おしゃれ  91年のノートより

 私はいつも、赤い口紅をつけています。畑に行くと

きも、モンペ姿に赤い口紅を忘れません。私のそんな

奇妙なおしゃれには、深い訳があるのです。 

 今から、五年ほど前のことです。仕事に行く途中

に、いつも四季の花で飾られている土手があり、その

日は、花大根で、土手はうす紫色に染められていま

した。私が通りかかった時、調度一人のお婆さんが、

鍋を片手に米のとぎじるを蒔いているところでした。

「おはようございます。いつもお綺麗ですね」と挨拶を

交わしたあと思わず自分の目を疑いました。七十は

過ぎていると思われる彼女は小麦粉のようなおしろ

いと赤い口紅、そして麦わら帽子をかぶっていまし

た。「お出掛けですか?」と私が尋ねると、背筋をピ

ンとのばし、『大学のほうに学問の研究に出掛けま

す。』とのことでした。後で分かったことですが、国学

院大学に万葉集の勉強に聴講生として、通学してい

たのです。

 その後、何気ないお付き合いが続くなか、私の作っ

た和人形や花壇をお見せすると「心がある」とほめて

くださり、桃の節句の時には、彼女の家に招待されま

した。古い壊れた人形たちが木綿の糸の髪の毛と綺

麗な着物を着せてもらい、沢山並んでいました。その

時だされた手作りの甘酒、みそでんがく、桜もち、草

もちの口の中がとろけそうな甘さは忘れられません。

 それからしばらくして彼女は歩けなくなり、一人暮ら

しなため入院しました。クリスマスが近づいたある

日、私は友人の花屋から、カサブランカという高級な

百合の花を安く譲ってもらい、病院に電話をしたとこ

ろ、「昨日亡くなられました」とのことでした。その日、

彼女の家を訪れ、彼女のいはいの回りの沢山の人形

と本の隣に、白い百合を飾りました。

 彼女を理解する人は少数でしたが、一生学問と自

然を愛し、人形を愛し、人生をおしゃれに生きた人で

した。彼女の赤い口紅は、彼女の中のいつも前向き

でありたいという 若さを象徴していたのだと思いま

す。その日から私は、赤い口紅をつけはしめたので

す。                

back