明日吹く風 夏休みまであと2日。 今日は午前授業、明日は終業式と、校内はもう夏休み一色になっている。 「あっちーーー!!!」 着ているTシャツのお腹の部分を摘み上げ、少しでも内側に風を送ろうと パタパタパタと下敷きをTシャツの中に向かって扇いでいる。 水色のTシャツの下には、元々浅黒かったうえに更に日焼けした肌が隠れている。 「何で最後の最後が千五なんや・・・」 1学期最後の授業は、炎天下の中1500m走だった男子の体育。 それに比べて気持ちよさそうな顔をしているイセイのコたち。 「オンナばっかエエよなァ。オレらも泳ぎたかったわ」 愚痴を零しながらガタンと、下敷きを動かしている彼の前の席に、メガネの少年が腰を下ろす。 ハイビスカス柄のビニール袋を斜めにかけて教室に入ってくる女子生徒たちを 羨ましそうに眺めている。 「今日の部活、2時からやて。服部、飯どうする?」 「飯? 今すぐ食う気にはなれへんなァ」 「みんなでラーメン食いに行くか言うてたから誘いに来たんやけど、オレもパスするわ。 暑い中走ったばっかやのに、食い物なんて入れられへんで」 少年はグリーンのTシャツの襟口を掴み、バタバタさせて風を起こしている。 だがそれでも額からツーッと汗が流れ落ち、メガネが少し曇る。 手に持っていたタオルを、被るように頭に引っ掛けながら平次の方を何気に見ると 彼は「暑い暑い」と言いながらも、不思議と汗はたいしてかいていなかった。 「ラーメンはさすがに無理や。胃が疲れてまう」 下敷きで生ぬるい風を起こしながら、平次はだるそうにそう答える。 「後で気ィ向いたら行く言うといて」 友達もだるそうに頷き、重い腰を上げてそれに応じた。 「そしたらそう言うとくわ。ほなまた後でやな」 「ああ後でな」 友達が向かって行くのとは反対側、照りつける太陽が存在する窓の外をボーっと見ながら 道場の扇風機、早よ修理から戻って来ぇへんかな・・・と考えていた。 「だいたいなんで2台とも壊れるんや?」 「何が?」 「道場の扇風機」 「アレ、まだ直って来ぇへんの?」 「そうなんや」 さっきまでメガネをかけていた少年が座っていた席に、違う人間が腰掛けながら平次に向かって 話し掛けている。 だが取り立てて誰が来たかなど確認しない。 そんなことをしなくても平然と話せるほど慣れた人間。 それは彼女一人しかいない。 「おまえら、水泳やったやろ? オレも泳ぎたかったわ」 「うん。めっちゃ気持ち良かったで」 「ええなァ・・・」 「平次、だるそうやな。代わりに扇いだろか?」 「頼むわ」 つい、と下敷きを差し出しながら、ようやく和葉の方に顔を向けた。 「あれ、和葉、髪・・・」 「あ、わかってくれた? さっき友達がやってくれてん。どう、結構気に入ってんけど・・・」 今朝はいつも通りの髪型だったのが、分け目を変え、トレードマークのポニーテールを くるくると巻いてピンで留め、ふわっとした感じのアップへと変化している。 「髪型が替わっても、おもろい顔は変わらんな」 ふっと笑いが口元から零れると、なんやのそれ・・・、と拗ねた顔が目の前に現れた。 「そんな言い方するんやったら扇ぐのやめるで?」 「オレが言いたいんは、結局は中身の問題や、って意味やで」 「それとアタシの顔と何の関係があるん?」 「まあええやん。扇いでや」 「もう、納得いかへんなァ・・・」 口ではそう言いながらも、下敷きをゆっくりと動かし出した。 ふわりふわりと、柔かい風が平次の前髪をかきあげる。 「あー、気持ちええなァ・・・」 子犬のように目を細めながら、机に体を突っ伏した。 「平次、コレ飲んでもええ?」 隣の机に無造作に置かれた缶を指差しながら尋ねると、平次は体を起こさないまま視線だけ 缶の方へと向けた。 「それ、たぶんもうないで?」 「ないの?」 「たぶんな」 「えー・・・」 確かに持ち上げてみるととてつもなく軽く、左右にゆすってみても液体の音はしない。 授業が終わって真っ先に買ったスポーツドリンクの缶は、とっくに空になっていた。 「アタシも喉渇いたわ。なんか飲みたい」 「ほんなら買い行くか?」 「うんうん」 下敷きの動きが止まると、ゆっくり平次は起き上がった。 「何がええんや?」 「平次のゴチ?」 「扇いでくれたからな」 「ホンマ? アリガトウ。んー、何にしよかな・・・」 「ほら、早よせー」 「ちょー待ってよ! せやなぁ、そしたらー・・・コレ!」 水色の不思議な生物が描かれたオレンジの缶を、白い指が指している。 「へーへー」 そう言って日焼けした指が押したのは、白地にハートマークが描かれているペットボトルだった。 ガコン、と音を立てて落ちてきた500ミリのペットボトルを取り出すと、平次はスタスタ歩き出した。 「平次、アタシの分は?」 「コレや」 自動販売機から取り出したものを軽く振って見せる。 「えーーー!」 「ええやん。2人で分けっこしたら」 「平次と?」 「そうや」 「さっきのジュースは?」 「イヤなら自分で買えや」 「・・・コレでいい」 平次の手からするりと半透明な液体の入ったペットボトルを奪い取った。 「いただき!」 キュッとふたを開け、コクコクと美味しそうに喉へと流し入れている。 目を閉じながら少し上向きになった横顔を、微笑ましそうに平次は眺めた。 「ガキみたいやな」 「ふ?」 「その顔」 「もう、なんなん? さっきも顔のこと言うて」 「ベツに」 「そんなん言うたらコレ全部飲んでまうよ?」 「そらアカン」 ひょいっと、和葉の手から四角い入れ物を取り上げた。 「あっ」 「いただきや」 ぐいっと容器を傾け、喉が気持ちよさそうに動いていく。 「あー、全部飲まんといてや。まだ飲みたいねんから」 くいくいと平次のTシャツの袖を引っ張るが、彼はおかまいなしに飲みつづける。 「平次ィ・・・」 「飲みたいんか?」 「うん」 「なんや、えらい素直やな」 「アタシはいつでも素直やで」 「はぁ? よう言わんわ」 「ぶつぶつ言わんと、ちょーだい」 「しゃーないなぁ・・・」 ホラ、とペットボトルを手渡した。 「おいしい」 「そらオレの奢りやからな、余計うまいやろ」 「・・・それは恩を売ろうとしてるん?」 「ハン、そんなんで恩なんか売らんて」 「そやろな。せやけどこの前テレビで色の黒いオトコはケチやて言うとったから、思わず平次も そうなんかと思ってしもたわ」 「なんやそれ、問題発言やな。そんなしょーもないテレビなんて見とらんと、他のことに頭使えや」 「どんなテレビ見てたかて、アタシの勝手やろ」 「せやな、まだまだお子様な和葉には、それくらいがええやろな」 「むぅ、ホンマ今日はやけに突っかかって来んねんな。もう知らへんわ」 ぷん、とそっぽを向きながら、和葉は少し歩調を速めて歩き出した。 その後姿を嬉しそうに眺めている平次のことを、彼女は知らない。 「和葉」 「・・・・・・」 「かーずは」 「・・・なに?」 「寄越せや」 「何を?」 「まだ残ってるやろ?」 「コレのこと?」 振り返りながらそう言って、平次の目線の高さに持っていったペットボトルは すっかり透明になっていた。 「あ、おまえ全部飲んでしもた!」 「せやかて平次、さっきいっぱい飲んだやん」 「ちっとくらい残しとけや」 「知りませーん」 「ったく、ホンマお子様やわ」 「誰が?」 「和葉が」 「アタシがお子様なら平次は赤ん坊やな」 「口の減らんオンナやな」 「そっくりそのままお返しします」 「なんやと?」 指で目元を軽く押さえ、「いーだ」の顔を平次に向けると、和葉はくるりとまた前を向こうとした。 その瞬間、向こうからやって来た生徒に、ドシンと肩がぶつかってしまい、その軽い体が ふらふらとバランスを崩してしまった。 「キャッ」 「・・・っと」 倒れそうになる寸前、平次は和葉の体をその腕で支えきる。 「ア、アリガト・・・」 「ったく和葉、もうちょい周りをちゃんと見ぃや。注意力散漫やで」 「ゴメン・・・」 「オレやなくて、相手にちゃんと謝ったれ」 「あ、ホンマやわ。ごめんなさい、大丈夫でしたか?」 「大丈夫です」 それじゃ、と頭を下げながら、ぶつかった少年は反対側へと去って行った。 「ほら、ボーっとしてんなや。行くで」 「う、うん・・・」 空のペットボトルを和葉の手からするりと取り上げ、廊下の先にあるゴミ箱へと投げ入れた。 キレイな放物線を描いて、バコン、と籠の中に収まった。 「和葉、おまえもう帰るんか?」 「そやねー、帰ろかな。約束あるし」 「またカラオケか?」 「ちゃうちゃう。今日は平次んトコのオバチャンと買い物行くんやで。聞いてへん?」 「聞いてへんけど・・・ああ、あのオバハン、それで今朝は機嫌がよかったんか」 「せやから今日は先帰るわ」 「そーかー」 「うん」 「ふーん・・・急ぐんか?」 「まあもう少しくらいやったら平気やけど」 「そしたらもうちょい付き合えや」 小首をかしげている和葉を後ろに残し、スタスタと道場の方へと足を向ける。 「道場行くん?」 「せや」 「道場で何すんの?」 「まあまあ」 上履きを脱ぎ、軽く頭を下げながら道場へと上がっていく。 締め切った窓をひとつひとつ開放していくと、ふわりと優しい風が入ってきた。 「オレ、これから一眠りするよって、枕になってくれへん?」 「はぁ?」 「せやから和葉、枕になってや」 「枕って、平次、ここ学校やで? 誰か見てたらどないすんの?」 「誰も来ぇへんて。部活の連中、みんなラーメン食いに行ってん」 「せやけど・・・」 「ええやん、30分くらいや。部活始まるまであと1時間ちょいあんねんで?」 「でも制服のスカート、皺になってまうし・・・」 「さっきすっ転ぶの助けてやったんは、誰やった?」 「・・・ハイハイ。ちょっとだけやで」 平次かて子どもみたいやわ・・・と内心思いながら、パタンと道場のひんやりとした床に腰をおろし 壁に寄りかかりながら和葉は足を揃えて出した。 「足痺れるから、正座はせえへんよ」 「これで十分や」 トンと和葉の太腿に頭を乗せ、気持ちよさそうに横になった。 「ちょーどええ枕やな」 「ホンマにちょっとだけやで」 「へーへー」 適当に相槌を打つと、静かにその眼を閉じて、スーッと平次は眠りに落ちて行った。 (平次、疲れてるんやな・・・) おだやかな顔をして眠っている平次。 思わずその寝顔に見入ってしまう。 (ホンマによう寝てるわ・・・) 平次の精悍な顔が、今だけ少し、幼く見える。 なんだかそれだけで幸せが満ちていく。 自分の肌にその重みを感じながら、ゆっくりと平次の頭を撫でてみた。 それでも起きる気配はない。 黒くて少し硬い髪の中に、白い指が埋れていく。 ふと視線を他にやると、扇風機の代用らしいうちわの数々が、小さなダンボールに入って 置かれているのが目に入った。 扇いでやろうとうちわを取るために少し体をひねると、窓からふわっと爽やかな風が吹いてきた。 波打ち際のように、時折引いたりしながら流れてくる。 そよぐように、おだやかに。 そんな優しい心地よさを感じる中、和葉もそっと目を閉じた。 「あ、やっと起きたか」 「えっ・・・?」 いつの間にか寝入ったらしい。 平次が寝たままの姿勢でこちらを面白そうに眺めている。 「アタシ、寝てた?」 「まあ大した時間やあらへんけどな」 壁に掛けられた時計は、1:30を指そうとしている。 「寝てる顔はガキん頃と変わらへんなぁ・・・」 「それ、どういう意味やの? 今日はホンマに子ども扱いすんねんな」 ご機嫌斜めと言わんばかりに膨らませた彼女の頬を、面白そうにつつきながら 平次は静かな声で応えた。 「急にオトナになるなやな・・・」 「へっ?」 和葉の長い睫毛が上下する。 パチパチと大きな瞳が瞬きした。 「その頭」 「頭?」 「そや。正直ビックリしたわ。和葉が一瞬違うて見えてん」 「・・・・・・」 「せやけどおもろい顔は変わってへんかったわ」 「なんでそこでアタシの顔の話になるん?」 「どんな格好してたかて、和葉は和葉ってことやで」 「えっ?」 「おまえ、くるっくる表情変わるやろ。それはおまえが自分の気持ちをそのまま素直に 表に出しとるっちゅうことやからな。それがおもろいって言うてんねんや」 「おもろいって・・・他に言い方あるやろ」 「そう言うてもなァ、見てておもろいんは確かやし」 「・・・・・・」 自分の腿の上でひとり楽しそうに笑っている平次。 おもろい顔と言われて腹立たしいのか悲しいのか、なんだかよくわからなかった。 「ええか、おもろいって思うのはそれだけ和葉が正直に生きとるっちゅう意味やで。 褒めてるつもりやねんけどな」 「・・・あんまり嬉しないわ」 「まあそう言わんと、たまには受け取っとけ」 「おもろい顔を?」 「そや」 「嬉しなーい!」 「しゃーないオンナやな。それやったらちょー顔貸せ」 むくっと、平次は起き上がりながらそう言った。 「なんで?」 起き上がって自分の隣であぐらをかく平次をチラッとだけ見やる。 「ええから」 「イヤや。またなんか言う気やろ?」 「ごちゃごちゃ言っとらんと、こっち向けや」 平次は自分の手を使って、半ば強引に和葉を自分の方に向けた。 「もう、なんやの!」 まだ少しむくれている彼女に、軽く唇を重ねた。 不意打ちのキス。 思わず和葉の瞳は丸くなる。 「平次・・・」 微かに彼の感触が残るその唇が、彼の名前を呼ぶために動く。 呼ばれた彼は、まるでいたずらが成功して満足したような表情を浮かべている。 「和葉」 「うん?」 「明日のことなんてわからへんけど、まあこれからもよろしうな」 軽く和葉を抱き寄せると、ポンポンと背中を叩いて立ち上がった。 そんなふたりを、柔らかな風が包んで舞った。 |
なんかねぇ、違うのですヨ。 言いたいことが。 頭の中にあるイメージと、かなり違ってしまいました。 それでも何度か書いた中で どうにかカタチになったものです。 たぶん気が向いたら書き直しをするかもしれません。 気が向いたらですけどネ。 ↑ こう言い残した翌日、ほんのちょっと書き直し。 書くたびに原作のイメージからかけ離れていき 段々なんだかな、という平ちゃんになっていますが 甘くなってるのは甘いのが書きたいから。 それだけの理由。 ちゃんと付き合うようになったら結構甘いだろうと 海月的には踏んでいるので、もうラヴって感じな 高校3年生というココ最近の設定では、これもアリ OK、OKと勝手にゴーサインを出しちゃった。 硬派な平ちゃん好きな方、ごめんネ。 |