講 師 東大地震研究所長 大久保修平氏
テーマ 「地震学・火山学の過去・現在・未来」
東大に入った年、というのはつまり、三鷹寮に入った1972年で、まだ学生運動が活発に続いており、入学したら駒場はストライキ中で講義もなかった。一方では日中国交回復もあり、まことにあわただしい時代だったが、その合間を縫って、私は夜ごと三鷹寮の運動場で星空を見上げた。この広い運動場で、星座盤に出ている星座を全部見てやろうと思ったのだ。
そんな私に、寮生の杉山卓郎君が「大久保修平っていう寮生、知ってる? 週末ごとに高尾山に登って星を観測しているらしいよ」と言う。こっちは三鷹寮の運動場で済ませているのに、向こうは高尾山か。これは負けたと思ったが、肝心の大久保君には、2年間、なぜか会えないままだった。謎の人物だったのだ。
ところが、3年生になって豊島寮に移ったら、そこに大久保修平君も移ってきた。そこで初めて顔を見たのだが、謎の人物どころか、東大の学問水準を支えているという雰囲気を、静かに漂わせているではないか。
三鷹寮の時代、私とやはり寮生の二宮賢治君とで登山会を作っていた。豊島寮に移ってすぐ、この登山会で、6月に上高地で開かれるウエストン祭に出ようという話になった。ウエストンは上高地を開いた人物である。そこで思い出したのが大久保君の存在だ。高尾山に登るぐらいだから上高地も行くだろうと思い、ためらいながら「大久保君、君、ちょっと上高地まで行かへん?」と声をかけたら、二つ返事で「いいよ」という声が戻ってきた。
ついでに「ところで君、なに勉強してるん?」と聞いたら、「あの、プレートテクトニクスというの、知ってる?」と聞き返された。「おお、日本沈没やな」と答えると、「そうそう、それそれ」とうれしそうな顔が返ってきた。
その翌年の2月か3月、「大久保君、スキーやらへん?」と聞いたら、「やったことないけど」という。「おお、教える、教える」と答えると、「じゃあ、行く」という返事が来て、また二宮君たちと今度は野沢温泉にスキーにでかけた。三鷹寮の謎の人物は、実は、とても気さくな人だったのだ。
その大久保君が三鷹クラブでスピーチをするというので、スピーチの前に、まことに久しぶりに会った。20数年の時を経て、東大地震研の所長という立派な肩書きになったけれど、再会した大久保君は、ほとんど当時のままであった。「どこに住んでるの?」「いや、三鷹寮のそばなんだよ」。「なんだ、結局、三鷹寮に戻ったということか」。「うん、そういうことなんだよ」。
私も大久保君も、あの青春の三鷹寮こそ人生のひとつの原点なのだが、彼が本当に原点に戻っているとは知らなかった。(文責S47年入寮 岡本勉=読売新聞社勤務)
記
日 時 平成17年7月29日(金) 18時30分〜21時
会 場 学士会館203号室(千代田区神田錦町3-28::03-3292-5931)
講 師 大久保修平 東大地震研究所長(昭和47年入寮)
テーマ 「地震学・火山学の過去・現在・未来」
会 費 5,000円(会場費、夕食代を含む)
定 員 80名(先着順)
申込先 平賀俊行 Fax 03- 5256-0458 Tel 03-5256-0455 (株)国際研修サービス
干場革冶 Fax 03- 5689-8192 Tel 03-5689-8182
(有)ティエフネットワーク E-mail:tfn-hoshiba@blue.ocn.ne.jp