Weak Point
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平成のホームズ。 日本警察の救世主。 そんな風に言われて、 悪い気はしない。 だけど。 解けない謎はないなんていいながら、 ほんとはどうしても適わない相手がいるんだ。 オレの思考回路を狂わせる、 最大の――――――。 例によって目暮警部からの応援要請を受けて学校を早退した新一は、 事件を解決した後戻ってみると、自宅の灯りがついているのに気がついた。 それだけで、こころがほっとする。 確かな予感が生まれる瞬間だ。 けれど、今日は少しだけ良心が痛んだ。 アイツ・・もしかして。 「お疲れさま!」 家に入ると、予想通りの聞き慣れた声。 きっとずいぶん前から待っていただろうに、蘭は怒った素振りもみせずに疲れているだろうと 気遣って笑顔を見せてくれる。 「新一ってばまた冷蔵庫空っぽにして!ちょっと買い足しておいたからね?」 蘭の言葉に、おそらく次に出てくるであろう言葉を予想して、再びチクリと胸の痛みを覚えた。 「そうそう、冷めても大丈夫だけど、ご飯用意したから、あっためて食べてね」 そらきた。 「あ・・蘭、あのさ」 言葉を濁す新一に、蘭は不思議そうに瞳を瞬いた。 「・・実は、警視庁からの帰りに、ちょっと軽くおごってもらったんだ。断りきれなかったから。悪ィ」 ・・それに、そう毎回蘭の手料理を期待するなんて、 さすがに自惚れすぎだと考えたということもある。 新一の謝罪に、蘭は少し驚いた様子だったものの、 すぐに気を取り直して、別に責めることもなく、 「そうだったの?あ、じゃあ、よかったら明日にでも食べて?日持ちするものにしておいたから」 と笑っていった。 つくづく。 蘭はいろいろと行き届いたことをすると思う。 「ああ、サンキュ」 もうしばらくここにいてもいいと蘭が言うので、新一はソファに座ればと促した。 目のつくところにおいてあった、買ったばかりの新刊の推理小説を手に、 新一はソファに腰をおろす。 見ると、促したにもかかわらず蘭はソファには座らず、キッチンに入っていった。 あ。そっか。 少しページをめくったところで、蘭はコーヒーを淹れたカップふたつを手に戻ってきた。 「新一、読みたいのはわかるけど・・。疲れてるんでしょ?・・大丈夫・・?」 心配そうに顔を覗き込んでくる。 明日も学校があるのに、という言葉を暗に含んでいた。 「大丈夫だよ、いつものことだし」 新一の答えに、そう?と小首をかしげる。 新一は顔をあげてはいなかったものの、 蘭がそんなしぐさをしているだろうという予想は立てていて、 「心配すんなって」 と、ようやく顔をあげて笑ってみせた。 読み出すと瞬くうちに本にのめりこんでしまう。 向かい側に座っている蘭が、なにやら自分のかばんの中を見ているらしい音がしていたけれど、 それも次第に気にならなくなっていく。 「ねえ、今日の授業のノート、どうする?」 「そういえば、今度の英語の時間に小テストするかもって・・」 聞いた方がいい。 わざわざ授業のフォローにといろいろ話してくれているのはわかっていたけれど、 本のなかに次第に没頭していく新一の頭は次第に推理モードになっていく。 そうなると、どんな蘭の問いかけにも生返事になってしまう。 そんな新一の様子を、蘭はしょうがないな、と言ったようにしばらく眺めていたものの、 何度みても驚いてしまう集中力でページをめくっていく新一に、 ふう。 とため息をついた。 物語もやっとクライマックスを迎え、あっという間に読破してしまうと、新一は一息ついて、 「そうだ、蘭、今度の休み・・」 そういいかけて顔をあげ、思わず目を見張った。 向かい合ってソファに座っていたはずの蘭はいない。 あたりを見回しても、気配がない。 何より、持ってきていたかばんも見当たらなかった。 あ・・れ・・? 確かにアイツ、目の前に・・座ってた・・よな・・? 推理小説のためにフル回転させていた頭の中を整理して、冷静になってみる。 そうして出てきた結論は、なんてことのないもの。 難しく考えることなど何もない。 けれどもこれほど厄介なこともない。 やべえ。蘭のヤツ、怒って帰っちまったんだ。 今ごろはたと気がついても後の祭り。 いつまでも学習しない自分を恨めしく思ってしまう。 いつもならば途中で本を取り上げたりもするだろうけれど、今日はどうやら痺れを切らしたらしく・・。 あるいは、帰ると声をかけるのも無駄だと呆れられてしまったのかも知れず、新一は今更ながら、 自分のしでかしたことに頭の痛む思いでいっぱいだった。 それに、もうこんな時間だと言うのに、家まで送りもせずひとりで帰したとなると、 またひとつ小五郎の心証を悪くしたに違いないと思うと悪寒さえ走る。 明日、迎えに行こう。 こと、蘭のこととなると、途端に回らなくなる頭で、新一はこれまたどうということのない、 けれどもいちばん手っ取り早く謝ることのできる方法を選択したのだった。 しかし、事件は平日祝日を選ばない。 そして警部たちもまた、新一の事情など知るはずもなく、蘭のことが気にかかっていた新一が ようやく深い眠りに落ちて数時間後、これから蘭を迎えに行こうという矢先に 再び応援要請を受ける羽目になる。 こんなときくらいは、所詮自分は探偵である前に 一介の高校生だからと断ることだってできるはずなのに、 これは性なのかどうか、事件の詳細を聞かされるとどうにもうずうずと好奇心が沸いてきて、 気がつくとすでにOKしていると言う有様だった。 推理をしながらも、今日は絶対に学校を丸一日休むわけにはいかない。 今日中に、蘭に会わねえと・・そんな気持ちがあるからか、いつもより幾分キレが悪く、 警部たちもひそかにそんな新一の様子をいぶかしんでいた。 「蘭・・」 昼休み。 園子は蘭に小さく耳打ちした。 「新一君、今日も休む気なの?」 その言葉に、蘭はズキ・・と、少しの胸の痛みをおぼえた。 「そうみたい、新一ってほんとう、大バカ推理之介だから」 そう言って笑ってみせるものの、内心は穏やかではない。 昨夜は話を聞いてくれない新一に少し呆れてしまって、黙って帰ってしまったけれど、 その後新一からは連絡がなく、やっぱり無理にでも声をかけてから帰れば良かったと後悔していたのだ。 いったん後悔が募ると、いつものようにまた心配の種は尽きない。 とりあえず、今日もご飯用意して待っていよう・・。 昨夜、小五郎の機嫌を損ねてしまっただけに、今日またとなると説得するのにも 骨が折れるけれど、幸いにも今夜は友人を訪ねるといっていたので大丈夫だろうと見当をつけた。 この日、新一が関わることになった事件はそれなりに手ごわいもので、 新一は真犯人にめぼしを付けたものの、確固たる証拠を見つけ出せないまま、 どんどん時間は流れていった。 推理に入り込んでいるとはいえ、やはりこころの隙間に蘭のことが引っかかっているらしく、 それもまた、決め手を見つけ出せずにいる遠因になっていた。 ふと、外の景色を眺めてみれば、早くも日が傾き始めていることに気づかされて、 焦りはいよいよ最高潮に達してしまう。 たぶん、授業はもうすでに終わってしまっているに違いなかった。 今日、蘭に部活があるかどうかも思い出せないし、 第一それを考える余裕はほとんどなくなっていた。 もしも、部活がないなら・・。 もう、帰宅してしまっている――――――? しかし、今日はよほど新一も蘭も運が悪いのか偶然なのか、友人を訪ねに家を出た小五郎は、 友人の急な都合のために蘭の予想に反して早々に戻ってきてしまった。 小五郎が家に戻る前には帰っておかなければと心積もりをしていた蘭だったけれど、 そこまでは考えが及ばず、一向に戻らない娘に小五郎は昨日のことを思い出して不機嫌になる。 ったく。新一のヤロー、昨日と言い、今日といい・・。 ひとの娘を何だと思ってるんだ。 楽しみにしていた友人との酒盛りも期待はずれに、気分よく酔えないままでいるのも手伝って、 自然頭に思い浮かぶ生意気な高校生探偵に、心の中で悪態をついていた。 今夜は文句のひとつでも言わなければ気がすまないとばかりに、 新一の家に電話をかけて呼び出そうとするものの、むなしく呼び出し音が続くばかり。 挙句の果てに聞こえてきたのは澄ました新一の留守電メッセージだった。 新一の家に行くといった蘭がいない。 新一もいない・・? 蘭が絡むと思考回路が変化するのは小五郎も同じこと。 こちらは推理に集中できなくなった新一とは逆に、中途半端な酔いも一気に覚めて、 俄然娘の心配へと心は一直線に飛んでいった。 日はとうに落ちて夜の闇さえ近づく時刻、新一はいまだどうしても解けない、 ひとつの謎と挌闘していた。 さすがにここまで来ると推理ひとつに集中せざるを得なかったが、警部たちともども 静かな緊張感の中必死に頭をめぐらせていたところ、 携帯の着信音によって突然その静寂が破られた。 「はい、工藤です」 あくまで、高校生と言うより探偵の声で応対した新一に、いきなりの切羽詰ったような怒鳴り声、 それもあまりにもよく知っている声が浴びせられた。 『おい!新一、テメー今日は蘭と一緒じゃなかったのか!?』 「お、おじさん!?」 小五郎の言葉の意味をとっさには解りかねて、返答に詰まる。 『オメー今なにやってんだ!蘭が帰らねーんだよ!!』 ――――――!? 思わず、耳を疑う。 こんな遅くに、蘭が帰宅していない? あと少しで完成間近のパズルも何もかも、新一の頭の中で、瞬時にすべてがはじけ飛んだ。 「く、工藤君!?」 背中に驚きを隠せない警部の声が聞こえるけれど、それも素通りするだけだった。 気がついたら警視庁を飛び出してしまっていた。 いつもいつも、蘭のこととなるとすぐに焦る。 そのたびに、冷静な自分が探偵失格だと言い。 本音の自分が、やっぱり誰より蘭が大切なんだと言う。 けれど、いくらなんでも推理を放り出して飛び出すなんて、これには我ながら驚いてしまった。 蘭・・。 どこ行きやがったんだ・・!? 思い当たることなど、ごく限られている。 一番に考えられるのは、昨日と同じく、自分の家にいること。 けれど、小五郎の電話には誰も出なかったという。 それに・・。 と、ふと自嘲気味に新一は笑みを浮かべた。 昨日怒らせたばかりだってのに、いるわけねえよな・・。 けど・・。 ひどく自信過剰な自分がいるような気がした。 蘭・・もしかして・・・・・・? 自惚れるのもいいかげんにしろと自分に言い聞かせながらも、ありがちな予想に苦笑いしてしまう。 暗くなった街の中で、一度だけ立ち止まって。 そうして、予感を確信に変えながら、行き交う人の波をすり抜けるように駆けて行った。 まるで昨日と同じだった。 違うことと言えば、走ってきたためにかなり息を切らせていることくらいだろうか? 現実ではなくて、昨日の夢でも見ているように、家の前にたどり着いた新一はしばし、 ついたままの家の灯りをぼうっと眺めてしまった。 やがて、ハッと我に帰る。 そうだ!・・蘭! 急いで家の中に入るものの、ここからは明らかに昨日と異なっていた。 心も体も温めてくれるような笑みを浮かべて出迎えてくれるひとはいない。 いや。 いるはずだったが、出ては来なかった。 はじめから見当がついていた新一は、よく聞く足音が近づいてこないことにも驚かず、 静かになるべく音を立てないようにしながら、リビングへと向かった。 リビングのソファに座っているそのひとを見つけると、新一はそっと安堵の笑みをこぼした。 座っていると言っても、その当人の蘭はすでに夢の中だ。 自分の着ていたジャケットをかけてやって、ふと見回すと、テーブルには昨日作ってくれた料理は 温めなおす準備が整えられており、さらに今日新しく拵えたらしいものも並べてあった。 そういや、昨日作ってくれたやつも、ろくに食べられないまま、また呼び出されちまったんだよな・・。 蘭の隣に座ろうとしたとき、携帯が鳴って、新一は瞬間的にそれを切ってしまった。 もちろんかけてきたのは言わずもがな。 勘弁してくれよ、今日ばっかりは。 そうして改めて腰をおろして、大切なひとの寝顔を見つめた。 さっきまであんなに振り回されていた心がうそのように静まっていく。 そしてなぜか、新一の頭の中で、どうしても見つけられずにいたパズルの 最後のひとかけらが閃いた。 やっぱりオメーはオレの特効薬・・なんだな。 そんなことを考えながら、新一はついさっき無残にも一方的に切られた電話に きっとわけがわからないでいるだろう警部たちの顔を思い浮かべつつ、 解けた謎に関するメールを打っていった。 「・・ったく。心配したんだぜ?」 そう言いながらも、顔はどうしてもポーカーフェイスを保てずに、微笑んでしまう。 一度眠ってしまったら起きない蘭。 どうするんだよ? 今夜は意地でもおっちゃんに返さなきゃ、これから先が思いやられるってのによ・・。 心配したなんて蘭に言ったらすぐに切り返されそうだった。 蘭はいつも、こんなこととは比べ物にならないくらい、オレのせいで心配ばっかりしているんだよな。 オメー、ほんとに強いな。 けど、あんまり強がるなよな? オレの帰る場所は、オメーだけなんだからよ。 深く息をついた。 ふたりきりでいる幸福感と、この後の厄介なこと。 とりあえずは。 と、今ごろはすっかり落ち着きを失って事務所の中をぐるぐると歩き回っているかもしれない 迷探偵に連絡するべく、再び携帯を手にとった。 |
くう様からいただきました〜♪
くう様のおうち 「あなたのために できること」 様が10000hitをお迎えになったとき くう様が感謝祭を催してくださいまして、その際にお話をリクさせていただいたのですが。 うふv 貰ってしまいました〜♪ くう様、どうもありがとうございます!!(*^-^*) 新蘭に、小五郎さんに園子に、目黒警部まで登場いたしておりますヨ! それも小五郎さんは「娘を思うお父さん」で、登場しております☆ にゃー、新一サン、帰宅早々その行動をとってしまっては いつか愛想をつかされても文句は言えないと思うのですが でもでも、黒い人・関西支部代表と違って、ちゃんと後で考えていらっしゃるので さすがでございますねー(笑) いつも新一サンのことを想ってくれる優しい蘭ちゃん。 そんな蘭ちゃんのキモチ、大事にしてくださいねー。 やっぱり、くう様の書かれる新蘭は、ステキだなーとしみじみ思いました。 くう様、本当にありがとうございました!!!!! 大切に、大切に飾らせて頂きますね☆ |