山片蟠桃『夢の代』の引用文献 上 原 貞 治 1.問題の発端 まず、『夢の代』でしばしば引用されている「ウイストン」であるが、これは、英国の学者、William Whiston (1667-1752) のことである。彼は、ニュートンの天文学の継承者で周期彗星が地球に及ぼす影響などについて議論しているが、蟠桃が引用したウイストンの書物が何であったのかは有坂の探索にも関わらずわかっていない。(これについて何からのことをご存じの方はぜひお知らせいただきたい)。ウイストンからは「太陽明界図」なるものを『夢の代』の引用書としているので、ここから明界・暗界の考えを取り入れたかもしれないが(3)、(4)に関わる決定的なことはその関連では述べていないので、蟠桃は、ウイストンからはそれ以上の知識を仕入れていないと推測できる。 (引用終わり) なお、上に引用した有坂隆道らによる『夢の代』「天文第一」の研究は文献(*2,*3)にある。
図:"Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd" サイト(*5)より引用 (Internet Archive収録) なお、1712年の図版 "A Scheme of the Solar System"は、"A scheme of the Solar system with the orbits of the planets and comets belonging thereto"(*6)である可能性が高い。ただし、数値や項目の一致から見て、蟠桃が利用したのは簡略版(*4,*5)のほうである。
●距離の単位について、英マイルを「里」に換算しているが、1マイル=2里としている。 以上、両者の記述は完全に一致しているわけではないが、その一致や対応の度合いからみて一致していない部分の多くは蟠桃の操作や誤記が入っているものと推測でき、この図が『夢の代』が引用する文献「ウイストン太陽明界図」であることは間違いない。 なお、『夢の代』に記載されている数値データについての検討は文献(*2)の補注にある。また、文献(*5)所載の当該図にある数値の検討が文献(*7)にある。これらデサグリエと蟠桃の書の関連について指摘したのは、今回の拙論が最初と考える。
筆者は、「明界、暗界」の言葉が、山片蟠桃の『夢の代』のほか、麻田立達(帰属)の書簡(*8)、橋本宗吉の「太陽明界七曜彗星運行之図」(現存しない)にあり、また、司馬江漢、高橋至時らが西洋書に基づいて彗星の楕円軌道や三次元空間的な恒星の配置について論じていることからみて、彼らのそれぞれが何らかの似たような西洋書のソースから取ってきている可能性を考えていた(*1)。しかし、西洋書に対応する用語が見つからない以上、最初から日本人が発案した可能性を考えねばならない。上に挙げた日本人は、いずれも1790年代後半から1800年代前半にかけて蘭学・西洋天文学に興味を持ち、互いに連絡を取り合っていたような人たちで、この件に関しては、彼らがいわば一つのグループとして機能した可能性がある。それぞれが西洋書のソースを引いたのではなく、これらの人たちの間に結果的に何らかの役割分担ができて、誰かが西洋書を紹介し、誰かがそこに掲載されている図版の印象や解釈を他の者に伝え、そして、誰かが「明界、暗界」という言葉を作ったと考えればすべて説明できるのではないか。例えば、江漢、宗吉あたりが西洋文献を紹介し、至時が西洋書を見て考察をして間重富に伝え、重富、立達、あるいは蟠桃本人が「明界、暗界」の言葉を発案した可能性があるだろう。 山片蟠桃は、何らかの方法で"Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd"、あるいは、その写しを入手し、麻田剛立門下の人たちとの間でなされた西洋天文学の議論を踏まえて、その図に「太陽明界図」という訳名を与えたのではないかと推定する。
拙論「山片蟠桃の大宇宙論と地球外生命論」と『夢の代』の明界、暗界説に関して、コメントと情報をお寄せ下さった佐藤明達氏と角田玉青氏に感謝します。角田氏には、米国議会図書館所蔵の図版その他のSenexの業績についてもお知らせをいただきました。
(*2)『富永仲基・山片蟠桃』日本思想大系43 水田紀久、 有坂隆道著、 岩波書店 1973. (*3) 有坂 隆道「山片蟠桃の大宇宙論について」、『日本洋学史の研究(6)』、有坂隆道著、創元社 1982. (*4)Barry Lawrence Ruderman Antique Map Inc. "William Whiston / John Senex: Mr. Whiston's SolarSystemEpitomis'd (1733)". https://www.raremaps.com/gallery/detail/46851 (*5) John Theophilus Desaguliers "A course of experimental philosophy" Vol.1 (Edition in 1734),InternetArchive. https://archive.org/details/0027ACOU (*6)"A scheme of the Solar system with the orbits of the planets and comets belonging thereto" by W.Whistonand J. Senex 1720? 米国議会図書館所蔵. https://www.loc.gov/resource/g3180.ct003814/ (*7)福山 祥世「プラネタリウム史におけるデサグリエの功績」 (卒業論文) 岡山理科大学生物地球学部天文学教室 2016. http://www.big.ous.ac.jp/~kato/f5_file/2015_Hukuyama_final.pdf (*8) 上原 貞治「麻田剛立に関わる彗星の楕円軌道を論じた書簡」 「天界」87,976 東亜天文学会 2006. http://seiten.mond.jp/asada_comet.pdf
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