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CSのPCM音楽放送局「Music Bird」
の「Blooming 5」というチャンネルには、毎週土曜日午後7時に「土曜特集」という2時間番組があります。 その中で毎月第二土曜日が「ハワイアン音楽」のコーナーということで平成11年の4月にスタートし、11月から小林正巳が単独で担当することになりました。 必ずしもウクレレに100%関連している訳ではありませんが、今後とも機会がある毎にウクレレにも触れていくつもりですのでご期待ください。 ここに11月13日放送分のナレーションをご紹介いたしますので、内容を想像していただければ幸いです。
◎写真: |
1999年11月13日 土曜特集「ハワイアン」ナレーション
◎ みなさん今日は!小林正巳です。土曜特集ハワイアン音楽の時間がやってまいりました。
今日はのちほど二つの特集を予定しておりますが、まずは新しいアルバムから三曲ほどお聴きいただきたいと思います。
ハワイには、ハワイ在住のミュージシャンが過去1年間にリリースしたアルバムを対象にした、ナー・ホークー・ハノハノ・アウォードという日本のレコード大賞に似た賞があります。
最初にお届けいたします曲はこのナー・ホークーの1999年度のベスト・アルバム賞、新人賞をはじめ多くの賞を獲得した若い男性三人組「ピュア・ハート」の演奏で「ボディー・サーフィン」、
続いて同じく1999年度ナーホークーの女性歌手大賞を獲得した「ケクヒ・カナヘレ」の唄で「アワイアウル・ケ・アロハ」
そして三曲目はマウイ島で活躍しています男性四人組「パアニ・ピラ」の唄と演奏で「ハノハノ・ハワイとナー・モク・エハー」のメドレーです。
それでは三曲を続けてお聴きください。
◎ それでは最初の特集コーナーに移りましょう。このコーナーでは最近ハワイで活躍しております三組のグループの唄と演奏をご紹介したいと思います。まず最初のグループは「ジョイ」という二十歳を過ぎたばかりの日系ハワイ人4人で作られたグループです。このグループはウクレレを中心としたコーラスが売り物で、ハワイの若者達に広く受け入れられています。
それでは彼女達のコーラスをお聴きください。曲はオアフ島東海岸カーネオヘを唄った「カーネオヘ・フラ」そして古いヒット曲から「フラ・ブリーズ」の二曲を続けてどうぞ。
◎ ホノルルを中心に手広くウクレレ教室を持っているロイ・サクマは、30年ちかくのあいだ「ウクレレ・フェスティバル」も主催していてウクレレ普及に貢献しております。そのロイ・サクマのお弟子さんの中から、才能豊かな4名を選んで1997年にデビューさせたグループがジョイであって、結成直後から日本をはじめ各地に演奏旅行をしていますので、彼女達の演奏を実際にご覧になった方も多いのではないでしょうか。
それでは続いてネリー・トヤマのソロを中心とした「カナカ・ヴァイヴァイ」そしてセカンド・アルバムのタイトル・ソング「リビング・イン・パラダイス」の二曲をお聴きください。
◎ 代わって今度は男性のデュオ「ハパ」をご紹介いたしましょう。このデュオはニュージャージー出身のバリー・フラナガンとオアフ島出身のケリイ・ホオマル・カネアリイという異色の組み合わせなのです。そしてグループ名の「ハパ」は半分ずつという意味で、白人とハワイ人が半分ずつ分担したグループということを意味します。それでは「ハパ」の演奏を聴いてみましょう。最近のアルバム「ナマハナ」から「プウアナフル」と「エ・オー・マイ・クウ・ミリミリ」の二曲を続けてどうぞ!
◎ 「ハパ」は、1991年にデビューして以来五枚のアルバムをリリースしています。基本的にはバリーがスラック・キー・ギターと作詞作曲を担当しケリイが唄とウクレレを担当しているのですが、バリーのハワイ語による作詞はハワイ音楽の原点に迫る素晴らしい作品であり、今回のアルバム「ナマハナ」に収録されたオリジナル曲は一層その点に深く入りこんだ力作と言うことができましょう。次は、トラディショナルの音楽から「ヘエイア」をお聴きください。
◎ 三番目のグループは女性三人組「ナレオ」の登場です。ナレオは正式には「ナレオ・ピリメハナ」と呼ぶのですが、ちょっと長い名前のため最近ではこれを短くしてだだ「ナレオ」と呼ばれています。同級生の仲良し三人組で作ったグループがその後17年以上も続き、今から数年前には遂にナー・ホークー・ハノハノ・アウォードのベスト・アルバム賞をはじめたくさんの大賞を獲得したことにより、一躍メイジャーなグループとして認められ現在に至っております。
それではナレオの唄をお聴きいただきましょう。アネットの唄で大ヒットをした「パイナップル・プリンセス」とダニー・クアアナの作った「マイ・スィート・ガーディニア・レイ」の二曲です。それではどうぞ。
◎ ナレオの唄、次はマラニ・ビリューの作になる「モロカイ・スウィート・ホーム」そして先ほどのジョイが唄った「リビング・イン・パラダイス」の作者でもあるダニエル・ホーの作品、「ハワイアン・ラブ」の二曲を続けてお聴きください。
◎ それでは、後半の特集のコーナーに移りましょう。日本人によるハワイアン音楽をぜひ! というご希望を何件かいただきましたので、本日は日本のハワイアン音楽グループや歌手をご紹介することといたしました。
ちょうど良い具合に「懐かしのハワイアン・オリジナルズ」と題した特別
企画の六枚組セットCDが最近リリースされましたので、このCDから六組のミュージシャンをご紹介することにいたしましょう。
この特別企画セットはCD一枚にそれぞれのミュージシャンのLPを二枚ずつ収めていますので、実質的には十二枚ぶんのLPの復刻盤に相当するという私達ハワイアン音楽ファンにとっては大変嬉しい企画といえます。このコーナーでは十二枚のLPからそれぞれのミュージシャンの代表的な唄や演奏を一曲ずつ取り上げることにいたしました。
最初に紹介いたしますミュージシャンは現在も大きな催しで唄っている大ベテラン歌手エセル中田です。
1958年に、世界的に有名なラジオ・プログラムであったハワイ・コールズ・ショウに、日本人として始めて参加したときに録音されたアルバム「エセル・ハワイで唄う」より「ハワイ・コールズ」をバックにして唄った「ブルー・ムウムウ」そして日本で録音したアルバム「ハワイの月と海と砂」から、「大塚龍男とパームセレネーダース」をバックに唄った「バリバリの浜辺で」の二曲を続けてお聴きください。
◎ 次は、「バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ」の登場です。
1994年に亡くなったバッキー白片は、ハワイでの先輩であった灰田有紀彦に続いて来日しスチール・ギターおよびウクレレの演奏で一世を風靡したミュージシャンでした。そして彼のグループからは山口銀次、和田弘、藤原満穂、佐々木敢一、三島敏夫をはじめ数多くのミュージシャンを輩出しましたので、彼の名前は日本のハワイアン音楽の功労者の一人としてこれからも永く語り継がれる存在となりました。
それでは、バッキー白片のボーカルだけを集めた大変めずらしいアルバム「歌うバッキー」より「リトル・ブラウン・ギャル」、そして「情熱のハワイアン・フラ」というアルバムからバッキー白片とアロハ・ハワイアンズの唄と演奏で「コナ・カイ・オプア」の二曲をお聴きください。
◎ 続いては、「ポス宮崎とコニー・アイランダース」をご紹介致しましょう。1978年に、まだ54歳の若さで他界したポス宮崎は、演奏家であったと同時にペダル・スチール・ギターを開発したエンジニアでもありました。今でこそ誰でも知っているペダル・スチール・ギターですが、第二次世界大戦直後の混乱期に、駐留軍放送から流れてくるスチール・ギターの音色が当時の楽器では出せないような和音の変化を出しているのを耳にした彼は、全くの独力で自分なりのペダル・スチール・ギターを設計し作り上げてしまったのです。
バッキー白片と同様に、彼のもとから多数のミュージシャンが育って行きました。ハワイアン音楽関係のジョージ松下、南かおるはもちろんのこと、笈田敏夫、モンティ本多、荒井ノボルのようなジャズ畑のミュージシャンも、コニー・アイランダースに一時在籍しておりました。ニューヨークのブルックリンにあるコニー・アイランドに因んでバンド名を付けた彼のジャズ志向がこのようなミュージシャンを輩出したもとになったのでしょう。
それではポス宮崎とコニー・アイランダースの演奏で「ハワイの饗宴」(難しい字を書きますが、ディナー・ショーのことです)というアルバムから、「月の夜は」という日本タイトルで知られている「ソフィスティケイテッド・フラ」そして1960年に行なわれたリサイタルの実況アルバム「ポス宮崎とコニー・アイランダースショー」から「コニコニ」の二曲をお聴きください。
◎ 続いては戦前から戦後にわたって絶大な人気を誇った歌手灰田勝彦の登場です。
兄の灰田有紀彦とともにハワイに生まれ育った勝彦は1922年に両親の祖国日本へ移住いたしました。兄の有紀彦はスチール・ギターとウクレレの名手で作曲の才能もあったためモアナ・グリー・クラブというハワイアン音楽のグループを結成しましたが、弟の勝彦は持ち前の美声を生かしてそのグループに歌手として参加いたしました。やがて勝彦の方はハワイアン音楽に限らず歌謡曲や軍歌の歌手としても人気を集めるようになるのですが、ここではもちろん彼のハワイアン音楽を聴いていただくことに致します。
それでは「灰田ハワイアン・アルバム」から「椰子のしげる島」そして「灰田勝彦ハワイアンの調べ」の中から兄灰田有紀彦が師匠のM.Kモケから贈られた名曲「マウイ・ワルツ」の二曲をお聴きください。
◎ 次はハワイアン音楽というよりは歌謡コーラスで有名な、「和田弘とマヒナ・スターズ」をご紹介しましょう。
バッキー白片のところでも触れましたが、リーダーの和田弘とボーカルの佐々木敢一の両名は嘗てバッキー白片とアロハ・ハワイアンズに在籍しておりましたし、グループ名のマヒナ・スターズというのもアロハ・ハワイアンズの先輩であった山口銀次が作ったバンドの名前を引き継いだほどハワイアン音楽が大好きな面
々ですので、ハワイアン音楽を演奏するときは水を得た魚のように張り切っておりました。
それではアルバム「マヒナ・スターズ・ハワイの休日」からグループ名に因んだ曲「マヒナ・オ・ホク」そして「マヒナのハワイアン・ムード」から「マウナ・ロア」の二曲をお聴きください。
◎ 続いてこの企画の最後に位
置するミュージシャン「大橋節夫とハニー・アイランダース」をご紹介いたします。
「赤いレイ」「さよならを言わないで」など数多くの自作曲をソフトな声で唄い切れの良いスチール・ギターを演奏する大橋節夫は、ある時期バッキー白片とファンを二分するほどの人気を誇っていました。そしてバッキー亡きあとは日本におけるハワイアン音楽分野での長老として活躍しております。
それでは、アルバム「大橋節夫のすべて/倖せはここに」からタイトル曲で彼自身の作品の「倖はここに」と「スチール・ギター・スペシャル」から戦前のスチール奏者であった村上一徳の作品「熱風」をお聴きください。
村上一徳が「ワイラナ・グラス・シャックボーイズ」という覆面バンドの名前で吹き込んだ「セントルイス・ブルース」や「ジプシーの嘆き」は当時のスチール・ギター奏者のお手本となりましたが、この「熱風」もそれらと同様スチール奏者の腕の見せ所ともいえる曲なのです。それでは「倖せはここに」と「熱風」の二曲を続けてどうぞ。
◎ 以上で後半の特集コーナーを終了いたしましょう。最後に大変凝ったアレンジのスチール・ギター演奏のアルバムから何曲かお聴き頂きたいと思います。
演奏者はスタジオ・ミュージシャンとしての第一人者であるライオンこと小林潔です。彼は過去にリリースされたたくさんの歌謡曲やハワイアン音楽のアルバムやシングル盤のなかで、スチール・ギターの音が聞こえればその大半が彼の演奏と言われるほどの大切な人物ですが、その一方でハワイで行なわれています「スチール・ギター・コンヴェンション(ハワイ語ではホオラウレア)」に毎年欠かさず出演しその都度手の込んだアレンジをご披露するため、それだけ聴くことを楽しみに来るファンも多くなりました。
こういうファンの期待に応えて新しいアルバム「マイ・メモリーズ・オブ・ハワイアン・スチールギター・ホオラウレア」をリリースし、一曲ごとに異なるアレンジを楽しませてくれました。
◎ それではこのアルバムから「フラの天国で」そして彼のピアノ演奏も加えて「A列車で行こう」の二曲をお楽しみください。
◎ ライオンこと小林潔のスチール・ギター演奏で「フラの天国で」そして「A列車で行こう」の二曲をお聴きいただきました。
それでは次回の土曜特集「ハワイアン音楽」の時間でお会いしましょう。
お相手はわたくし小林正巳でした。ごきげんよう、さようなら!