Ice |
いつからやったかな? あの子の前を上手に通れるようになったのは。 彼女の姿を見かけるのはちょっと辛くて、でも彼女の傍にはいつも彼の姿があって。 2人はつかず離れずな距離でいて、お互いが目の届く範囲にいる。 だから何気なく彼女の前を通ってみせた。 私の存在、アナタに少しでも知ってもらいたくて・・・ 「あっ・・・!」 「ふぇっ?」 私は溶け出しているアイスを口一杯に頬張っていたので、変な返事が出てしまった。 どうにか溶け出した部分を舐めきって彼女の視線を追うと、そこに居たのは彼だった。 「へーじー、何やってんのー?」 和葉の響く声に気づいた彼は、おー、と軽く返事をしながらこちらを見上げた。 「バスケやバスケー」 「この暑いのに外でやんのー?」 「暑いからアイス賭けてやんねんー」 「アイスー? アタシも食べたーい!」 「そしたら和葉もやるかー?」 「アタシ制服やでー? スカートでできるわけないやん!」 「おまえやったら平気やろー?」 「ちょーそれどういう意味で言うてんのー?!」 窓に身を乗り出しながら彼と話す彼女。 会話だけを聞いていると、すぐにケンカしたりしてるのに。 見えない糸で繋がれてるふたり。 ちょっとだけ嫉妬心。 チクン、と胸が痛んだ。 視線を窓の下に戻すと、他の男の子たちが服部君に話し掛けている。 ここからじゃ何を話しているのか聞こえない。 ニヤニヤ笑いながら話している彼らとは逆に、服部君は慌て出した。 「そらアカン!」と言う大きな声をだしながら、首を横に振っている。 すると突然こちらを見上げた。 「和葉ァ、やっぱそこで見とけやー。アイスはこいつらから貰ったるからー」 「おいコラ服部、まだ勝負はついてへんて!」 「せやったけ?」 「おー、まだやで! まだ決まってへん!」 「ほなやろか」 校庭の片隅で3on3が始まった。 3階の窓から見下ろす服部君は、手でつかめそうなくらい小さい。 でも、届かない。 私の気持ちみたい。 「あっ、アイス溶けてんで? 大丈夫、スカート汚れてへん?」 「えっ・・・?」 和葉の声で我に返った。 溶け出したアイスが、床にポタリポタリと垂れていく。 よくよく気づくと、スカートだけじゃなく自分の指にも垂れていた。 「床はアタシが拭いとくから、手ェとスカート洗いに行っといでや」 「でも・・・」 「ええて。アタシ直しとくから早よ行きや」 「ゴメンな。ちょー行ってくる」 服部君の姿に後ろ髪を引かれつつ、でも和葉の優しさが苦しくて 私はなんだか逃げるような形で駆け出した。 トイレでスカートに付いたアイスを落としていると 開け放たれていた窓から、服部君たちの声が聞こえてきた。 教室よりもこっちの方がよく響く。 蛇口を少し捻って、水の流れをおさえた。 「服部、入れろ!」 その声が耳に届いたあと、一瞬静寂が訪れた。 「ナイッシュー!!」 「っしゃー! 服部、よう決めた!」 「当たり前や! これでオレらの勝ちやな?」 喜んでいる声と悔しんでる声が入り乱れてる。 でも服部君の声だけはハッキリとわかる。 彼の一言一言に、耳が集中している。 彼の言葉が聞こえるたびに、それだけで嬉しくなる。 「しゃーない、負けは負けや。アイス、何がええんや?」 「ガリガリ君ソーダ味」 「オレはSAYAKAがCMしてたやつ」 「服部は?」 思わず耳がダンボになってしまった。 服部君のことだからコーヒー系のものだろうか。 それともスッキリとしたアイスボックス系のものだろうか。 なんだろうと思っていたら、全く違う言葉だった。 「・・・せやなー、和葉の分もあるからなー・・・」 思わず蛇口を開放した。 教室に戻るのが少し辛くて、なんとなく渡り廊下でボーっとしてしまった。 でもあまり遅くなるのは不自然すぎるので、少し重い気持ちを引きずりながら歩き出した。 夏休みの昼下がり、教室はガランとしている。 静まり返った廊下には風一つ吹いてこない。 そんな中、さっきまでいた教室の中から聞こえてくる声がある。 楽しそうに笑う声。 彼女と重なった彼の声・・・・・・ イタイ・・・ チクン、チクンって胸を刺す痛み。 逃げたくなる辛さと、教室にいるその姿が見たい気持ちが同居してた。 会いたいけど、会いたいけど、そこに居るのは彼女と笑いあう彼の姿。 届かない気持ち。 泣きたくなった。 「あ、戻ってきた」 「おー、そしたらオレ行くわ」 「うん。コレ、アリガトって言うといて」 「ああ」 服部君はそう言って、腰掛けていた机から体を離して歩き出した。 トクン・・・トクン・・・ 一歩一歩、私のほうに向かってくる。 うちわでだるそうに扇ぎながらやってくる。 ドクドクドクって心臓だけが早打ちしてる。 でも 肩が触れることもなくて 声をかけてもらうこともなくて 教室の扉と私の間にある隙間を、スルリと通り抜けて行った。 「なぁ、そんなトコで突っ立ってへんで、こっちおいでや。平次にええモン貰たんよ」 ぶらん、と和葉が揺らしたものは、ひと袋に2本アイスが入っているものだった。 繋がっている2本を切り離して食べるアイス。 「それ・・・」 「さっきの勝利品。2人で食べや、って持って来てくれてんよ」 「でもそれ、服部君が和葉と2人で食べよ思て買うて来たもんとちゃうの?」 「うん? ちゃうよ。さっき一緒に覗いてたやろ? それで2人分やって渡してくれてん」 「貰ってええの?」 「ええねん。やるって言うもの返される方が平次もアタシもイヤやしな」 ニッコリ微笑みながら、アイスの片方を渡してくれる和葉。 白くて細い手が、オレンジ色したアイスに映える。 「さっき食べてたの、棒アイスやったやろ? せやから垂れてもうたけど、コレやったら平気やね」 渡されたアイスはプラスティックの入れ物に入っていて、ちゅーって吸いながら食べるヤツだった。 すでに少し溶けかけているオレンジアイス。 和葉はそれを美味しそうに食べている。 私の掌の中に収まっている方は、体温でさらに溶け出している。 私もゆっくりと食べ出した。 すっきり甘いオレンジ味。 たるいほど甘いヴァニラでもなく、ほろ苦いコーヒー味でもない。 丁度いい甘さのオレンジアイス。 服部君は和葉の好みに合わせたのだろう。 きっと、そうなんだろう。 甘いはずのアイスが、私にはすっぱかった。 和葉は優しい。 女の子から見てもとってもかわいい。 容姿とかだけじゃなくて、性格も本当にかわいい。 和葉が、イヤなヤツだったらよかったのに。 そしたらとってもラクだったのに・・・ そんなことを思う自分がイヤだった。 でも、やっぱりちょっと切なかった。 「けどなァ、アイツのことジロジロ見とるオトコが多くて、なんやムカッ腹立ってくるねん」 和葉に別れを告げて昇降口へ向かうと、どこからか服部君の声が聞こえてきた。 ハッと視線を上げると、少し先のほうに何人かの袴姿の男の子が歩いていた。 「そら服部、嫉妬深いんとちゃうかー? 自分かて他の水着姿のオンナに目ェ行くやろ?」 「ほー。せやったらおまえら、自分のオンナが他のオトコのさらしモンになってて嬉しいか?」 「アカンわ! そんなん後ろからどついたる!」 「自分かて人のこと言われへんやんけ」 「やけど服部の場合はアレやん、他のオトコなんかに渡さへんてオーラ、出まくっとるやん」 「せやせや。自分かて他の女にも目ェやるんやから、ちょっとくらい許したれや」 「じゃあかしいわ。それとこれとはベツや」 「同じやん。まぁ気持ちはわかるけどな、ええ女連れてたら心配にもなるわなァ」 「けどどうせ遠山はお前のモンなんやから、水着姿くらいサービスしてくれてもええやんけ」 「せや。それくらい許したれや」 「・・・おまえらええかげんに黙らんと、その口二度ときかれへんようにしたるで?」 「アカン。服部、マジ切れかけとる・・・」 服部君にツッコミを入れてた友達たちが、思いっきりメンチ切られてる。 本気で怒ってるのが、彼女のことを好きだって言ってる。 大事なんだって言ってる。 服部君は、本当に和葉のことが好きなんだ・・・・・・ 服部君が和葉を見つめる瞳は、いつだって優しさが隠れている。 その視線を追うたびに私は切なくなって、彼の想いに気づかされる。 叶わないこの気持ち。 彼に届くことは決してない。 帰り道、思いっきり泣いた。 途中寄った公園で、子ども達がしゃぼん玉を吹いていた。 どんなに作っても次々と消えていく。 ふわふわぷっかり浮かんでいるのに、前触れもなく突然割れる。 私の気持ちになんか似てる。 ・・・・・・そうだ。 この想い、しゃぼん玉と一緒に飛ばそう。 全部全部飛ばしちゃおう。 思いっきり吹いて、風に飛ばされて、割れたらおしまい。 公園の近くにあるコンビニで、しゃぼん玉セットを手に取った。 ふーっふーって息を送り込むたびに、自分の気持ちを思いっきり込めた。 気持ちの詰まったしゃぼん玉。 キレイに光ってパチンと割れた。 跡形もなく、消えてった。 |
これはupしようかどうしようか散々悩んで、upしないでいたものです。 で、その後日頃大変お世話になっている方へのお礼用に(や、礼になってないけど) させて頂いたものでございます。 平次クンは人気があるようなので(31巻より)、学校内でももしかしたら彼のことを 和葉ちゃん以外にも好きなコがいるかもしれないなー・・・って思ってみました。 今回はアイコの歌がヒントをくれたので、もうパパパパパっってシーンが浮かび上がって あれよあれよとできてしまいました。 いつもこれくらいサササササーって書けたらいいのですが・・・(遠い目) あの、今回和葉ちゃんをツライ立場には立たせたくなかったんです。 だからこの女の子は平次くんに告ることはなくて。 ちょっと悲しいけど、そーいう恋があってもいいかな、って。 いつもの海月だったらぶーぶー言いそうだけど、書きたいから書いちゃった。 |