「みずし」のいわれ

「みずし」という言葉の由来には二つの考え方があります。

由来その1
この寺の東側の低地には「磐余池(いわれのいけ)」があったといわれています。
右の写真は、磐余池があったとされる「池之内」から当寺院を撮ったものです。
このお寺が磐余池の端の方にあった(水尻にあった)ことから、「みずしり観音」→「みずし観音」となったという説があります。
磐余池は、若きプリンス大津の皇子が辞世の句を詠んだ場所でもあります。

下の写真は、大津の皇子辞世の句を記した碑(入江泰吉氏直筆)、と橿原市教育委員会の案内板です。



由来その2
このお寺が、美しい厨子の中に、観音様を中心にして東西南北(四面)に数々の仏を配置していることから「厨子観音」となり、これに「御」を付けて、「御厨子(みずし)観音」となったという説があります。



いずれの由来が正しいかは、明確になっていませんが、由来の根拠となっている、「磐余池」や「厨子」はいずれも存在するものです。

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