いつものこと
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「お疲れ様でした」 「お疲れ様でしたァー!」 主将の挨拶に返答しながら、部員一同が頭を下げた。 いつも通りの部活。 いつも通りの練習メニュー。 そして締めの挨拶と、今日もいつもと同じ風景がそこにあった。 「服部先輩、ちょう教えて貰いたいんですけど」 「何や?」 「や、さっき先輩に指摘して貰たトコなんですけど・・・」 そう言って竹刀を構えた後輩と、平次は向き合う形となった。 初めはは何となしに眺めていたが、やがて自分も竹刀を取り出した。 そんな彼らを余所に、今日の当番が雑巾掛けを始めている。 「腹減ったァ・・・」 「何か食うて帰るか?」 「ええなぁ。ラーメンはどや?」 「今週、金ねぇ」 「やったら今日はコンビニやな」 健全な男子高校生。 動いた分だけ腹が減る。 防具を片付けながら、やっぱりいつも通りそんな会話を始めている。 「悪いけど俺は今日パス。予定あんねん」 「オンナ?」 「まあそんなトコや」 「そうか。ええなァ」 「服部ィ、お前はどうする?」 ちょうど後輩の相手を終えた平次に、声がかかる。 「何がや?」 「コンビニ寄ってくか?」 「コンビニ? せやなァ・・・」 首を少しかしげながら、チラリと道場の入り口に視線を投げた。 そこには部員と話をしているポニーテール姿の少女がひとり。 そんな平次の様子に気づいた仲間の1人が、したり顔を浮べている。 「服部も今日は別口やな」 「オレ、まだ何も言うてへんて」 「真っ暗ん中1人で帰らしたないんやろ?」 「何言うてんねや。アイツは腕立つし、心配はしてへんて」 「ほー? アイツって誰のことや? 俺は遠山やなんて言ってへんけど?」 「・・・・・・」 答える代わりにジロッという目をして寄越した。 竹刀を片手にしているだけに、いつもだったら余計迫力が増すのだが。 今の件に関しては説得力がない。 むしろ「俺の勝ちやな」と相手は笑う。 「ま、俺も彼女待たせてるし、お互い様や。悪いけど、俺先に着替えて帰るわ」 前半は平次に囁き気味に、後半は昨日のドラマの話をしている仲間に投げた。 平次が反論するより一瞬早く、自分を呼ぶ声が入り口から届いた。 「服部先輩!」 「ん?」 「先生が呼んではります」 「あいよ。今行く言うといてや」 後輩と話している隙に、自分をからかった相手は姿を消していた。 クソッ、と軽く舌打ちをすると、自分も出入り口へと向かい出す。 道場を出て内履きを履こうとしたとき、ふと右手に持つ竹刀に気が付いた。 「和葉ァ」 先程から入り口で話している彼女が、口を止めて小首を傾げた。 「なに?」 「オレ先生のトコ行くから、ちょーこれ持っててや」 そう言って差し出したのは、右手に持っていた一本の竹刀。 割と粗雑な所のある平次が、大事に使用している竹刀。 平次の物を預かることなどよくあることだが、この竹刀は和葉も少し緊張してしまう。 「ええか、和葉ちゃん。これは大事な竹刀やからしっかり持ってるんやで。放ったらアカン。 落としてもアカン。いくら和葉や言うても粗雑に扱ったらタダじゃ済まさへんからな。 せやからちゃーんと持ってるんやで。ええな?」 「・・・何やアタシ、コドモのお使いと同じ扱い?」 「まあまあ。ほんなら頼んだで」 ポンポンと和葉の頭を軽く叩くと、先生の方へと向かい出した。 「もう、人をコドモみたいに言うて」 ちょっと不満そうな表情を浮べながらも、しっかりと両手で竹刀を持つ和葉を見て 話をしていた後輩はふっと軽い微笑を浮べた。 そんな後輩の様子に、和葉はますます機嫌が悪くなる。 「ちょー、そんな笑わんといてよ」 「すんません。笑ったつもりやないんですけど」 「顔と目が笑とる」 「笑う言うより、先輩が先輩らし過ぎて・・・」 「アタシが?」 「それと服部先輩も」 そう言うと、今度は思い出し笑いをするように笑い出した。 わけがわからず笑われてる和葉は、居心地が悪そうな顔をしている。 「ひとりで笑てたら?」 「あ、ホンマすんません」 「・・・で、平次とアタシがどないしたって?」 「いやァ服部先輩の竹刀のことなんですけどね。 服部先輩、自分のものを誰かに持ってて貰う時は、大概が先輩に頼みはるな、って。 そこら辺におる1年にでも預けはったらええのに、さっきもわざわざ先輩に声かけはって」 「んー、それは気ィ使ったんのとちゃう?」 「ちゃいますよ。それやったら人に預けたりせんと、道場に置いてけばええことやないですか」 「そうやろか?」 「そうですよ。服部先輩、先輩がおるときは必ず先輩にモノ渡すやないですか。 そんで先輩は二つ返事で受け取りはるんですよね。 せやからさっきの様子も、改めてそやなって」 「そうなん? なーんかホイホイ受け取るのはアホやて言われてる気分なんやけど」 目の前で語る後輩の言葉を、訝しげに和葉は聞いていた。 平次が自分にものを預けるのはいつものことで、特別意味があるなどさして思ったりしなかった。 ただ、誰か他の人に頼むよりは自分に渡してくれた方がいいと思ったことは何度もあるから 差し出されたら必ず受け取っているのは確かだが。 でも今の話を聞く限りでは、そんな自分の姿が笑われているような気がしてならなかった。 「ちゃいますって! アホやなんて思てませんて! それよりも服部先輩にあんなん言われても 先輩はちゃーんと大事に持ってはって偉いなァとは思いますよ?」 「それは・・・平次が大事にしてるものやから、粗末になんて扱われへんもん」 「せやから、服部先輩も遠山先輩に預けたんやと思いますよ?」 「えっ?」 「遠山先輩やったら大事に持っててくれはることわかってたから、頼んだんですよ、きっと」 「うーん・・・そうなんかなぁ?」 「そうですて」 「平次がねぇ・・・」 まだ疑い深そうにしている和葉は、その手にある竹刀をじっと見つめた。 今の話を聞いてから、先程よりなんとなく重さを感じるその竹刀。 平次に持っててや、と頼まれた大事なもの。 それを平次が意識的に自分に預けようと思ったのかは当人ではないからわからない。 でも、もしかしたら・・・という気持ちが働いてきてしまう。 大事なもの、なんよね・・・・・・。 平次、それをアタシに・・・・・・。 「ほな、お先失礼します」 ひとり考え込みだした和葉に、後輩が声をかけた。 「・・・あ、うん。お疲れ様」 「お疲れ様です。先輩、今自分が言うたこと、服部先輩には内緒にしててくださいね」 彼はニッコリと微笑んで頭を下げると、部室の方へと踵を返した。 そんな後輩を尻目にぼうっと考えていた和葉だが、はたと思考が違うことに働いた。 何でこの後輩はそんな風に思ったんだろうか。 何で自分の考えをああも力説していたのだろうか。 「なァ、ちょう待って!」 「はい?」 「何で・・・何でそう思ったん?」 「何がです?」 「今の話。平次がアタシやから頼むんやってヤツ」 「ああ、そんなん見てればすぐにわかりますって」 「そうなん?」 「そうですよ。それと先輩、何で自分があんな話したか、わかってはります?」 「ううん、わからへん」 「自分としては、さっさとくっついて欲しいからさっきの話、したんです」 「何が?」 「先輩と服部先輩が」 「は?」 「ほな、失礼します」 後には真っ赤になった和葉が取り残された。 道場で話をしていたり掃除をしていた他の部員たちも、和葉に軽く頭を下げたり 平次への伝言を頼んだりしながら、それぞれ道場から出て行った。 静まり返った道場で、和葉はひとり平次の帰りを待っていた。 冷たい床に腰を下ろしながらも、竹刀は太腿の上でちゃんと持っていた。 「おー、感心やな。ちゃーんと持っててくれたんやな」 「あ、平次。はい」 両手で竹刀を渡す和葉に、平次は優しい笑顔で受け取った。 「おおきに」 「ううん」 「和葉、片付けするからもうちょい待っててや」 「うん」 「最近、寒なったな」 「そやね。昨日の夜なんて、息、白なってたし」 「何や、夜に外出てたやなんて、焼き芋でも買いに行ってたんか?」 「そんなんやないもん。アホなこと言うてんと、さっさと手ェ動かしや」 「へいへい」 和葉の言葉に促されながらも、平次は丁寧に防具を磨いてから自分の置き場へと収めていた。 次は竹刀やな、と、防具を磨いていた手ぬぐいを折り返した。 「平次、大事に使てるんやね」 「そらそや。基本やからな」 「そやね」 「ああ」 黙々と作業に取り掛かっている平次の姿を、横から眺めるのは何だか新鮮だった。 推理に夢中になっているときとはちょっと違う平次の顔つき。 大事な何かに取り組んでいるときの顔には変わらないけど、ほんの少し違って見える。 平次にそんな顔をさせているのは、彼の手にある竹刀のせい。 「なぁ平次。その竹刀、もう結構長いこと使ってるんとちゃう?」 「そやで」 「竹刀って消耗品とちゃうの? 新しいのには変えへんの?」 「・・・・・・」 「・・・平次?」 和葉の質問に答えようとせず、平次は作業を続けている。 そんな姿に、和葉はこれ以上聞いてはいけないのかな、と口をつぐんだ。 暫くの間動きつづけた平次の手が止まると、静かに一言呟いた。 「・・・この竹刀な、じっちゃんが使うてたヤツなんや」 「よし、帰ろか」 「あ、うん」 「和葉、この竹刀がじっちゃんのやってこと、内緒やで?」 「えっ・・・?」 「これがじっちゃんのやって、オヤジも知らんはずや・・・お前だけやからな、こんな話すんの」 「平次・・・」 「ほなすぐ着替えるから、そこで待っとれ」 言うが早いか、平次はさっと立ち上がってスタスタと道場から出て行った。 そんな後姿を見送りながら、和葉は平次のきちんと収められた竹刀や防具を改めて眺めてみた。 そしてふと気が付いた。 平次の顔が少し違って見えたのは、そこに愛情があるからかもしれないと。 「腹減ったなァ」 「何か食べて帰る?」 「和葉のゴチ?」 「何言うてるん。だいたい女の子にたかるー?」 「女の子って誰がや」 「ア・タ・シ」 「はぁ・・・オレ、最近耳悪なったかもしれん」 「もう! 平次なんて知らんわ」 「ウソやて。そこのコンビニ寄ってこや」 「平次のゴチ?」 「どないしようかなァ」 空には満ち出した月が、軟らかな光りを放っていた。 |
これは7777hitを踏んでくださった、佐土松 飛さまからの “平次君が、和葉に自分の竹刀を預ける所。それを和葉ちゃんから返してもらう所” というリクエストのもとに書かせていただいたものです。 佐土松さま、大変お待たせして誠に申し訳ありませんでした! 大変お待たせしたうえにご期待に沿えるようなものでなかったら本当にごめんなさい。 今の海月の力ではこれがいっぱいいっぱいです。 それでも佐土松さまのためにできる限り頑張って書きました。 佐土松さまに心より捧げます。 |