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ちょうど10年前、結婚式の前に、母にダンボ−ル の箱をひとつ預かってもらった。去年の4月、母の引 っ越しのときに出てきて、家に持ち帰ったが、とくに中 を開けることもせず押し入れの中にしまっておいた。 先日、ふと開けてみた。中には、小学生の時からの 手紙がぎっしり入っていた。その中に、布にくるまれ た手紙の束があった。中を開けてみた。『あの人から の手紙だ』 手紙の主は 私がまだギタ−を片手に、 福祉団体の集まりなどで歌っていたころ、旅先で知り 合った四国の青年だった。文通し、電話で何度か話 す中で、お互いに引かれて行くものがあったかのよう に思えた。 何か月かの後に京都で再会した。話せば話すほど 苦しくなった。彼の語る夢や希望について行けなかっ た。四国の田舎で、木のおもちゃを作りたい。船で、 世界中を旅したい。純朴な彼にあきれていた。「私は ジャズの勉強にアメリカに行くわ、結婚はしない」気 取って吸う私の煙草を彼は取り上げた。 会えない時間がお互いを理想化していた。彼の中 の私は輝いていたかもしれない。でも、現実にいたの は、愛なんて信じることさえできない自信のない私だ った。私が 逃げれば逃げるほど彼は追いかけてき た。最後に私は、「あんたなんか大嫌い、顔も見たく ないわ」と怒鳴った。別れた。二度と会うことはないと 思った。 15年ぶりに彼の手紙を開いた。手紙の間に、赤と 黄色の混じったきれいな落ち葉があった。次を開ける と、七つの水仙の詩と押し花が出てきた。ほとんど色 は変わらずあの時のままだった。最後の手紙はホテ ルのもので、これから船に乗ると書いてあたった。若 い青年からの手紙を読みながら、今なら彼が理解で きると思った。私は彼を誤解していた。その事が今に なってはっきりと解った。読み終えて後戻りのできな い人生を、再び布にくるんでダンボ−ルの箱の中に しまった。 |
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