Lovin' you
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「平次のキス・・・」 「あん?」 「最近、いっつもタバコの味」 彼女はそう言って自分の唇に、そのか細い人差指を軽く当てている。 大きな瞳は怒るでもなく笑うでもなく、ただオレを真っ直ぐに見つめている。 「そんなに臭うか?」 彼女の言葉に、オレは思わず自分のシャツのにおいをかいだ。 クンクンと、まるで犬みたいなオレの仕草に、彼女はクスッと笑い出した。 そんなやり取りをしたのは、一時間程前。 彼女は今、オレの隣でせっせと課題のレポートを仕上げている。 とっくに終わってしまったオレは、特にすることもなくボーっとしていた。 たまに彼女の横顔を見ると、レポートをやっているだけのはずなのに なぜかくるくると表情が変わるので、端で見てるととてもかわいかった。 そんな彼女の、時折髪を耳に掛ける仕草が、オレにはとても新鮮だった。 オレの単なる幼なじみは、いつも髪の毛を上げていた。 いわゆるポニーテールというヤツだ。 楽しそうなときは髪が弾むし、悲しそうなときは髪もおとなしい。 だからポニーテールは、幼なじみのバロメーターにもなっていた。 でも今オレの目の前にいる彼女は、艶やかな髪を惜しむことなく披露している。 背中の中ほどにまで届いている髪が、彼女のうなじを隠している。 たわいもないことなのだが、見慣れない髪型に、改めて彼女がオンナであることを意識した。 「でーきた。平次は?」 突然、彼女が振り向いた。 オレはその横顔に見とれていたことを悟られないように、精一杯クールに答えた。 「待ちくたびれたわ」 「アタシ、待っててなんて、頼んでへんもん」 ムーッと閉じた唇に、少しオトナっぽさが表われていた。 もしかしたら、それは唇についている色のせいかもしれない。 それとは逆に、むくれた顔はまだ幼さを残していた。 こういうのが、オトナになる前のいいオンナってヤツなんかな・・・? せやったら、オレってめっちゃ凄い幸せ、手にしたんやなァ・・・ むくれた彼女を前に、そんな風にぼんやりと考えていたら、ふといたずら心に火がついた。 「なあなあ」 「うん?」 彼女はまだ少しむくれたまま、仕上がったレポートをクリアファイルに入れている。 オレはそんなことに構わず、思いついたいたずらを口にした。 「なァ、お詫びにチューしてや」 「は?」 机の上を片付け出した彼女の手が止まる。 大きな瞳を一層見開いて、オレの顔をまじまじと見る。 「お詫びって、アタシが平次に何を詫びるん?」 「やって、お前のこと待っとったから、なーんもでけへんかったんやで?」 「そんなんアタシ、悪ないもん! 平次が勝手に待ってただけやん」 そう言って、ぷーっと膨らます顔は、餅みたいで面白かった。 キスしたい気持ちはもちろんあるから、お詫びというのは口実に過ぎない。 それを真に取る彼女が、コドモみたいでとてもおかしい。 思わず吹き出したオレに、彼女は余計に膨れ出した。 「あー、もう、からかっとるんやろ? いっつもそうやん! もう、その手には乗らへんもん!」 「そしたらどんな手には乗るん?」 からかい甲斐のある彼女を頬杖つきながら見ていたら ふと何かを思いついたように、彼女は微笑んだ。 「そんな意地悪言う人となんか、もうキスしません」 「はぁ?」 「アタシのこと好きやからキスしたい、って言わん限り、もうキスせえへんもん」 「ちょっ、こら、待て・・・」 彼女はベーッとコドモみたいな仕草をすると、オレを無視して机の上を片していった。 いつものからかいのつもりが、待っていたのは彼女の逆襲。 オレがよう言わんことを、彼女は突きつけてきた。 「どう? 言ってくれたらしてもええけど?」 今度は彼女が微笑む番。 オレがいっちゃん弱い、彼女の笑顔だ。 ・・・・・・。 「あー、わかった。もう、オレの負け」 「ほんならちゃんと言うてや?」 いつになく、ちょっとマジメな顔をして、彼女は言った。 そんな彼女に、オレも少しマジメになる。 「か、和葉・・・」 「うん?」 「お、お前のこと・・・す」 好きや・・・と続けるはずが、言葉が喉から出てこない。 言い馴れないせいか、一瞬にして体に緊張が走ってしまった。 何とか続けようと口を開いたが、からからに乾いたオレの口は、何も音を発してくれない。 アカン、このままでは続かへん・・・と、オレは視線を一回外した。 そんなオレにつられてか、和葉はうん? と小首をかしげる。 「・・・・・・」 えーい、服部平次、男やろ! 男やったら、一発かましたれ! 自分自身に気合を入れ、オレはもう一回和葉を見た。 だが、それが却ってヤバかった。 上目遣いで軽く頬を染めている和葉に、オレはもう目眩を覚えた。 もう、止められなかった。 好きやと伝える前に、和葉と唇を重ねていた。 「・・・もう、ズルイんやから・・・」 フーッっと熱い吐息を洩らした後、和葉はメッと子どもに怒るようにオレを睨んだ。 「スマン・・・堪えきれへんくて・・・」 「それで、この体勢?」 オレの腕の下で、和葉は困った顔をしている。 激しく和葉を求め過ぎて、二人とも姿勢を崩してしまったのだ。 そのせいで和葉の髪が、畳の上に広がっている。 でもこの角度なら、見たことがある。 髪を下ろしている和葉でも、最近たまに見られる顔だ。 オレはそれになぜかホッとして、もう一度和葉に近づいた。 「ん・・・」 和葉が洩らす熱い息が、オレの本能をくすぐり起こす。 和葉が欲しい、和葉が欲しい、和葉が欲しい。 そう思いながらキスを重ね、オレが唇を下に移動し出すと、和葉がそれを制してしまった。 「今は、アカン」 「なんで?」 「やって・・・」 答える代わりにチラッと和葉は視線を流す。 それを追うように、オレも廊下の方を向いた。 少し黙ったままでいると、パタパタパタとスリッパの音が近づいてくる。 オレは慌てて体勢を起こし、オレの下になっていた和葉のことも引っ張り上げた。 二人の体制が元に戻ると同時に、廊下からオカンの声が響いてきた。 「和葉ちゃーん、来てるん? スイカ買うて来たから、一緒に食べ・・・あら、ここにおったん?」 「うん。お邪魔してます」 「あら、今日は髪、上げてへんのね」 オカンはオレには目もくれず、和葉にニッコリと笑いかけた。 両手には重そうなスーパーの袋を携えていたので そのまま台所にでも行くんやろと思っていたら オカンのやつ、わざわざスリッパを脱いで、オレらのいる茶の間に入って来た。 和葉が来てるときは、大抵オカンは部屋を覗いて行く程度。 お茶菓子はオレに取りに来させるし、飯のときはオレらを呼ぶ。 何や? と思っていたら、オカンは手にしていた荷物を横に置き、和葉の頭に手を掛けた。 「やっぱりキレイな髪やねぇ・・・上げとるのもかわいいけど、こっちもええわ」 そう言いながら、オカンは目を細めて和葉の髪をゆっくり撫でる。 撫でられている和葉は、くすぐったそうにしている。 そんな光景をオレは黙って眺めていたら、撫でられている方と目が合った。 目が合うなり、和葉はおかしそうに笑い出す。 でも、声を上げて笑うのを、必死になって堪えている。 和葉が笑いたい理由はただ1つ。 1時間前、オレが同じことを言いながら、同じ事をしたからだ。 「ほなスイカ、切ってこよか。平次、あとで取りに来てや」 和葉の髪を触って満足したのか、オカンは漸くオレにも声を掛けた。 「ええけど、そのスイカ、冷えとんのか? 買うて来たばかりなんやろ?」 「あっ、そやねぇ・・・ほんなら、3時のおやつやな。またあとで、アンタのこと呼ぶわ。 和葉ちゃん、ゆっくりしてってや」 「うん。おおきに」 ニコニコ微笑んでいる女連中を余所に、オレはオカンの買って来た荷物に手を掛けた。 台所まですぐそこだが、持って行ってやろう。 オカンの場合、「〜してやろう」とは偉そうに、と怒るかもしれないが。 オレなりの気遣い。 和葉がいるだけでオカンは機嫌が良くなるのだから、少しくらい2人にしてやろうという息子心。 って、今はちょっと、和葉の顔を見るのが照れくさいから逃げてきた、というのもあるのだが。 それでもオレって優しいやないか・・・なんて思ってたら パタパタパタとオカンが後からやって来た。 「和葉ちゃん、ホンマええ子やなァ」 「あん? 今更何言うてんねや?」 「アンタなァ・・・」 オレの答が不満なのか、オカンはチラッとこっちを見ると、軽く溜め息をついた。 「アンタにはもったいない」 「ああ?」 「他の男に取られたら、どないしようなァ・・・お母ちゃん、そんなことになったら悲しいわ」 あからさまに肩を下ろして、深々と溜め息をつくオカン。 ・・・前言撤回。 もう絶対、気ィ遣ってなんかやらへんからな。 和葉と2人っきりやなんて、させへんからな。 「親子やねェ」 茶の間に戻ったオレに、開口一番和葉が言った言葉。 たぶん、さっきのオカンの行動のことだろう。 「さっきの?」 「うん。平次と一緒なんやもん」 今日、和葉を見てオレが最初にした行動は、オカンと同じこと。 髪を下ろしてきた和葉に吸い寄せられるように、オレは髪を撫で出した。 首を動かすたびにさらさらと流れる、やわらかな長い髪。 その髪を、和葉は今、人差指でくるくると弄んでいる。 和葉のやわらかい髪は、オレだけが撫でられると思っていた。 そう思っていたのに、思い掛けない落とし穴。 オカンのヤツ・・・。 「どないしたん? 顔が怖い」 「ああ?」 少し不機嫌になっていたオレは、和葉の声にも不機嫌そうに返す。 でもそんなことには慣れっこなのか、和葉は笑顔のまま話を続けた。 「あ、もしかして、ヤキモチ妬いとんの?」 「だっ、誰が! 誰が、誰にヤキモチなんか妬くねん!」 不機嫌になっていた理由を見透かされて、オレは慌てて否定する。 この否定の仕方が、さも肯定だと言わんばかりだというのに・・・。 でもいつもの和葉だったら、オレの気持ちには気づかずに 「そんなに否定せんでもええやろ!」と話をずらしてくれるはず。 そう、いつもだったらそのはずなのに、今日の和葉は何だか違う。 ちょっと淋しそうにしながらも、口元は笑ってる。 全然怒っていない。 ・・・あれ? いつもと少し違う様子に、オレはパチパチと二回瞬きをした。 和葉はそんなオレをおかしそうに笑うと、思いもしないことを口にした。 「なーんや、残念。ヤキモチ妬いてくれたんなら、もっぺんしたいなぁ・・・って思たんやけど」 自分の髪で遊んでいた人差指を、今度は唇の所に運んでいる。 いたずらっ子のような瞳をこっちに向けて、トントンと人差指を唇に当てている。 あ、そうだ。 それはオカンとは違う。 オレは髪を撫でた後に、和葉に深くキスをした。 おかげでその後、「タバコの味がする」と言われてしまったが。 ・・・・・・。 「なァ、和葉」 「ん?」 「今日のお前、何かちゃう」 オトナっぽい、とは恥ずかしくて死んでも言えない。 だから違う角度から攻めてみた。 「なァ、何で髪、結わえてへんのや?」 「あ、これ?」 そう返事をしながら、和葉は自分の髪を軽く触った。 触りながら、ふと恥ずかしそうに顔をそむけた。 「やって、平次・・・同じ髪型ばっかりしとると、そのうちハゲるって言うたやん・・・?」 「・・・は? オレ、そんなん言うた?」 「言うた」 「せやったっけ・・・?」 「んもう、自分で言うたやないの・・・」 ぷっくりむくれ出した和葉を余所に、オレはめっちゃ嬉しくなった。 何気に言ったオレの言葉を、和葉がちゃんと聞いてたなんて・・・。 オレって、めちゃくちゃ幸せやないかと、今日一日で何度思ったことだろう。 嬉しさのあまりこみ上げてくる笑いを堪えながら、オレはもう一度和葉にキスしようと思った。 「和葉」 「うん?」 「こっち来いや」 「・・・また何か、企んどるのとちゃう?」 訝しげにオレを見ながら、立ち膝のままそろそろと近づいてきた。 コツンと二人の膝が当たると、和葉はそのままパタンと腰を下ろした。 「で、なに?」 「オレの言うこと、ちゃんと聞いたご褒美」 そう言ってキスしようと顔を近づけたら、和葉の手がオレの顔をすっぽりと覆った。 「ダーメ」 「なんで?」 「やって、まだ聞いてへんもん」 「あん?」 せっかくのキスを寸前のところで止められて、オレは途端に不満一色。 でも一味違った今日の和葉は、オレがやられてしまう満面の笑顔で、ニッコリと反撃してきた。 「ちゃんと言うたら、してもええよ」 「・・・あっ、それって、もしかして・・・?」 「そう、もしかして」 「・・・・・・」 今日はホンマに、完敗だった。 |
髪の毛ネタ、何度やってるんでしょうねぇ・・・(笑)
今回は、ちょっと溶けてる平次サンが書きたくて、いつもと違う語り口調にしてみました。 なので何となく違和感があるのですが、たまにはトロトロの平次サンも良いかなということで。 |