クリスマスチキン物語

 あるところに、ひとりの男が住んでいました。その男は、たった一人で暮らしていました。小さい時から、母親に厳しくしつけられていましたので、掃除も洗濯も、何もかもできたし、なにしろ一人でいることに満足をしていましし、さみしいと思ったことも1度もありませんでした。
 会社でも、評判は、まあまあでした。時々「結婚をしないか?」などという話しもあったのですが、男は何不自由なく暮らしていましたので、結婚の話しなどに興味を持つことさえなかったのです。
 
 今年も、毎年のように、クリスマスがやってきました。男は、今晩のたった一人のクリスマスパーティーのためのご馳走を作る計画をたてました。
 「掃除は、午前中に終わらせて、そのあとは、買物に行くことにしよう」そうつぶやきながら、ちょっとだけニンマリと笑いました。

 いつものように、掃除が終わり、いつものように、車に乗りました。なにもかも、いつもと同じように時間が過ぎて行きました。
 スーパーマーケットに入り、ブロッコリーに、ニンジンに・・・とメモを見ながら、買物をはじめました。そして、お肉のコーナーで、クリスマスチキンを探していた時のことです。不思議なことがおこりました。山ずみになったチキンの真中ぐらいの、たった一本のチキンから、何としても目を離すことができなくなってしまったのです。
 男は、そのチキンを買うかどうか、一瞬悩みましたが、めんどうくさかったので、そのチキンを買うことにしました。
 そのあとは、ごく普通に家に帰って、料理をして、たった一人でクリスマスパーティーをしたのです。
 不思議なことがおこったのは、その後のことです。ワインを飲みながら、チキンを口に入れようとしたら、何と自分の太ももに激痛が走るのです。
「そんな、バカな・・・」そう思った男は、もう一度チキンをかじろうとしました。ところが、自分の太ももが今まで経験もしたことのない、まるで自分が生まれる時に、母親の産道を通る時を思い出すほどに、激痛が走るのです。思わず、そのチキンをゴミ箱に捨てようとしました。ところが、捨てようとすると、目の前が真っ暗になってしまって、今度は悲しみのような感情に全身を襲われてしまうのです。
 しょうがないので、チキンを皿の上にのせて眺めていました。眺めれば眺めるほどに、チキンはツヤツヤとした輝きをはなち、まるで数え切れない星がまたたいているようにも見えました。
 うっとりとチキンを見つめていると、チキンの心の声が確かに聞こえてきました。「ねえ、あたいを食べてよーー」
 男は、ドッキリしました。そしてチキンに話しかけました。「君を食べてあげたいとは思うんだけど、僕は痛いのが苦手でね。今まで、どうして一日かかさず歯をみがいてきたかというとね。虫歯になって痛い思いをするのが、イヤだったからさ・・・今さら、痛い思いをするのはごめんだね」
 男は何とかチキンから目をそらそうとするのですが、どうしても見てしまうのです。そのうちに今まで経験をしたこともないほどに、チキンを愛しくなり、なんとか自分の物にしてしまいたいという欲望にかられたのです。そして、心の奥から「僕は、このチキンが食べたい・・・」と思ったのです。
 その後は、悲惨でした。こんなに残酷な物語は、今までに聞いたこともないほどにです。男はチキンを今まで磨きあげてきた白い歯で噛みました。太ももには、激痛が走りました。男はその激痛に耐えました。そして、またチキンを食べました。絶えながら、絶えながら食べました。しかし、そのチキンの味は、永遠に空を飛べるような気持ちがするほど、宇宙に全身をほおりだしたような錯覚を起こすほどに、おいしかったのです。今や太ももの痛みなど、どうでも良いと思えるほどでした。
 クリスマスチキンは、男に食べられたことで、大満足でした。そのことで、クリスマスチキンは、男とひとつになることができたからです。その後も、男は、たった一人で暮らしていました。やっぱり結婚などということも考えることはできなかったです。
 ただ、今までと違うことは、自分の中に入り込んだクリスマスチキンとゆっくりと話しがしたいために、会社から急いで帰って来るようになったぐらいですかねーー。
                      おっすまい