと鳴り響いた。

「ご飯、食べたい……」
「朝ごはん、まだなのかい? 何がいい? 私でよければ今すぐ作ってあげるよ」

オーウェンの作ってくれるご飯はチビの味によく似てる。
だから、知ってる。とってもおいしいご飯を期待してもいいんだって。

でも、いくらおいしいご飯でも、ホントに食べたいのはそれじゃない。

脳裏に浮かんだのは、おいしいご飯よりも口の減らない小憎らしい顔。

「ここに来ればお腹いっぱい食べられると思ったの……」

そうして何て言ったらいいのか迷って言いよどんでいると、
知らないものは何もないかのようににっこりとオーウェンは微笑んで、こう言った。

「だったら、仁のところに行ってみるかい?
こっちの一般的な住環境を知るにはいい機会かもよ?
せっかくだから、社会見学しておいで」

行こう、と決めたら、それしか考えられなくなった。

チビのご飯しか、見えなくなった。

朝の八時の突撃訪問。

「ご飯作って!」

なぜかドキドキしながら訴えた。

だけど、寝起きのままのチビの顔を見た途端、
ご飯はどうでもよくなってしまって、でもご飯を食べに来たのだからと自分に強く言い聞かせた。

誰かと一緒にいたいと思ったのは初めての経験。
もれなくおいしいご飯がついてくるなら尚のこと、ずっとそばにいたくなる。

ずっとチビのそばで、どうしてだか、このままずっとドキドキしていたいと思ったの。

わかってる?

あの日、わたしはご飯よりも、とにかくあんたに会いたかったのよ。


「使徒星の住人たち」シリーズ 「きみが片翼」



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