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レオニとノストラダムス


はじめに

 十六世紀フランスの予言者、ノストラダムスを真摯に研究している者ならエドガー・レオニの大書を避けては通れない。1961年、ノストラダムスに関する膨大な探求結果をまとめた『ノストラダムス、生涯と文学』(1)が出版された。筆者は以前、広島のノストラダムス研究室を訪問したときこの初版本を見せてもらい、自分も入手する機会を窺っていた。最近になって、インターネット上でこの本を見つけ発注したところ、ようやく手元に届いた。もちろん古本ではあるが表カバーも付いているし内部頁の保存状態はいい。ざっと眺めていると背表紙に図書館のシールが貼ってあるのに気付いた。どこかの図書の蔵書から古本市場に流れてきたものだろう。この初版本の中身に目を通してみて改めて思ったことがある。レオニはこれだけの大著を書き上げるのにいったいどれくらいの時間を費やしたのだろうか。当時はパソコンもない時代であるから、膨大な予言詩などはカードで整理したのだろう。筆者が最も影響を受けたノストラダムス研究者エドガー・レオニ。ここでは彼とその著作に纏わる話を出来る限り紹介してみたい。

レオニとの出会い

 筆者が初めてレオニの著作のことを知ったのは、フェニックス・ノア著『神の計画』の参考文献の中である(2)。ただ、レオニの名はこの本の中で特に言及されていない。ノストラダムスの第一次ブーム当時、海外の研究書といえば、五島勉著『ノストラダムスの大予言』(3)で引用されたヘンリー・C・ロバーツ、チャールズ・ワード、スチュワート・ロブの著作しか入手していなかった。というのもレオニの本は「BOOK IN PRINT」を見てもすでに絶版で入手はとても不可能と思われたからである。1982年、レオニの著作が『ノストラダムスと彼の予言』(4)というタイトルでベル出版から再版されているのを見つけたときには心躍る気持ちで大学生協の本屋に注文した。価格は本の最後の頁の右上に鉛筆で記入されており、それを見ると3830円である。届いた本を手に取ると、823頁とかなり分厚く重量感がある。裏表紙のカバーにはロバーツの本(5)に載っていた予言者の肖像画が載っていた。おそるおそる中身を覗いてみると、それまで日本で知られていなかったノストラダムスの伝記、レオニの時代までの文献情報、予言集すなわちサンチュリのテクスト、サンチュリ以外の作品がぎっしりと整理されていた。その瞬間この本こそ自分が求めていたものだと確信したはずだ。同時に五島氏の描いたノストラダムスに関する情報が実にいいかげんなものであったかを悟ったのだ。とにかくこの時以来自分自身の中でノストラダムス研究がどうあるべきか、イメージが掴めたような気がするし、現在に至るまで基本的な姿勢は変わっていない。

日本での紹介

 日本における第一次ブームの中、レオニの名前は日本の出版物でも稀に言及された。例えば、スチュワート・ロブの『オカルト大予言』95頁(6)では懐疑的(な注釈者)として紹介されている。後述するようにレオニの著作の序文には、ノストラダムスをとりわけ持ち上げたり、逆に貶したりすることなく客観的な視点で見ていきたいとある。そして筆者のスタンスもこれとまったく同じようにと心がけている。テレンズ・ハインズ博士の『「超科学」をきる』(7)という本がある。これはいわゆる似非科学の実態を科学的に暴くといった論理的なオカルトの批判の本だが、その中でレオニの著作をこう記している。「この書物は最も学術的なノストラダムスの研究書である。レオーニはノストラダムスのすべての予言の英訳を掲載しただけではなく、フランス語原本とノストラダムスの伝記と書誌もあわせて掲載している。」このようにノストラダムスを批評する上で最もベーシックな材料を提供している所にもその価値が知れよう。最近では、ラメジャラーは現代の目で見ているためかそっけなく「広く読まれたアメリカの解説本で、翻訳と評釈付」(8)としか書いていない。(その後ラメジャラーは"The Essential Nostradamus"のなかで「すばらしく包括的、今なお若干時代遅れの題材を概観する場合、あまり信頼できる版とはいえないが、きわめて逐語的な英訳によるすべての予言を盛り込んでいる」とコメントしている。)イオネスクは『ノストラダムスメッセージ』でレオニをこう評している。「評伝的見地よりして資料的裏づけの確固とした学殖ゆたかな書。暗号解読に関しては取り立てていうことなし。」(9)暗号解読に不満がありそうだが、レオニはノストラダムスの四行詩を暗号と捉えているわけではなく、このコメントは見当違いも甚だしい。レオニの著作に挿入された図版は貴重なものが多いが、南山氏の訳書『ノストラダムスの極秘大予言』(10)『ノストラダムスの極秘暗号』(11)、監修したジュニア向けの『1999年,本当に人類は滅亡するのか!?』(12)や志水氏の『トンデモノストラダムス解剖学』(13)で使用されている。志水氏は同書19頁でレオニの著作からの初期「予言集」をコピーし、「レオン(註:レオニが正しい)の本は、ノストラダムス研究の必携書である」と高く評価している。

初版の改訂

 1996年に知の探求シリーズとして出版された『予言のすべて』の二箇所で我がレオニが言及されている。山内氏は「恐怖の大王」で有名な10巻72番の四行詩の第一行目を「一九九九の九の月に」と解釈している。セットモアSept moisをセプテンブル(九月)と読むのはエドガー・レオニと同じ解釈に立ったものと述べている。(14)ところがレオニの初版本では、この部分の解釈は750頁に載っており、素直に7月(In July)と読んでいるのだが、何故か1982年の再版時には9月(In September)に書き直されており以後の版も同じである。レオニ本人が書き直したのだろうか。それとも出版者で修正を施したのであろうか。再版が出たのは約40年後であるから、実際に本人が書き直したとは考えづらいし、書き直す理由も見つからない。しかし出版情報の中に「1982年版はエドガー・レオニとの取り決めによりベル出版社から出版され、クラウン出版が流通した」とある。そのためレオニ本人が改訂した可能性も捨てきれない。このように再版といっても部分的な改訂があるようだ。ただ、初版本に見られる一部の誤植、例えば、547頁の土星の六周期を記述している四行詩のナンバー1-72は、9-72が正しい。また同頁の星位のリストにある百詩篇5-25のリー・マッキャン(15)の説の引用で「August 2,1987」とあるのは「August 21,1987」が正解なのだが、これらは未だに直っていない。

権威付け

 イオネスク解釈の支持者である竹本氏は『予言のすべて』で、19世紀のノストラダムス学者アナトール・ル・ペルティエのナポレオン三世に関する8-43の四行詩(竹本氏は誤って7-43として紹介している)の注釈にレオニを引き合いに出している。(16)「一九六一年に刊行され、最近になって再版された彼の博士論文『ノストラダムスとその予言』は、学術的な、ということは客観的見地から最も完備した資料収集とその分析を誇るが、最大の特徴とすべきは、イオネスク博士のいうとおり、これだけ重厚な大著を出しながら、著者自身はほとんどこれらの予言を信じていないという事実である。」竹本氏は、その注釈に対し「たしかにこれは、ペルティエの全解釈中、もっとも瞠目すべきものである」とレオニが賛辞を呈していると見る。さらに、これほどの懐疑主義者がまれにほめる場合は解釈の信頼性が増すとも述べているが、果たしてそうであろうか。レオニはこの四行詩を注目すべきものとしてマークを付し異例の長い注釈を自著に載せている。(17)レオニはこの四行詩の注釈の最初に「ル・ペルティエのすべての注釈の中で確かに最もremarkableといえるもの」と書いている。念のため辞書でremarkableを引いて見ると「1 注目すべき、驚くべき 2 非凡な、すぐれた、珍しい」とある。竹本訳の瞠目も、「驚いて(感心して)目を見はること」であるからあながち誇張とはいえない。レオニは、ル・ペルティエの解釈の予見性について注目していたのは間違いない。といって、太鼓判を押してその解釈の信頼性を誉めたかは疑わしいのではないだろうか。どちらかといえば、予言解釈の時代背景と変遷について解説を行ったに過ぎないと思う。

研究の開始

 レオニのような緻密なノストラダムス研究者が出てきた背景には何があったのだろうか。本のカバーに書かれている著者紹介によれば15年ほど保険業界に従事し、その後テキストブックの編集者になった。ノストラダムスの調査と執筆の大部分はハーバード大学で歴史学を専攻していた時になされたものだ。また学生のとき一時兵役に服していたが執筆活動はおろそかにはならなかったらしい。ジェームズ・ランディはこの時の仕事を「本業である翻訳者兼暗号解読担当(米国陸軍勤務)」(18)としているが裏づけが取れない。先に引用したように、竹本氏はこの本をレオニの博士論文と紹介している。ランディの邦訳書では卒業論文としている。しかし実際には、レオニはハーバード大学でB.A(4年制で文学士)を取得し、コロンビアからはM.A(大学院で文学修士)を得たが、それがノストラダムスの調査研究によるものか著者紹介からは読み切れない。 この本には考えられる限りの詳細な索引がついており、惑星の配列、日付、地名、固有名詞などが一覧になっていて詩のナンバーを逆引きできる。といってもレオニはプロの歴史家でもプロの翻訳者でもない。もちろんプロの作家でもない。これほどの仕事をこなしているにも関わらず、レオニは自分自身をまあまあ才のある「上級のアマチュア」と謙遜している。本を出版したのは編集者の職についてからだろうから、ノストラダムス探究の始まりは15+4年前と想定できる。1961年に著作が出版されたことからそれが1942、3年ころではないかと推理する。当時はノストラダムスを巡ってどういう時代だったのだろう。レオニの著作の中の「ノストラダムス書誌:文献の概要」(19)からもその背景を読み取ることが可能だ。

時代背景

 1939年ドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発、世界中が最もきな臭い情勢に覆われていた。その翌年、1940年に英国のノストラダムス研究家チャールズ・ワードが19世紀に出版した『ノストラダムスの神託』(20)がニューヨークで再版された。現在でも同じことがいえるが、戦争という危機的状況の中で英語圏でもノストラダムスの予言に自分達の未来を重ね合わせ、今後の世界がどう描かれているのか切望された。そうして当時、英語圏でノストラダムスブームが起こったようで、矢継ぎ早に研究書が出版された。1940年6月にはジェームズ・レイヴァーが雑誌「スペクター」「ノストラダムスの予言」を書いている。1941年、リー・マッキャン女史がニューヨークで『ノストラダムス、時間を越えて見た男』(21)を出し、フィクション雑じりの伝記と予言解釈を発表した。同年やはりニューヨークでラルフ・ボズエルの『ノストラダムスは語る』(22)が日の目を見ているが当時のブームの草分け的存在と位置づけられる。翌年1942年にはアンドレ・ラモントの『ノストラダムスは全てを見ている』(23)がフィラデルフィアで出版された。この本は随分人気があったらしく同年第二版が出て第四刷まで印刷され、1944年には決定版ともいえる第三版が出版された。以上は米国の作品だが1942年にロンドンで、ごく最近まで最良の研究書と評価の高かった、レイヴァーの『ノストラダムス、或いは予言された未来』(24)が出版された。レイヴァーの本は1950年にペーパーバックの改訂版が、1973年にはさらなる改訂版が出版された。日本でも第四次ブームの際に邦訳書が出たのは記憶に新しい。レイヴァーの著作は前の二者と比較すると、解釈の論理性と膨大な文献による裏づけで説得力を増している点が特徴といえる。

大書の出版へ

 1942年にはスチュワート・ロブがニューヨークで『ナポレオン、ヒトラー及び現在の危機に関するノストラダムス』(25)を出版している。これはまさに当時の戦況をノストラダムスの予言からスポットを充てたもので、その時代のアメリカの読者のニーズに応えたものといえる。ロブの本は研究書というよりも大衆読み物というほうが的を射ている。1945年の終戦まで、予言と戦況の対比で当たるかどうかの占い的要素がノストラダムスに対する捕らえ方だったようだ。レオニがノストラダムスに傾倒していったのはこういった時代だったと思われる。わずか2年間でいろいろな予言詩が紹介された結果、読者にノストラダムスの作品のすべてを読んでみたいという要望が生まれた。それが1947年にニューヨークで出版された、日本でも有名なヘンリー・C・ロバーツの『ノストラダムスの全予言』(26)に行き着いたといえる。ロバーツの本はセンセーショナルな内容を含んだ商業ベースのもので、当時の近過去、すなわち第二次大戦に関わる解釈に重点を置いている。ところが使用された予言集のテクストは、大部分を17世紀の研究家ガランシェール(27)から借用しており、それ自体不正確なもので、さらに学術的な注釈も皆無であった。ロバーツの本はその後1949年は第二版、1982年には娘婿夫婦による第三版(28)が出版された。初版本が出版されたころ、ロバーツはノストラダムスの再来と見なされ多くのマスコミに登場していた。その時レオニ自身は本当のノストラダムスはこうではないと悔しい思いをしていたのではないだろうか。それをバネとしたのかどうかは定かではないが、ロバーツの本から14年後ようやくレオニの大作が世に出て、それ以降ノストラダムスの本格的な研究書として揺るぎない地位を勝ち取ったのである。

著作の目的

 レオニはどうしてこのようなノストラダムス研究書を書いたのだろうか。同書序文(29)の冒頭にはこうある。「この本の目的は、ノストラダムスの著作及び関連するあらゆる事項の紹介にある。主にノストラダムスの伝記と予言に関する作品を扱っている。関連書は予言者の名声に一役買っており、それ自体も注目すべきテーマといえる。ノストラダムスへの過度の称賛もしくはインチキを暴き出そうというのではなく、予言の的中例も明白に外れた予言も一緒に取り扱う。」当時第二次大戦に関連付けられて様々な解釈本が出ていたが、レオニは等身大のノストラダムスを描きたかった。どうしても自分に近い時代に予言を当てはめようとする風潮に対して、過去にはまったく別な解釈も存在していたことも示そうとしたのだろう。一番に挙げられるのは英語で書かれた著作の質の悪さにあるようだ。「英語で書かれた多くのノストラダムスに関する著作は、フランス語で書かれたものの二番煎じでしかない。しかも、質において印象深いものからまったくくだらないものへと変貌している。また驚くべきことに最初に予言集が出版されて400 年もたっているのに、語句に含まれている最低限の学術的正確さを備えたテクストに即した完全な英訳が今までなかった。1672年以来、あまりにも表面的で不注意な著作しか見当たらない。そこには数々の誤りが含まれている。その最近の再版本(注:ロバーツの本を指す)には、誤りと修正が加わっており更に贋物のテクスト(注:百詩篇7-42,43)が混ざっている。この本の目的は、必要な翻訳だけでなくノストラダムスのあらゆる側面について空白部分を埋めて、ノストラダムスに関する完璧で決定的な作品を著すことにある。」この部分にレオニのノストラダムスへの取り組みの決意が窺われよう。日本でも同じ事が当てはまる。初期のブームの解釈本は英語の解説書の二番煎じでしかないばかりか内容も粗雑なものに落ちぶれた。1999年に至るまで、恐らくレオニのお気に召さないであろう関連本が溢れた。レオニはノストラダムスの名前と予言が語り継がれている理由を三つ挙げる。一番目は過去の予言者の内で最も晦渋で3797年まで及ぶという大風呂敷を広げている点。二番目として予言詩の中にほとんど日付がないにも関わらず何度も注釈されることで予言的中が既成事実になってしまう点。そして三番目としていつの時代にも自分の属する時代と予言を結びつけるビリーバーがいたことだ。日付がない予言の期限が遠未来で、その時々にビリーバーが自由に詩句を解釈できるとすれば、未来に関心を持つ人間の性として受容される土壌は十分といえる。これらの指摘は日本におけるブームの変遷に相通じるものがある。

著作の内容

 レオニの作品の大部分はノストラダムスの予言テクストから成り、見開きの頁にフランス語の原文と英語の翻訳を載せている。ただし、四行詩のテクストはレオニ自身により校訂され現代風の正字法に手直しされている。さらに脚注には必要に応じて注釈を付している。予言の解説部分には、すべての百詩篇について何らかのコメントをつけている。ただし自ら独創的な解釈を施すことはほとんどなく、できるだけノストラダムスの真意と思われる説明が心がけられている。あまりにも曖昧な詩については地名の解説程度に留めている。有名な四行詩については過去の注釈者の注目すべき解釈を引用し読者の興味を引いている。また、ノストラダムスが生きた時代の背景を重視して、当時のヨーロッパ地図や歴史年表、フランス王家の家系図などの資料を揃え、ノストラダムスが関心を持っていた16世紀の政治力学へのアプローチを可能にしている。これは従来のノストラダムス研究書に見られなかったものだ。ノストラダムス研究において文献書誌の考察が重要である。レオニは当時得られた、最高の文献書誌情報を提供している。「予言集」の初期の版本や注釈書のリストはその時点で最も完備されたもので後代の研究者のベースになっている。ノストラダムスの伝記は通常どの解説書にも簡潔に触れている。しかしエピソードの出典において創作めいた伝記が多々見られた。レオニはそれぞれの記述に対し典拠を示し、非常に良心的な伝記に仕上げている。目次にも示したようにレオニは伝記的に重要な三つの文献のテクストと英訳を雑録に収録している。「遺言書」「ジャン・モレルへの手紙」はパーカーの論文の付録(30)を参考にして資料を入手したのだろう。しかし「オランジュ司教への手紙」はジャン・デュペーブの『ノストラダムス未刊書簡集』(31)にも収録されていない貴重な文献といえる。これらの文献に関わる資料の写真を載せているのがさらに価値を高めている。おまけとして偽ってノストラダムスの作品とされている「六行詩集」やでっち上げの四行詩、19世紀に話題になったオリバリウスとオルバルの予言まで、テクストと英訳を載せている。中身が濃く精度の高い予言詩の索引がレオニの真骨頂であるが、最終頁の「歴史上の人物索引」も予言解釈の逆引き出来る点で読者には嬉しい。

各版比較

 レオニ初版本の表紙のカバーはなかなか面白い。上部左側には、書斎に座って火を燃やし、その煙を見ているノストラダムスの絵がある。右側の上には、その煙と繋がって1649年1月30日のチャールズ一世の処刑の様子を描いたものがある。その下にはやはり煙とつながって、ヨーロッパの地図をバックに東洋人風パイロットが奇妙な戦闘機に乗った絵に例の1999年の四行詩の英訳が添えられている。その絵には「????」のコメントが添えてあり、1999年にモンゴル人の襲撃のごとき事件が起こるのだろうかといった謎を読者に投げかけている。第二次大戦が終わって次の大戦を予感させるような構成であるが読者サービスのために出版社サイドで選択された絵柄だろう。英語圏でスタンダードなノストラダムス解説書として広く読まれたレオニの著作は、遂に日本のパイオニアである五島氏の『大予言』シリーズで言及されることはなかった。五島氏がノストラダムスの資料を集め始めた1973年当時は1961年の初版本の入手が困難だったろうが、1982年に再版されたベル版は洋書店に注文すれば容易く入手できたはずである。何故五島氏がレオニを取り上げなかったのだろうか。その理由としてセンセーショナルな内容が乏しい、解釈自体が古臭いため商業ベースの予言解釈本のネタになり得なかったことが挙げられる。先に書いたように筆者が最初に読んだレオニはベル版で、手元の本はすでにボロボロになってしまった。そのため改めて同じ本を注文しようとしたが残念ながら絶版になっていた。その後再版情報を入手したため1999年9月に注文し、手元に届いたのがウィングズ版だが、どういうわけかベル版と同様に出版年が1982年になっているし、ISBNも一緒である。それなのに後述するように本の内容がわずかに違う。ウィングズ版には出版者のホームページのアドレスが記載されていることからも初出は1982年ではないはずだが、この辺の出版事情は筆者にはよくわからない。2000年8月にはレオニ本のペーパーバック、ドーヴァ版が現れている。その注記には「1961年に出版されたNostradamus: Life and Literatureの完全なる再版」とあるが、内容はベル版と一緒である。2001年9月11日のアメリカの同時多発テロ事件の発生後しばらくレオニとホーグのノストラダムス研究書(32)がよく売れて一時期品切れ状態の書店もあったという。現在ウィングズ版とドーヴァ版はインターネット上の仮想書店を見る限り入手可能のようだ。

肖像画

 筆者の手元にあるレオニの本は初版、ベル版、ウィングズ版、ドーヴァ版である。初版とベル版、ドーヴァ版には本の中のタイトル頁の左頁にメジャンヌ図書館に掲げられている、息子セザールが描いた肖像画が載っている。しかしながらウィングズ版では表紙カバーに丸囲みの肖像画があるだけで、何故か本の中から肖像画が省略されている。さらに初版とベル版の予言者の肖像画を比較するとどうも印象が異なる。初版の写真は全体的に黒っぽく、ベル版は全体的に白っぽい。元は同じものだろうが再版する際に画像の調整を行ったのであろうか。ベル版の写真が画像処理されてウィングズ版の表紙カバーに使用されている。それを見分ける一番の目印はノストラダムスが被っている帽子の左側の傷である。初版は全体的に暗いためにその傷はうっすらとしか見えない。ちなみにこれと同じ肖像画は、エドガー・ルロワ博士の著作『ノストラダムスその家系、生涯、作品』(33)の表紙に貴重なカラーで載っているが、やはり同じ傷の部分が斜めに白っぽく見える。筆者は、初版の写真があまり鮮明でないため、1982年の再版の際にルロワ博士のものをコピーした可能性も考えている。ロバーツの著作にある、出所が一緒の肖像画には、この傷がまったく認められない。つまりこの傷は、ロバーツが撮影した写真の後の時代に付いたものであろう。帽子に傷のない肖像画は、1981年にニースで出版された1611年版「予言集」復刻版(34)にも見られる。筆者は残念ながらメジャンヌ図書館の肖像画を実際に見たことがないが、オリジナルはレオニの時代から相当経っているし傷みも進んでいるだろう。そのためか最近の研究書、例えばラメジャラーの『ノストラダムス百科事典』(35)に挿入されている肖像画などは複製を使用しているようだ。これはサロンにあるアンドレ・シェイネのノストラダムスギャラリに飾ってある複製と同じもので、大野心作氏による写真が『ノストラダムスの謎』(36)で紹介されている。

現在の評価

 ジェームズ・ランディは、ノストラダムス学者としてのレオニを評価してはいるが同時に若さも指摘している。ランディは予言に対してはまったくの懐疑主義者であるが、有用なノストラダムスの研究書『ノストラダムスの仮面』(37)を書いており、邦訳も出ている。その中でレオニをこう評している。「エドガー・レオニの一九六一年の本は、少々若さが目につく面があるとはいえ、ノストラダムスに関する著作としてはもっとも詳細な情報が集めてあるので、貴重な情報源だった。何度も引用させてもらっている。」邦訳では199頁以降になるが、比較的まともなノストラ・マニアとしてレオニを紹介している。しかし、ランディは1920年のユージン・パーカーの博士論文(38)に、ノストラダムスは意識的にインチキを働いた詐欺師だ、とあるのに反論したレオニの見解を楽天性が恐ろしいと述べている。確かに歴史的に見て地位の高い人物が大ぼら吹きに騙されてきたことは数え切れないほどあるだろう。しかしながら、最初からノストラダムスを詐欺師と見なしていては、レオニの浩瀚な著作は完成し得なかったろう。レオニ自身も自著の中でノストラダムスの方法論を批判している人々の意見をきちんと紹介している。パーカーから入って、様々な調査を進めていき最終的にノストラダムスを予言者として擁護する立場を捨てたのかもしれない。ランディは、最後にレオニ評をこう結んでいる。「ノストラダムスという、人類にさほど有益な知識を提供しないであろう対象が、この才能ある人物の興味をここまで引いてしまったことに、もったいない気がしてならないのである。」(39)確かに予言からの未来予測といった観点からはそうかもしれない。しかし未来を垣間見たいという予言は時代を超えて人間の普遍的な欲求なのである。フランス・ルネサンス期の作品としての「予言集」は決してその輝きを失っていない。ランディの著作が出版されたのは1990年であるが、それからわずか10年のうちに驚くほどノストラダムス研究は進展を見せている。日本でもキワモノとしての領域を一歩踏み出して、岩波の『ノストラダムス予言集』(40)や『ノストラダムスとルネサンス』(41)のように、ノストラダムスが再び学術的に見直されている。そうしたことからレオニ本の内容はすでに時代遅れと見る向きもあるし、筆者もそれは十分意識している。しかしながら、サブカルチャーに浸かった予言解釈本から抜け出し学術的なアプローチを試みようとする研究者にとって、レオニの著作は入門書として今後も読まれていくことだろう。


目次
序文
ノストラダムスの伝記
ノストラダムス書誌:文献の概要
 A.ノストラダムスの著作
  1.予言に関するもの
  2.専門的なもの
  3.文学的なもの
 B.注釈と批評に関する著作
ノストラダムス書誌:原題の年代順リスト
 A.ノストラダムスの著作
 B.注釈と批評に関するもの
解釈の背景と手法
 A.時代を通じた評論の概要
 B.着想
 C.予言の特徴
 D.ノストラダムスの解釈手法
 E.この版における解釈手法
ノストラダムスの予言集
 セザール・ノストラダムスへの序文
 百詩編T−Z
 アンリ二世への書簡
 百詩編 [−]
 百詩編 重複しているもの、断片的なもの
 予兆集
予言集の索引
 A.全般的索引
 B.主題別索引:四行詩の概括的分類
 C.予言集に見られる地名
 D.未解決、不確か、或いは不可解である特有の名称
 E.未解決、不確かな表現
 F.予言集で時を明確にしているもの
予言集の歴史上の背景
 A.歴史の舞台
 B.重要な事件に関する年表
 C.家系図
  1.フランスの系図
  2.ドイツとスペインのハプスブルグの系図
予言集注釈
雑録
 ジャン・モレルへの手紙
 オランジュ司教のカノンへの手紙
 ミシェル・ノストラダムスの遺言書
偽ってノストラダムスによるとされた予言
 A.六行詩(1605年)
 B.反マゼランの二詩(1649年)
 C.オリバリウスの予言(1820年)
 D.オルバルの予言(1839年)
総括的な文献書誌
 A.ノストラダムスに関するもの
 B.ノストラダムスに関しないもの
歴史上の有名な人物の索引
挿絵のリスト
 彼の息子によるノストラダムスの肖像画
 ノストラダムスと幼き日のアンリ・ド・ナバール
 サロンのサン・ローラン教会にあるノストラダムスの墓
 予言集の様々な初期の版本
 本物と偽物のブノワ・リゴー版
 本物と偽物のピエール・リゴー版
 ノストラダムスの時代のヨーロッパ地図
 ジャン・モレルへの手紙の最終ページ
 オランジュ司教のカノンへの手紙にある占星図


(1) Edgar Leoni, Nostradamus: Life and Literature, New York, Nosbooks, 1961.
(2)フェニックス・ノア『神の計画』日新報道出版部、1974年、255頁。
(3)五島勉『ノストラダムスの大予言』祥伝社、1973年、68-71頁。
(4) Edgar Leoni, Nostradamus and His Prophecies, New York, Bell Publishing Company, 1982.
(5) Henry C. Roberts, The Complete Prophecies of Nostradamus, Nostradamus Co., 1981. (ヘンリー・C・ロバーツ、大乗和子訳/内田秀男監修『ノストラダムス大予言原典諸世紀』たま出版、1975年)
(6)スチュワート・ロッブ、小泉源太郎訳『オカルト大予言』大陸書房、1974年、47,57、95頁。
(7) テレンズ・ハインズ、井山弘幸訳『ハインズ博士「超科学」をきる』化学同人、1998年、74頁。
(8) ピーター・ラメジャラー、田口孝夫/目羅公和訳『ノストラダムス百科全書』東洋書林、1998年、275頁。
(9) ヴライク・イオネスク、竹本忠雄訳『ノストラダムスメッセージ ソ連体制崩壊−第三次大戦篇』角川書店、1991年、356頁。
(10) アーサー・クロケット、南山宏訳『ノストラダムスの極秘大予言』大陸書房、1991年、47,55,63,89,157頁。
(11) モーリス・シャトラン、南山宏訳『ノストラダムスの極秘暗号』廣済堂、1998年、45頁。
(12) 南山宏監修『<ノストラダムスの大恐怖予言>1999年,本当に人類は滅亡するのか!?』学習研究社、1993年、26,149,151頁。
(13) 志水一夫『トンデモノストラダムス解剖学』データハウス、1998年、17頁。レオニの76頁のコピー。
(14) 山内雅夫「第二章 予言の構造と予言者の系譜」in『予言のすべて』日本文芸社、1996年、72頁。
(15) Lee McCann, Nostradamus The Man Who Saw Through Time, New York, Farrar Straus Giroux, 1985, p.412.
(16) 竹本忠雄「第三章 ノストラダムスを読み直す」in『予言のすべて』日本文芸社、1996年、99頁。ル・ペルティエの注釈はMichel de Nostredame, Les Oracles Edition ne varietur etablie par Anatole Le Pelletier Tome I, Fleuron, 1995, p.265-266.を参照のこと。
(17) Edgar Leoni, Nostradamus: Life and Literature, New York, Nosbooks, 1961, p.702-p.704.
(18) ジェイムズ・ランディ、皆神龍太郎監修/望月美英子訳『ノストラダムスの大誤解』太田出版、1999年、200頁。
(19) Edgar Leoni, Nostradamus: Life and Literature, New York, Nosbooks, 1961, p.72-p.75.
(20) 初版は1891年ロンドンだが現在も再版されている。Charles A. Ward, Oracles of Nostradamus, New Mexico, Sun Books, 1981. Chas. A. Ward, Oracles of Nostradamus, New York, Dorset Press, 1986.
(21) 初版は1941年ニューヨークだが現在も再版されている。Lee McCann, Nostradamus, The Man Who Saw Through Time, New York, Farrar Straus Giroux, 1985.
(22) Rolfe Boswell, Nostradamus Speaks, New York, Thomas Y. Crowell Company, 1941.
(23) Andre Lamont, Nostradamus Sees All, Third Edition, Philadelphia, W. Foulsham Co., 1944.
(24) James Laver, Nostradamus or The Future Foretold, Kent, George Mann Books, 1981.
(25) Stewart Robb, Nostradamus on Napoleon, Hitler and the present crisis, New York, Charles Scribner’s Sons, 1942.
(26) Henry C. Roberts, The Complete Prophecies of Nostradamus, Nostradamus Co., 1981.
(27) 1672年ロンドンで出版されたガランシェールの研究書は、テクストと英訳だけなら次の本で参照することができる。Theophilus de Garencieres, Nostradamus, His Works and Prophecies, Illinois, Standard Publications, Inc, 2001.
(28) Lee Roberts Amsterdam and Harvey Amsterdam, The complete Prophecies of Nostradamus, New revised edition, London, Grafton, 1985.
(29) Edgar Leoni, Nostradamus: Life and Literature, New York, Nosbooks, 1961, p.9-11.
(30) Eugene F. Parker, Michel Nostradamus - Prophet, Harvard University, 1920, Appendices : A. Last will and testament of Nostradamus, B. Letter from Nostradamus to Jean Morel.
(31) Jean Dupebe, Nostradamus Lettres Inedites, Geneve, Librairie Droz S.A., 1983.
(32) John Hogue, Nostradamus, The complete prophecies, Dorset, Element Books Limited, 1997.
(33) Dr Edgar Leroy, Nostradamus, ses origines, sa vie, son oeuvre, Saint-Remy-de-Provence, Laffite reprints, 1993.
(34) Michel Nostradamus, Les Vraies Centuries et Propheties, Nice, Belisane, 1981.
(35) Peter Lemesurier, The Nostradamus Encyclopedia, New York, St. Marrtin’s Press, 1997, p.42.
(36) 飛鳥昭雄 文/大野心作 写真『ノストラダムスの謎Les Propheties de Nostradamus』講談社、1992年、50頁「息子の描いた肖像画」。
(37) James Randi, The Mask of Nostradamus, New York, Charles Scribner’s Sons, 1990, xii.
(38) Eugene F. Parker, Michel Nostradamus - Prophet, Harvard University, 1920, Summary p.2-3.
(39) James Randi, The Mask of Nostradamus, New York, Charles Scribner’s Sons, 1990, p.155.
(40) P.ブランダムール校訂、高田勇 伊藤進 編訳『ノストラダムス予言集』岩波書店、1999年。
(41) 樺山紘一/高田勇/村上陽一郎編『ノストラダムスとルネサンス』岩波書店、2000年。


エドガー・レオニ著作画像


作成日:2002/04/26
更新日:2003/11/08

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