今日の一枚    第21回〜第25回

 第21回
●Richard Strauss
 Metamorphosen - Study for 23 Strings
●Erich Wolfgang Korngold
 Sextet in D major Op.10
 
Peter Rundel/Ensemble Oriol Berlin
 *ARTE NOVA: 74321 81175 2

 本来、オプティミストであったリヒャルト・シュトラウスが残した最もペシミスティックな作品が「23独奏弦楽器のためのメタモルフォーゼン(変容)」です。彼の作品には非常に楽観的なものが多く、悲劇的な題材を扱った作品でもどん底に落ち込んでしまうほどの暗い曲調のものは極めて少ないといえるでしょう。かなり若い頃から「死」に対する漠然とした恐れを抱いていたマーラーとは性格的に対照的な人物で、「死と変容」という暗いテーマを題材とする交響詩であっても、最終的には救済へ至るという楽観的なシナリオによって描かれており、そこがリヒャルト・シュトラウスらしいところであったわけです。
 ところが彼の最晩年の作品であるメタモルフォーゼンでは、徹頭徹尾、暗い影が曲を支配し、最後には命の灯火が消え入るかのように静寂の中へと沈んでいきます。この曲は、彼が愛した19世紀的ドイツの終焉に対するセンチメンタルな感情の現われだとされています。第2次世界大戦末期の連合軍によるドイツ本土への進攻に伴って、ドレスデンやミュンヒェン、ヴァイマールなどのシュトラウスと関わりの深い都市が戦火によりことごとく破壊され、彼が最も愛した古き良き時代がいよいよ幕を閉じるのを実感するのと同時に、その時代に生きた自分自身の終末を予感したことが、このような暗く内省的な作品を生み出すことになった原因のようです。
 作品は副題にある通り、23の弦楽器によって演奏されるかなり複雑な対位法を駆使した変奏形式の曲で、変奏の主題となるのは、ベートーヴェンの交響曲第3番第2楽章の「葬送の主題」をアレンジしたフレーズを基調としています。「葬送の主題」をメイン・テーマとするところからも、彼が何を表現したかったのかが窺い知ることができるでしょう。
 さて、アンサンブル・オリオール・ベルリンの演奏ですが、一点の曇りもない緻密さで造詣を細部にわたるまで明確に表現していますが、だからといって表情のない機械的な演奏かというと全くそんなことはありません。1987年に結成された若手演奏家の団体ではありますが、個々の奏者が非常に高い音楽的センスを持っていて、演奏は見事というほかありません。今後の活動が注目されるところです。
 ただ、ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデンやフルトヴェングラー/BPOなどの演奏と比べると、若干粘りと情感が弱いようにも思えます。これはシュトラウス本人を知り、シュトラウスと同じ時代を生きた音楽家と、そうではない音楽家との違いなのでしょうか。
(2001.07.23)
 第22回
●Meet The Composer = Einar Englund
 Concerto for Violin and Orchestra

 Kaija Saarikettu(vn), Ulf Söderblom/Finnish Radio Symphony Orchestra
 Concerto for Fulte and Orchestra
 Mikael Helasvuo(fl), Leif Segerstam/Finnish Radio Symphony Orchestra
 Clarinet Concerto
 Kullervo Kojo(cl), Jukka Pekka Saraste/Finnish Radio Symphony Orchestra
 Epinikia
 Paavo Berglund/Helsinki Philharmonic Orchestra
 Symphony No.1 "War"
 Pertti Pekkanen/Turku Philharmonic Orchestra
 Symphony No.2 "Blackbird"
 Pertti Pekkanen/Helsinki Philharmonic Orchestra
 *FINLANDIA: 4509-99971-2(2CD)

 エイナル・エングルンドは、第2次大戦後のフィンランド音楽界では少々特異な立場にある作曲家です。戦後世代の作曲家たちの多くが12音技法や前衛音楽に染まって行く中で、そのような傾向とは一線を画し、また他方では伝統的な音楽技法を踏襲しながら、それに拘泥されない作風を特徴としています。基本的には新古典派に属し、プロコフィエフやショスタコーヴィチに近い作風ではありますが、彼らほど諧謔(ユーモラス)さは感じられません。エングルンドの交響曲第1番は比較的ショスタコーヴィチ的な諧謔さは感じられますが、私が聴いたエングルンドの作品の大半にはそれがありません。
 さて、今回紹介する「クロドリ」という表題を持つ交響曲第2番ですが、この曲はその表題が示すように全楽章でフルートとピッコロによる鳥のさえずりを模倣したフレーズが登場します。第1楽章の冒頭は静かに幻想的な雰囲気に包まれていますが、必ずしも穏やかなわけではなく、ある種の緊張感が内に秘められているような印象を受けます。やがて力強くも荒々しい行進曲風のフレーズへと移行していきます。
 第2楽章は、はかなくも美しいフレーズが奏でられますが、ここでも終始一貫して、どこか不安と緊迫感を内包しているような感じを受けます。途中、金管によって危機感を煽り立てるかのようなフォルテが奏でられます。やがて、曲は切れ目なく第3楽章へと進んで行きます。
 第3楽章は、途中で比較的穏やかなコラール調の旋律が奏でられますが、荒々しい行進曲風のフレーズによって支配されています。彼の管弦楽作品では、必ずといって良いほど、どの曲にも行進曲風のフレーズが挿入されていますが、これが最もエングルンドらしさが現われている部分といえるのではないかと思います。最後は何かにせかされるかのように突き進み、やがてフォルテッシモで微妙に解決をみない不協和音を吐き出すように奏でて曲は終わってしまいます。
 私がこれまでに聴いた印象では、エングルンドの作品には言い知れぬ「不安」、「緊迫感」などが織り込まれているように思われます。それが叙情性と荒々しい強烈さの二面性を持つ音楽となって現れてくるのではないかと思います。
 なお、現在手に入る交響曲第2番の演奏は2種類ありますが、今回紹介するペルッティ・ペッカネン指揮ヘルシンキ・フィルの演奏がお勧めです。
(2001.08.20)
 第23回
●Darius Milhaud conducts Milhaud
 Suite Française
 Philharmonic Symphony Orchestra of New York
 Concerto for Piano and Orchestra
 
Marguerite Long(p), Orchestre National
 Concertino de Printemps
 Louis Kaufman(vn), Menbers of L'Orchestre de la Radiodiffusion Française
 Yvonne Astruc(vn), With Orchestra
 Violin Concerto No.2
 Louis Kaufman(vn), Menbers of L'Orchestre de la Radiodiffusion Française
 Scaramouche,A Suite for Two Pianos
 
Phyllis Sellik & Cyril Smith(piano duet)
 *DUTTON: CDBP 9711(MONO)

 フランスの作曲家ダリウス・ミヨーの自作自演集。楽しく愉快な雰囲気が一面に漂うアルバムで、聴いていると何とはなしに顔に笑みがこぼれてきます。このアルバムは作曲家ミヨーの魅力だけではなく、卓越した演奏家としてのミヨーのノリに乗った指揮ぶりが聴けるというのも素晴らしい。1曲目のフランス組曲からして歯切れ良く、快調に飛ばしています。ライナー・ノーツに掲載されているミヨーの指揮姿を見てみても、彼はかなりでっぷりとした肥満体なのですが、その容姿とはうらはらに小回りのきいた軽快な演奏を披露しています。ピアノとヴァイオリンの両協奏曲も、エスプリの効いたヴィヴィッドな仕上がりでなかなか素晴らしい。「春のコンチェルティーノ」はリリカルな魅力を振りまく佳曲(このアルバムでは、2種類の演奏が収録されています)。フランス組曲と並んで彼の代表作である「スカラムーシュ」(これは自作自演ではないけれども)も小気味良く愉快で、なおかつ心が落ち着く、何ともすぐれた曲です。曲自体は俗っぽく聞こえるかもしれないけれども、急-緩-急の素晴らしいコンビネーションの名品といえるでしょう。
 ここに収められている演奏はすべてモノラル録音ではありますが、音質は良好で、聞き苦しいということはなく充分に楽しめるアルバムとなっています。
(2001.09.25)
 第24回
●Karol Szymanowski
 Stabat Mater Op.53

 Jadwiga Gadulanka(soprano), Krystyna Szostek-Radkowa(contralto)
 Andrzej Hiolski(baritone)
 Polish State Katowice Philharmonic Chorus
 Veni Creator Op.57
 Barbara Zogórzanka(soprano)
 Polish State Katowice Philharmonic Chorus
 Litania do Marii Panny Op.59
 Polish State Katowice Philharmonic Chorus
 Demeter Op.37b
 Anna Malewicz-Madej(contralto)
 Polish State Katowice Philharmonic Chorus
 Penthesilea Op.18
 Roma Owsinska(soprano)
 
 Karol Stryja/Polish State Katowice Philharmonic Orchestra
 *NAXOS: 8.553687

 ポーランドの作曲家というと真っ先に思い浮かぶのがショパンでしょう。しかし、日本ではあまり知られていませんがポーランドにはショパンに劣らない素晴らしい作曲家が、いや彼よりもすぐれた作曲家が軒を連ねています。ヴァイオリンの名曲の数々を生み出したヴィエニャフスキや第1次大戦後に政治家としても活躍したパデレフスキ、現代のクラシック音楽界をリードする作曲家としても有名なペンデレツキやルトスワフスキなどがその代表といえるでしょう。このようなすぐれた作曲家たちと肩を並べて近代ポーランド音楽界に大きな足跡を残した作曲家にカロル・シマノフスキがいます。彼は19世紀的音楽と20世紀的音楽の狭間にあって、その橋渡しをしたような感のある人物です。彼が生きた19世紀末から20世紀初頭において、ロマン派的な傾向を踏襲しつつも進歩的というか、ショパンやヴィエニャフスキなどとはちがった神秘主義的なスタンスをもつ音楽は、当時にしてみれば少々風変わりな感じを抱くようなものだったのではないかと想像できます。彼の音楽は「法悦の詩」と呼ばれる交響曲を作曲したロシアの奇才スクリアビンと良く似ています。初期の曲(交響曲第1番や第2番など)はかなりワーグナー色が濃くリヒャルト・シュトラウスのようなフレーズも多々見うけられますが、基本的にはスクリアビンと同じく神秘主義路線を歩んだ作曲家です。今回紹介する「スターバト・マーテル」は、そのようなシマノフスキの神秘的な音楽を代表する作品です。この曲は初期の作品に見られるような起伏に富むロマン派的な路線とは違い、シャガールの絵画で多用されている「青」のイメージに通じる、何とはなしに謎めいた雰囲気があります。。シマノフスキの管弦楽付き声楽曲には良いものが多いのですが、特にこの「スターバト・マーテル」は注目の逸品といえるでしょう。なお、この曲は全編ポーランド語の歌詞に拠っていて、彼の民族的な側面を垣間見せる作品でもあります。聴いてみるとポーランド語の歌詞もなかなか曲の雰囲気にあっています。カップリング曲はいずれも良品ばかりです。合唱などがお好きな方には特にお勧めのCDですね。歌詞はわからなくとも曲の雰囲気を思う存分味わってみてください。
(2001.11.05)
 第25回
Kurt Atterberg
 Rhapsody for Piano and Orchestra Op.1
 Piano Concerto in B flat minor Op.37
 Ballade and Passacaglia Op.38

 Love Derwinger(p), Ari Rasilainen/Radio Philharmonie Hannover des NDR
 *cpo: 999 732-2

 スウェーデンの作曲家クルト・アッテルベリの作品は、欧米のみならず最近日本でも徐々に注目されてきています。現在、ドイツのレーベル「cpo」はアッテルベリ・チクルスとして今回のピアノ協奏曲を含めて合計4枚のアルバムを出していますが、いずれもクラシックCDの中では良好な売れ行きを示しているようです。なぜアッテルベリのCDが売れるのか? それはやはりわかりやすいフレーズと親しみやすい歌謡性が曲の中にふんだんに散りばめられているからでしょう。かなりブラームスとラフマニノフを意識した作風で、単純でストレート、かつ「こぶし」の効いた音楽表現は演歌の祖国日本で受け入れられやすいものといえるでしょう。
 アッテルベリの交響曲はアクが強く、くどいと感じられることが多々ありますが、ラプソディにしても、ピアノ協奏曲にしても、はたまたバラードとパッサカリアにしてもご多分に漏れずかなりくどく、かなりオーバーな表現が多く、脂身たっぷりの500g程度のサーロイン・ステーキを目の前に何枚も積み上げられた時のように見ただけでゲップが出てしまいそうですが、私は彼の作品を聴くと大抵何度も聴き返してしまうぐらいにその音楽にはまってしまいます。普通のピアノ協奏曲とは異質で、そりゃあいくらなんでもやり過ぎだろうと思えるほどにパーカッションや低弦が活躍しすぎるきらいはあるにしても、「もうたくさん!」とは思わない不思議な魅力があります。たしかに落ち着いた雰囲気の品格のある曲を好まれる方には鼻についてしょうがないということはあるでしょう。でも、音楽は必ずしもクールでかっこいい面だけを持ち合わせているわけではないですし、中には不恰好ではあっても心にずんと響いてくるものがかなりたくさんあるように思えます。最初はなじめなくとも、そのうち、そこかしこに見え隠れするアッテルベリの「歌」が心に訴えかけてくるのを感じることができるでしょう。なお、この曲とアッテルベリの楽曲については小林幸也さんのサイト「Nordic Forest・北欧のクラシック音楽」に詳しく解説がされていますので、そちらを併せてご覧ください。
(2001.12.02)
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