雨上がりの夜空に
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{9・・・虹〜にじ}
国道170号を南下し、近鉄東大阪線を越え、国道308号を左折。 後は近鉄奈良線に沿って生駒山方面へ上ってゆく。 すこし山の方へ伸びる道に入り平次はバイクのエンジンを切った。 ほんの少しだけ街中を抜けただけなのに、すっきりと涼しくて、 夜風がヘルメットを取った素肌に心地いい。 「和葉、こっちきてみ、」 茂みの割れ目からカオを覗かせると、海の底で宝箱を開いたようなまばゆい光が目を射た。 「う・・・わァ・・・・・!」 大阪湾を後ろに控え、きらめく大阪の街明かり。 雨上がりの空気は少し重かったけれど、きれいに洗われたようで、その光はキラキラと瞬いていた。 「いっぺん、見してやりたかってん。」 「ここ・・・遠足で何べんも来てるのに・・・・・」 「昼間とは大分ちゃうやろ?夜はあんまりこんなトコ来る事無いしな」 「平次は・・何回も来とるん?」 「事件で遠出したときの息抜き地点や!」 ちょっぴりわいた嫉妬心も、笑顔で返す一言できれいに拭い去られる。 しばらく二人は無言でじっとその明かりを見下ろしていた。 「・・・・なあ、あれ、全部大阪?」 「そや」 「あそこん中にたんと人住んどって、いろいろしてんねんなぁ・・・・。 大阪のぜんぶ・・・・・ほら、アタシの手ェの上や!!」 そう言うと、和葉は嬉しそうに両手を差し伸べて、光の群れをその手のひらに乗せる振りをした。 平次は、その薄闇の中の横顔を、光を全て写しこんだその瞳を見つめたまま、 ――我を忘れた・・・。 和葉の肩に手がかかる。 その瞳に移る光が影に遮られて・・・・ 「平次、見えへんやん」 「・・・・・・・・・・」 その距離わずか15センチ。 「もォ、折角アタシが手ェの上に大阪を・・・・」 「・・・・・・腹減った。」 「は?」 「お前がぼーっと景色ばっかし見とるから、また落ちるんちゃうかて心配した。 心配したら腹へった!!ほら、もう行くで!」 「えーちょっと、まだ来たばっかしやん!」 「旨いラーメン屋みつけてんけどなーー」 「・・・・・・行くっ!」 そう言うと、和葉は平次を追い越して軽い足取りで道路まで戻っていった。 「なにしとん?早よいこ」 「ああ・・・・・・・」 (〜〜〜っデリカシー無いのはどっちやねんっ・・・・・!!) ヘルメットを手に帰り支度をする幼馴染を、恨めしそうにながめ、 諦めたように一息つくともう一度光を振り返る。 (手のひらの上の大阪・・か。オレなんかその中の砂粒ひとつ程もないんやろな・・・・ けど、この街なかったら、オレらもおらへんかったんやし・・・。まあ・・・ええか、今はまだ。) 「平次ィ?なにしとん?」 「ああ、今行く!」 「かわいい子やったな、ほんまに」 鼻眼鏡をチョイと上げ、老人はラジオのボリュームをあげた。 「こんな感じなんやろな、あの子らの時分いうんは・・・・・」 ボルトを締めながら、鼻歌交じりにメロディを追いかける。 この店にも似合うその曲は、今夜の大阪の光の一粒になった。 |