name of love



アイツは気づいてへん。
オレがどう想っとるかなんて、これっぽっちも気づいてへん。


いつからかオレの胸にある不思議な痛み。
アイツの笑顔を見るたびに
アイツの存在を感じるたびに
なぜか訪れる不思議な痛み。
幸せで一杯な不思議な痛み。

言葉ではうまく説明できない痛みがあるもんやな・・・



「何や、左っかわがスカスカすんなァ・・・」

教室の移動中、なんとなく左腕をさすりながら、平次はポツリと呟いた。

「風邪でも引いたんとちゃうか? おととい急に雨降って来よったもんなぁ。
オレもあれにやられて、風邪っぽいねん」
「風邪なァ・・・風邪引いたんはオレやなくて和葉の方や」

鼻をグスグスと言わせながら話す友達をよそに視線を左側にある窓の方へと移していった。
おとといの夕方から降り止まない雨。
時たま激しい音を立てるが、あとはしとしとと天から静かに落ちてくる。

「そーいや遠山、昨日から休みやったもんなァ。
あっ、服部、自分遠山のがうつったんとちゃうか?」
「アホ。オレはそんなヤワちゃうで」

友達に一瞥すると、「オレ、便所に寄ってくわ」と手に持っていた勉強道具を差し出した。

「服部、『コレ頼むわ』くらい言えや」
「ああ、スマンスマン。ほな、頼むわ」

振り向きもせずに手のひらをひらひらとさせながら、トイレへと消えていく。
「ほな先行っとるで」という声を後ろに聞きながら、なんとなく違和感を感じていた。

わけのわからない空虚さが、静かに左側から訪れていた―――





次の日になっても、左側がスカスカする。
むしろ日に日にその感じが増してくる。

「服部、まだ治ってへんのか?」
「あん?」
「いや、自分左ばっか気にしとるから・・・昨日なんか言うとったやろ?
風邪やないんやったらなんやろな?」

どうも無意識のうちに何度も左側を見ていたらしい。
それも少し、振り向き気味に。

「オレにもようわからん」


気になるのは左側の空虚さだけではない。
今朝から頭もボーっとする。

(こら、ほんまに風邪でも引いたんかな・・・)

自分の額に掌をあててみるものの、ちっとも熱くはない。
確かに熱のせいでボーっとするというよりは、寝不足の日の朝のような
なんとなくもやもやとした感じがする。
霧がかったみたいに、頭の中がハッキリとしない。


「遠山がおったら、すぐにわかるかも知れへんなァ」
「あん?」
「イヤ、なんでもない」

鼻をグスグスさせながら、どこか楽しそうにしている。
だがつっこむ気にもなれず、そのままにしておいた。





昼休み、相変わらず降りつづける雨に屋上行きを諦めながら、部室へと足を進める。
もやもやとした頭を引きずりながら、一眠りしようと考えた。

(昼寝したら治るかもしれんしなァ・・・)

相変わらず存在しつづける左側のスカスカした感じ。
理由がわからなくて、苛立ちが起きてくる。



「平次!」

突如、凛とした声が頭に響いた。

「平次!」

もう一度、鈴のように軽やかな声が聞こえてくる。

「もう、返事くらいしてや!」

ひょこっと、和葉の顔が目の前に現れた。

「か、和葉ァ? どないしたん、今日も休みやったんとちゃうか?」
「んー、でももう大分良うなったしな」

自分の左側に並んで歩き出す。
欠けていたパズルのピースがはまるように、ストンと収まった。

(ああ、そういうことやったんか・・・)

スカスカしていた空虚感が、あっという間になくなった。

「せやけど重役出勤するくらいやったら、もう一日休んどったれ。
どーせ午後は大した授業やないんやし」
「なんや、せっかくアタシが来たってゆうのにつれないなァ」
「アホ。無理せんと休んどれっちゅうことや」
「えっ・・・平次、心配してくれたん?」
「どうせ和葉がまた具合悪うなったらオレが連れて帰らなアカンやん?
おまえ、重いしなァ、おぶって帰るにはしんどいわ」
「そー言うと思ったわ」

呆れたような視線を、平次に投げかける。
平次が何か言おうと口を開きかけたとき
「アレ、和葉、もうええの?」と和葉を見つけた友達が声をかけてきた。

「ん、もう平気」

友達の所へ行こうとする和葉の腕を、平次は反射的に掴んでいた。

「平次?」
「ん?」
「何?」
「何がや?」
「何がって、手・・・」
「へっ・・・ああ、スマン」

慌ててその手を離し、引っ込める。

「和葉、ほんま、無理すんなや?」

するりと優しく零れ落ちた言葉に、一瞬彼女は振り返った。
何も言わずにニッコリ微笑むと、くるり、友達へと向き直った。


霧がかったような頭のもやもやが、スーッと晴れていった。
ピントが合ったみたいに、視界もハッキリとして来る。
幸せで不思議な痛みがまた訪れる。


和葉の不在――。
それがこんなに自分に影響をしていたなんて・・・自分の鈍感さに、つい笑みが零れてきた。





「あ、服部。読みたがってた雑誌、机ん中に入れといたで」

放課後、帰り際にすれ違った友達が声をかけていく。

「おう、そらおーきに」
「あれやなぁ、もうすっかり体調ええみたいやな。
まあおかしかった原因が教室で待っとるみたいやし、早よ行ったれや」

意味ありげな笑みを浮べながら、友達は去って行った。
背中を向けたまま掌をひらひらとさせながら――。


教室に入ると、和葉は友達と楽しそうに話していた。
女がかたまって盛り上がっている所に、わざわざ割って入る気はない。
自分の机から雑誌を取り出して待つことにした。



「平次」
「あん?」

いつの間にか教室は、和葉と二人だけになっていた。
窓の外では雨も上がっていた。

「帰ろか?」
「・・・そやなァ・・・」
「何や、まだ帰らんの?」

雑誌に向けていた視線を、声のする方にゆっくりと移す。
和葉の存在を確認する。

「・・・和葉」
「ん?」
「和葉ァ」
「なーに?」
「あんなァ・・・」
「?」
「おまえ、オレの名前、呼んでみィ」
「はァ?」
「せやから名前呼んでみィ」
「・・・? なんやの、平次?」
「もーいっぺん言うてみや」
「平次」
「もーいっぺん」
「平次」

胸に少し、甘酸っぱい痛みを覚える。

「もっぺん言うてや」
「もう、平次、平次、平次! これでええ?」

繰り返し呼ばれる自分の名前に満足そうな笑顔を浮かべると
ガタンという音と共に立ち上がった。

「よし、ほな帰ろか」
「へっ?」
「帰るんやろ? ほら、行くで」
「何やの? 今日の平次、おかしいで?」

わけわからんわ、と小首をかしげる和葉をよそに、平次はさくさく歩き出す。

「ほら、早よせんと行ってまうど」
「あ、ちょー、待ってや!」

慌てて後を追ってくる和葉を背中に感じながら、歩調を少し緩めて歩く。
彼女が隣に並べるように。
自分の左側に来るように。





コイツは気づいてへん。
オレがどう想っとるかなんて、これっぽっちも気づいてへん。


でも、まだそれでええんとちゃうやろか。
無理に急ぐ必要なんてないんやし。


この幸せで不思議な痛みと一緒に、もう少しだけこのままでいてみよか。



この不思議で幸せな痛み。
こっそり、名前を付けてみた。
コイツと同じ名前。
和葉、という名前。



左側に温もりを感じながら、ゆっくりと歩き出した。









これは「発達心理学特論」という講義を受けているときに
チンパンジーの言語学習というものが出てきて、その中に出てきた
「○ name of △」というものをヒントに思いついたものです。
(文章化していく行程で、「Kazuha is name of love」というのが頭に浮かんだのです)
で、お話を書いている最中に、「そーいえばマッキーの歌に同じ名前のがあったな」
ということを思い出し、急遽テーマソングにしました(笑)
そんでもって、そこから少し世界を拾いました。

なんか海月が書く平次と和葉ちゃんのお話は
どーも和葉ちゃんが悲しくなったりセンチメンタルになったりするので
たまには平次にもちょっぴり何かを感じてもらわなくっちゃ、と思いました。
でも、なんか全然ダメダメでした。












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