ルージュの伝言
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「和葉ちゃんの唇って、いいよねー」 「えっ、蘭ちゃん、突然何言い出すん?」 「だって何も塗ってなくてもキレイな色してるんだもん」 蘭は読んでいた雑誌を和葉にも見せる。 どうやら口紅の特集が載っていたようだ。 「厚さだって薄すぎず厚すぎず、適度なぽっちゃり具合じゃない?」 「そんなん蘭ちゃんかて十分可愛い唇やん」 「私、唇の色素が少し薄いのよねぇ。だからカラーリップとか塗るとすぐにわかっちゃうの」 「でもその方が色々楽しめてええんとちゃう? アタシ、薄めな色のグロス塗っただけでも唇の赤さが目立ってしまうんやもん」 「グロスって言ったら和葉ちゃん、ここ見てみて!」 "この唇、奪ってみる?" 「このコピー、凄いよね」 某化粧品会社が見開き2ページに渡ってグロスの広告を載せていた。 モデルの艶やかな唇が、微妙な角度で写っている。 「蘭ちゃん、工藤君に奪ってもらったら? 蘭ちゃんやったら薄いピンクのグロスとか、似合いそうやん」 「えっ、ヤダもう、和葉ちゃんったら! 和葉ちゃんこそ服部君、イチコロじゃない?」 「・・・ハハ。蘭ちゃん、それは無理やわ。平次のヤツ、ほんまアホやねん。 この前グロス塗って出かけたとき、何てゆーたと思う? 『和葉、お前唇に油ついてるで』ってゆーたんよ!」 「えっ、それホント?」 「ウソちゃうよ。あん時はホンマ悲しいの通り越して、何や呆れてしもうたわ」 「アハハ・・・服部君らしいって言えばらしいね」 「・・・そうやねん。らしいゆーたららしいんやけどな。 なぁ、蘭ちゃん。せっかくやし、グロス、見に行く? 二人とも、何時に帰ってくるかわからへんし」 「そうだね。何かあったら携帯に電話すればいいし、出かけてこようか」 「なぁ、工藤。高木ハンに送ってもろた方が早かったんちゃうか?」 目黒警部からの応援要請で事件現場に出かけていた新一と平次。 難解な事件になるかと思いきや、一度逃走した犯人が自首して来たために あっさりと片付いてしまった。 家まで送って行くよ、という高木刑事からの言葉を断り、二人は駅へと向っていた。 「まあそうなんだけど、ちょっと寄りたい所があってさ。 車だといちいち駐車場探すのも面倒だし、高木さん引っ張りまわすわけにも行かねえだろ?」 「何や、真っ直ぐ帰らへんのか?」 「ああ、ちょっと新宿の本屋に寄りたくてよ。洋書はやっぱ原作で読むのが一番なんだけど、 でかい本屋に行かねえと手に入んなくてさ。 服部はどうする? 和葉ちゃん待ってるだろうし、先にオレん家に帰ってるか?」 「そうやなぁ・・・せやけど向こうは向こうで女同士、よろしうやってるんとちゃうか? せっかく東京に来てるんやし、工藤に付いてったるわ。オレもバイクの本で見たいのあってん」 「じゃあ寄ってくか」 「日ィが暮れるのも早ようなったなァ・・・」 階段を上り地上へ顔を出すと、空はオレンジ色から紺碧へと変わりつつあった。 街燈や華やかなネオンがちらほらと明りを灯している。 「それでも相変わらず人は沢山いるけどな」 新宿駅の東口。 家路に着くために駅へと向う人よりも、これから出かけるために駅から出てくる人の方が多い。 「"眠らない街"とはよく言ったもんだよな・・・」 歌舞伎町方面に向う人々を眺めながら、ポツリと呟く。 「その分犯罪も増えている・・・か・・・」 「本屋までって結構歩くんやなァ。さっきっから向こうに見えてんのに着かへんのって、 何や腹立ってくるわ」 「悪かったなー。でも付いて来るて言ったのは服部、オメー自身だぞ」 「せやけどこんなに歩くなんて聞いてへん」 「オメー、尋ねなかっただろ?」 「・・・・・・」 「工藤」 「何だよ、まだ文句あんのかよ?」 「イヤ、そうやなくて、あの看板・・・」 平次の視線を追うと、"この唇、奪ってみる?"の文字が浮かぶ大きな広告パネルがあった。 「あん? あの化粧品の看板がどうかしたのかよ?」 「あれって口紅なんか?」 「ああ、口紅って言えば口紅だろうけど、グロスって言ったかな? 艶を出すヤツみたいだぜ?」 「何でそんなん知ってるんや?」 「この前蘭が欲しいって言ってたんだよ。和葉ちゃんも持ってるんじゃねえのか?」 「・・・・・・」 「それよかすげーコピーだよな。"この唇、奪ってみる?"って。 確かにきれいな唇ってそそるけどよォ・・・」 「・・・・・・」 平次は押し黙っている。 何やら考え事をしているようで、本屋に辿り着いても口を開こうとはしなかった。 「なぁ、服部。さっきっからずっと黙ったままだけど、どうかしたのか?」 「・・・へっ?」 「黙ったままだけどどうかしたのか? って聞いたんだよ」 「イヤ、どうもせーへんけど」 「なーにが『どうもせーへん』だよ。さっきだって本屋で雑誌、逆さまに読んでたじゃん」 「へっ? それ、ホンマか?」 「おい、自覚ナシかよ?」 朝はご飯のお代わりをするほど元気だった。 現場にいた時はいつも通りの冴えを見せていた。 本屋に行くときも文句を言うほど・・・ 「あ、オメーもしかして、さっきの看板と何か関係あるのか?」 「・・・・・・」 「『あれって口紅なんか?』って聞いてきたよなぁ」 「・・・ああ」 「そんなことを聞くってことはだ、和葉ちゃんと何かあったな?」 少しほくそえんだような顔を、新一は向ける。 「・・・工藤、お前、人のことからかって遊んどるやろ?」 「ちょっと、な。でもマジでどうかしたのか?」 覇気のない平次の声。 さすがに新一も心配になった。 「・・・この前和葉と出かけた時な、和葉、さっきのと似たようなの付けててん」 「さっきのって、グロスのことか?」 「そうや。けどな、オレ和葉に『唇に油付いてるで』ってゆーてしもたんや」 「・・・マジかよ?」 「せやけど知らんかったんやで? あんなん流行ってるなんて」 「でもそこら辺にいる女の人だって付けてるだろ?」 「いちいち女の唇なんてジーッと見てへん」 「まあそうだけどよ。でも一応事件に関わった女性だったら・・・」 「そんなんゆーてもなァ・・・色くらいやな。ごっつ赤いのつけてるな、とか」 「ほー。それなのに和葉ちゃんの唇はちゃんと見てたわけだ」 「工藤ォ!」 浅黒い肌が、微かに赤くなっているのがわかる。 「でもマズイよなぁ・・・せっかくオシャレした和葉ちゃんに、油付いてるってのはないよなぁ・・・ 傷付いただろうなぁ・・・」 「工藤・・・」 今度は情けない顔になる。 「普段の服部は悩みなんてなさそうな顔してるのにな。わかんないもんだよなぁ」 からかいがいのある友人に、ついつい口調が意地悪になる。 「・・・もうええ。お前に話したオレがアホやった・・・」 「ハハ、冗談だよ冗談。まあでも言っちゃったものは取り消せないんだしよ。 悔やむよりもこれから気をつければいいんじゃねえの?」 「まあそうなんやけど・・・」 「じゃあせめて今日はもう帰ろうぜ。遅くなると蘭たちの機嫌がまた悪くなるからよ」 「・・・せやな」 夜の帳が下りた新宿の街をあとにし、二人は人の流れに反って駅へと向かった。 愛する者のもとへと帰るために・・・ 「まだ6時前やってゆーのに、すっかり暗くなってしもうたな」 電車を降り米花駅の改札をくぐると、辺りはすっかり暗くなっていた。 「そうだねえ。もう冬が近づいてるってことよね」 「お月様もあんなにキレイに出てるで。あっ、あの広告、あんなトコにも・・・」 「ホントだ。今日は何度も見たね」 「ホンマになぁ。せやけど蘭ちゃん、可愛いグロス買えてよかったやんv」 「和葉ちゃんの唇の色に合うものもあったしね。 ・・・あれ? ねえ前を歩いているの新一たちじゃない?」 二人の数メートル先に、連れ立って歩いている少年らの姿があった。 たとえ後ろ姿でもハッキリとわかる。 それは愛しい人の背中だった。 「新一!!」 「平次ィ!!」 「「ん?」」 振り返ると、こちらへ向って走って来る二人の少女の姿があった。 「何や、和葉たちも出かけてたんか?」 「ん、新宿まで買い物に出かけててん」 「えっ、蘭たちも新宿に行ってたのか?」 「蘭たちも、って新一たちも? 事件じゃなかったの?」 「ああ、思ったより早く片付いたからさ、ちょっと本屋に寄り道してたんだよ」 「だったら携帯に連絡くれればよかったのに・・・!」 「あ、思いつかなかった・・・」 「んもう、しっかりしてよね!」 いつもだったら平次と和葉の掛け合いを眺めている方が多い新一と蘭だが、今日は逆だった。 「アタシら、いつもああなんやろね」 「オレら、いつもああなんやろな」 「えっ?」 「何や、和葉もそう思ったんかいな」 「平次も?」 「ああ。あの様子、端から見てるとアホみたいやな」 「ってことは、アタシらはいつもアホやってことちゃう?」 「お前がアホなんはわかるけど、オレはアホちゃうで」 「何がアホちゃうねん。平次の方がよっぽどアホや」 「何やとコラ!」 結局、気付けばいつもどおりの二人。 減らず口も相変わらず。 いつのまにか二人の声の方が大きくなり、新一と蘭は口を動かすのを止めていた。 「なぁ、蘭。今日おっちゃん留守なんだろ? 和葉ちゃんもいることだし、うちに泊まってくか?」 「えっ、いいの?」 「二人ともうちに泊まるのに、蘭だけ自分の家ってのはつまんないだろ?」 「じゃあお邪魔しちゃおうかな」 「それなら着替え、取りに行かねぇとな・・・。服部!」 「ん、何や?」 「オレ、蘭と蘭の家に寄ってから帰るからさ、お前ら先に帰ってろよ」 そう言うと、家の鍵を投げてよこした。 「じゃあ、後でな」 「和葉ちゃん、また後でね」 手を振りながら去っていく二人の背中が、段々と小さくなっていく。 「何や、別に一緒に行っても構へんのに」 「平次も気ィきかへんな。ちょっとくらい二人になりたいんやろ?」 「そうゆうもんか?」 「そうゆうもんや」 「ほなオレらも帰るか。いつまでもここにおられへんし」 「そうやね。帰ろか」 「で、今日は何買い物したんや? また洋服買うたんか?」 「今日はちゃうねん。蘭ちゃんとグロス見に行ってて・・・あ、グロスってゆうのはな・・・」 「そんなん知っとるで。アレやろ、"この唇、奪ってみる?"っちゅう広告やろ?」 「何や、知っててん。こないだは『油付いてるで』なんてゆーてたくせに」 この前のことがよほど気に入らなかったのか、少しトゲのある口調になっているのが 自分でもわかる。 「あん時はホンマに知らんかったんや! せやからスマン・・・」 目の前で拝むように手を合わせながら謝っている。 そんな珍しく殊勝な態度に、つい調子が狂ってしまう。 「・・・ほんなら今付けてる口紅はどんな感じや?」 「今付けてる口紅?」 平次はよく見ようと少しかがんだり、首をかしげたりする。 その眼差しが自分の唇に集中しているかと思うと、段々恥ずかしくなってきた。 「平次ィ、そんなに見つめんでも・・・」 「暗くてよう見いひんけど、似合ってるんちゃうか?」 「ホンマに?」 「正直ゆうたらもう少し薄くてもええとは思うけど、その色自体はお前に似合ってると思うで」 「ウソちゃう?」 「お前にウソ付いてどないすんねん」 「・・・じゃあ、少し落とさなアカンね。・・・平次ィ、ちょっとかがんで」 「かがめ? 何でやねん」 「ええから、頼むわ」 「しゃーないなぁ・・・」 しぶしぶ腰を軽く折る。 「ほら和葉、これでええか?」 「・・・うん」 和葉の返事が微かに聞こえたかと思うと、自分の唇に柔かいものが触れた。 「・・・えっ」 「・・・アカン、平次の唇に付いてしもうた・・・」 今度は細くて白い指が、自分の唇をなぞる。 ゆっくりと、優しく・・・ 「これで少しは落ちた?」 「・・・せやな・・・」 「ほな平次、帰るよ」 「あっ・・・ちょー待ちや!」 「えっ?」 「もう少し、落とした方がええで・・・」 一瞬の静寂。 月明かりがゆったりと二人を包む。 「・・・また平次の唇に付いてしもうたよ?」 「ええねん。ほら、帰るで」 照れくささから、ついぶっきらぼうな言い方をしてしまう。 「あ、ちょー、待ってえな!」 「なァ、平次ィ・・・」 「何や?」 「・・・ううん、何でもあらへん」 「・・・そうか?」 「うん」 (これからもずっと、平次の唇に口紅をつけるのは、アタシだけでありますように・・・) 心の中で、そう呟いた。 |
これを書いていた頃は毎日楽しかった頃。 卒論もまだ楽しんでできた頃。 これは海月が人生で3番目に作り上げた文章です。 稚拙なのがよくわかりますね。 ふぅ・・・。 ちょこちょこと手直ししました。 グロスはご飯食べるときには必ず落とすようにしています。 じゃないとなんか気持ちワルイし、味も変。 グロス自体は艶々するし、ぼてっとした感じもかわいくて好きなんだけどさ。 トコロデ新宿にあるでかい本屋さんといえば、南口や新南口から出た方がいいのでは・・・? という感じもしますが、単に東口方面の様子をちょっと描きたかったのと 夕暮は東の方から迫ってくるしさー、と思ったので、こうしてみました。 だから平次と新一は○王線とか○の内線にでも乗って新宿に寄ったということにしてます。 (一部地域ネタでゴメンなさい) |