|
毎年、秋になると、音楽はかけない。冬を迎える前 の虫たちのラブゾングに耳をかたむければ、どんな 曲も、雑音になるからだ。今年の夏、ロックを作って ほしいとアマチュアバンドに頼まれた。売れれば金に なるという一言でひきうけてしまった。 毎日、コンピュ−タ−に向かった。ビ−トルズの 詩も読みなおした。若者が今、何に燃えて、何を求め ているのか、考え続けた。自分の昔の詩も読んだ。 混乱するばかりだった。若者どころか、今の自分に は、どうしても人に聞いてもらいたい情熱も詩もなか った。 私は、真夜中に、よく散歩に出かける。酔っ払って 夜中に木に上ったり、木の下で寝ころがって、木々の 葉の隙間から月や空を見ると孤独を忘れて、一人に なれた。 私は、いつものように夜の散歩にでた。ところが、 その日は、男の人が前から歩いてきた。ぞくっとし た。すれちがうときに、ちらっと横目でその人を見た。 長の髪に鉢巻き姿には、見覚えがあった。「けんちゃ んじゃない。私、まや」と叫んでしまった。驚いた顔の 彼に「なにやってんのよ、こんな遅くに」といってしま ったが、それはお互いさまだった。彼は、外に煙草を 吸いにきたらコ−ヒ−が飲みたくなって、買いにきた とのこと。「どうせ暇なんでしょ」と無理やり夜のお散 歩につきあわせた。 彼は私の妹のたった一人の親友の弟だった。彼の 姉は、実の妹よりも私に似ていて、知らない人にまで 「まやさんの妹?」とよく言われていた。彼女は、音 大を出て、ロックバンドでべ−スを弾いていた。赤ち ゃんを抱いて、髪をふりみだしている私には、ベ−ス を持った彼女がカッコ良く見えうらやましかった。 5 年前、結婚すると聞いて、驚いた。「あんた、女だっ たの」と思わずいってしまった。 結婚が一月に決まり、クリスマスを前に、彼との電 話の最中に彼女は吐き気をもようし、倒れた。脳内出 血だった。 何度も手術を受けた。何度も頭を丸ボ−ズにした。 長い闘病生活のすえ、退院した。彼女の父親が仕事 を止めリハビリにあたった。母親は、保母の仕事をし て、生計をたてた。そのころ、けんちゃんは大学生だ った。 彼女を尋ねた。頭が半分陥没し、左半分が麻痺し ていた。それでも、ピアノを弾いていた。肩がこって、 頭が痛くて苦しいというので、マッサ−ジをしてあげ た。お母さんが喜んで写真をとってくれた。帰りがけ に彼女は呟いた「10月に、入院して、頭に骨をいれ るんだ。簡単な手術だけど、クリスマスはまた病院な んだよ。やんなっちゃう」と、心から嫌そうに呟いた。 私は「それを我慢すれば、次の年は、ぱ−っと騒げる んだから、我慢しなさい」といった。それが、彼女との 最後の会話となった。 簡単なはずの手術は 失敗した。手術が終り、母親から電話がきた。脳が酸 欠状態になり、助かっても植物人間になるとのことだ った。それでも奇跡を祈った。祈るしかなかった。だ が、3日後、彼女の死亡の知らせが来た。 お葬式の日、喪服を着れなかった。葬儀の前に、挨 拶にいった。彼女の恋人に会った。「あなたがいてく れたので、彼女は最後まで幸せでいられたんです ね」といった。彼は「彼女がいてくれたから、僕は幸せ でいられたんです」と小さく微笑んだ。けんちゃんが ロックをかけまくっていた。彼女の好きだった曲だ。 彼女の母親が写真をくれた。最後に彼女と写した 時のものだった。それを見た瞬間、時間が頭の中で、 切なさが混乱した。 桜の木の下での話はつきな かった。彼は今だに大学生でロックを続けていた。 「認めてもらえなくたっていい、自分が必死になって 生きていることに音楽が必要なんだ」という彼のの言 葉に若者の情熱を感じた。 ロックの依頼はことわった。そして、ギタ−でクリス マスソングを作った。虫の声が聞こえなくなり、クリス マスが来たら、彼女のために一人で歌おうと・・・。 |
|