おなじ星
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「・・・和葉、どないした?」 「んーん、どうもせえへんよ」 「・・・どうもせえへん奴が、目じりに涙溜めるか?」 「んー、幸せやなぁ・・・って」 「あん?」 「幸せすぎて涙が出てん」 思わず背伸びをしたくなるような麗らかな日差しの午後。 柔らかな春の風が、二人を包むように吹いていく。 「嬉し涙やから、気にせんといて」 「気にせんといて、なんて言われてもなぁ・・・」 「何や、気になる?」 「そら嬉し涙やー言われても、横で泣かれたら気になるわ」 「せやったらぎゅうってしてや」 「はぁ? ぎゅうっ?」 「そうや、ぎゅうってしてや」 「ぎゅうって、ぎゅう?」 「せやからそう言うてるやん・・・もう、恥ずかしいこと何べんも言わせんといて!」 「何怒ってんねや? 言い出したんはそっちやろ?」 「もうエエわ!」 ぷいっと顔をそむけた反動で、長くて艶々としたしっぽが勢いよく揺れる。 赤いリボンと共に揺れている。 微妙に眉間がキュッとなって。 ぷうっと顔を膨らませて。 ほのかに頬を染めて、2,3歩先を歩いている。 (拗ねた顔はガキん頃と変わらへんなぁ・・・) 少し怒ったような歩調で歩く彼女を、平次は柔らかな瞳で見つめていた。 「それにしても久しぶりやなぁ、その頭」 「へっ?」 また髪が揺れる。 拗ねていた顔が、きょとんとしてこちらを振り返った。 「そのしっぽや」 「しっぽて・・・他に言い方あらへんの?」 「せやかて日本語に直したら子馬のしっぽやんけ」 「まぁそうやけど・・・」 「隙あり、やな」 「・・・えっ・・・」 和葉の白くて細い手首を掴むと、平次は自分の懐に彼女を抱き入れた。 動けない。 もう、動けない・・・。 何度抱きしめあっても、何度同じ夜を過ごしても、その腕の中では動けなくなる。 まだ胸がキューンってなる。 ドキドキが止まらない。 平次の温もりと、穏やかな鼓動だけが肌を通して伝わってくる。 (このまま時間が止まってしまえばええのにな・・・) 飲みの席で、ふと友達に尋ねられた。 「和葉はさぁ、服部君との付き合い長いやん。今はどれくらい好きやの?」 他意がないのはよく分かっていた。 普段から思ったことを素直に口にする友達。 アルコールの勢いも手伝ってか、和葉も自分の気持ちを素直に吐露していた。 「そやね・・・『恋してんねん』とか『めっちゃ好きやねん』とか、 そんな言葉じゃ済まされへんくらい、やね」 平次への想いはそう簡単に言葉に出来るようなものじゃなくなっていた。 平次の色んな面を含めてもめちゃめちゃ好きで、 どんなことがあってもその気持ちは変わらなくて、 たとえ地球上の全てのものが正しくなくなったって、それでもこの気持ちだけは本物で。 それを一言で表わすなんてとてもじゃないけどできなくて、 「愛」なんて言葉を口にするには照れてしまう。 何かに例えるなんてできなくて。 誰かと比較するなんてできなくて。 代わりなんて絶対いない。 その存在全てが、和葉には愛おしいものなのだ。 君の長くて艶々とした髪が、さらさらと流れ落ちる。 細くて白い肩にかかる。 その長い髪に、丁寧に指を通していく。 何度も何度も通していく。 鼻腔をくすぐるように、ふんわりと香水の香りが漂ってくる。 体温の上昇で微妙にいつもと違う匂い。 二人だけの甘い匂いが、ほのかにシーツに移っていく。 華奢な長い指と、大きくて力強い指が絡み合う。 離れないように、離さないように、強く強く絡み合う。 じわりと汗ばむあなたの肌。 その内側で熱い情熱がほとばしる。 そう・・・この匂い。 耳の後ろの匂い。 昔から知ってる、この匂い。 誰にも知られたくない。 私だけが知っていたい、彼の匂い。 何があっても、この腕がちぎれそうになっても、離さない。 離したくない。 守りたい。 この人の安らぎになりたい。 (平次もそう想うてくれてるのん・・・?) 重なった視線にそう伝えてみる。 (ずっと一緒やで・・・) 柔かく細めた瞳が、そう語っていた。 幸せすぎて、目眩がした。 「ホンマに惚れてるんやね」 和葉の言葉に、微笑ましい表情をしながら友達が応えた。 「そやねぇ・・・」 「何や、酔っぱらった和葉は素直でええなぁ」 「ちょー何言うてんのー? それやったらまるで普段はひねくれ者みたいな言い方やないの」 「せやかて服部君のことに関したらそうやったやろ?」 「そないなこと・・・」 「あらへん?」 「うーん・・・」 「けど、高校生の頃に比べたら、酔ってなくても素直になったなぁ」 「・・・あんた、それ全然フォローになってへんよ?」 「フォローも何もホントのことやないの。和葉、あんたホンマかわいい性格しとんのに、 服部君のことになると途端に素直やなくなるんやもん。はたから見てたら歯痒うて 仕方あらへんかったで?」 「・・・そう、やった?」 「そやそや」 「・・・・・・」 「せやけどそれはそれで、おもろかったりもしたけどな」 グラスを傾けながら、ニヤニヤとこちらを眺めている。 からかわれているとわかっていながらも、少し俯いた顔はなかなか上げられない。 「ま、そうやって照れてるあんたもカワイイんやけどな」 「・・・あんたねぇ・・・」 「まあでもアレやな。素直が一番やで?」 「へっ?」 「自分の気持ちに正直やないと、後で悔やむことになるで」 「・・・どないしたん? 何か、あったん?」 「んー、まぁ色々なァ」 「色々って・・・」 「・・・今度ゆっくり話すよって、そん時まで待ってや・・・。 なァ、それよかホンマ、あんたは自分の気持ち大事にせなアカンで! 服部君につまらん意地なんはったりせんで、いつでも素直で居たりや」 「んー、せやけどそれは難しいなぁ・・・」 「ほなまぁ、できる範囲からっちゅーことで」 「そやねえ・・・」 「よし、じゃあもっと素直な和葉になるように」 「なれるように」 「乾杯」 カチーン、とグラスの音が心地よく響いた。 (・・・素直になる、言うてもなぁ・・・) 抱きしめられた平次の腕の中で、友達の言葉を思い出してみた。 (うーん、ちょぉ頑張ってみよか・・・) 「なぁ、平次」 「ん?」 「この大阪だけでも沢山の人がいてるやんか」 「あん?」 「それでな、日本中とか世界中とか、合わせたら凄い人の数になるやん」 「そらそやなァ」 「せやからこの地球上にお星さんの数くらい人がいてるんやったとしたらな、 平次と出会えたんはめっちゃ凄いことやね」 「・・・和葉、お前どないしたんや? 熱でもあるんか?」 「はっ?」 「おまえ、今日はさっきからやけにセンチメンタルやからな、熱でもあんねんかーと思おて」 「あんなァ・・・こんな風に平次と一日中のんびりできたの、久しぶりやん」 「そやなァ」 「そうや。せやから嬉しいなーって思おたこと、素直に言うてるだけやん」 「んー、和葉がそないなこと口にするなんて、明日は雨やなぁ」 「何やて?」 「まぁ雨降ってもオレの家に来ればええか」 「そんなこと言うて、また事件やーってどこかに行くんとちゃうのん?」 「そん時はそん時やな」 「もう、しゃーないなぁ・・・」 (むー・・・素直になるのはムツカシイなぁ・・・) 少し淋しそうに微笑みながら、平次の胸に顔をうずめた。 (・・・そしたら明日は携帯の電源、切っとこか・・・) 自分の腕の中でしょんぼりしたようにしている和葉を見て、そんなことを考えた。 「あ、そや。星言うたら星見て帰るか?」 「えっ、ホンマ?」 曇っていた顔が、急に明るくなった。 大きな瞳を一層大きくして、こちらを見上げている。 「ああ。久々のバイクやしな、河原にでも寄ってこか」 「河原て、昔よう寄ったあの河原?」 「そや。その頭見てたら懐かしうなったしな」 「何や、平次かてセンチメンタルになってんのとちゃう?」 「それはアレやな、誰かさんのがうつったんやろな」 「誰かさんって誰やの?」 「誰やろな?」 「・・・アンタ、他に女居てるの?」 「はぁ?」 「せやかて、誰かさんのがうつったって・・・」 「・・・そやからどーしてそうなるんや・・・」 気づけばリボンを解き、長い髪を下ろすようになっていた。 少しずつ、化粧も上手くなっていった。 見るたびにオトナになっていく彼女に、なぜか微妙な不安があった。 オトナびた表情を見せるたびに、驚かされた。 でも、ふと見せる仕草は変わらない。 存在もしない人間に、勝手なヤキモチを妬いている。 そんな思い込みも相変わらず。 それだけでホッとする。 ぷうっと顔を膨らませて。 ほのかに頬を染めて。 そんな風に少し拗ねた顔をしている彼女が、愛おしくてたまらない。 (ホンマ、かわいいやっちゃなァ・・・) 隣に居る彼女の笑顔は変わらない。 これからもこの笑顔を守りたい。 まだ勘違いなヤキモチを妬いている彼女にヘルメットを渡しながら、そう思った・・・。 |
これも幾つくらいなんでしょうねえ・・・。 普通にお酒を飲んでいるのだから、ハタチは過ぎているんでしょうけど。 んー、まあ、いいか。 これは、3つの場面が出てくるのですが、うまくまとまりませんでした。 シンメトリーって程じゃあないですけど、一応真ん中で折ると重なり合うように 場面は展開してあります。 けどかなり分かりづらいですね。 筆力がなくてゴメンなさい。 |