待っていた天使
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「平次」 「あ?」 「お帰り」 「ただいま」 平次が帰って来て、すぐに言えなかった言葉。 寝て起きた平次に、やっぱりすぐに言えなかった言葉。 言うタイミングをこれ以上失わないうちに、アタシは「お帰り」の4文字を音に出した。 平次は間を置くことも躊躇うこともなく、あっさりと「ただいま」を返してきた。 些細なことだけど、アタシが「お帰り」というのも、平次が「ただいま」というのも なんだかそれが当然みたいな感じがして、嬉しさと気恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。 「平次、疲れてへん? もう、平気?」 「夜にぎょうさん寝るから平気や」 公園を出たところ、平次のバイクが停めてある場所で、アタシら2人は立ち止まった。 平次はすぐにバイクを出す気がないのか、公園を囲っている金網に寄りかかる。 カシャンという軽い音が、平次の存在を改めて感じさせた。 手を繋いだままだったので、アタシもその隣に並ぶ。 平次が「ええ天気や」と空を仰いだので、アタシもつられて上を見た。 薄っすらとした雲が、綿菓子を引っ張ったときのように、ちらほらと点在している。 ゆっくりと流れていくその雲を見ていたら、平次が姿勢をアタシの方に向けた。 今度はガシャンと、さっきより大きな音を金網は立てた。 「で?」 「・・・で? でって、なに?」 平次の投げかけに、アタシも平次の方を向き直る。 「せやから、さっきの、ホンマはどない関係なん?」 「は?」 アタシの頭の中に、?マークが羅列する。 平次の言っている意味が、よくわからない。 軽く首を左に傾けると、平次の目つきが少し悪くなった。 ・・・少し、というには穏やか過ぎる。 明らかに機嫌の悪さが見て取れる。 「さっきのって・・・あ、徳永君のこと?」 「そーや」 「そーやて、徳永君は徳永君やけど?」 「・・・オレのおらん間に、知り合いになったんやろ?」 一段と目を細めて、視線だけを投げて寄越す。 アタシには、何で平次の機嫌が悪くなっているのかイマイチわからなかったけど とりあえず「徳永君と知り合ったワケ」を、もう少し詳しく知りたいらしいのはわかった。 「平次、昼間はここで待っとれって言うたやん?」 「ああ」 「そしたらな、ここで知り合うたん」 「それ、さっきと同じ説明」 「やって、それだけなんやもん」 平次の機嫌が直ってないのは、その顔を見ればよくわかる。 その理由は空腹と寝起きだからだと思っていたけど、どうもアタシの説明も不服なようで 機嫌の悪さに拍車をかけてしまったらしい。 アタシはどうしたものかと困惑したけど、徳永君はすぐそこのマンションに住んでいて つい最近東京から引っ越してきたばかりだから、近所のこの公園に毎日来ていたので知り合った という話を、簡単に話した。 その説明に納得したのかはわからないけど、とりあえず「ふーん」と頷いてはいた。 アタシは話題を少しずらそうと思って、平次が帰ってきたら聞こうと思ったことを尋ねた。 「なぁ、平次ィ」 「あん?」 「何でアタシに、ココで待っとれって言うたん? 暗なったら家で待っとれ言うんやったら はじめから家で待っとっても、ベツに構へんやん?」 今までご機嫌斜めな顔でアタシを見ていた平次が、ふと顔を横に向けた。 その視線の先を追ってみると、どうやらさっきまでいた東屋のほうを眺めているようだった。 そしてそのまま、平次は黙り込んでしまった。 「・・・待っとるのも、結構楽しかったやろ?」 視線を固定したまま、不意に平次が呟いた。 「えっ?」 「『平次、早よ来ぇへんかなぁ・・・』って、毎日ずっと思っとったんとちゃう?」 アタシの声色を真似るように話して、こっちに向き直った平次の顔は、口元が上がっていた。 どうやら不機嫌さは、少し収まったらしい。 でも、イタズラっぽく微笑んでいるのが、なんとも憎らしかった。 結局、平次はアタシをからかって遊んでいるのだ。 このままでは、アタシが照れて慌てるのを平次が笑う、といういつものパターンに陥ってしまう。 そういつもいつも、思い通りになってたまるものかと思ったアタシは、「徳永君と話してたから ずっとなんて思ってへんもん」と答えたら、またもや平次の顔が曇りだした。 「オレが真剣に事件と向き合うてたとき、和葉は他のオトコと浮気してたんやなァ・・・」 はぁ・・・と、これみよがしな溜め息をつく平次。 浮気なんてこれっぽっちもしてないけど、ここで謝ったら平次の思う壺。 もし、そんなことないと否定したら、きっと冗談に引っ掛かったと、喜ぶのは目に見えてる。 だからアタシは、謝るんじゃなくて反撃に出た。 「よう言うわ。平次はいっつもアタシのこと放っといて、事件や事件って、嬉しそうにしとるやん」 そっちこそ、人のことなんて言われへんやん・・・と、アタシは平次の顔を軽く睨んだ。 そんなアタシに、平次は何か言いたそうだったけど、口を開こうとしなかった。 いつもだったらここで平次の返しが入ってくるはずなのに、なぜか押し黙ったままでいる。 ただ少し眉根を寄せて、こちらを見てる。 いつもと雰囲気が違う。 何となく物憂げな、普段はめったにしない表情に、アタシはちょっと戸惑った。 「・・・平次?」 どうしたん? と、少し斜めの角度から見上げると、平次は静かに目を閉じた。 「・・・気づけやなァ・・・」 ぼそっと、聞こえるか聞こえないかといった小さな声で、平次がそんなことを言った。 何のことだかさっぱりわからないアタシは「気づけって、なにを?」と聞き返すと、怒ったように平次は 金網から身を起こし、そのままバイクに跨るとアタシの分のメットを乱暴に突き出した。 平次のそんな態度に少し腹立たしくもあったけど、アタシはおとなしくそれを受け取った。 アタシが受け取ったことで軽くなった左手で、今度は自分のメットに手を伸ばした平次は それを被る前にチラリとこちらを見た。 でもすぐに視線を前に戻すと、平次はアタシの方を見ないまま、怒った口調で話し出した。 「あんなァ、オレがここでオマエに待っとれ言うたんは、オレのこと、少しは考えて欲しかってん。 オレがいない間、ただ待っとるだけやのォて、考えてて欲しかってん」 「・・・えっ・・・?」 「家より外で待ち合わせしとった方が、少しはオレのこと思うやろ? せやからこんなことしてん・・・。 ・・・もう二度と言わへんからな。わかったか?」 思いもしなかった平次の言葉に、思考回路が一瞬停止した。 そして、これ以上開かないというくらい、アタシは目一杯自分の目を見開いた。 その目で平次の横顔を見ると、拗ねてしまった子どものような表情が浮かんでいた。 でも、耳が少し赤みを帯びているのもよくわかった。 怒っている口調とは裏腹に、めっちゃめちゃ平次が照れてるのがアタシには伝わってくる。 同時に、平次がそんな風に思っててくれたことを知ったアタシは、体温が上昇し出す。 「それ・・・ウソちゃうよね?」 本当は、素直に喜びたかった。 だけどアタシの口から零れた言葉は、それとは逆に平次を疑うようなもの。 案の定、平次の顔はみるみる不機嫌になる。 そしてつく、短い溜め息。 「こんなこっ恥ずかしいこと、ウソで言うか? ・・・ああ、もう、ええわ」 投げやりな言葉を吐き出した平次は、不貞腐れたようにメットを被ろうとした。 その瞬間、アタシは平次の腕を掴むと、そのまま平次の頬に軽く唇を触れさせた。 微かに聞こえたソフトな音が、平次とアタシの近さを感じさせる。 近づいてすぐに離れたアタシに、今度は平次が目を見開いた。 「お礼やねん」 とだけ呟いて、アタシは横を向いた。 多分、耳も頬も赤くなってるだろう、ほてってるのが自分でも良く分かる。 何か言われる前に、さっさと平次の後ろに跨ろう。 そう思って足を動かそうとしたとき、優しい声が耳に届く。 「お礼って、何の?」 「・・・イロイロ」 「イロイロ?」 「うん」 そう、イロイロ。 アタシのことイロイロ考えてくれて、想ってくれて、照れてくれて、拗ねてくれて、そしてたぶん ほんの少しだろうけど、ヤキモチも妬いてくれて・・・。 衝動的にしたくなったキスは、そんなイロイロな想いがそうさせたもの。 外でするキスはめちゃめちゃ照れくさいけど、それでもしたくなるほど嬉しかったから。 だからしたんやで、という想いを込めて平次のことを見たら、平次は満面の笑顔を浮かべていた。 ただし、それにはいつものイタズラを思いついた瞳付き。 「ほんなら、オレもお礼」 そう言って、アタシを引き寄せる。 少し前のめりになりかけたアタシの頬に、平次の唇が軽く触れた。 その後、「もっとお礼」と言って、アタシの唇にも啄ばむように触れた。 「・・・暗なるまで、まだ時間あんな。花火の前に、どっか行こか?」 何度か、軽くて優しいキスをくれた後、ご機嫌な顔をした平次が言った。 もうすっかり、気分が良くなったらしい。 やっぱり、怒ってるより笑っててくれるほうが、ずっとずっと嬉しい。 事件のときや剣道をしているときみたいに、キラキラ輝いている平次も大好きだけど こんな風に笑ってくれる顔が見られると、幸せになる。 アタシも、体中から湧き上がってくるような喜びを笑顔に変えながら、平次に返事をした。 「うん、行こ! ・・・ってその前に、腹ごしらえやったね?」 「あ、そやそや。和葉のゴチやもんなー。ぎょうさん食うたろ」 「えーっ? そしたら夕飯、その倍な」 「それは量の話なん?」 アタシは憎まれ口には答えずに、バイクに跨るために移動した。 いつものように平次の後ろに跨ると、アタシ専用のメットをしっかりと被る。 平次も、話すのをやめて自分のメットを被る。 真っ青な空の下、バイクのエンジンがかかる音があたりに響く。 風が柔かくそよいでいる。 沢山の幸せを、平次と一緒に感じられたらいいなぁと思いながら、平次の身体をしっかりと掴む。 平次の腹部にアタシの腕が回る。 そうすると、平次の掌がアタシの掌の片方に重ねられる。 バイクをスタートさせる前に、いつもする動作。 そんな些細なことにも、未だにドキドキするアタシ。 遠山和葉、18歳。 未来予想図は描かないけど、描きたくなる人はここにいる。 両腕でその温もりを感じながら、アタシは静かに目を閉じた。 |
このお話は「舞い降りた天使」と対になるものです。
それなのに「舞い降りた天使」をupしない、というお話をある方としていたら、「upしろ!」と とてもステキな笑顔でおっしゃるので、背後に寒気を感じた海月は、おまけでそちらもupしました。 さて、肝心なお話のほうですが。 えーとですね、すいません、ちゃんと推敲することもせず、このままupです。 なんかもう、頭の中ぐちゃぐちゃで、書きたいことが上手く書けませんでした。 すいぞくかん様にお渡しするとお約束したお話なのに、こんなんでごめんなさーい! しかも平次の男前があがる予定だったお話なのに、あがってませんね・・・。 それどころか、嫉妬です、お兄さん! ・・・ごめんなさい。 さて、ここがいつまで閉鎖になるかはわかりませんが、暫くお話は書きません。 お話は・・・ということなので、どこか他は微妙に変わっているかもしれません。 確実ではないので何とも言えませんが、見つけられた方は、見てやってください。 そりでは、またいつか。 追記。 ええと、後半部分、ちょいちょいと修正を加えました。 書きかえたところであまり変わっておりませんが、書きたかったことが少しでも うまく伝わってくれていればいいのですが・・・ はてさて、どうだったでしょうか? |