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私は、北海道の置戸という町の教会に生まれまし た。小学校の二年の冬に父はじん臓病で亡くなり、6 年の夏には、母の故郷でもある東京に引っ越すこと になりました。 私には『けいちゃん』という幼い時から仲の良い男 友達がいました。私は、だれと喧嘩をしても負けない ガキ大将でしたので、けいちゃんとは、まるで、男同 士のようでした。 東京になじめず、彼との文通が心の支えでした。彼 は置戸の様子を事細かに知らせてくれ、私は置戸に 帰りたい思いを書きつづりました。中学校に入学し て、しばらくすると、彼からの便りは突然途絶えてしま いました。 高校の2年になって、初めて里帰りをし、5年ぶりに 彼に会いました。私よりずっと背が伸び、すてきにな った彼と町を歩きながら、「置戸に帰りたいか?」とい う彼に、「何もかも変わってしまって、今は帰りたい所 なんてないよ」と答え別れました。 今年の夏、20年という月日を思いながら再び、置 戸に帰りました。友達何人かが集まって歓迎をしてく れている席で、15年ぶりに彼にあいました。32歳の 大人になった彼は、背広が似合いとてもすてきでし た。 みんなの酔いが回ったころ、彼は私の隣に座り「話 したいことがあった」と言って左腕をさしだしました。 まるで自殺を思わせるような、ひどい傷跡があり、思 わず「どうしたの」と彼の腕を握りしめました。「手紙 をくれた時に、うちのお袋が、からかって手紙を取り あげたのをむきになって、追いかけてガラスに手を突 っ込んで、腕に刺さったんだ。この傷と共におまえの ことは忘れたことはなかったよ」 私は、思わず「どうしてあのとき会った時に言わな かったの」そう言うと彼は「あの時は言えなかった」と 優しくほほえみました。 何度手紙を書いても文章にはなぬまま、私のそば を戯れている二人の子どもたちの中で、過ぎ去った 青春を思いながら 出さずじまいの手紙を時おり書き 続けるような気がします。 |
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