8月31日
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電話が鳴ったのは、シャワーを浴びてリビングに戻ったときだった。 「あ、和葉? 今、エエ?」 「エエよ。どないしたん?」 携帯にじゃなく、家に電話をしてきた友達は、中学から一緒の友達だった。 「和葉、夏休みの宿題、もう終わった?」 「うん。終わってんで」 「せやろうと思った。なァ、数学、教えてくれへん?」 8月31日。 夏休み最後の日。 毎日頑張ったご褒美なのか、宿題が終わってない人のためなのか、今日の部活は臨時休日。 おかげでアタシは急に暇人。 誰かと遊ぼうにも、友達は先約があるか宿題をしているかで空いていない。 一番会いたい人は、一昨日、事件事件と目を輝かせて出かけていった。 おかげで昨日も今日も、平次の顔を見ていない。 今日で夏休みも終わりなのに、家でぼんやりしているのも性にあわないと思ったアタシは まだ陽射しが強い中、梅田まで1人で出かけることにした。 もしかしたら、事件が解決した平次から連絡があるかなーと思って。 そしたら、それからでも遊べないかなーと思って。 そんな淡い期待を持ちながら、アタシは暑い中家を出た。 でも、淡い期待は儚く消えた。 平次からは事件解決の連絡どころか、メール一つ送られてこない。 事件だと言って家を後にしてから、一度も送られてこない。 こういうとき、「幼なじみ」の脆さを感じてしまう。 付き合っているんだったら、気を遣いながらも、どう? ってメール送ってもいいかなと思うけど 単なる幼なじみのアタシは、ウザイとか負担に思われたくない気持ちが先回りして 事件で出かけている平次には、自分からメールや電話をすることができない。 だから、平次からの連絡を待つしかない。 それが凄くはがゆい。 そんな状態のまま出かけたアタシは、携帯が気になって気になって仕方なかった。 平次から、メールか電話がくるかもしれないなーと思うと 映画を観ることもじっくり買い物をすることもできず、そわそわするばかりで。 結局、何をしに行ったのかわからないまま、アタシは家に引き返した。 せっかくの休日なのに、気持ちはもやもやするし、体は汗でびしょびしょだし。 とりあえず、シャワーでも浴びようと思ったのが、この電話がくる30分前だった。 「せやけど、今年もあっちゅう間やったな。もう夏休み、終わってまう」 「そやねェ・・・」 アタシは友達の言葉に相槌を打ちながら、電話の子機を頬と左肩の間に挟んだ。 自由になった両手で、冷蔵庫からペットボトルと冷やしておいたグラスを取り出す。 冷蔵庫から出る冷気が、ほてった体に心地よい。 はー、気持ちエエ・・・と一息ついてるアタシの耳には、むくれた声が届いている。 「明日、金曜やんか? どうせやったら月曜からにしてくれたってええやんなァ」 「そやなァ・・・」 電話の向こうの友達は、まだ落胆したり怒ったりしている。 明日、半日だけ学校に行くのが気に入らないということらしい。 それならもう一日休みにしてよねと、彼女は随分機嫌が悪い。 そりゃまぁ普通はそうだろうなと思いながらも、アタシは明日が来るのが嬉しかった。 「なァ和葉、アンタは夏休みが終わんのイヤやないの? 明日から2学期、始まってまうねんで?」 どうやらアタシの気のない返事が不満らしい。 語尾が強く上がってる。 「ちゃうちゃう。アタシかて夏休みが終わってまうの、すっごくイヤやわ。 せやけど、ガッコに行くのはそうイヤでもないねん」 オレンジ色の液体の入ったグラスを片手に、アタシは階段を上っていた。 トントントンという足音が、吹き抜けの空間によく響く。 階段を上るにつれ、視界が段々眩しくなって、アタシは思わず目を細めた。 2階にある窓から、西日が深く差し込んでいる。 アタシは階段を上りきると、窓の前で足を止めた。 窓の外では、赤く燃えるように沈んで行く夕陽と、蛍光色のオレンジに縁取られた雲が ふわふわと浮かんでいるのがよく見えた。 「えー、なんでー? また勉強始まんねんで? 朝も早よ起きなならんし、面倒くさいやん」 電話の向こうからは、ぶーぶーぶーたれている声がまだ届く。 「アンタ、去年も同じこと言うてたなァ。まぁええやん、ガッコでは友達に会えるんやし」 「せやけどォ・・・」 「会いたい人にも会えるよ?」 「うーーーん、それはまぁそうなんやけどォ・・・」 「せやからアタシ、ガッコ行くのはええかなって思えるねん」 「ふーん? それはやっぱ服部くん?」 「さぁー、どやろねー?」 アタシ、ふふっと笑ってごまかした。 「あっ和葉、否定せぇへんな?」 「なんのこと?」 「はっ・と・り・くーん!」」 「まァ、ええやん。ほな、ガッコでな。バイバイ」 「えっ、和葉、ちょー待って!」 慌てて呼び止める友達の声を遮るように電話を切った。 子機を自分の部屋の充電器に戻すと、アタシは改めて窓の外を見た。 街並みに、真っ赤な夕陽が静かに落下していく。 道路には家々の濃い影が、ハッキリと映っている。 庭にある木々の葉が、ゆったりとそよいでいる。 アタシはエアコンの風が逃げないようにと締め切っていた窓を、カラカラと開けてみた。 昼間、ねっとりと暑く湿っていた空気が、少し軽くなっていた。 風がやわらかく吹いてきて、少し冷たく頬を掠る。 隣の家から聴こえてくる風鈴の音も、どこか淋しげに響いてくる。 夕陽が、昼間の熱をもう一度見せつけるように、神々しいほど赤く光った。 夏がもう終わる。 平次、何してんねやろなァ・・・ 夏が終わるのは淋しいけど、明日が来るのが待ち遠しい。 平次に会える明日が来る。 それだけで嬉しい。 オレンジ色の液体をゆっくりと飲みながら、平次のことを想っていた。 太陽は西の空にすっかり沈んで、空は深いブルーに覆われている。 いつのまにか雲が消え、星がキラキラと瞬いているのが見える。 時計の針は、8時を指していた。 ♪キンコーン・・・キンコーン・・・ 部屋で雑誌を読んでいたら、微かなメロディが耳に入った。 メールの着信音。 雑誌を横に置き、バッグの中から携帯を引っ張り出した。 ディスプレイはメール受信の知らせを表示している。 ・・・誰からやろ? ボタンを押すと、ビックリした。 平次からだ。 慌ててボタンを更に押して、メールの中身を見た。 『ヒマやったら花火でもせえへんか?』 たった2行の短いメール。 それでもアタシはドキドキした。 3日間、待ち続けた平次からの連絡。 それも、思いもしなかった花火の誘い。 単純に嬉しくて、嬉しくて、嬉しかった。 やる! と返事のメールを打って、下ろしていた髪を結いなおした。 鏡の向こうに、元気いっぱいのアタシがいる。 我ながら現金だなぁと思わず苦笑したとき、ふと、鏡に映った浴衣に目が止まった。 濃紺の地に淡い色調の蝶が舞っている、古風な柄の浴衣。 この間のお祭りのときに着ようと思って出しておいたもの。 当日、事件が平次をお迎えに来て、お祭りに行くのはキャンセル、浴衣の出番もなくなった。 そのまま出しっ放しになっていたその浴衣を、アタシは竿からおろした。 「花火するんやもん、これくらいエエよね?」 ガッコが始まる前の晩。 思いがけない平次からの誘い。 明日の前の小さなイベント。 夏休み、最後の思い出――――― |
これは、去年期間限定でupしたお話に、全面的に手を加えたものです。 去年のお話を覚えていらっしゃる方は恐らくいないと思われますが 原形は留めているものの、かなりデコレートしています。 なぜならこのお話は、お嫁さんに行くことになったからです☆ 8月31日がユウウツじゃなくなってから数年経ちました。 でもまた去年からユウウツになりました。 けれど8月31日がユウウツではなくなるようなことがあってもいいかな、と思ったので こんなお話を書いてみましたが、やっぱりユウウツかな?(苦笑) このお話は、FeiertagslebenのMasterでいらっしゃるMINちゃんに 羊羹の代わりにお渡しすることにしたものデス(笑) 散々お待たせしたうえに、こんなどうしようもないお話になってしまって申しわけなしm(_ _)m まったく、こんなものでは日頃のお礼にはとてもなりえたものではありませんが 今の海月にできる、精一杯の感謝の気持ちを込めて書きました。 誰かのためにお話を書くのはあまりないのですが、たまにはでいいですネー♪ |