2004年6月1日 メイが5月の終わりから急に食欲不振、体重減少が進んでついに動くことができなくなってしまいました。
病気を宣告されてから7ヶ月。いっさいの食べ物、水さえ受つけなくなってまる三日。
ゆっくりと胸は動き続けているけれどもぐったりと横たわったままです。涎に混じった血が口の周りを汚しています。拭いても拭いてもキリがありません。
これ以上のストレスをかけたくないので病院へも行くのをやめました。食べないので薬を飲ませることもできません。ただ失われていく水分を少しづつ皮下点滴で補うのが精一杯です。
2004年
4月16日
メイはすっかり痩せて、行動範囲も狭くなって、ジャンプ力もなくなってずいぶん小さくなったけど、それでもなんとか病気とつきあっています。
そんなメイを置いて、先日久しぶりに家族旅行に出かけることもできました。何日も空けることはできないけど、なんとか元気にしてくれていました。
食欲もあるので一安心。じょくそうや歯茎の腫れとか心配ごとも多いけれど、それなりに落ち着いています。

私は4月になってまたとっても忙しい毎日を送っています。仕事が終わらない〜い。朝の6時すぎから夜の8時ちかくまで職場にいることも多くて、肩こりが激しいです。
でも暇よかいいかなぁと自分を納得させています。

3月、我が家はホームシアターさながらのプラズマテレビで[北の国から]を毎日少しずつDVDで見ていました。家族みんながとっても楽しみにしてたドラマが最終回を迎えて、ちょっとさびしいなぁ。今度は何を見ようかなぁと思案中です。

11月3日 我が家に初めてやってきた猫のメイが慢性腎不全・・・。生まれて3ヶ月の小さなメイを家族みんなで大切に育ててきたのに・・・。
。家にやってきてすぐに病気をしたときもう駄目かもしれないと大泣きした私をびっくりさせるほどの生命力で生き抜いてきたメイだったのに・・・。だから病気なんてしないって思っていたのに。
メイのおかげで家はボロボロになったけど、とても楽しくって家族みんなを明るくさせてくれた。

猫ちゃんと暮らしたいってずっと思っていて彦根城の下でメイに出会ったときほんとうに嬉しかった。猫ちゃんとの生活が実現したんだもの。あまりに小さくって一緒に寝るのが怖くって(つぶしてしまいそうで)ミャーミャーってなくメイを階下に置いて寝ちゃったね。階段さえ上ることができなかったのにすぐに上れるようになって・・。ひとりぼっちだと寂しいだろうからって野良ちゃんをつれて帰ると威嚇してなかなか仲良くなってくれなかったね。それもストレスだったかな・・・。

お風呂に入ってると必ず水を飲みにやってくるメイ、最近はトイレの水を流す音にも反応して走ってきていた。今思えばその姿は異常だった。だけどあまりに水を飲みたがる姿に首をかしげてはみたけれど、まさか腎臓を悪くしてるとは思わなかった。

体重計が電池切れでずっと計っていなかったけれど、ちょっと痩せすぎかも・・と電池を入れ替えて計ってみてドキリとした。5キロ半あった体重が1キロも減っている。それに毛つやも悪いし脱毛も激しい。それでもストレスが原因かもって思っていた。
食欲はあったので大丈夫だろうって思っていた。

でも座る姿が変だと思い始めて(体が曲がっている、しゃんと座れないのだ)よく見ていると、ちょっと元気がない。水をたっぷり飲んで歩き始めるが少しふらついて階段をまともに上がれない。階段の上から呼ぶと悲しげな瞳で私を見つめる。そして今飲んだばかりの水を多量にもどしてしまった。

翌日病院に連れて行ったら「脱水」と言われた。血液検査の結果を15分ほど待つ間にそれなら点滴をしたらいいんだろうと軽く考えていたら、今日から入院して集中治療が必要と言われる。それで改善するようなら大丈夫かもしれないと。だけど、これまでの症状は明らかに慢性的に進行していることを物語っている。それに検査データーがとても悪い。
丸2日間治療を続けて血液検査・・・やはり改善せず。

人間だったら人工透析か腎移植をしなければ助からない状態だという。でも猫に対する治療は失われた水分を補給しながら延命治療をするしかないんだと。
まともなおしっこがつくれない・・・腎臓で悪いものを出すことができず血液の中に毒素が溜まって体中に運んでしまっている。
点滴の治療を続けることでこれからどれくらいメイが生きていけるのかはわからない。ストレスを感じないですむように好きな場所で過ごしてくれたらいい。食べられるなら好きなものを食べて過ごしてくれたらいい。

5月9日 日記を更新しないままに4月が過ぎ・・もう5月。日差しはまるで夏のように暑い。このまま夏になったらどんなに暑くなるんだろうと心配です。
4月はとっても忙しくって家族で遊びに行く間なんてちっともなかったので5月には日帰りでもよいのでどっかへ行けないかなぁと思っていたけど、連休は私が仕事、こーくんはテニスの練習、とんちゃんはサッカーの試合でようやく5日のこどもの日だけ家族4人がそろうことができたので4日の夕方、とんちゃんが試合から戻ってくるのを待って出発しました。

2時間くらいで着くだろうと思っていたけどやっぱり連休中とあって高速道路が渋滞していて着いたのは10時でした。それから温泉に入って・・・。翌日は歩いて日本モンキーパークと犬山城に遊びに行きました。早い時間だったこともあって動物園もすいていて人が多くなってくる時間にはゲートを出たので休日とは思えないほどスムーズに行動できました。国宝犬山城もよかったしそこで食べた味噌田楽もおいしかったし^^ 2時前には高速道路にのったので明るいうちに渋滞に巻き込まれずにすみました。もう一日あればなぁ・・・とちょっともったいなかったですが。連休2日間サッカーの試合で翌日出かけて一番疲れたのはほっくん・・・頭が痛くなって一日学校をお休みしました。これって本末転倒????

でもね、この間の家庭訪問の時、ほっくんの先生が「お母さんのお休みの時に学校休んで遊びに連れて行ってあげてもよいですよ」って言うんです。それで私は「そんなぁとんでもありません。学校は休んだらいけないでしょう」といった尻からこんなことで・・。遊びに行ったのは休日でも結局学校行けないんだったらおんなじかなぁ^^;
3月24日 イラクへのアメリカによる攻撃が始まった。アメリカの一方的な攻撃。他国に土足で踏み込み荒らしまわる。アメリカのいいなりにならない国に対する最大のテロ行為。
日本はアメリカの従属国か、総理大臣は右にならえ状態。同盟国だからといいながら、対等ではない。ブッシュの言うなりだ。同盟国なら意見を言えるはず。
アメリカは帝国。帝国には同盟国などない。あるのは言うことをきく従属国だ。アメリカの浮沈空母といわれた日本。日本はアメリカから守られているのではなく、アメリカから攻撃されないためにアメリカの手下になっているのか。アメリカから日本を守るために安保条約があるのではないのか。
湾岸戦争のときはクェートを攻撃したイラクに対する制圧という戦争という大義名分はあったかもしれない。それでも戦争は悲惨な結果しか生まない。戦争という手段で制圧するのが最善の方法ではなかったはず。それなのにまたもや戦争をしかけたアメリカ。今回イラクが国際的にどんな不法な行為を働いていたというのか。大量の破壊兵器を隠しもつというけれども証拠もなかったではないのか。戦争好きのブッシュ一族に世界中から避難の声があがる。国連の決議も無視。メディアを通じてイラク国民の解放のため、自由のためと戦争の正当性を言うが、戦争をしかけておいて解放とか自由とかはないよ。テレビ放送をそのまま信じることもできず・・・。
世界最大の軍事力を持つアメリカ。そこで大量に生産された戦争のための物資、それを消費するために戦争をしかけたのだとも影で言われ・・・。
なぜ戦争をなくすことができないのだろう。人間の力で、話し合いでなぜ解決できないのだろう。とても悲しい。
2月28日 2月は今日でおわり・・・明日から3月。雪の少ない冬でした。積もって困るなんてことがなかったし。この我が家では冬エアコンは全く使用しなかったのですが(こたつとハロゲンヒーターで暖をとる^^)、どこも室内はたいていあったかで、半そででも大丈夫だったりしますよね。お店とか映画館とか。外の寒さは厳しくってあったかくしてなきゃ過ごせなくなっている自分がいるのですが・・。でも年々雪の降る日が少なくなって・・・きっと地球温暖化が徐々に進んでいるのですよね。
2月23日 またまた一ヶ月以上空けてしまいました^^;
この2週間猫の様子が変で、病院にも行きましたが原因がよくわかりません。はじめに調子を崩したのはメイ。歩き方がなんだか変だなぁと思って心配になって病院に連れて行きました。レントゲンも撮ってもらったけど骨とかに異常はなくなにか食べたものが悪かったのかも・・ということで痛み止めだけ打ってもらいました。そうしたら翌日、今度はムーが同じような歩き方をはじめたのです。え!ムーも!伝染病??同じ物を食べた?と不安になって病院に連れて行きました。思い当たることといえばスルメイカを盗み食いしていたことが何日か前にあったということ。でもビタミンが破壊されるまでには相当量のイカなりを食べなくてはいけないみたいで・・通常食べたくらいでは歩き方の異常がでるほどにはならないらしく・・・。それでもビタミンを補給するためのゼリーをもらってきて舐めてもらいました。ところがさらにモーまでもが同じように歩き方がおかしくなって・・・。外の猫より5日ほど遅れてです。その頃にはメイの歩き方は通常に戻っていましたが。ムーとモーが同じように片足を引きずるように歩くのです。足が痛いというより力が入らないという感じです。だけど一番遅れて症状がでたモーは普通に歩けるようになりました。
ムーだけがまだ・・・。いったい何が原因で、どんな病気なんでしょう・・・。歩き方以外の症状はありません。食欲も元気も通常どおりあります。
1月17日 あっという間に一月も半分がすぎました〜。その間にこのHPも一周年を迎えてたりして・・
当の本人はMikeaさんからお祝いのメッセージを書き込んでいただいて気づく始末^^;
更新もひどいと2ヶ月ぶりだったりしてほったらかしですが、ぼちぼちとでも続けてこれたことが嬉しいです。
この間次男のフットサルの大会に行ってきました。全国大会に参加できたってことだけで感激!プロチームのジュニア(横浜マリノスやヴェルディ、パープルサンガなどなど)も各府県の代表として参加してたし(さすがに強かった!)全国の壁は厚かったですが、とても楽しい3日間でした。負けた翌日は時間があったのでおのぼりさんしてきました^^東京タワーなんかに見学♪私も初めてだったので結構楽しめました。時間があったらディズニー・シーなんか行きたかったですが・・・^^。
これは行きの新幹線の中から見えた富士山。あんまりきれいだったので思わず写真をとってしまいました。
それまで寝てたのに目が覚めたら富士山の真横を走ってて・・・・。
1月1日(2003年) あけましておめでとうございます。なんと2ヶ月半ぶりの更新だったりして^^;
今年のお正月は仕事なので実家に帰らず久しぶりに家族4人で年越しをしました。

暮れに一泊で城崎に行って来ました。なかなかの珍道中で楽しかったですよ。雨にぬれて外湯であったまってまた雨に濡れて・・・なにしてんだか^^。
それからカニを見るのも嫌になるほどいっぱい食べました。二日目には雪も降って冬の城崎を満喫。出かける前にはきかえたスタッドレスタイヤが功を奏しました。
帰りによった出石では次男のトンちゃんが皿そば15杯を平らげて認定手形をもらいました。食の細いトンちゃんですが好物のおそばはあっという間に食べたので3人でびっくり!

それからトンちゃんのことばかりですが、今度フットサルの全国大会に行くことになりました。3日から東京に行ってきます。全国の壁は高いと思いますが、やる気満々です。
10月20日
ものすごいおさぼりしてしまいましたぁ。なんと丸々2ヶ月ぶりの更新!!!
継続は力なりっていうけど、ほんとに継続するのってたやすいことではありませんね。
日記を毎日更新だって、最初はそんな心意気だったのにやっぱり三日坊主的性格は変わらなかった(^^;)
BBSをチェックするだけであとは8月からそのままなんてね・・・でもチラチラってのぞいてくださる方がいらしてとっても励みになります。でもこんなことしてるとほんとうに忘れ去られてしまいそうです・・・;;
メイもムーもモーもお互いの違和感はなくってそれぞれマイペースな過ごし方をしております。今もみーんな別々の椅子の上でまーるくなっています。

↑の写真はこの間仙台へ出張に行ったときのもの。朝早く散歩してきました。高校生の朝練や犬のお散歩、ジョギング・・・ふつうの朝の風景に少しだけひたってきました。せっかく東北までいったのに観光の時間は全くとれずこの朝が唯一の仙台の空気を感じたひとときでした。この道のとなりに流れているのは広瀬川です(青葉城のすぐ近く)。
8月21日 あらぁ・・・もう8月も終わりに近い。きのうの朝神戸の港についてあっという間に私の夏休みも終わり。今回の帰省もあまり長居はできず実家に一泊、宿に一泊、そしてフェリーで2泊の日程。猫たちにとったら人のいない夜を4回も過ごしたことになる。トイレは満タンだったけど用意していったフードと水にはまだ余裕があってホッ。何もなかったかのように(人がいなくってもそんなに支障はないのかなぁ)いつものように「ミャー」とか「ワウー」とかいって鳴いている。
明日から仕事・・休みボケを取り戻さなければ大変!
8月2日 あぁ・・またも久しぶりの更新だぁ。気がついたら8月、何回目かの誕生日も過ぎてしまった。写真は息子からのプレゼントのさぼてん。めったに水をやらなくってよいそうで、これがいい!と思ったらしい??まだ袋から出してないのだけど、猫がかじって棘がささったらどうしよぉ。
7月21日 きのうから一泊二日で比良山のふもとでキャンプをしてきた。学童保育の行事だ。仕事が終わってから合流したので一足(二足かも)遅れての参加。到着するや食事タイム、とってもグッとなタイミング。キャンプの定番カレーを食べて、それから真っ黒にこげた鍋を洗った。
これまた定番のキャンプファイヤー・・・暑いのになんで火を取り囲むんだろうっていまだに不思議でならないけれども、雰囲気はこれでグッと盛り上がる。火の粉が舞い上がる空を見上げてあぁ・・夏だなぁと思う。二人がやっとこさ横になれる小さな、30年も前の年季の入ったテントで休む。虫も寄せ付けない小窓もないテントだ!子どもの友だちのお母さんとふたりでちょっと心細くもあり、それに暑くて寝れないかと心配したけど、虫にも刺されず結構眠れてしまった。どこでも寝れるっていいことだなぁ。
7月18日 まみむめも通信が出せていない!
いつもだったら毎月15日が発行日。ところがその15日に夫が手術をしたのだ。それも全身麻酔で・・。そんな大きな手術でもないのに行って戻ってくるまでに3時間を要した。始めの1時間くらいは余裕で待てたけどだんだんと不安になってくる。ちょっとボーっとしかけたところで看護婦さんに呼ばれて病室に戻ったらこれまたボーっとした夫が悲惨な表情でベッドに横たわっている。まだ麻酔から完全に醒め切っていない様子。外来でできるくらいのオペだと思って気楽に考えていたら術後最低でも5日間は入院が必要とのこと・・・・。で、現在もまだ入院中。仕事の前後に病院をのぞく毎日。
職場から電話で「おとうさんのパジャマ買っといて」と中1の息子に頼んで面会時間ギリギリに子どもを連れて病院へ。息子は近くのスーパーの衣類売り場へ3度も往復したらしい。一度目はサイズ間違い。2度目はお金が足りない。そうしてようやくパジャマを手にして戻ってきた。それでも気持ち的には充実した買い物だったらしい。わずか5分の面会時間だったけどちょっと元気になってきたお父さんに出会って嬉しそうだった。
7月10日 台風一過・・明日はすっきりた青空が広がるかなぁ。
思ったほどこのあたりは風も雨も強くなかったけれどもあちこちでたくさんの被害をもたらして今も台風6号は北上を続けている。自然の力は本当に怖いって思う。

昨日仕事が休みでフラッとドライブに出かけた。京都市内に車で進入するなんて何年ぶりだったろう。それだけでドキドキ・・交通規制も多いしどこをどう曲がったら目的地に着くのか全くわからない。清水寺辺りでお昼でもしようかと思ったけどうまく交差点を曲がれずにユーターンしようと入り込んだ道にあった駐車場に車をとめて結局そこでお昼にした。
京都女子大の少し奥まったところであの大河ドラマ「秀吉」のオープニングで秀吉が駆け上っていた長い階段をある阿弥陀ヶ峰に上った。すんごい階段でただでさえ暑い日だったのに汗がいっぱい流れてドッと疲れた。頂上には石が積んであったが誰がこんな重たい石をここまで持って上がったんだろうと不思議な感じ。下りはころばないように足元ばかりみて降りた。ここが豊国神社だろうかとあとでネットで調べて神社はそこから少し行ったところ(三十三間堂の近く)にあるということがわかった。
6月26日 モー朝からドッと・・・・疲れが出た。モーが相変わらず(トイレの場所を増やしても)衣類の上や布団の上でオシッコをする癖がなおらないので紙パットを買いにお店に行った。その隙に3階のベランダに出ていて(そう不覚にも窓を開けて出かけた・・)戻ってきた人(私)の気配を感じたモーが慌てて隣家の屋根に飛び移ったのだ。え????落ちてない???と慌てて周囲を見回せど姿が見えない。一瞬にしてモーが消えたのだ。
私の出勤時間(遅出)は迫ってきているし、どうしようかと外に出て探した。「モー」と呼べば返事は返ってくる。無事を確認してぐるりと家の周りを見回して裏手に回って隣家の屋根の上を見たら、いた!屋根の端にうずくまって鳴いている。
もう一度3階に戻って反対側のベランダに行ってみると今度はムーが出ていた!帰ってくるかも、と思って少し前に開けたのだが・・・ムーが迎えに行ってくれていたのだ。ムーが行くと鳴き声も止んだ。しばらくしてベランダをのぞくと2ニャンが揃ってお帰りだ。
あぁ、ムーありがとう。お前のおかげでモーも戻ってきたし・・・これで安心してお仕事にいけるよ♪
6月21日                              
いよいよワールドカップの8強の試合が始まった。イングランドがブラジルに負けて・・今アメリカとドイツが闘っている最中。日本は残念ながら決勝リーグで負けてしまったけどいい試合してたよね(力はトルコより上いってた??)。
それでも日本が会場だから変わらず盛り上がってるみたいだけど・・。

ところで・・・ただいま我が家で困っているのはモーのおしっこ。去勢したのでおさまるかと思ったおもらし・・が今だに続いている。それもお布団とか衣類とか柔らかいものの上で決まってする。匂いはスプレー時代よりは落ち着いてきたけどやっぱり紛れなくおしっこ!
6月17日 今日仕事の帰りに職場の空を見上げたら4筋の飛行機雲が目に飛び込んだ。頭上の空が航路になっているんだ。4本の雲がクロスしているけど空の上では相当な高度差があるんだろうなぁ。どこに行く飛行機だったんだろ。
6月10日 昨日、10歳離れたいとこの結婚式に行ってきた。本人たちの手作りのあたたかい披露宴だった。
その前の神前結婚式でのこと、巫女さんが親族にお酒を注ごうとしてペコリと頭を下げたとき入れ物までおじぎをしてジャーとお酒が流れ出した!杯だけでなく周囲もボトボトになってあわてた若い巫女さん(アルバイトかな)は真っ青になって裏方の部屋に飛び込みバタン、ガチャン、ドサッと場に似つかわしくない大きな音を立てるものだから、そのたびに顔をしかめる神主さんの顔を見てるとおかしくてたまらなかった。笑っちゃいけないけど巫女の女の子はパニック状態。それでも2分間くらいのロスでなんとか「とどこおりなく終了」したけど・・・人間ってあわてたとき一番よいと思ってする行動がとんでもないことってあるなぁ・・・きっとあの子あとで叱られただろうなぁ・・・。幸い両親族ともにそのことを気にする風でもなくってよかったけど・・・(おかげでたいくつな式が楽しかった・・・ なんて、ヒンシュクかな)。
6月4日 放送大学の番組は今学期全く見ていない(自慢にならない)。通信添削の締め切りが近づいてきたので大慌てで今日の午前中に投函した。
今日は遅出。日本vsベルギーのサッカーの試合は職場でチラチラと見ただけ。日本が1点リードと聞いた直後に同点に追いつかれ・・・そうこうしているうちに試合は終了した様子。
前半45分、後半45分・・あんなに動き回ってすごい体力だ。最後は集中力、持久力が決め手になるのかも・・。
6月1日 今日から6月。毎日暑い・・・。
サッカーもいよいよ開幕。開幕戦は時間があったので見ていた(私一人で・・・・・子どもはゲーム。どういうことだろ???日本の試合じゃないから興味がないのかな。サッカー少年とは名ばかりの・・・・)。1時間半にわたる試合だけどアッという間に終わってしまう。
去勢後モーが食べまくるのでやや心配。このまま巨体になっていくと・・・・。
5月28日 あっという間に一週間が過ぎてしまった。時間の流れの早いことったら・・・。
有事法は国会で審議がすすんでいるみたい、でもよほど目を凝らしてないと見えてこない。新聞読んで、ニュース見て、それでもなかなか法律が見えてこない。ちょっと忙しくしてるともうそれだけで今どうなってるのか、審議中ということさえ忘れてしまいそうになる。
国会は国民の信託を受けているのだから安心して任せておきたいところだけど、こーんな恐ろしい法律を練っている時くらいもっと私たち国民に知らせて欲しいわぁ・・・と思うのだけど。
いつものことだけど・・・法律が決まってから多くのマスコミは大々的にキャンペーンを張る。もういまさら騒いでもどうしようもないぞって時になって・・・。これってどういうことなんだろ。
審議中の時にこそいっぱい報道して欲しいのに。
5月20日 昨日のつづき・・・いくらなんでも日本が戦場になるなんてことは(つまり地上戦)すぐには考えられない気がする。改正(正・・とは思わないんだけど)案の中に自衛隊の車両が田んぼの中を通ることができるとか、求められたら物資を提供するよう協力すべし・・なんて書かれてあるけど実線の舞台になるなんて、今や核戦争の時代に日本のような小さな国が・・・と思うのだけど・・・。
それから今までの自衛隊法というやつには国際法規の認める範囲でというような言葉があったのに今度の改正(正しい????)案にはその言葉がなくなってるのね。なんで?
国連を無視するアメリカのやり方そのものじゃない。
やっぱりこれは攻められた時の用心というよりも、アメリカが他の国に戦争をふっかけた時に日本が応戦するってことじゃないの?自衛隊が武力を持って戦うことができるって法律だよ。今までは仕方の内範囲で防衛の手段として海外にも出て行くことができるようになっていただけなのに(これだってヒドイって思ってたけど)。海外で自衛隊がアメリカ軍とともに戦うことができるようにするってことだよね。それもアメリカがふっかけた戦争にもよ。
そんな野蛮なことをしたらますます日本を敵視する国が増えるじゃん。
中国の日本総領事館事件の映像を何度も見たけど・・・・なんだか節操のないお国がらだと思われても仕方ないよね。
5月19日 かたーいお話だけど、だけどとっても深刻なお話。最近話題になってる有事関連3法案。今国会で審議入りして6月にも成立するとか何とか・・・。あまりよくわからなかったのだけどもしかして徴兵制度みたいな????
軍(国)から「あなたの家じゃまだから立ち退け」との命令が下るかもしれない。拒否すれば逮捕される(犯罪)。技術者が戦場に強制的に派遣される。これも拒否したら犯罪者として逮捕される。確か日本の憲法では戦争の放棄を謳ってたけど・・・どうなってるの?まるで戦争法案みたい・・・。

(有事関連3法案)のほんの一部

 イ 捕虜の取扱いに関する措置

 ロ 電波の利用その他通信に関する措置

 ハ 船舶及び航空機の航行に関する措置

 三 アメリカ合衆国の軍隊が実施する日米安保条約に従って武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に実施されるための措置

有事関連3法案の全文をインターネットで探してみたけど難しくってどんな内容だかわかりにくい。もっとわかりやすい言葉で(子どもでもわかるように)表現してほしいものだ。でも上の「捕虜」という言葉にドキッとした。もうずっと前になくなった言葉かと思っていたのにまだまだ新しい、これからのことなんだ。ワールドサッカーで世間が盛り上がっている間にも法案は着々と審議が進む。

戦争って過去のもので、子どもたちに「戦争はこんなに悲惨なの。もう2度と戦争が起きないようにしないとね」ってこの間沖縄に行って戦跡を見せてきたところなのに、過去どころか今から現実に起きるかもしれないって!
でもなぜ日本が攻められるの?アメリカの基地があるからだって。それからアメリカと安保条約を結んでいる国だからって。え??アメリカが守ってくれてるんじゃないの?ちがうちがう、アメリカがいるから日本が標的にされてるんだって。日本の国で戦えばアメリカは無傷だから。アメリカにとっては日本ってとっても素晴らしい基地みたい。つまり足場。
とても怖い。息子が顔を曇らせた。「いやや、なんで戦争なんてするんや。」その顔をみて思った。大人の責任、戦争を起こすも起こさないも私たち大人の責任なんじゃ・・・。そんな怖い法案が通らないようにする方法ってあるの?とあせる昨今。6月半ばまで集中審議がつづく。内閣総理大臣の権限がより強くなるらしい。小泉さん、なぜ?
5月15日 今の通勤用の車が来月で車検切れ・・・この際乗り換えようかと中古車センター周りを先月末にした。3件目で購入する車を決めて明日にも納車か・・・と思っていたら車庫証明がなかなかスムーズに取れず。何でも15センチ程駐車場の長さが足りないんだと。以前だったらすんなり申請が通っていたのに近頃の車事情でか車庫証明の基準も厳しくなっているよう。というわけであと最低一週間はかかるそう。まぁ明日は雨の予報なのでその方がいいかなぁ。
車はホンダのHR-V。黄色に近いからし色(?)の3ドア(FF)。初めて見た車種、というよりあんまり車に関心を払ってなかったので他の車種にも全く疎いわけだが。それにしてもHR−Vと決めてから気にして見てるけど街でもあまり見かけないなぁ。もう2週間近くになるけどはっきりそれとわかったのは今まで一台だけ。でも街に溢れている車種よりもその方がいいかな。
5月11日 あっという間に日が過ぎていく!更新するのは毎日じゃなくって休みごと・・かな。今日は朝ゆっくり寝られた(いつもは5時とか6時・・・今日は9時♪)学校が休み(5日制には反対だけど)なのでこういうときは助かる。だけど10時から自治会の防災訓練で消火器の訓練や救急救命の訓練でお昼まで・・・その後は息子のサッカー当番であっという間に夕方になっちゃった。
明日の母の日に実家に贈り物をしなくっちゃぁ・・・・と今からあわてて買い物に・・。
モーが激しく鳴くので(家出も頻繁なので)ついに病院に電話をかけた。去勢の手術の予約をいれてしまった(という感じ)。なんだか罪悪感でいっぱい、だけどこのまま家で暮らすのなら仕方ない・・・と複雑な心境に陥っている。
写真はこの間「ハーベストの丘」に入ったときに買ってきたサフィニアの花。最近雨つづきなので水遣りしなくてもいいので助かってるけど、去年みたいに真夏日が続くとあっという間に枯らしてしまいそう・・・。
5月6日 これは羊さん。羊のエサを持っている息子におねだりしているシーン。堺市(大阪)にある「ハーベストの丘」に行ってきた。朝早く出かけたので開園と同時に到着。高速道路も混まないうちに行って戻ってこれました。
5月3日 世間では大型連休だというのに我が家はそれぞれの休みがバラバラ・・・。でも先月の29日には4人の休みが一致したので伊賀(三重県)のもくもくファームに遊びに行ってきた。豚さんの牧場でかわいい(?)豚さんがゆうゆうと歩いていた。手作りがいっぱいで地の小麦粉で作られたパンがとってもおいしかった!今日は次男の試合を大阪まで見に行く予定(私だけで)。明日、明後日は仕事。連休の最後の日6日にはまた4人の休みが揃ったのでどこに行こうかなぁと思案中。天気がよいといいのだけど・・・。でもどこ行っても人・ヒト・ひとかなぁ・・・。
4月27日 5日ぶりの日記の更新。月末は仕事がいっぱいで忙しくてなかなか日記をつけることができなかった。いよいよゴールデンウィークに突入したが今日も明日も、それから5月に入ってからも土日は仕事。今日も5年生の息子が朝からパン屋さんでパンを仕入れ、お昼はマクドナルドで食べて・・・とそれなりにやってくれている(決して健康的な食生活とは言えないけれども)。これから土日はこんな感じが多いのかも・・・上の息子はパパの作った昼食を食べたらしいけれど。
でも一日の過ぎるのはあっという間、いろんなハプニングもあるけれども、現場はやっぱり楽しい!今日仕事を終えて帰ろうとしたら「ドーンドーン」と音がするので何事かと思ったら夜空に打ち上げ花火・・・近くの大学と地域の共催のお祭りらしい。なんか得した気分で花火をしばし見つめていた。夏の夜空ならぬ春の夜空・・もなかなかいいもんだ。
4月22日 昨日は雨の中、早朝から夕方までサッカーの当番でグランドにはりついていた。結構冷たい雨で身体が冷え切って・・・とっても疲れた。でも県大会の予選はなんとか(首の皮一枚でつながったぁ・・・)勝ち進むことができてそれだけでも当番をした甲斐があるというもの。ものすごい洗濯物の量に閉口しているけれども・・・サッカーばかりは大雪でも降らない限り中止にならないのだ(泣)。ねむたーい・・・と思いつつ更新してたら0時を回ってしまっていた。
4月20日 スプレー行為ばかりしていたモーがついに家を出た。いつも物陰に隠れてばかりのモーがいなくなったのに気づいたのは昨夜の夜遅く・・。ベランダを閉めてから既にだいぶ時間が経過していた。昨夜遅くに一度だけ姿を見かけた公園を早朝探してみたけどもうその姿はなかった。人と暮らすことが楽しそうでなかったモーのこれからのことを漠然と考え始めていた矢先だった。去勢も躊躇していたが家族の一員になりきれなかったモーにとって結果的にそれでよかったんだと言い聞かせ・・・・・もう一度下の部屋の窓をのぞいたら・・・いた!以前ムーがいなくなった時と全く同じ構図だ。しかし今回は手ごわい。下手に手を伸ばすと驚いて逃げ出すに決まっている。ジーッと待ってみたが入ってこようとしない。そこでムーに協力をしてもらうことに・・・。外に出たくて仕方のないムーの首を抑えながら窓からモーを呼んだら、ムーに顔を近づけながら入ってきた!とてもお腹が空いていたみたい。ガツガツと食べて飲んでトイレに行った。ムーありがとう!だけどこれからムーとモーで幾度となく脱走を企てるかもしれない・・・。
4月18日 毎日のお弁当づくりも始まり、変則勤務の疲れとも重なってか、ここのところ睡眠不足気味。「春」でもあるし「眠た〜い・・・お昼寝した〜い」毎日。日記の更新も目標の「毎日」から2,3日に一度のペースになってる。
3ニャンの間は進展も後退もない感じでそれぞれの位置を確保して共同生活を送っている。やっとウイルス感染症からは立ち直ったので安心してたら・・・また布団の上に冷たいものを発見!まただ!誰かが布団におしっこをした・・・もちろん猫のそれ。現場を見たわけではないけど、やっぱりモーか・・・。あぁ・・(悲)。猫ちゃんのしつけ・・・難しいなぁ。
4月15日 ムーが久しぶりに居間に来てミャーと大きな声を出しながら階下にも降りていった。やっといつものムーに戻ってきたかな・・・。ホッと一安心。
今日は早朝からお弁当を作って6時には勤務につくため家を出た。施設の月曜日は入浴日。夜にゆっくりお風呂に入れるといいのだけど身体に障害のある人たちの入浴はたくさんの職員がいる時間帯でないと行えない。だから9時頃から16時頃まで時間をかけてひとり一人の入浴介護を行う。勤務が終了する頃にはもうフラフラ状態。疲れた〜よーく働いた〜って感じ!身体は疲れるけど充実感があるってのは幸せなことかなぁ。
4月13日 今日は放送大学のスクーリングだった。ギリギリまで行こうか行くまいかと悩んだ末行くことにした。変則勤務となって2週間、子どもに寂しい思いをさせているのではと思うとたまの休みくらい家にいようか、でも後で行かなかった事を後悔するよりはいいかと思い改め(子どもも自分たちのせいにされたらたまったもんじゃないだろう)受講することにした。
テーマは《ボランティアという人間関係》・・ボランティアという言葉自体私は好きではないが、こいろんな概念を含む言葉だなぁ・・と思う。私自身学生時代ボランティアサークルに所属してボランティアしていたが、「してあげる」という意識がどこかにあったような気がする。実際は私が得ることが多くて「教えてもらった」のであるが、ボランティアという言葉自体に「してあげる」「してもらう」という概念がつきまとい、主体はボランティアをする人間自身であってなんだか対等な人間関係になっていないような気がする。語源は「自発的な・・」ということらしいけれども。自発的な押し付け・・だったりもするんだろうか。
今日の講義は・・講義というよりグループディスカッションみたいなもので、4人のグループで「ボランティア」について話し合い発表するという形式だった。初めて知り合った老若男女の学生同士が自己紹介から始まってワイワイとフリートークして盛り上がるまでに時間はかからなかった。職場からでも地域からでもなく完全ないち個人として参加していることの気軽さからだろうか、自分の意見を自由に語ることができる・・そんな感じだった。
4月11日 たくさんのスタッフとワイワイとおしゃべりしながら休憩してるととっても楽しい!それに仕事中も障害のある人たち(うーん・・意思の疎通の難しい人がかなり多いけど・・・笑顔なんかでわかりあえたりしてね!)と話したり、スタッフと話したり・・・笑い声も絶えないし、身体はしんどいけど楽しい!!前の部署は少ない人数だったから人間関係に広がりがなくちょっとマンネリ化してたかな。大学や専門学校を卒業してあまり年数のたってない職員が多いんだけど、その感性の豊かさにこちらが教えてもらえることがたーくさん。さすが!と思える場面にもよく出くわして頼もしい限り。変則勤務は確かに大変だけど、現場でしか得られない貴重なものもたーくさんある。
子どもにはちょっと寂しい思いをさせているけどその分話も聞いてあげなきゃね。今日もお昼に携帯電話に伝言メッセージを入れていた中学生になりたての長男。私がそのメッセージを聞いたのは帰宅途中(午後7時過ぎ)、鍵を忘れて困っている・・・え??お昼の12時に?どうもお父さんにも連絡がつかなかったらしい。急いで電話をかけると明るい声で弟が帰ってきた(でも6時過ぎ)ので家に入れたと言う。それまでどこにいたかというと隣の喫茶店。お昼ごはんもそこで食べてそれからずーっとマンガを読んでいたらしい。6時間近くも!!あぁ・・・子ども駆け込み寺でもないのに・・・いっつもお世話になる喫茶店のなんとありがたいこと。我が息子さんは世渡りが上手になるかもしれないけれども、もちっとしっかりしてもらわねばならないなぁ・・・。
4月10日 今日も10時半にようやく帰宅。パパも仕事でいないから・・子どもはようやく宿題に取りかかったところで結局12時近くまで起きていた。これからもずっとこんな生活パターンが続くわけだけど・・・。
今年から学校5日制が始まったけれども・・これって本当にいいの?土日が休みで子どもたちにどんなメリットがあるのだろう。毎日の時間数が増えて・・・・早く帰れる日がなくなって・・・。友だちと出会える日も減るわけだから・・・友だちとの関係づくりに今まで土曜日の午後は貴重だったと思う。それに放課後の時間も少なくなるのに、子どもたちの社会性はどこで伸ばされていくのだろう。
週休2日制と週40時間労働制が取り入れられた時にはあちこちの事業所で一日の労働時間が延長されて週休2日が実施されたけど、それがそのまま子どもたちの教育の現場にも取り込まれた形となった。おかげで文化祭とか運動会とかの行事も全て平日(土日に振り替えると土日が5時間とか6時間授業となって給食もないのでお弁当持ちになるし・・・簡単にはできないそうだ)仕事をもつ親が子どもの学校での生活の様子を見る機会もグッと減る。これって子どもにとって本当にいいことなんだろうか?学校の先生の労働条件は確かに良くなるけど。
なんだか不安な制度です。すぐには結果は見えないだろうけど・・・・。
身体がついていかない・・・ ブランクが長いためか、それとも自然の積み重ねには抗えないものなのか・・・身体がついていかないよ〜。すんごい業務量に驚いてなんとかならないものかと思案してても時間は止まってはくれないし・・ハァ〜。
あぁ・・とっても疲れて戻ってきたのにまた布団の上でモーがおしっこをしていた。なんで〜・・。これって発情期と関係あるのかなぁ。日に日に太るモーとこの頃体調不良でやせてきたムー。目やにの出はじめたメイを見ていて余計にドッと疲れが・・・・病院に連れていく時間も確保できないこの頃、どうしよう。
4月8日 中学校の入学式は午後から。ちょっと時間があるのでと午前中息子と二人で掃除をしていたら、だんだん時間がなくなって、さぁ出かけましょうとクローゼットを開けてびっくり!!着ていくつもりにしていたスーツに猫の引っかき傷・・・・春物のスーツは2着しかないのにどちらも肩の部分の繊維が千切れてしまっている・・・あまりのことに呆然。そういえば昨日パパがクローゼットの扉を開けたままにしておいてモーが隠れていたんだ。私が探したのであわてて逃げようと必死でスーツをよじ登ったとみえる。あぁ・・ショック!!駅前のスーパーに走り試着もせずに適当なスーツを購入した。こんな無駄遣いに衝動買いはない!だけどそんなこと言ってられない(スーツを購入して家に戻るまでに10分を要す・・・・お店が近くて助かった)。昼食は息子が作ってくれた天丼(といっても冷凍だけど、天ぷらとタレをレンジで温めてご飯にかけるだけ・・これがまたおいしいのだ)を急いで食べて家を飛び出した。自転車通学が禁止されている中学校は高台にあって30分はかかる。緩やかだけども国道からさらに45メートルの勾配を上らなければならないのだ。その上一年生の教室は4階。だけど窓からは琵琶湖が一望でき吹き抜ける風がとっても気持ちよかった。この坂道を一年間登り続けたらなんと世界最高峰のエベレストに登頂するのと同じだと生徒会の会長の挨拶。うーん・・・なかなかの運動量だ。
それにしてもあまりにあわてて飛び出したからデジカメのメモリーカードも忘れるし・・・行きも帰りも友だちと楽しそうに歩く長男の後姿を見ながら歩く私は靴擦れができて・・・・(泣)。
ドタバタの入学式も無事終わり明日から長男の中学校生活がスタートする。
4月7日 おととい、昨日と連休だったのに・・・日記の更新が出来なかった。昨日は朝の7時からサッカーの当番で夕方5時までグランドで過ごし、その後学童保育の会議で家に帰ったのはなんと10時過ぎ。今日はこれから出勤でまたまた戻るのは夜の10時過ぎ。なんとハードな日々だこと。今日も息子は雨の中試合に行ってるけど仕事じゃぁ応援にも行けない。長男は明日いよいよ中学の入学式。「お母さんみたいにレンジでつくれるオカズばかりだったら僕にだってお弁当つくれる!」・・とグサッと胸につきささる言葉をさらりと言ってのける息子さんに、これからの大活躍を期待して・・・(パパリンよりは上手だったりして・・笑)。
4月4日 明日は休み。この4日間でかなり疲労が溜まってしまった。休み毎に疲れを回復していかなきゃ積もり積もって体が動かなくなりそう・・・。やっぱり4年間のブランクは大きいなぁと実感。気持ちや身体にゆとりを持ちながらやっていかなきゃね。
桜はいつの間にか散り始めて新緑の季節に・・・・。
4月2日 思った以上に現場は大変。今日は昨日と打って変わって長ーい一日だった。朝出勤して夜の9時頃まで連続して勤務した。残業というやつ。身体はヘトヘトになるけど、気持ちはシャキッとしてるから不思議。よく働いたなぁ・・と充実感がある。そのうちHPの更新もままならなくなるのではないかと心配・・・自分のHPをチェックするので精一杯で訪問もなかなか出来ないし・・。ともかく新たな生活のパターンに自分自身も家族も慣れるのが先決かな。
4月1日 今日から現場。長かった髪をばっさり切って出勤したら「心機一転」だと異口同音・・・。でもすっきりしていい感じ。久々に一日中動き回ってさすがに疲れた。でもいい疲れ方かなぁ。もともと現場で育った人間だから現場が性に合ってるんだと思う。すぐに勘も取り戻せたし・・・あとは身体を壊さないでいかに働くかってところかな。明日もガンバロ。
3月30日 今日は休みだったけど職場に一日出かけて4年間分のかたづけ・・。ごみも一杯出して、デスク周りを整理してなんとか終わった(あとはお家で少しずつやろう)。あぁ・・すっきり!こんなことでもないと片付けないからよかったのかも。家の中もこんな風に集中してかたづけることができたらいいのになぁ。いよいよ4月から現場復帰。勤務も変則になる。ずっとやってきた仕事だから不安はないけど、この間デスクワーク中心でちょっと体力が落ちてるかも。
モーが私と久しぶりに遊んでくれた!なかなかつかまえるのに苦労したけど、抱っこしたら途端にゴロゴロ。ボールや紐で手玉をとって遊ぶ・・ちょっと前を思い出したみたい。そのうち遊び疲れて寝てしまったけど・・・。とっても嬉しい。ちょっと前進。
3月28日 異動を前にした年度末でとっても忙しいのに旅行に行ったから(計画したときは異動の話はまだなかったの)・・仕事に追われて右も左も向けない状態。明日で今の所は終わって4月1日から新しい部署へ。その引継ぎの準備でパニック状態。おまけに給食がないから毎朝弁当をこさえて・・睡眠不足が溜まってついに昨日は9時すぎにダウンした・・・気がついたら朝に・・。モーもなかなか慣れなくって逃げ回ってばかり。ビクビクして押入れの奥とかベッドの下とかに潜って私が手を近づけただけでも逃げて行くし・・・。抱っこしてしまえばゴロゴロと喉を鳴らして静かにしてるのだけどね。ひとつのお部屋に一ヶ月間も閉じ込められた後遺症かな・・。大海に放り出されてビビっているような。沖縄に行ったときはお部屋を開放していたんだけど、やっぱりメイとは馴染めなかったよう。なんだか家の中の野良猫状態。ご飯ももらっているというより、人の目のない時にぬすみにくるって感じで・・・。なんだか悲しいわぁ。特に子どもがバタバタと走り回ったりすると怖いみたい。みんなが寝静まった頃になったらそーっと出てくる感じ。で、「モー」って声をかけたらビクっとして逃げて行く。この先どうなるんだろ。
3月26日 沖縄は3日間とも前線の影響で厚い雲に覆われていた。雨に降られたのは2日目の夜と3日目・・。海の青さには出会えなかったけれども海は透明できれいだった。沖の方でさんご礁にぶつかってできる白い波が子どもには不思議でならなかったらしい。海の色がそこから先は深くなっていることを物語っていた。
今回の旅は沖縄戦の史実に触れるのが目的のひとつ。焼け落ちた首里城はきれいに再現されて、今度中学生になる長男は時間をかけてゆっくりと見て回っていた。それからひめゆり記念館の中も一番良く見ていたのは長男だった。ガマ(壕)を見たいと言ったのも彼。「悲風の丘」と書かれた看板だけが入り口にある旧陸軍病院の壕跡は気をつけていないと見つけられないほど荒れ果てていた。時間があれば他の壕も見て回りたかった。本当は嘉手納基地の戦闘機の離発着の訓練の様子も見せたかった。ものすごい爆音に包まれるはずの安保の丘は私たちが訪れた時は日曜日で時折軍の飛行機が飛び立つだけで静まり返っていた。岬にある平和の礎(いしじ)には沖縄戦で犠牲になった外国人の名前も含めてたくさんの人の名前が刻まれていた。打ち寄せる波が物悲しく映った。
もっと時間があったらあれもこれもと見たいところがたくさん・・・。それに一人一人見たいところが違うから家族旅行を充実させるのは大変。子どももふたつ年が違うだけで興味関心がちがう・・歴史的な出来事に関しては下の子にはまだ難しかったよう。もっともっと下調べをしておくべきだったなぁ・・。
レンタカーだらけの沖縄でナビが狂うたんびにUターンを繰り返し、キャーキャーと大騒ぎの珍道中。だけどナビがなかったら本当に迷ってばかりだったろうなぁ・・とナビ君に感謝。またいつか沖縄に行きたい思いを強くした。
3月21日 長男の卒業旅行に明後日から二泊三日の旅行に出かける予定。行き先は沖縄本島。家族がそろって多忙なため旅行に出かけるのも一年に一度あるかないか・・・・・。3ニャンは留守番。
週間天気予報では3日のうち2日間が雨・・・。今からちょっと憂鬱だけど、雨は雨なりに楽しみ方があるかも・・・。あまり時間がないけどできるだけいろんなところを見たい。だけどこの旅行の主人公は子どもたち。大人の都合で振り回すとしかられそうだ。
卒業式 毎年卒業シーズンになると問題になる「日の丸」と「君が代」。広島の学校長が自殺した後、法律で国旗掲揚が定められて半ば強制的になってしまった。国歌は国民の歌のこと?・・・・だったら「君が代」はおかしいよ。「君」って君主のことでしょ。君主(天皇)の代がずっと続きますように・・なんていう歌をなんで子どもたちに歌わさなければならないの?「式」なるもので一番悲しく怒りを感じる時。
自分が小学生だった頃歌うことがあたりまえで、日の丸を見上げながら声を張り上げて歌っていた・・・・意味を知らなかった。今は歌えない。戦争にいくために国民はみんな心をひとつにしなくてはならなかった。日の丸のもとで、天皇の命令で・・・。とても悲しい歴史がここにもある。日の丸を掲げて中国侵略もした。
ドイツのナチス時代のカギ十字の旗は今はない。ヒトラーとともに、あの戦争のあと姿を消した。なのに日の丸は今も健在・・・おかしいよ。オリンピックやワールドカップでホッペにかわいく貼ってあるイメージの方が最近強いけど・・でも日の丸は日の丸。
私は「国歌斉唱」のアナウンスとともに静かに着席した。
主人公は国民、市民一人ひとり、今日は子どもたち。

式が終わり在校生の作る花道を通り抜けて学校を後にするんだけど、ここを親も一緒に歩いた。なんか変?親の卒業式みたい(笑)。でもこうして一緒に歩くのもこれからは少なくなるだろうなぁ。
今日は息子と他の子どもたちの一人ひとりの顔がよく見えた。式の間中みんな緊張していたみたいで終わってからのホッとした表情が明るかったなぁ。
みんなみんな頑張ったね。おめでとう!
3月18日 いよいよ明日卒業式。6年間使い続けたランドセルも今日でお役目が終わり。まるでランドセルが歩いてるみたいになるので一番軽いのを購入したんだけど・・・今ではもうボロボロ。よーく頑張ってくれたね・・と感謝(ランドセルさんに)。中学校の卒業式は高校の合格発表前日で感動に浸っていられないらしいけど、明日はどうかな。
ビデオを撮るのをやめようと思う。ビデオの画面が気になって式に集中できそうにないから心の中にしっかと焼付けることにした。そう・・いつもビデオを撮るんだけど後で見直すことってあんまりないしなぁ。うん、決めた。
今日持って帰ってきた思い出アルバムと文集をしみじみと見ていた息子さん、なかなかよいのが出来ていた。
私が6年生になった時(先輩を送り出した後)最高学年になったという実感があったなぁ。そして小学校を卒業するとき、中学校の制服を早く着たいなぁって胸ふくらませてたような気がするかなぁ。ずっと前のおぼろげな記憶。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」 ドキドキハラハラの冒険映画。一緒に見に行った子どもが何度も「こわい!」と言ってしがみついきた。CGの映像が本当の世界と見分けがつかないくらい、リアルな場面が多くて私も何度もドキッとした。まるでゲームの世界が映画になったかのような・・・。戦いの場面が多いのに少し唸ったが、子どもにとってはワクワクドキドキの冒険物語で楽しいんだろうな。ひとつの山を越えてまた旅に出る、今旅は始まったばかり・・・次の映画はいつかしら。
3月17日 職場で春を呼ぶコンサートがあった。フルートオーケストラに所属する2人の奏者によるフルート演奏。今日はとてもあたたかく今にも桜の花が咲きそうなお天気。窓を開け放しても心地よい風が吹いてくる。フルートの音色がとってもやさしく響き渡り・・・。障害のある人たちも私たちも同じ時間を共有してみんなよい表情。音楽ってやっぱり素敵。
3月16日 ついにムネオさんが辞めた。自民党を!だ。目に光ったのは田中前外相を更迭するのに一役買ったのにその外務省に裏切られた悔し涙。今回のいろんな不祥事を、ムネオさん自身は不祥事とは思っていないようだ。感覚がまるで違いすぎる。それに自民党を離党しただけで、議員としては生き残るらしい。そうして気づいたらまたいつか保守勢力で力を発揮する時を待つのかもしれない。体質を変えない限りこの「ムネオ」事件はまた起こるのだろう。私たちにできることはあるのだろうか。
3月15日 今日は養護学校中学部の卒業式。その中に一人40歳を過ぎた男性が混じっていた。彼は重度の身体障害者。義務教育は受ける義務、受けさせなくてはならない義務があるものだ。しかし彼が小学生の年齢に達した当時は、義務教育を受けなくてもよい「就学猶予」や「就学免除」の制度があったのだ。つまりあなた(のお子さん)は障害が重いので就学をしなくてもよろしいよ、学校に行きたくても行けない状況におかれた障害児がたくさんいたのだ。1979年になってやっと養護学校も義務化されて今ではどんなに障害が重くても虚弱でも学校教育を受けられるようになった。だけど彼はそのときもう学齢を超えて大人になっていた。学齢期にあった子どもはさかのぼって就学することができたが、彼の場合は論外だったのだ。それから彼は学校に通うことをずっと夢見てきた。
 それが現実のものになったのだ。ここに至るまでにはいろんな苦難があった。学校に通わせてほしいという彼の思いはなかなか行政に届かなかった。しかし彼と、昨年勉強を教えてもらったボランティア(元先生)とお母さんの熱意がひとつになってようやく光が見えてきた。だがすんなりと行けるわけではなかった。彼は高校に入学する資格としての学力審査を受けなければならなかった。それでも大きな前進だ。算数、国語、英語、社会、理科の5科目の中学校卒業と同等の学力があるかどうかの試験に臨んだ。すべての科目に合格したわけではないが、彼のがんばりに私はとても驚いた。そうして彼は県議会にも足を運んだ。なかなかうんといわなかった教育委員会がようやく重い腰を上げ、前向きの検討に入った。そして高等部を受験し晴れて入学の許可がおりたのだ。高等部に入学するためには中学校の卒業が必要だ。彼はいくつもの苦難を乗り越えて晴れて卒業式を迎えた。卒業証書を見せてもらって感激した。
長年の思いが実りをとげ彼ははじめて教育を受ける機会を得たのだ。彼のピースサインがキラキラと輝いていた。
3月14日 今日もあったかな一日。そういえば出かけるのに上着もあまり必要でなくなったかな。こうしてだんだん春に・・。毎日家と職場を行き来するだけで季節をからだ全体で感じることがなくって、気づいたら夏だったってことにならないようにしよう!といつもそう思うのだけど、ドタバタと春は忙しく過ぎて行く。日本の四季を楽しむゆとりをもたねばなぁ。せっかくの5感(残念ながら私には第6感はない・・笑)を働かせて感性も磨きたい。
3月13日  きのう養護学校の高等部の卒業式だった。勤務先の施設内で行われた。卒業した人は今後施設での生活が中心となる。「おめでとう」とみんなに言われて涙ぐむ少女がいた。彼女は学校が大好きなのだ。その涙は嬉しいから流したのではなく、学校に行けなくなることが悲しくて泣いていたのだ。ふつう学校を卒業するということは、それからの自立した生活に向けての第一歩。生活する上での大部分を人の援助なしには生きて行くことのできない障害のある人にとっての「卒業」とは一体何を意味するのだろう。働くことに代わる何かを、生活するうえでの楽しみを、一緒に見つけていかねばならない。
 
 それにしても卒業式というのは胸にこみ上げてくるものがある。感動の渦のなかで(そういえばあと一週間先は息子の卒業式だ)と思い「アッ」と声をあげそうになった。残り少ない小学校生活を過ごす我が子に最近どれだけ向き合っているだろうかと思った。そう思うと涙が出てきた。長男のこれまでの12年間をいろいろと思い出した。
 そのことを話したわけでもないのに、今朝登校前に長男が「今日は最後の水曜日だ。」と言った。即座に「そうだね。大切に過ごしてきてね。」と送り出した。彼は彼なりに小学校生活の締めくくりを意識しているんだ。そう思うと胸があつくなった。帰ってきた彼に「最後の水曜日どうだった?」と尋ねると「まぁまぁだった。」とのこと。これから卒業式までの毎日が小学校生活最後の○曜日。1日いちにちを大切に過ごしていこうね。
3月11日 モーとムーがだいぶ仲良しになってきた。ムーは面倒見がよいというのか、脳天気というのかなかなかいい性格をしていると思う。何度も開放したモーのお部屋に行き、遊んでいる。その様子をモーは寝転んで見ている。相変わらずメイはダメだけど、ムーの様子を見て少しずつ仲良くしてくれるようなると期待しよう。
岐阜・・三田洞 伯父のお見舞いに岐阜まで家族と義妹の5人で出かける。帰りに岐阜の三田洞(みたほら)弘法というお寺に寄って豆腐田楽と芋田楽、菜飯の精進料理を食べた。思いっきりヘルシーな昼食だったのに、夜は近所に新しくオープンしたバイキングのお店でたらふく食べてとっても不健康・・・。久々に高速道路を2時間程走ったので疲れた。
今日こそは「ロード・オブ・ザ・リング」を見ようと思ってたけど明日も長男はサッカーの試合で朝6時半に出発するので断念。なんともハードな休日だこと。
食の安全性って 生協の鶏肉もラベルが貼りかえられていたんだと!安全な飼料で育てた鶏肉だということでね、これまた10年も前から。「全農」の鶏肉!安全性を求めて生協で共同購入をしているのに、なんだか何を信じていいやら。この「全農」以前にも牛乳を薄めて出荷していたとかで問題になっていたから、なんとなく避けてはいたんだけど・・・。でも生協の商品からなくなったわけではなかったしね。安全性をうたって販売すると高く売れるからだって・・安全だから高くても消費者は買っているのにその心理を悪用したひどい話!私たち消費者はだんまりの野菜や肉を目の前にしてそのラベルや表示方法を見て購入するしか方法がないのにね。
自宅で鶏飼って、山羊飼って、牛も飼って、野菜植えて米作して・・・・そんな自給自足の生活をしなくなった日本人。お米が主食の日本で学校給食にパンが主食として登場したのもアメリカの圧力があったらしい。小麦の輸入自由化を受け入れ、多量のアメリカ産の小麦粉の供給先として学校給食に目をつけた政府(子どもの健康より、アメリカの顔色気にして、安全性より売れるかどうかを考え、外国との関係をコントロールできない政府に未来を託すなんてできないよ。今だって体質は変わっていない)。食料の輸入自由化で農業も酪農も圧迫され、減反政策でお米の生産も打撃を受けて、海外から船で運ばれてくるポストハーベストにまみれた小麦粉や野菜が市場に出回り、腐らないバナナを買い求め・・・(バナナが薬液プールに漬かっているのを写真で見た)。芽のでないじゃがいも(放射線で発芽を抑えてるらしい)や、安全性の確認されえいない遺伝子組み換えの大豆。こんなこと数え上げたらキリがないけど、売れる商品をつくるためは手段を選ばない今の商業資本優先の社会、「売れること」の方が「安全であること」より価値があるようだ。鶏肉のラベル偽りも氷山の一角にすぎない。
3月7日 実は春休みに息子の小学校卒業旅行と称して一番近い海外、「韓国」に行ってみようかと思っていた。ところがのんびり屋の私たちはパスポートの申請もせず、具体的な計画も立てず、行きたいなぁ・・・と「るるぶ」片手に思っていただけで、写真を撮って戸籍謄本まで準備したものの今となっては間に合わず(予約するには時間がなさすぎて)国内旅行をすることにした。どちらにしても旅行なんてとっても久しぶり。海外には一度も行ったことがない(今回の教訓を生かして夏には行くぞ!)。でもねこちゃんが待っているのであんまりせいぜい2泊くらいかと思っている。それまでにメイとムーとモーが仲良しにならなければ旅行もできないなぁ・・・。でも「焦りは禁物だ」と心に言い聞かせる。
掲示板 あらら・・昨日から新しい掲示板の「ねこのおひげ」にアクセスができなくなっちゃった。ショック。少し時間がたてば復活するかと一日待ってみたけどそんな気配もない。なんかサーバーのトラブルでもあったのかなぁ。無料掲示板だから文句も言えない(泣)。
今度は画像貼り付け掲示板をつけようかなぁ。
3月5日 先日のモーの検査結果が出た。一ヶ月前と全く同じ結果に喜ぶことも悲しむこともできない。猫を飼うのに健康診断とか予防接種とか、そんなこと以前なら考えもしなかったけれど、今はそうしないと自分自身も安心できないことも事実。
2年前に久しぶりに猫(メイ)と暮らすことになって手にした「猫の飼い方」に書いてあった通りに獣医さんにかかり、血液検査、予防接種もした。猫の健康管理にこんなに気をつかうものだとは思わなかったけれど・・メイが病気がちの猫だったから何度も病院に通った。ムーは頑強そのものだったけど、モーはそういうわけにはいかなかった。まさか一ヶ月以上も隔離生活が続くなんて(続けられるなんて)。もう少し今の生活が続くけれども当のモーが元気だからちょっと安心。
3月4日 宇宙の誕生は今から百五十億年前にさかのぼる。太陽系は四十六億年前。そうして想像もつかないくらい遥か遠い大昔の光が今ようやく私たちの目に届いている。地球上のどこでもあっという間に光は届く。だけどそんなの目じゃない。そんな壮大な宇宙の歴史を背負った地球、その地球に生きる私たち。
3月3日 今日はひな祭り、たまたま日曜日だった。こどもの日は祝日なのにね。だけど女の子のいない我が家はごく普通の日曜日。このごく普通の日はサッカー日。試合で次男のトンちゃんがゴールを決めた(なかなかかっこよかったぞ)。その後家に遊びにくるのは男の子ばかり。おうちが少々(だいぶ)散らかってても気にせず遊んでくれるので助かってる。昼間サッカーをして、その後ゲームをして、宿題にとりかかるのはいつも9時過ぎ。で・・・また朝が大変。そんないつもの休日。
3月2日 職場の帰り道、ちょっと渋滞していたのでコンビニ前の歩道に目をやったら一羽のカラス。ゴミの入ったようなビニール袋をクチバシと足をつかって上手に破いていく。時々周囲を見回しながら安全を確認してまたつついていく。見てる間に袋のなかからゴミ(カラスにとっては大切な食料なんだけどね)が出てきてそこら中に散らかっていく。風に吹かれて飛んでいくものもある。そのうち車が動き出したのでそこまでで観察は終了。あのカラス、お目当ての食料は見つかったんだろうか。でもカラスって賢い。人の目を盗んで奪いにくるもの。何年か前に届けられたばかりのフランスパンをちょっと目を離した隙にやられちゃった(ほとんどはバラバラになった袋とともに残っていたけど)。屋根からカラスに観察され、行動を読まれていたんだ、きっと。
3月1日 今日4月の人事異動の内示があった。私は4月から現場の仕事に戻る。今は事務的な仕事が主で定時の勤務で土日が休みの勤務。4月からは24時間365日交替で仕事をすることに。私は好きな仕事に戻れて嬉しいのだけど、これで大変なのはパパりん。朝食、夕食、お弁当づくり・・・それからサッカー当番、忙しくなるぞ!我が家の主夫ガンバレ!
2月28日 モーの毛づくろいと顔を洗う様子をジッとみていた。前の手をベロベロと舐めては顔をこする。このごろ拭いてあげなくても目やにが残らなくなったなぁと思っていたが、きっと上手になったのだ。もしかしたら野外では落ち着いて毛づくろいすることもできなかったのかも。ネコちゃんは全身をくまなくベロベロとなめる。よーく考えるとそれってきれいなんだかどうなんだかわかんなくなるけれど・・・・(笑)。モーのお顔もだんだんきれいになってきた。
2月27日 早いもので2月も終わり、アッという間に過ぎたような気がする(実際28日までしかないので早いのだけど・・・)。なんだかモーの隔離とHPの更新に明け暮れたような気がする2月。3月も忙しくなりそうだ。長男の卒業と入学の準備、そして4月からは私の仕事内容も少し変わる。忙しさに追われないようにしよう。
2月26日 今日田舎から荷物が届きました。米がなくなるたびにこうして宅急便で届けられるのだけど、米のほかにも野菜や日用品などが隙間いっぱいに詰め込まれています。すぐに食べれるようにとお赤飯が入っていることもあるし、揚げ物が入っていることもある(夏場でもクール宅急便があるのでなんでも送れちゃうんですよね)。それから子どもがよろこぶようにとお菓子や(実は私が一番よろこんでいたりして!)本当はいかんのだろうけど時にはお小遣いなんかが箱のそこに貼り付けてあったりします(これは子どもにちゃんとあげてますよ!)。果たして自分が息子たちにこんなことができるのだろうかと思うのだけど、親とはほんとうにありがたいものですね。この前なんかジクソーパズルの仕上がったパネル(大)を送ってきてくれました(ムーの写真のバックにあるミニチュアのパネル)。
2月25日 北風と太陽の話は誰でも知っている。このおとぎ話を本当に実現しようとしている人がいる。それが韓国の金大中氏だ。ついこの間アメリカから勇ましいカウボーイがやってきた。喧嘩が大好きなライオンはカウボーイと意気投合した。でも金大中氏はちがった。戦になれば流れるのは同じ民族の血。勇ましい北風だけでは人々の幸せは得られないとカウボーイを説得した。これが太陽政策。私は8月生まれ・・太陽が大好き。
オリンピックの金メダル  金メダル、銀メダルにおどる表彰式。だけどこの判定にあたって不正が行われていたことが明らかになった。もっとも以前からあったことらしいけど。公正な評価などそもそもできないのかもしれない。評価するのは同じ人間なのだから。だけど評価するにあたって圧力をかけて特定の国を有利に導くような判定が行われているなんて。「まさか」、というより「やっぱり」・・・というか「またか」という言葉しか出ないけど・・。そんな現実にもがっくり。もっと純粋に楽しんだり、喜んだりできないものか・・・。
 もう何年か前、国のえらい人が障害のある人たちに会うためにわが施設を訪問したことがある。常々暴言をはく利用者を奥の部屋から出さないようにとの指示があった。もちろん職員は怒った。日常を見ないで何を見るというのだ。そのために道路は整備され木は植えかえられ、花が咲き、美しくなった。私の知っている人はとっても純粋だ。見学に来る人が誰だろうと態度を変えることはない。楽しいことは楽しいし、嫌なことは嫌なのだ。
 ある障害のために身体がいうことを利かない(意思とは反対の方向に体が動いてしまう)アテトーゼといわれる脳性まひの人が市長さんに挨拶をしようと思って顔をぶんなぐってしまったそうだ。全く悪気はなかったのだが、見ていた職員は声をころして笑ったそうである。「もっと自分たちのことを見てよ、どこ向いて行政してんのよ!」って。
 あ、お断りしますが誰に対しても殴ったり蹴ったりの暴力はいけません。この場合は仕方なく起こった出来事でして、暴力を肯定したり、拍手をしているのでは決してありません。
 金メダルの重みがどれだけ純粋なものかはかれる計りがほしいですね。
久しぶりの休日? 今日はめずらしく子どものサッカーがお休み。中学校の制服を合わせに行った後、映画館に行く。なんだか久しぶりの休日・・・のよう。やっと「ハリーポッター」を見れた。子どもの気持ちに戻ってみないと変!かも・・。でも楽しかったわ。ハリーポッターの本を半分程読み終えた息子さんがとっても喜んでいた。親子3人(パパりんはお仕事)でのんびりと過ごす時間がこの頃なかったのでリフレッシュ!
23日意識の最低ライン・・・ 雪印食品が4月に解散するのですって(雪印乳業は残る)。これまで分った事実だけ考えてもそれは当然のこと!だけど何の責任もない従業員までみんな解雇(3月に解雇して、それから事業譲渡先への雇用継続や再就職のあっせんにあたると会社は言っているそうだけど)されてしまう、それが一番つらい。消費者に対しても、社員に対しても誠意を尽くしてほしい。
学校給食でも牛肉の偽装が行われていたとわかったけれども(遅い!)、きっと氷山の一角・・・知らぬが仏・・なんて言ってられない!気がついたときは遅かった・・なんてことにならないように。こんな事件のおこる背景にはモラルの低さが影響しているのかな。もっと経営者を含む国民の意識が高く、いくら経営難におちいってもこれだけは許してはならないという最低ラインが高ければこんなことにはならないのかも・・。どこかで大きな落とし穴があるのでは・・・・。
社会福祉学会 県の社会福祉学会が開催された。もう20回目になる学会なんだけどそんな堅苦しくなくってどちらかというと発表会に近いような・・・・。誰でも参加できるし、個人的な研究も含めて発表できる。私は昨年に引き続きその推進委員で、会場準備とか記録係り(と言ってもカセットテープの番をするだけ)を担当した。障害児・者の施設の分科会で、いろんな実践の報告があって自分自身の勉強にもなった(あとで評価をするというお仕事を除いては)。
子どもが学校を休んで3日目。セキがでるので休ませたが、私はそんなわけで仕事を休むわけにはいかず一人で留守番をしてもらった(時々パパが様子を見てくれるというので)。ところが分科会の最中に携帯電話がしきりにブルブルと振動する。家からだとわかるので切るが、切っても切ってもまたブルブル。携帯の電池が消耗したのがウインドウを見てわかるほど鳴らし続ける息子さん。(今出れない)との私の意図は伝わらず・・・。休憩時間にかけ直すと「モーにエサあげなくていいの?」が用件だったりする。でも叱るわけにはいかず「いつもお昼間はあげてないのでいいよ」と切って、会の終了後家路を急ぐが、家に戻るとぐっすり眠っている。まだ起きない。
給食のお肉が・・
(21日)
今日の新聞をみてびっくり!学校給食に大阪市で国産牛肉と偽って輸入牛肉を使っていたんだって。「給食はドル箱」だって!安い輸入牛肉を国産牛肉の価格で卸して儲けていたんだって(証明書も使って)!そして本物の国産牛肉はレストランなどに卸していたと!もう15年以上も前からそうやっていたらしい・・・。成長盛りの子どもたち、これからの日本の未来を担う子どもたちの給食を食い物にしていたとは!いろんな悪事が明らかになっていく。「学校給食は国産牛肉で」との保護者の要望を受けて国産牛肉にしていたらしい・・。子どもの健康を願う親の気持ちも何もかも台無し。どうしてこんなことになってしまうんだろう。
20日  下のぼっちゃんが調子が悪いので今日も一日仕事を休む。子どもが上で寝ていた午前中に国会の予算委員会があったので見ていた。例の田中真紀子前外相と鈴木宗男議員の参考人質疑だ。あいかわらず田中真紀子さんは切れ味のよい言い方でご発言だったけれど、肝心のところは蓋をしたような感じだったなぁ。それから「思ったようにやりなさいと言われるので前に進もうとしたら、誰かがスカートの裾を踏んでいて進めない。誰が踏んでいるのかと振り返ったら、そう言ってるご本人(小泉さん)だった」というようなことを言っていたなぁ。きっと今日のニュースはこれを繰り返しそうだ(?)。
それからムネオさん。一切報道されているような事実関係はない(ムネオ・ハウス・・これは現地の住民が好意をこめて呼んでいるだけ、そんな例は他にもありますよ、とか、無競争入札なんてしていません。ちゃんとしかるべき公募しましたよ、とか・・・で)・・と堂々とお話になる。やくざまがいの話し方(圧力をかけたとされる)に関しては、「多少語気が強くなってそうお感じになったかもしれない」、などとおしゃっていましたね。しかし自民党の質疑は始めから仕組まれたような意図がありありと感じられたわ。だからムネオさんは意気揚々と明るく答弁していたし。そうして「誠意をもってとりくまれていたことがわかりました。事実無根なんですね!」というように自民党は発言を締めくくった(あほらしー)。
 でもその後の議員や野党側の質問にはたじたじ・・しどろもどろ・・開き直り。あぁやっぱりそうなんだ・・と思った。ムネオさんが額に汗をかくシーンもあった。自分自身の私財を寄付する時にも外務省を通して行ったことを自分から暴露して、それはおかしいと追及されたら真っ青になっていたしね。議員の持ち時間は勢力によってちがうのでほんの短時間しか質問時間がない議員もいるのに、質問とは関係ない発言を繰り返してブーイングの嵐だったりね。なーんかそれが国会議員かと思うとやっぱ恥ずかしい。自分の足場の根室をしっかり取り込んでいたってことがよーくわかった。
 小泉さんは聖域なき構造改革といって、お年寄りとか病気の人、不況の嵐で苦しんでいる人をもその対象にして等しく平等に負担をしてもらおうという政策を打ち立てているけど、一方で政治家と官僚がくっついて、族議員といわれる人たちが根幹を牛耳って好き放題、税金で自分の懐を豊かにして、名声を稼いで・・。こんなの変!ここからバッサリメスを入れなきゃなんにもならないんじゃないのぉって私でも思ったけど・・。いっくら小泉さんが質素な暮らしをしていて、清潔感があって・・かもしれないけれども、お仕事の政策づくりで多くの暮らし向きのよくない人たちの痛みを感じていただけないようでは困ります。
19日 今日のお昼前子どもの小学校から「熱があるから迎えに来て下さい」と電話が入りました。夫にも連絡がつかず仕事の段取りをつけてから休みをもらいました。家に戻っても気分が悪いらしく何も食べずにずっと夕方まで寝ていました。熱は38℃前後。この間も熱を出したばかりなのに・・。上ではぼっちゃんが下ではモーちゃんが、それぞれ調子が悪くて・・・。上に行ったり下に行ったり・・・・。夫が「猫のほうが心配なのか」とあきれるほどモーの側にもいましたが・・・。人間もそうですが、動物は食べないのが一番心配。ともかく食べてくれさえすればいいのですが・・・。メイとムーのお腹とモーのお腹は張り具合が違う。モーのは硬くてやっぱり大きい・・・・・。
で、ぼっちゃんはちょっと元気が出てきた。まだ少し熱があるようだけど・・。明日は元気になれるかなぁ・・。
18日 この間リニューアルしたときに「その他」のリンクをUPしました。その中に障害のある女の子の成長記録のページへのリンクを置いていたのですが、昨日外しました。先に承諾を得てからリンクをつけるべきだったのですが翌日になってから連絡をとりました。以前私がボランティアで保育をしたというだけの関係で、先方のご家族とは面識はないのですが一人でも多くの方に読んでほしいという私の思いが先走った形となってしまいました。リンクを外してほしいという内容の返事が返ってきました。どういうことかといいますと、お子さんのプライバシーを守りたい、口コミで伝えて読んでもらっているページである、リンクの依頼はたくさんあるがすべてお断りしている、ということでした。先方のご家庭にはご迷惑をおかけしました。リンクを置いていた3日間の間にご覧になられた方もいたかもしれませんがそんな事情ですのでご理解下さい。
17日 今日の朝日新聞のトップは池田小学校の事件で亡くなった子どもたちの写真。昨年の6月事件の報道に背筋が寒くなった。事件の背景をいろいろとマスコミは報道した。決して単純ではない多様な問題が絡んで起きた事件だったのだろう。その犠牲となったあどけない未来を夢見た子どもたち。尊くかけがえのない生命のひが消えていった。この事件を加害者一人の責任にしてしまっては解決の糸口は見つからない。一言では言い表すことはできないけれども大人社会にもその責任の一端があるはずだ。
あれから子どもたちは大人を疑うように教えられ、人を疑うことを学ぶ。今まで開放的だった子どもたちの学校に何箇所もフェンスがつけられた。
大人の背中を見て育つのが当たり前だったはずなのに、子どもは何を見て、何を信じて生きていけばいいのだろう。心の傷(トラウマ)を背負って生涯を生きていかねばならなくなった子どもたちを誰がその暗闇から救い出すのだろう。
クローンのCCちゃん(まねき猫、こまり猫への投稿より) 本当に可愛いですね、「CC」ちゃん。
簡単に「クローンはダメよ!」といえなくなるほど愛らしい。
人によってつくられたクローンでもそこにあるのは命、とっても複雑。
だけど今の科学ではまだまだクローンは長くは生きられないし、もしも長く生きられるようになったとしてもそれは自然なことではないよね。文明や科学がどんどん進歩する影で、人間として大切なものが失われていくような気がする。
考えれば考えるほど人間ってなんだろう・・ってわからなくなる。
結婚とかしなくても自分と全く同じ顔の赤ちゃんが生まれて、この人いいって思ったら同じ人がいつまでも生きることが(もしもヒトラーの遺伝子が残っていたら・・・・そんな不気味な話もあるし)可能で、ひょっとしたら人は死をも操作するようになるかもしれない。

でも形は引き継げても、心はそういうわけにはいかないよね。人格とか心とか、それはその人だけの尊厳ある命だよね。

映画「A.I」のことを思い出した。ロボットの少年は人間よりももっと感性が豊かに描かれていたし、ずっと未来の地球に生まれたクローンのお母さんはお母さんそのものだったけれども「愛」を伝えに生きるためのわずか一日の命だったね。

自然の命を科学は超えることができないし、超えてはダメだというスピルバークのメッセージだったのかしら・・・。
「ムネオ・ハウス」だって?冗談じゃないわ。 私だって自分のお家のローンで苦しんでいる。13日の国会で話題になっていたムネオ・ハウス。また鈴木さんが自分のお家をでっかく建てて国後の住民に開放でもしてるのかと思いきや、税金で作られた友好の家の通称だという!おまけにそのお家の中には「鈴木さん、あなたは私たちの友達です」なんて横断幕があるとかないとか・・。ふつう公共事業をやるときは入札するけど今回は無競争だったとか。で、その建設業者は鈴木さんの後援会の会計責任者だとのこと!献金ももらっていたとか。どんどんと暴かれていくではありませんか。それだけではなく色丹の診療所も税金でつくられているのに鈴木宗男診療所と呼ばれてるんだと。なんだか、知らなきゃそれまでだけどこれはみんな本当の話。こんなに不況で、失業する人も半端じゃない今の日本なのに一方で私たちの税金を自分のために使うのが選挙で選ばれし国会議員なんて・・・こんなこと許してたら日本って国はいつまでたっても救われない。人のお金で自分のお家(だ!これは)を建てて、その見返りにお金をもらっていたなんて冗談じゃないわ(怒)。
2月15日 ホームページをリニューアルした。結構大変・・・だった。「まみむめも通信」を発行してみようと思ってからやり始めたのでドタバタ・・。とりあえずアップロードできた(ホッ)。
2月14日 今日はバレンタインデー・・。聖バレンタインの受難の記念日だそう。いつから今みたいにチョコレートが売れる日になったんだろう?(勉強不足・・あとで調べるよっと)男の子ってこの日やっぱりドキドキするのかしら・・・・うーん私が男だったらこんな日いやかもね。
素敵なドラマがうまれたり、悲しい記念日になったりいろいろなのかな。でもネコくんにチョコレートあげても無視されるし、ネコに小判ならぬチョコレート。いくらモーでも食べないだろうなぁ。やっぱ鰹節かな。
なーんかこんな一見平和な日々の裏側にもいろんなことがおきているかと思うと、こんなのんきなこと考えてる場合じゃないって思うのだけど。
なんぱ? 「おかあさん、なんぱって何?」とコー君(小6)。え?ちょびっとあわてて「それは町を歩いてて声をかけることやろ」と答えると、何やら笑う息子さん。「大海原でみんななんぱした・・・」って。えー??船がひっくり返ったってことだったん?
「ところで君、軟派って意味知ってんのぉ?」「うん、だってテレビでよく言ってるやん」とおかしそうに笑うのだ。きゃー、一本とられたぁ!
2月12日(火) 今日はトンちゃんが学校を休んだ。お仕事を休んで病院に連れて行ったのはパパりん。私はお仕事。お薬もらってトンちゃんはめっちゃ元気になった。一日中「おとーさーん」と呼びまくっていたとかで、パパりんはヘトヘト。私が「おとうさーん」と呼んでもゾッとするらしい。頭が痛くなって寝ていたのもパパりんなのでした。
2月11日(祝) 今日私はサッカー当番で本当は朝早く(7時)から子どもたちと一緒に電車にのっているはずだった。だけど次男のトンちゃんが熱を出してしまったので行けなくなった。仕事とちがって、みんながボランティアでやっているサッカーとか学童の場合は他の人に負担がドッとかかるのでとっても申し訳ない気持ち。当の本人はゆうべよく寝たおかげで元気が出てきて今ゲームを始めた。今日は真冬の寒さと天気予報で聞いていたので心配したけど、窓越しにみる外はすっきりした青空で風もなく穏やか(戸外は寒い)。予報通りお昼前から雪が降ってきた(北部は警報が出ていた)けれども積もりはしなかった。モーの治療食(キャットフード)が終わったのでふつうのフードに変えたけれども今のところ調子は悪くない。
2月10日(日) 2月に入ってもう10日も過ぎた。今朝は粉雪が舞っている(寒い。だけど雪が降っていると寒いとわかるだけに体感温度は上がるような・・・??)。
今朝モーの様子を見に行ったら、また便が柔らかくなっているではないか!ただ単にお腹を壊しただけだといいんだけど(聞けばきのう夫が治療食が見つからないのでふつうの固形フードをお昼にあげたという・・)。それっくらいでは大丈夫だよ!と思っていたのに、やっぱりダメか。私が思う以上にデリケートなのかもしれない。腸が過敏になっているのかも。モーの話題は便のことしかないのか!と思うほど私も過敏になっている(私までお腹を壊しそうだぁ)。
2月9日(土) 土曜日なのに今(午後9時)やっとパソコンにむかう時間がとれた。連休といってもなんだか忙しい。オリンピックも始まったようだけどまだテレビも見ていない・・・。でも冬の競技は好き。子どもの頃からフィギアスケートは大好きだったし、あのボブスレーも映画をみてからますます好きになった。4年前のジャンプも感動で涙がでそうだったし・・・。今回もいろんなドラマがあるのかなぁ。
しんぶん読んでるとオリンピックの記事とはうらはらに、有事(戦争?)にそなえた法律が作られようとしているとか、サラリーマンの医療費の3割負担をいつ導入するべきかとかのお話が盛んなようです。医療費の3割負担と保険料の値上げもセットにして考えられているようですが病院にいくのをためらう人が多くなったら大変だと・・・。
2月8日(金)  今日職場で雇用対策のシステムとしての「ワークシェアリング」についてのアンケート(公的な機関の)になぜか私が回答することになったので、それについて感じたことをちょっと書きます。「ワークシェアリング」というのは労働時間を短縮してその浮いた時間であらたな労働者を雇い入れる(ということがアンケートに答えながらわかってきました)というもの。それについてあなたの意見は?という質問項目が並んでいました。
 このアンケートに出会うまでは「ワークシェアリング」もわるくないなぁ、と思っていたのですが、あたりまえですが労働時間を短縮するということは結局は賃金をカットするということで、その浮いたお金であらたに労働者を雇用しようというもの。ただ単に時間を減らすというわけではない。労働時間が減るだけならこんな嬉しいことはない。フリーな時間を使って趣味でもなんでもできるから。
 質問項目に「収入が減った時にはあらたにアルバイトをはじめるか?」とか、「今の仕組みでは2重に働くことはできないので、その規制緩和についてはどう思うか?」というものもありました。だけどこれも変な話・・・働く時間を短くしてその分で働く人を増やそうというのに、減らされた人があらたにアルバイトなどの仕事をはじめたら、また働けない人が出てくるのではないかしら?・・となんだかわけがわからなくなってきて、具体的に「何割だったら賃金カットを受け入れられるか」、とか「どんな職種の人が時間短縮したらいいと思うか?」とかの質問項目がでてきたらますます考え込んでしまいました。
 確かに今ほど失業している人が多いと何かしら雇用をすすめるための政策を考えなくてはならないかもしれないけれども、それよりも税金の使い道を考え直すとか無駄遣いをなくすことが先ではないかとも思うのです(公金の横領とか空出張とか、飛行機の飛ばない空港づくりとか・・)。国全体の無駄をなくしてその分のお金で働ける人を増やすことはできないのでしょうか、その上で労働時間の短縮をやって賃金のカットなしでたくさんの人の雇用ができればこんなよい話はないのになぁ。なぜ今一生懸命働いている労働者のお給料を労働時間を短縮してみんなで分け合いましょうという考え方が簡単に(かどうかはわかりませんが)生まれてくるのかが不思議に思えたのでした。・・・今日はちょっとシビアなお話でしたね。
2月7日(木) モーのうんちは形になってきてホッとしているのだけど、やっぱり後始末をしません。そのままポコって砂の上にのっけてる。性状はよくわかり、検便をとるのもとっても楽なのだけど・・・これから先の生活を考えると、ちょっとまずいんではないかと・・・。それにしてもうんちやおしっこに砂をかけない猫さんがいるなんて知らなかったぞ。モーが元気になってメイやムーと一緒に暮らせるようになったら、きっとモーのうんちの始末はメイとムーがせっせせっせとやるんだろうなぁ。それをみて学習してくれるかなぁ。

モーがいたずらっ子らしいということがだんだんとわかってきましたよ(詳しくはモーの日記で)。
2月6日(水) モーちゃんのことでたくさんの人からアドバイスやあったかい言葉をいただいてとっても勇気づけられています。それにモーちゃんが日増しにかわいくなってくんです(こういうの親ばかっていうんですね)。油断するとメイとムーがモーのいる部屋に忍び込んだり(!)・・・するので気をつけねば・・と反省。
ところでゆうべは私の側でめったに寝ないメイ(いつもは子どものベッドで寝ている)が珍しく布団の上にやってきました。このごろモーばかりを気にかけているのでメイなりに気にしてるのかな。ムーはあいかわらずのマイペースだけど。
学歴社会  このごろよーく電話がかかってきます。子どものお勉強のお誘いです。「もうすぐ中学生ですね」、とか「5年生ですね」とかで始まって、「内申書が・・」とか、「勉強の内容が難しくなって・・」とか親の心配を誘うような働きかけをして下さるんですね。ところが私はそういうのが嫌なので「いいです。うちは困っていません(んなことはないんですが)。」といって電話を体よく切ります。それよりもこれからやってくる思春期をどう乗り越えるのかとか、生きる力をどうつけるのかとか、地域のなかでたくましく育つためにはどうすればいいのか・・ってのが今の最大の関心事。思わず「生きる力をつけてくれる教科はありますか?」て聞き返してしまいそうになるんだけど(笑)。だけど、ほんとうに学力主義、学歴社会の中で子どもたちに進学(高学歴)のための勉強をしろと言わなくてはならないなんて悲しい。勉強の目的をはき違えているように思う。学ぶ目的は生きる力を身につけるためだと思うのだけどどうしてそうならないのかしら・・。目標の大学に入ってから遊びたおす学生がいっぱいいるのはそれまで反動だと思う。大学に入ることが目標だったからそうなるのではないかと思う。
 もっと人やものと関わる力(遊び)とか工夫する力だとか、今大切なことが山ほどあってそれができないまま育っていっている子どもたちがたくさんいるような気がしてならないのです。
2月5日(火) もう春・・・。梅の花が咲き始めているとか。例年より開花が少し早いとか、今年はやはり暖かいのか。春といえばなんとなく心ウキウキ・・・あぁ、モーちゃんが元気になってくれたら本当に嬉しいのに。
2月4日(月) ちまたでインフルエンザが流行っている。かなりの高熱が出るので体力も消耗するようだ。学校でも学級閉鎖するクラスがでたとか・・・。ウイルスという生物はいろんな悪さをする。インフルエンザもそうだし、例のコロナウイルスもそうだ。細菌よりやっかいで感染力も強いし発症すれば症状もきつい。だけど人間も無菌状態で生きるわけにはいかないし、ウイルスにしたってうまくつきあって(体内で抗体をつくりながら)生きてゆかなくてはならないのかもしれない。日常的に抵抗力をつける、体力をつける、免疫力をつけることはとても大切なことなんだろう。このごろちょっとばかし睡眠不足(昼間に眠気がおそってくる)。猫さんたちはその点寝たいときはぐっすり寝て健康的だ。私もみならってたまには早く寝なくっちゃ・・・。
2月3日(日) 今日は少年サッカーの県大会の一回戦、張り切って応援に行ってきました。結果は1対2で負け。なかなかいい線いってたけど点を入れるかどうかで勝敗が決まる。悔しくて泣いていた子もいたけど、これもよい経験かな(県大会に出場できるだけでもすごいことだから・・・・)。

今日のモーは少し形のある便をしていた。たかが便、されど便でちょっとの変化がとっても嬉しい。便の回数も減ってきたしいい感じ。
部屋に入るとすぐにひざにのってきてゴロゴロと甘えてくる。なんだか日増しにかわいくなってくる。
明日は立春。暦の上ではもう春。
2月2日(土) 夕方獣医さんから電話があり、検査結果が出たとのことでお話をききました。結果はコロナウイルスの抗体価が1600にあがっているとのことでした。価としては高いけれども、今回の結果だけで感染しているとはいえないそうです。だけどあと一ヶ月後の検査の結果がさらに高くなっていれば感染しているということなので、それまで先住猫との接触は避けたほうがよいとのことでした。なんとなく予想はしていたけれどもやはりショックでした。コロナウイルスについてネットでいろいろ調べると恐ろしくなってきます。でも獣医さんのお話では普通に暮らしていても感染しない猫もいるし、健康な猫さんもお腹のなかにウイルスを持っていることも多いので感染症として発症していなければ大丈夫でしょうとのことでした。少し安心しました。それから白血病とエイズの検査結果は(−)で大丈夫でした。月曜日に検便をしてもらって、また一ヵ月後に血液検査を受けにいってきます。
モーのこと 検査結果がまだ出ません(明日は土曜日なので週明けになるかも)。コロナウイルスとかエイズウイルスのキャリアだったらどうやってメイとムーと一緒の暮らしができるんだろう・・・と結果を聞く前からとっても心配。喧嘩さえしなければ感染することはないのかな・・。モーはまだ隔離中なのですが、お互いに気にしている。顔を見ると「フー」と威嚇しあう。まだ本格的には会わせていませんがちょっとだけ慣れてきたような気もします。
2月1日(金) 大の大人が、それも私たち日本人の代表であるはずの国会議員がなんとも品のないことをしてらっしゃるではありませんか。「またか・・」という感はありますが、崇高なはずの国会がぐちゃぐちゃ。自分たちの名誉と利益のためにか、好き勝手している・・・・。「信頼」がとても大切なお仕事だと思うのに。なんだか情けなくて、悲しくて、子どもたちにどう伝えればいいのでしょう。規範を示していかなくてはならない国の機関からしてこんな状態では示しがつかない。あの方たちはどこ向いて政治してるんでしょうね。
1月31日(木) 茶トラの猫さん(「モー」といいます。別に牛じゃありません)、お外に連れて行くとあわてて家の中に戻ってきます。安住の地が見つかるまで気が気でないんでしょうね。今日動物病院が休みで検査結果がきけませんでした。明日6年生の息子のスキー教室。10センチほど雪が積もってるとかでなんとか滑れるとのこと(大丈夫かなぁ)。
1月30日(水) 茶トラの猫さん、まだ下痢が続いています。それにうんちの始末ができない・・。砂の上にほったらかし。メイとムーの姿をみると背中を縮めます(別室で隔離しているので対面することはほとんどないけど)。もう大人同士だから一緒になるのは難しいのかも。明日検査結果が出るはず。
1月29日(火) 捨て猫とかのらねことか・・公園にはよくいる。それをみんな引き取っていたんでは今に猫屋敷になる。それに前からいる猫さんのストレスだって溜まる。だから人間の思いだけで飼うことも難しい。だけどこのままほおっておいたら保健所行き?かと思うとたまらなくなる。あまりに人なれしているので簡単について行くだろう。この近くにはすぐに通報する人もいるらしいので余計に不安。かといって・・・。
なんだか猫さんにとっても犬さんにとっても住みにくい人間社会。もちろん人間だって安心して暮らせているとは思えないのだけど(先日、中学生が路上生活者を死亡させたとのニュースを知り、暗くなっておりました。この事件も個人的な問題だけではなく、その背景にはいろんなことがからみあっているのでしょう。大人が作る社会の中で、子どもも大人も生きにくくなってるとそう思います)
1月28日(月) 家の前の公園でこの3日間、猫の鳴き声が聞こえていた。子猫ではなさそうだと思っていたけど昨日子どもが抱いていたので初めてその姿を見た。私の感じでは生後半年くらいか・・と思ったが実際は10ヶ月くらいとのこと。痩せていて目やにもついていておまけに下痢をしている様子。茶色のトラ猫。家に連れて入ったらメイもムーも唸る。その茶トラも唸る。もう大人になりかけの猫だから仕方がないか・・。それに猫さんって縄張り意識がもともと強いから・・。そういえばメイもムーと最初に出会ったときは唸っていたなぁ。いつの間にか仲良しになっちゃったけど。
捨て猫なのか人懐っこい。オーンオーン(ときこえる)と甘えてくる。
1月27日(日) 早朝から息子さんのサッカーの大会の準備で出かけました。昨日の天気予報で大雨と聞いていたので覚悟していましたが、お昼過ぎには青空もみられました(心底ホッとしました。)アウトドアはお天気に左右されちゃいますよね。サッカーは大雨でも中止にならないから(大雪の場合は別みたいですが・・)辛い。私は球技というものが苦手で、ルールもよくわからない。なのにまるで自分がサッカーをやってるみたいな気分になっちゃうから不思議です。
で、戻ってきたらミャーミャーと猫がないている・・。捨て猫ちゃん?かと思ったらうちのムー!うそぉ・・いつの間に出ちゃったのぉ。
朝、外はまだ真っ暗でムーが脱出したことに気づかなかったんだ。なんと一日中(12時間)も寒中でお散歩してたんだ・・・。にくきゅうが真っ黒!あ・・・ますますお外好きなねこちゃんに(おなかがいっぱいになったらすぐに出たいよ〜とドアにはりついていた)なっちゃった。
お外で疲れたのか今グーっすりと眠っています。
1月26日(土) 今日は子どもと一緒に市民会館まで映画を見に行きました。「ハッピーバースディ」とい映画です。
お母さんから「生まれてこなければよかったのに」と言われたことで傷つき、声を失った少女あすか(12歳)のお話でした。彼女はお兄ちゃんのすすめで遠くはなれたおじいちゃん、おばあちゃんの家で自然に囲まれて過ごし、やがて声を取り戻します。少女時代に母もまた傷ついていたことにも気づきました。
彼女を支えたことのひとつに重い障害のある少女メグとの出会いがありました。メグはしゃべることはできませんが、笑顔でいつも応えてくれます。あすかはメグには楽しいことも悲しいことも何でも話すことができました。そして声を取り戻したあすかはクラスでのいじめに正面から立ち向かいます。そんな中で、友人もまたいじめで傷ついたり、虐待で傷ついたりしていたこと知り、あすかの周りのみんなはだんだんやさしくなっていきました。みんなでメグの誕生会をしようと計画していた矢先、もともと丈夫ではなかったメグが死んでしまいます。だけど心の中で行き続けるメグの誕生会をお祝いします。
こんなストーリーの映画でした。あすかの、あすかの周りの大人たちの、そして子どもたちの心の声がきこえてくる・・人間って一人一人が大切な存在・・そんなことを感じさせる映画でした。
1月25日(金) 今朝は雪がハラハラ舞っていた。明日は氷点下まで気温が下がると天気予報。
1月24日(木) 日が暮れるのが少しずつおそくなってきた。ついこの間まで午後も5時を少し回ると暗くなっていたと思うけど・・。寒さは厳しいけど年々雪の降る日も少なくなり暖冬といわれることも多くなった。地球の温暖化が進んでいると聞くと心が痛む。寒くても暑くてもエアコンで温度も湿度も快適に管理できる時代。確かに過ごしやすくなってありがたいのだけど本当にこのままで地球は大丈夫なんだろうか・・・・・。
1月23日(水) 今メイが珍しく(そうめずらしいのです)私の膝の上で寝ている。メイは手のひらにのるくらいの小さいときから飼ってるけど、あまりに小さかったためつぶしてしまいそうで一緒に寝ないようにした。そのためか気づくと膝のうえにのるとか布団の中に入るとかしないクール(?)な猫ちゃんに・・・。寂しいなぁと思っても後の祭り。
ところが最近猫(???)になってきた!どうした心境の変化か・・でも嬉しい。
まだまだ寒い日が続きそうだけどなんだかんだといってるうちに春が近づいているんだなぁ。
たんぽぽの日記