アーサー・ブリス

Sir Arthur Bliss(1891-1975)

 以前、CDのオビにブリスはイギリス伝統音楽の破壊者であるという書かれ方をしていたのを見たことがある。しかし、彼は伝統的な音楽技法を踏襲しつつ、そこに自分の独自性を発揮しようとした作曲家であった。色彩交響曲に代表されるように、いくつかの実験的な作品を残してはいるが、それはこれまで息づいてきたイギリス音楽の伝統を否定するものでもなければ無視するものでもなかった。それは、ブリスが王室の音楽師範に任命されたという事実が雄弁に物語っている。ブリスの音楽は非常に刺激的で変化に富んでおり、ブリテンとは違った新しさを感じることが出来る(いくつかの代表的な作品を聴いてみればわかるが、彼の曲には特に和声=和音に大きな特徴がある)。それは彼がBBCの音楽ディレクターとして、放送番組制作の現場に立ちあった経験によるところも大きいのではないだろうか。彼の音楽はウォルトン同様に、曲を聴けば何となく「これはブリスの曲だな」ということがわかるほどに個性的な響きを持っている。

ブリス・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧です)


NAXOS
8.553460
色彩交響曲、バレエ「アダム・ゼロ」
デイヴィッド・ロイド=ジョーンズ/イングリッシュ・ノーザン・フィルハーモニア

 様々な色のもつイメージを音で表現したブリスの代表作。
 色彩交響曲は、その名のとおりパープル、レッド、ブルー、グリーンの4色を各楽章ごとに表現しており、本当に色々な表情を持った、まさに異色の音楽である。これはブリス自身のイメージするところなので、なぜこの楽章がパープルで、レッドなのかということはあまり気にしてはいけない。そんなことを気にすると夜も眠れなくなってしまうので、あまり深く考えるのはやめておこう。同じくカップリング曲の「アダム・ゼロ」もブリスの感性がよく現れた興味深い作品である。この曲は人間の一生における様々な場面を音によって表現したもので、色彩交響曲同様に表情が豊かな音楽である。ロイド=ジョーンズの演奏も作品の特質をよく捉えているのではないかと思う。これは、ブリスのファーストチョイス盤としては絶好の1枚といえよう。

CHANDOS
CHAN 241-1
チェックメイト組曲、クラリネット五重奏曲、アポロへの賛歌、弦楽のための音楽、パストラル
ヴァーノン・ハンドレィ/アルスター管弦楽団
リンゼイ弦楽四重奏団、ジャネット・ヒルトン(クラリネット)
リチャード・ヒッコクス/ノーザン・シンフォニア、シンフォニア合唱団、デラ・ジョーンズ(メゾソプラノ)

 ブリス音楽の多彩な魅力を表現した作品の数々。
 チェックメイト組曲は、その名が示すようにチェックメイト(詰み)に至るチェスのゲーム進行(ゲームをする人間の心理描写)を音で表現したバレエ組曲で、彼の作品の中でもエキサイティングな魅力あふれる逸品。いかにもブリスらしい演出が光る曲で、特にテレビのサスペンスもののBGMで使われていそうな弦楽のうねるような旋律とブラスの歯切れの良いリズムが聴き所である。クラリネット五重奏曲は、ブラームスばりの叙情性に新ヴィ-ン学派のエッセンスが混じったような感じの作品。ピエール・モントウ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によって初演されたアポロへの賛歌は、チューブラーベルの音が所々で挿入される牧歌的な曲で、ここでもブリス特有のファンファーレが登場してくる。2枚目のCDに収められている弦楽のための音楽は、エルガーの「序奏とアレグロ」やブリテンの「シンプル・シンフォニー」などと並ぶイギリス弦楽合奏曲の名作である。基本的にはバロック以来の合奏協奏曲の形式によっているが、やはりブリスらしい歌いまわしがここでも生かされている。パストラルは、牧神とエコーの伝説に基づく古典的な田園詩をテーマとする合唱曲で、これも牧歌的な雰囲気をもった穏やかな作品である。

日本クラウン=Carlton
CRCB-6104
朝の英雄たち
サー・チャールズ・グローヴズ/BBC交響楽団、BBC交響合唱団、リチャード・ベイカー(朗読)

 第1次世界大戦の戦没者の慰霊に捧げる鎮魂のための合唱交響曲。
 重々しく荘重に始まりを告げる長い前奏に続いて、歌うような朗読が静かに流れるオーケストラ伴奏と共に繰り広げられる第1楽章は、まるでドラマのシーンのように感じられる。朗読が単に詩を読み上げるだけではなく、オーケストラと見事に融合し、独自の音楽世界を形作っているところがブリスの非凡な才能を物語っている(もちろん、グローヴズとベイカーのコンビによる演奏も秀逸)。この曲は、古代ギリシアの有名な詩人ホメロスの「イリアス」と、アメリカのホイットマン、唐の李太白、イギリスのオーウェンとニコルスの戦争をテーマとした詩をテキストとして使用している。最後のオーウェンとニコルスは、ブリスと同様に第1次大戦に参加し、戦場の悲惨さを目の当たりにしている。副題に「第1次世界大戦の犠牲者への鎮魂の想いをこめた合唱交響曲」と記されていることからもわかるように、戦争が作品に深く影を落としている。ブリスの弟が西部戦線で戦死したことがこの曲の作曲の動機だそうだが、必ずしも暗く陰鬱な雰囲気に支配されているわけではなく、おだやかで心を癒すような旋律を聴き取ることも出来る。普段のブリスの作品とは趣を異にするが、これも彼の魅力が凝縮された1枚である。
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