Way to Love





今、恋に落ちていく。
最後の恋に、落ちていく・・・・・・






「男バレ、決勝まで残ったらしいで!」

梅雨なんて名ばかりの、よく晴れた空が広がる大阪市内。
ねっとりとした空気が、体にへばりついてくる。
温度計は今日も30℃をゆうに越えていた。

「えっ、ホンマ? うちのクラス、残ったん?」
「そや。決勝、もうすぐ始まんで」
「ほんなら早よ片付け終わらせて、体育館行かなアカンわ」
「ってことは、女子のキックベースは負けたん?」
「さっき勝負ついたとこ。準決まで行ってんけどなァ・・・」
「準決まで行ってん? 凄いやんか!」
「和葉がホームラン2本も出したんやで! もうめっちゃおもろい試合やってん」
「で、その和葉はどこ行ったん?」
「和葉やったら、もう更衣室に行ったんとちゃう?」
「ほんなら男バレのこと、知らせてやらな。服部くんも、男バレ出てたはずやし」
「そやねー、きっと喜ぶわ」

夏休みを一週間後に控えた生徒たち。
期末試験が終わった校内は、どこか浮き足立っている。
まして今日は球技大会。
体育館の中は異様な熱気に包まれていた。



「和葉、いてる?」

女子更衣室は独特の匂いがする。
ミント、ムスク、レモン、ローズ、シトラス、フローラル・・・・・・
様々なデオドラントの匂いが充満している。
その中に、鏡と睨めっこをしながらリボンを結んでいる少女がいた。

「あ、いたいた。和葉、うちのクラスの男バレ、決勝まで残ったで!」
「ん? ああ、そやってな! さっき平次が言うてたわ」
「なんや、もう服部君に聞いたんか。せっかく和葉に教えたろって探したんに、遅かったわ」
「探してくれたん? ありがとォ。ほんなら早よ行って、見やすい場所取り行こか?」
「それやったら男子に頼んどいたから平気やで。そやそや、カメラ持ってかんとな〜」
「カメラ?」
「そやで。和葉、持って来んかったの?」
「カメラなんて忘れとったわ・・・。あー、持って来るんやったァ・・・!」
「服部君、撮ったろうか?」
「えっ・・・!」
「そんかわり高う付くで〜」
「えーーー・・・」
「ウソウソ。ちゃーんと撮ったるから安心しいや。それよか何でまだ着替えてへんの?」
「あれ、聞いてへん? 全部の試合終わるまで、着替えたらアカンでーって
さっき先生に言われてんけど・・・?」
「ウソ、聞いてへん、聞いてへん! アタシ汗かいたから、お昼にはもう着替えてしもたで?
もう、また怒られるわ・・・ハァ・・・まあええわ。ほんなら和葉、もう行ける?」
「バッチシやで! 行こ行こ!」

薄いラベンダー色のリボンがしなやかな髪と共に揺れ、ふわりとシャボンの香りが飛んだ。



体育館に入った途端、むわっとした空気が体を包む。
窓から入り込む太陽の陽射しと応援に来ている人々に熱され、館内は屋外よりも気温が
上昇していた。
決勝戦は、フロアの真ん中にコートが設置されている。
そのコートの半面、9×9メートルの枠線の中で、真っ赤なTシャツを着た少年たちが軽く
ストレッチをしながら、楽しそうに話をしていた。

「平次ィー、勝ってやー!」

和葉の鈴のような声が、スーッとコートに飛んでいく。
それに反応するように、平次は首より上だけをコートの外に向け、声を投げ返した。

「そっちこそよそ見せんと、ちゃんと応援せえやー!」
「そんなん、任せとき!」

胸の前で軽いガッツポーズをしながらそう話す彼女に、平次は首にかけていたタオルを
投げてよこした。

「まあそれ持って見てろや。勝ったるで!」

不適に微笑む彼の視線は、ネットの向こう側へと流れていった。



ネットを挟んだ向こう側は、ピリピリとした空気が漂っている。
黒いTシャツを着た6人が、凄い剣幕でこちらを睨んでいる。

「たかが球技大会でも勝負は勝負や。やるからには勝ったるで。ええな?」
「当たり前や。負ける気なんてさらさらないで」
「服部は勝負事、好っきやなァ・・・」
「ほんなら自分は負ける気なんか?」
「勝つに決まってんで!」
「せやろ? よっしゃ、一発気合い入れてくで!」


試合は接戦だった。
一進一退の攻防を繰り返し、どちらも引こうとはしなかった。
3セットマッチ・10ポイント制のゲームを1セットずつを取り合った後、ラリーポイントとなる
最終セットに突入した。
その最終セットも終盤、スコアボードは7−7とタイスコアを示していた。

「なあ、ここまで来たらたとえ相手に読まれても、あとはみんな服部にボール上げよや」
「せやな。スタミナもジャンプ力も一番あんのは服部やしな。服部、ええか?」
「ええよ。そしたら自分ら、どんなことしてもボール繋いでや」

向こうからカラフルなボールがスピードをつけて飛んでくる。
平次にボールを上げるために、残りの5人が必死になってそのボールに食らいつく。
そうして繋がれたボールを、平次は力いっぱい相手コートに叩きつける。
8−7。
だが相手も負けていない。
必死に追いつこうとしている。
お互いが1点ずつ入れスコアが9−8になったとき、平次はほんの一瞬だけ、誰にも気づかれ
ないように和葉を見た。
試合前に渡したタオルを握り締め、じっとこっちを見守っている。
――気合を入れなおした。



「服部、いったで!!」

平次の頭上にボールが上がる。
コートの向こう側では、前衛の3人がブロックをするためにジャンプの体制に入る。
平次はそのブロックの動きを見ながら床を蹴り、空中にその筋肉質な腕を伸ばす。
Tシャツの袖を肩までまくり、あらわになっている浅黒い腕と、その手の先にある
カラフルな球体に、体育館内の視線が集中している。
スパイクを打つ直前、もう一度チラリと相手の動きを見ると、腕に入った力をふと緩めた。
その直後、ぽとり・・・と、面白いように相手コートにボールが落ちた。
まるでスローモーションのように、ゆっくりふわりと・・・。


「よっしゃーーーーーーーーーー!!!」
「キャーーーーーーーーーーーーーー!!!」

刹那、静まり返った空気が、歓喜の声に取って代わった。
試合を見守っていたクラスメイトもまた、コートに入って騒いでいた。

「っしゃーーー、勝ったでーーー!!!」
「服部、偉い! 偉いでホンマ!」
「そやそや。最後のフェイント、うまかったで〜!!」
「優勝やで優勝!」
「さすがや服部ーーー!」

コートの中で、平次はクラスメートに揉みくちゃにされていた。

「写真撮るから、コートに集合せえやー!」

担任が満面の笑顔を浮べながら、カメラを持ち上げている。

「終わるまで着替えんなって、それでやったんやね」
ふむふむと納得している和葉に、友達が「着替えるんやなかった・・・」と呟いた。

「でももう着替えてしまったんやから、しゃーないやん。ほら、早よ行こ?」
「そうなんやけど、せっかくクラスでおそろいのTシャツ作ったんに、アタシだけ制服なん
哀しいわァ・・・ハァ・・・でもまぁしゃーないか。あ、そや、和葉。服部君の写真、バッチリ
撮っといたで! 後で服部君とツーショットの写真も撮ったるわ」
「ホンマ? 嬉しい!」
「そしたらあとで服部君、捕まえなアカンな。男子に潰されとるよってな」

相手チームと挨拶が終わったコートの真ん中で、改めて勝利の余韻に感激している
クラスメイトが次から次へと乗りかかってきて、平次の体はみんなの下敷きになっていた。

「それに服部君、下級生にも狙われとんし・・・」
「えっ・・・?」

体育祭、球技大会と大活躍の平次に、改めて下級生の人気が高まっている。
同じ学年の生徒たちは和葉の存在を知っているが、下級生全てにまで伝わっているわけ
ではない。
和葉の存在を知っていてもそれはそれ、写真くらいええやん、という下級生もいる。
「服部先輩に、一緒に写真撮ってくれはるか、頼んでみよ」という声がチラホラと聞こえる。

「ホラな、服部君、大人気やねんで?」
「ちょー、あんた、アタシを煽って楽しいか?」
「せやな、修羅場を期待・・・わー、堪忍!」

和葉のジトーっと睨んだ目が、殺気立っていた。

「もう、あんたなんて知らんわ。一人、制服で目立ったとき!」
「和葉ー、堪忍ってばー」

怒ってスタスタとコートの方へ歩いていく和葉から、また微かにシャボンの香りがした。


「ほな撮るでー」と、クラス全体での写真を撮り終わった後、まだ体育館に残っていた沢山の
生徒の中に、平次と写真を撮りたがっている女の子の固まりがいくつかあった。
「どないしよー、頼んでみよか?」と、カワイイ声が聞こえてくる。
その中の数人が、まだクラスメイトと楽しそうに話しながら適当に写真を撮っている平次に
ちょっとずつ近寄っている。

「早よ頼まんと、行ってまうよー?」
「せやけど、あんなに囲まれてんし・・・」
「ああ、でももう、教室の方に行きかけてんで?」

誰が声をかけようかと揉めているのを尻目に、友達が和葉に耳打ちした。

「ほら和葉、和葉こそ早よ服部君捕まえて来ぃや」
「ん? あんたまだ修羅場を期待しとんの?」
「ちゃうわ!」
「冗談やて。わかっとるわ」
「それやったら早よ呼んで来ぃ。ほら下級生、服部君に近寄ってんで・・・ってアレ、服部君
どこ行ってしもたんや? さっきまでおったのに・・・」

その瞬間だった。
和葉の首を抱くように腕をかけながら、平次が隣に現れた。

「和葉、おまえここにおったんか? おまえも一緒に写真撮ろて」
「・・・平次、首痛い・・・」

照れて頬が染まっていく和葉をよそに、平次はカメラカメラとカメラを持っている友達に
「撮ってくれへん?」と声をかけている。
下級生たちの視線が、ふたりに集中している。
「あんなんしてもろて、ええなぁ・・・」という声が聞こえてくる。

「なぁ平次、こんなにひっついてると、暑うない?」
「ええやんちょっとくらい。それよかおまえ、なんやええ匂いすんな?」
「ええ匂い?」
「ああ。なんやろな?」
「おふたりさん、ええかー? 撮るでー」
「よし、和葉、笑え!」

この日一番のふたりの笑顔が、ファインダーに収まった。





「試合、ちゃんと見とったか?」

打ち上げからの帰り道、ようやく平次と2人きりになれた。

「もちろんや」
「どんなやった?」
「最後、フェイント打つとは思わんかった」
「まあ、頭も使わんとな」

人差し指で、トントンとこめかみを軽く叩きながら、そう答える。

「せやけどちょっと意外やったわ。平次のことやから、てっきりメチャメチャ強烈なんを
打つかと思うててん」
「そやろ? オレも直前までその気でいてんけど、裏をかいてみよ思うてな」
「ふーん。でもホンマは、全力で打ちたかったんとちゃう?」
「まあ本音言うたらな」
「ほんなら何で・・・?」
「何でフェイントにしたんかってか? 勝ちたかったから、やな。体育祭のとき、オレみんなに
心配やの迷惑やのかけたやろ? せやからその恩返ししたかってん」
「平次・・・」
「内緒やで?」

いたずらっ子のような瞳で、平次は優しく微笑んだ。
その横顔が夕陽に照らされ、金色に輝いていた。
精悍な平次の横顔に、和葉は一瞬息を呑んでしまった。

――― ドキン・・・ ドキン・・・・・・ ―――

「ん? どないした?」
「・・・・・・」
「和葉?」
「・・・へっ?」
「急に黙りくさって、どないしたんや?」
「あ、ううん・・・」
「? そうか?」
「ん・・・」

(平次に見惚れてたなんて、言われへんわ・・・)



     なんでなんやろう?
     どうしてなんやろう?
     おかしいねん。
     毎日会うてるのに、まだまだ会い足りない。
     全然話し足りない。
     ずっとずっと一緒にいたいわ。
     離れてなんか、いられへんねん・・・・・・。



「ほんなら、また明日やな」
「・・・・・・」
「和葉?」
「・・・・・・」
「和葉ー?」
「えっ、ああうん、また明日」
「あん? どないしたん、大丈夫なんか?」
「ん、大丈夫や。ちょっと疲れてしもただけ」

本当のことは照れくさくて、とてもじゃないけど言えなかった。

「まあ、あんだけグラウンドで騒いどったら、疲れるわな」
「グラウンドって、まさか平次、キックベース見てたん?」
「おう。準決はバレーの準決もあったから、途中までしか見られへんかったけどな。
おまえの豪快な蹴りはよう見とったで」
「ウソー!」

自分のゲームを見ていてくれたことの嬉しさと、でもかなり張り切ってしまったその姿を
見られていた羞恥心で、和葉の頬が赤く染まっていく。

「ホンマやで。あの蹴りで蹴られたら、かなわんわなー」
「・・・・・・」

照れてふてっている和葉がかわいくて、平次はついもっとからかってしまう。

「オットコ前やったでー、和葉ちゃーん」
「男前って、なんやのそれ?」
「そこら辺の男より、男らしかったってことや」
「もう、酷いわ。もっと他の言い方あるやろ?」
「まあでもクラスのみんな、おまえのこと褒めとったで。和葉のおかげやってな」
「どーせ、みんなで男みたいやって、ゆーてたんやろ?」
「どやろなァ? まあ今日はゆっくり休んで、明日ちゃんと学校来るんやで」
「それは平次の方やろ? サボったらアカンで」
「サボるわけないやん。サボったら和葉のおもろい顔が見られへんからな」
「それ、どーいう意味やの?」
「さあなー?」
「へーいーじーーー!」

顔を真っ赤にしながら怒っている和葉を後ろに残し、平次は楽しそうに歩き出した。
ポケットに片手を突っ込んで、鼻歌を歌いながら・・・。

「あ、そや」

何かを思い出したように立ち止まり、和葉のほうに向き直る。

「和葉ァ」
「・・・・・・なんやの?」
「そないに怒んなや」
「怒りたくもなるわ」
「機嫌直せて。な? せっかくもうすぐ夏休みなんやで? 楽しいこと考えようや」
「楽しいこと?」
「そうや。やりたいこと、いっぱいあるやろ?」
「やりたいことなぁ・・・」

平次の問いかけに思わず真剣に考えてしまう。

(そういえば、何も考えてへんかったわ・・・)

「なんや、ないんか? それやったら夏休み、どっか行こか?」
「えっ、どっかってどこ?」
「どこがええかな・・・? そや、明日までに考えて来よや」
「明日まで?」
「そやで。せやから、明日はちゃーんと学校来るんやで」
「言われんでも行きますー」
「絶対やぞ」
「平次もな」
「おう。ほんならまた明日な」
「うん、明日な」

平次の後姿を、ゆっくりと見送る。
少しずつ傾いている夕陽が逆光となって、全身が金色に縁取られている。
その姿がなんとなく、神々しい獅子のようだった。

(早く明日になりますように・・・早く平次に会えますように・・・)



平次の姿が見えなくなって、ふとオレンジ色に染まった街並みを見渡す。
強く赤く燃える、夕陽を眺める。
落下していくそれを見ながら、和葉は溢れる気持ちを感じていた。





今、またアナタに恋に落ちていく。
最後の恋に、落ちていく・・・・・・









これは「Happy!」のつづきにあたるので、同じく高校3年生という設定。
そしたら夏休みは受験勉強では? という感じですが、それは横に置いといて(笑)
期末明けの球技大会、今はやっているところは減ってきてるのかな?
うちの学校はクラT作らなかったから、友達の学校が羨ましかったデス。

「Way to Love」 はタイトルがなかなか決まらなくて困っていたとき、たまたま
ミニコンポから「Way to Love」が流れてきたので、そのまま使ってしまいました。
なので「これも縁ね〜」と思い、またもやそこから少し世界をわけてもらったのでした。









>>> novel

>>>> Detective CONAN






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